第16話 自信のあるハッタリ

「あ……すみません急に……」


 なるほど、目がくりっとしてなかなか可愛らしい。押せば男を落とせると思っているだけある。冒険者をやっているにしてはずいぶん小綺麗で、身なりに気を使っているのもよくわかる。前髪の飾りを触りながら、くねくねと謝るしぐさも冒険者らしさがなく、むしろ気弱な少女のようだ。私からすると白々しくも見えるが。


(さてさて……どうしたもんか……)


 まさかダンジョンに入っていなかったとは。もしくはさっさと出てきた? 考えたくはないが、私やミリアを待っていた可能性はある。


(ミリアは昨日戻ったって言ってたし。どっかでその情報を仕入れたってこと?)


 そんな想像をするとゾクっと背筋が寒くなった。執念深そうだ。何度振られても諦めずこの街に留まってるわけだから間違いなく心臓は強い。


(こりゃ関わらずにフェードアウトってのは無理そうだ)


 しかたがない。こうなりゃブラッド領の平穏のために働きましょう。一応ブラッド公爵夫人という肩書も持っているし……領地に蔓延る不穏な芽を摘むくらいはしなくては。


「なんで私がテンペストってわかったの?」


 初対面だよね? と不機嫌丸出しで威嚇する。もちろん、ついさっき聞いたばかりの情報、彼女達が私とミリアのことを嗅ぎまわっていることを知らないふりをして。


「あのっ。他の冒険者にこの冒険者街で一番すごい魔術師は誰かって聞いたら、皆口をそろえてテンペストさんの名前を出していたので……黒髪黒目のとっても綺麗な人だっていってました!」


 キラキラ! と目を輝かせている。褒めたよ? 気分良くなったでしょ? と言いた気だ。もうちょっと上手くゴマをすってほしい。あからさますぎる。

 これはおそらく、当たり障りのない情報しか聞けていない。どうやらすでに腫れ物扱いされている彼女だ。まともな冒険者なら下手に関わらない。

 私が過去、他の冒険者を巻き込むような魔術を使っていたり、他の冒険者をこき使ったりしたエピソードは知らないとみた。冒険者達も私の恨みまで買いたくはないだろう。


(私がレイドの恋人だと思っているのか。それともまだ様子を探っている段階なのか……)


 どちらにしても取り入って情報を引き出そうとしている。直接本人にぶつかってくるあたり、相手の本気度もわかってげんなりだ。


(あっちこっちに難癖つけてたって話だけど)


 難癖付けられない相手には下手に出て、自分より下と思った相手には強気にでるんだろうな。既にマイナススタートだった好感度がさらにマイナス方向へと進んでいく。


「私の魔術がすごいのも顔が綺麗なのもその通りすぎて、だから何? って感じなんだけど」

「……え?」


 面食らったような顔をしていた。この返しは考えていなかったようだ。こちとら自己肯定感の高さには評価があるんでね! ちなみにちょっとひいた顔をしたのは見逃さなかったぞ。後ろの2人!


「わ、私……もっと魔術を使いこなせるようになって皆の役に立ちたくって……!」


 反応に困ったのか、今のは聞こえなかったかのように、今度は健気なヒロインを演じ始めた。


「だからって初対面の相手に弟子にしてくれって……礼儀知らずにもほどがあるんじゃない?」


 わ~我ながら嫌な女だ。さあさあ、どこまでゴマをすってくるかしら?


「そ、そうですよね……すみません。噂通り、本当に素敵な方だったのでつい……」


 やっぱりこの高貴なるオーラは隠しきれないか~と言いたいが、いいかげんこの茶番劇やめたい。


「どうだか」


 素っ気なくしてみる。レイドの話じゃ、素っ気ないくらいでは察してくれないだろうけど。


(というか、わざと気が付かないフリをしてるだけねコレ)


 察することができないんじゃなくて、察した上での行動だ。諦めが悪いと言うか、執念深いというか……。

 シュン……とした顔でうつむいた彼女を見て、彼女の達は怒りをあらわにする。


「そんな言い方ないだろ!!! 何様だよ!?」


 お! やっぱりオリバーは血の気が多いようだ。私の態度が気に入らないと喧嘩をふっかけてきた。グストの方はただこちらを鋭い瞳で睨みつけてくる。


(何様って……公爵夫人様だよ!!!)


 今こそ印籠を出すのに適したタイミングがあるだろうか。だが、こんな小物相手にネタばらしをしてもつまらない。


「まあいいわ。やる気に免じてちょっとだけ見てあげる。どのくらい魔術を使えるか」


 どうせ本気で私に弟子入りしたいわけではない。ただ、懐に潜り込みたいのだろう。


「わぁ~! 嬉しい~! ありがとうございますっ!」


 顔をキラキラ輝かせている。横目で見ている男どもは、可愛いなぁと口元が緩んでいる。

 レイドとのいざこざより、幼馴染ドロドロ恋愛ファンタジーを見せて欲しかった。


(彼を知り己を知れば百戦殆からずってやつね)


 彼らの実力を知っていて悪いこともない。どこで突っかかって来るかわかったもんじゃないし。


(考えたくないけど……ダンジョン内で闇討ちなんてされてもたまんないからね……)


 そんな気も起きないくらい実力差があればいいけど。こればっかりは相手の魔術を見て見ないことには判断できない。

 ただパーティ構成を見ると、おそらく前衛の補助がメインの仕事だろうとは予想できる。


(私ほど攻撃力のある魔術を使える人間はそうそういないからね)


 そう心の中でほくそ笑むのだった。

 というか、そもそも冒険者業をやっている魔術師は一部を除いてそういうポジション。遠距離攻撃に防御や治療、パーティに一人いるだけで戦略がぐっと広がる。たとえそこまで実力がなくても、十分貢献できるのだ。


「そしたら明日郊外の……」

「今から兵舎の訓練場を借りましょ」


 明日まで引き延ばせるか! こっちは出来るだけさっさと終わらせたいんだよ!


