第25話 嗚呼いつもの勘違い

 思いのほか鼻血が止まらない……仕方がないのでドレスの袖で拭った。


(お行儀悪くても今は許してちょうだい!)


 こんな事態、魔術を学び始めた頃以来だ。本来魔術に必要なイメージをすっ飛ばして、魔力でゴリ押しするとこうなる。先ほど瞬間移動に近い魔術を初めて使った反動だ。


(やばいな……早めに決着つけないと……)


 この症状が出た後は、筋肉痛ならぬ魔力痛が待ち構えている。一時的に体の自由が利かなくなるのだ。場合によっては意識が飛ぶことも。具体的なタイミングは読めないがそれほど時間はかからない。


(でもここからは私のターンよ!)


 これで大技フルコースじゃい! なんつっても鉄壁の結界がある。これでもう巻き込む心配はない。ニヤニヤと笑い所だが結界を張ったすぐ側にいるので、ご婦人方にこんな状況下で不謹慎よ! と怒られないようキュッと唇を結ぶ。


「テンペスト! テンペストもういい! 君も結界の中に入るんだ!」


 声の方を向くと、旦那様が目に涙を浮かべて叫んでいた。相変わらずヒロインのようなお人だ。私の表情が険しく見えたから心配になったのだろう。可愛いやつめ。もうちょっとそこで待ってなさい。さっさと終わらせますからね。


「ご存知でしょうけど! ワイバーン狩りは初めてじゃないんです私!」


 白いワイバーンはというと、破れない結界を躍起になって攻撃していた。イラついているのがわかる。

 

(もっと早く気が付けばよかった)


 始めからこれを使っていればよかった。家宝の『ウィトウィッシュの盾』は強力な結界を発生させる伝説級にアイテム。だが最近じゃあ冒険中の安全な休憩時間のために使っていた。あまりにも家宝を日常使いしていたので、人々を守るためにっ! という方向の発想がでてこなかったのだ。


「テンペストッ!」


 余裕な表情を見せても、旦那様は結界に拳を叩きつけながら私の名前を叫び続けている。あんまり力込めると拳が痛みますよ! 


(さて、結界の強度も確認できたことだし……やるぞ~~~!)


 これで安心して大技三昧! やる気がどんどんと出てくるが、同時に薄っすら不安なことも。


「あとのことはよろしく頼みますね」


 公爵夫人が王都のど真ん中で魔獣とドンパチする姿、皆に見られるわけだし……騒ぎになるぞ~……私、そういう後処理は苦手なもんで……得意そうな旦那様にお願いしたいなぁ~と……ちょっと申し訳なさそうに旦那様に視線を向けた。


「テンペストォォォ!!!」


 ついに旦那様は涙を流している。綺麗な顔から流れる涙の美しいことよ。

 って、え!? そんなに嫌!? これからさらに大技でこのお屋敷内荒らしてバリュー公爵家と揉めるかもしれないことに気がついちゃった!?

 いや違うなこの感じ……。


(死にに行くと思われてる!?)


 同じ結界内にいる高貴なご婦人方も旦那様の背中をさすったり肩に手を置いたり一緒に涙ぐんだり……死地に向かう(と思われている)私はどんな顔をすればいい!??


(えぇ~~~!!!? これ、流れ的に死なないとダメじゃない!?)


 いや死なんけど! こっから独壇場なんですけど!? やっと主役やれるんですけど!?


 そんな私を現実に引き戻してくれたのは、他ならぬ白いワイバーン。珍しいだけあって、あちらもなかなか規格外の強さ。だが我が実家の秘密兵器結界には勝てぬと判断して、手近にいる冒険者へとターゲットを変更した。


「おっと!」


 前足の爪が私すぐ目の前を通り過ぎた。あれに触れたら一撃でアウトだ。


「あっちでやりましょー……ねっ!!!」


 ねっ! のタイミングで手を下から上へ思いっきり振り上げ、風の大玉でワイバーンを吹っ飛ばす。


(あの鱗、硬度あるわね~これで穴が開かないんだもん)


 今のでもしかしたら倒せるかも!? と期待していたが、流石にそれは難しかった。


「これ、よく捕まえたわね!?」


 こりゃバリュー公爵夫人が自慢したくなるってもんだわ! 冒険者としては捕獲方法を知りたいところだが、まあそれはあとでいくらでも聞ける。事態が収拾すれば……。


 飛んでいったワイバーンはルーナフェザントへ直撃した。ルーナフェザントの方はエドラ達冒険者の地味な攻撃の対応に集中していたせいか急に現れた巨体に反応できていなかったようで完全な不意打ちを受けたことになる。


