3話 勇者がいないのならば

「倒さないって……どういうことよ」


 アシュリンの問いに、ヴィンスは答えなかった。


「あ、あー分かった!! 『魔王を倒しても意味はない』とかそういう感じでしょ!?」


 キーヴァは冗談だと思い、おどけて見せていた。

 だが、それにもヴィンスは答えなかった。

 

 じゃあ、つまり――

 

 アシュリンは薄々気づいていたことをヴィンスにぶつける。


「……お前、逃げる気か」


 その声は、怒りがにじみ出ている。



「全部間違えて、自信が無くなったら全部投げ捨てて逃げるのか?」


「……」


「お前が探していたものは、そんなことで投げ捨てていいものだったのか?」


「……」


「お前にとって『勇者』という存在は、そんなことで投げ捨ていいものだったのかって聞いてるのよッ!!」


「違うッ!!」



 ヴィンスは、跳ね起き、アシュリンに掴みかかった。

 両目からは涙が流れていた。


「『勇者』は『希望』なんだ!! その『希望』を投げ捨てていいわけないだろ!! 

 失うばかりの人々に、どうやって明日を生きろって言うんだ!!」


 感情的な口上だった。

 アシュリンは、そんなヴィンスを見て、少し笑った。

 そして、いつもの落ち着いた口調で言った。


「分かってるじゃない。だったら投げ捨てないでよ」

「だけど……」


 ――自分にはもう、それを紡ぐ力がない


 そう言おうとした。

 だが、アシュリンはすぐさま言葉を被せた。


「貴方が希望になりなさい、ヴィンス・バーン」


 その言葉の意味を、ヴィンスは瞬時には理解できなかった。

「『勇者』に憧れた貴方が――

 『勇者』になれなかった貴方が、『勇者』になるのよ、正真正銘のね」

「そんなことできるわけ……」

「そうでもないのよ」


 アシュリン、笑みを浮かべた。


「マリスが騒動の黒幕、後ろには『魔王』ディオの影。

 マリスは保険をかけるのが好きだから、ディオを動かした――

 ちょっと不思議なのよねこれ」

「……何が?」


 押し黙っていたキーヴァが口を開いて聞き返した。

 アシュリンは話を続ける。


「あいつは力を誇示するのが大好きなバカでアホだけど、マリスの言いなりに成り下がるほど落ちぶれてないわ」


 更に続ける。


「あいつは魔族による大陸制覇が夢なの。

 でも、今は行き詰まってるわ。この件については詳しいんじゃない?」


 アシュリンが言っているのは、休戦状態のことだとヴィンスは直ぐに理解した。


 確かに、戦闘が止んだのは唐突だった。

 何かを企んでいるのかと思っていた。


 だが、その後直ぐに『魔王が倒された』と報告が入ったので、戦闘の停止はこのためかと、枢密院では解釈していた。


 だが、アシュリンの発言が正しければ、別の何かを企んでのこととなるが――


「私はこう思う……あいつは今のままでは王都に勝てないと理解した。

 でも、有利な状況に持っていきたい……

 そんな時に声をかけてきたのが、マリス――

 マリスは言う……

 『カガヤキの魔法を使って人間たちを混乱に陥らせ、講和しませんか』と」


 ヴィンスはハッと理解した。


「一撃講和論か……」


 アシュリンは頷いた。

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