「はぁ? そんなとこ借りられるわけねーだろ」

「聞いてみないとわかんないでしょ」


 兵舎の側には、やらかした冒険者向けの一時拘留所もある。オリバーはそれを思い出したのか苦々しそうにしていた。

 

 ダンジョンから兵舎まではかなり近い。ダンジョンに異変があってもすぐに駆け付けなければならないからだ。


「すみません。少し訓練所をお借りできないかしら? 少し魔術の調整をしたくって」


 兵舎の若い門兵はこちらをひと睨みしたあと、


「そんなことできるわけっ……! い、いや、まあその……できますね……この時間は使用していないし……えーっと……」

「上の方に確認してくださる?」


 優秀優秀。私の顔をちゃんと覚えているし、冒険者として私がやってきても騒いではいけないと理解している。しどろもどろにはなっていたが。

 そして結局、数分待っただけで正式に許可が降りた。ネヴィルで大蛇と共闘した兵士達が何人もいたのだ。私のをよく知る面々はなんだなんだと出てきていた。


「何やら理由がありそうです……だし、今回だけと許可がおりまし……おりた」

「どうもありがとう」


 マリエラの方はわぁ~すごーい! と手を合わせてキャッキャとはしゃいでいた。言っとくけどお前の顔を見て許可が降りたんじゃないぞ! 私の肩書のおかげだぞ!? 勘違いしないでよねっ!


(それから門兵に思わせぶりな視線を送るな!)


 彼、なにがなんだかわからず困ってるじゃないか! 腹立つな~。レイドに夢中じゃないんかい!


「そういうのやめなさい」


 思わず声に出てしまった。お局様っぽい? けどこっちもレイドに執着して冒険者街の人間関係を荒らしているって話だから付き合っている。他の人でもいいならこんなことやってられないったもんだ。


「え? なんのことですか?」


 口元は笑っているのに目が笑っていない。指摘されたくなかったようだ。普通に怖いんだけど!? なに!? そういうタイプなの!!?


 訓練場は綺麗に整備されていた。そんなところを荒らすのは申し訳ないので、端っこの方をお借りする。兵士たちの視線も感じるし。


(さ、土壁でも作ってそれを壊せたら弟子に……って条件でいけるかな)


 もちろんガチガチに硬度を上げた土壁だ。悪いが恥をかいてもらおう。弟子をとるなんてまっぴらごめんだからね。


「テンペストさん! 模擬戦手合わせをお願いできませんか? それで私の攻撃が少しでも届いたら弟子にしてください」

「え?」


 ……え?


「マリエラ!」


 オリバーが止めに入った。流石にBランクとCランクの手合わせはマズイとわかっている。愛しのマリエラになにかあったら大変だ。


「だってテンペストさん。それくらいしないと私の実力認めてくれなさそうなんだもん」


(何しても認める気はないですけど!?)


 向こうから言い出すってことは自信があるということか? 


(実は滅茶苦茶強いとか!?)


 まさかそんな。え? まさか?

 ついつい不安になりそうになるが、こういうのはよくない。魔術に影響する。


(まあ大丈夫でしょ。私より強ければC級ってことはないだろうし)


 案外この心理戦もマリエラの作戦の1つかもしれない。


「わかった。じゃあそれで」


 ニヤリとマリエラが笑ったのが見えた。こりゃなんか仕掛けてくる気だな。


「その代わり、アンタが負けたら私のいうことなんでも1つ聞くのよ」

「おい! お前Bランクだろ! そんな卑怯な約束結ぼうとするなんて恥ずかしくねぇのかよ!」


 いちいちカチンとくるようなこと言ってくるなこの男。こういうところがマリエラのハートを掴めない原因なんじゃない? なんてアドバイスしてやる気がなくなる。


「やかましい! 次はアンタの相手してあげるからそれまですっこんでな!!!」

「なんだと!?」

「オリバー! いいの……こっちがお願いしたんだから」


 マリエラの一言で、オリバーはぐっと息をのんで引き下がった。グストもただ状況を見守っているだけだ。マリエラ、なんか雰囲気あるな。 このパーティの実質のリーダーはマリエラなんじゃないか?


「じゃあ私はアンタのその前髪飾りを狙うわ。もちろん怪我がないようにね。それ、壊れても大丈夫なやつ?」

「はい」


 その時、え? と目を見開いた男がいた。オリバーからの贈り物だったようだ。……いまから標的変えてもいい……?


(流石の私もそんなことするの心が痛いんだけど!?)


 自分で自分に縛りを与えてしまった。壊さないように狙わなきゃ……。


「じゃあこのコインが落ちた瞬間開始ということで」


――ピン


 という甲高い音と共に模擬戦が始まった。

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