「さっすが~! やっぱ上位ランクの冒険者は巧みね~~~!」


 私がどう動くかをしっかり確認していた冒険者達は上手く魔獣達をぶつけるために誘導していたのだ。


「まあ……このくらいで戦闘不能になるなら最初から苦労はないんだけど……」


 二体の魔獣は重なり合って倒れたがすぐに持ち直し、またお互いを攻撃し始める。お互いにお互いがぶつかったことにキレているように見えた。さあ、第二ラウンドだ。


「だけど今回は私のことも気にかけないといけないわよ~~~!」


 また上空に飛ばれると冒険者達の攻撃が限られてしまうので、まずは翼に狙いをつける。炎系の攻撃が駄目だったのはさっき見ているので……、


「凍っちゃえ!!!」


 それぞれの翼を氷で包み込むと、二体ともぐらりとバランスを崩しはじめる。こんなことは彼らが生きてきて初めての経験だろう。


「今だ!!!」


 冒険者達は一斉に飛び掛かった。二体の瞳や関節に狙いをつけ、嫌がって追い払おうとするワイバーンやルーナフェザントの攻撃も間一髪でよけ続けていた。


「強すぎるってのも考えもんだなぁ! 攻撃が読みやすい!」

「まあその分、一発貰えばオレらはお終いだけどよ!」


 上位冒険者として必ず必要なのが回避力だという冒険者がいたのを思い出した。そのぐらい攻撃をかわすのが上手い。


(確かに。生き残れなけりゃ上のランクにいくこともできないし)


 修羅場をくぐり抜けてきた冒険者達は、今回もまたいい経験を積んでいる。怒り狂う巨大な魔獣達の動きに小さな人間が少しも引けを取っていない。


「って、二体同時かよ!!?」

「テンペスト! いける!!?」


 感心している場合ではない。ワイバーンもルーナフェザントも同時に口を大きく開けて攻撃態勢に入った。まさかの冒険者を挟みうつ形で。


「まっかせて~~~!」


 ここでやらなきゃ誰がやる! 私は思いっきり両手に魔力を込めた。電撃に嵐を纏わせて、一本槍……じゃなくて二本槍を作り出す。


「いっけぇぇぇぇぇえ!!!」


 嵐を纏った電撃槍は轟音をたてながら二体同時に口の中を貫いた。そうして二体同時にゆっくりと、その身をバリュー公爵邸の美しい花畑の中(すでにボロボロだが)へ倒した。


「っしゃー!!! いいとこ決まった!!!」


 冒険者達からのウオォォォ! と、歓声が聞こえる。


「テンペストー! あんた本当に何者!?」

「だから言ったじゃーん! 公爵夫人だって!」

「アハハ! 本当に何者だよ!」


 あれエドラ! ここまできてまだ信じてない? 単なる貴族の護衛だと思われてる!?


(人は信じたいものだけを信じるって言うけど、本当にそうなんだな~)


 意外とブラッド領でちゃんとカミングアウトしても誰も信じないままかも、なんて笑っていたら、急に私の視界がグラリと斜めになった。


(やばっ! 魔力痛きたっ……!)


「テンペスト!」


 エドラが倒れる私を抱きとめてくれたのがわかる。


「どこかやられた!?」

「う……違う……魔力痛……」

「ああ……さっきの結界の時の……よかった……」

「ゆっくり休んでな。あとは俺らがやっとくから」


 ホッとするエドラや冒険者達の声の奥で、最近よく聞くイケメンボイスが聞こえてくる。すでに泣きすぎて鼻声のようだ。


「テンペストォォォォ!」


 魔力痛が出た瞬間に結界も解除されていた。旦那様が全速力で駆けつけ、息を切らしながらエドラから私を受け取った。


「だ、旦那様……」

「嫌だテンペスト……! 私をまた独りにしないでくれ!」


 ボタボタと涙を流しながら私をギュッと抱きしめている旦那様。


「誰か! 早くヒーラーを連れて来てくれ!!!」


(まだ死なないわよ!?)


 ヤバい! また盛大な勘違いをしているぞ!? これは否定してあげなきゃ可哀想だろ! 


(うぅ……! いよいよ体が動かない~~~!)


 冒険者達はわけがわからないこの状況にただポカンとした顔をして突っ立っている。

 たしかにただの冒険者だと思ってた私がマジ者の貴族に抱きしめられてるし、そもそも貴族には話しかけ辛いし、ただの魔力痛で動けなくなっているのに、死に際にでも立ち会っているような雰囲気なのが、全く理解できないのはわかる。わかるけど! 


(ちょ! 誰かこの状態をどうにかして~~~!?)


「ち、ちが……違うん……」

「なんだテンペスト! 何でも言ってくれ……!」


 どうしようどうしよう! いよいよ気を失いそうだ。その前に伝えときたいことって……。


(これから後処理大変だろうな~やっぱりちょっと申し訳ないな~ネヴィルの件もあるのに……)


こ……これ……ま、りょ……つう……でこれは魔力痛です

「ん? なんだい?」


 泣きながら笑っている。やばい。罪悪感がヤバイ。


し、死な……ない私は死にません!

「あ……ああ! 死んだりしないとも!」


 ダメだ。これ、伝わってない。ああ~頑張ってみたけどダメだ! 意識が……意識が!


ご、ご……ごめ……なさ……いすまん! あとは任せた! マジごめんね!

「テンペストォォォ!!!」 


◇◇◇


 私は回復した後、この時の話をエドラに尋ねた。


「皆びっくりしたわよねぇ?」

「そりゃするさ! あの天下の冷血公爵が泣き叫んでたんだから! 嫁が魔力痛で倒れたってだけであれなら、冒険者やっていけるのかい!?」


 死にかけていると勘違いしていたことは、冒険者達にはいまだに伝わっていないようだ。


 結局、旦那様は『冷血公爵』から『超』が付くほどの『愛妻家』と、社交界でクラスチェンジすることとなった。 



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