第15話 嫌な予感ばかりあたるのは何故?

 レイドの愛のない告白があってすぐ、


「お断りするわぁ」


 と、ミリアがいつもの口調で答えた。


「頼む……頼むよ……! 形だけでいいんだ……今、俺にはがいるから一緒になれないって断ったんだ」


 例の彼女は魔術師のマリエラといった。レイドとひと騒動あったパーティのリーダーは剣士オリバーで、さらにもう一人、棍棒メイスと盾使いのグストがいた。男二人、女一人、全員Cランクの冒険者パーティだ。ちなみに、全員同じ村出身の幼馴染なんだとか。


(そこで既に恋愛どろどろ物語が始まっていそうだけど……)


 そこにポッと出のレイドが入って来たとしたら、まあ彼らからすると面白くはないだろう。そんな気がないレイドからすればとんだとばっちりだが。


 レイドはマリエラから、彼の誠実さに心惹かれたと言われたそうだ。


(下心のなさを誠実と受け取ったか~)


 レイドは最初やんわりと彼女の告白を断っていたそうだ。


「傷つけたくなくてよぉ……その方がいいと思ったんだけど」


 彼女のプライドを守るためもあったそうだが、その相手を気遣う曖昧な優しさが、逆に押せば行けると勘違いさせることになったそうだ。


「こっぴどく振って泣かれでもしたら自分が悪者みたいだもんね~」

「んなっ! わかったようなこと言わないでくれよぉ……まあそうだけど……!」

「この後もこの街で冒険者を続けるなら、他のパーティとのトラブルは避けたいものねぇ」

「だろぉ!?」


 察してくれ、というのは察することができる相手にのみ通用すると理解していなければならない。マリエラには効果がないことを、レイドはもう少し早く気付くべきだった。


 だからレイドはマリエラのイメージ通りの自分になって諦めてもらう作戦をとった。それで『いい人がいる』と噓をついたのだ。恋人を裏切ることは決してできない。そう言って今はなんとか引き下がってもらっている。と現状報告をした。


「それ……まさか恋人の名前を言ったんじゃ……」

「俺は言ってない! 俺は……」


 ということは、他の誰かが言ったってこと!?


「酔っ払いが詰問されて、俺と仲がいいのはミリアかテンペストだって言っちまったらしくて」


 俺は秘密の関係だからって濁してたんだが……と酔っ払いに責任転嫁しようとしている。


「すでに巻き込まれてるんじゃん!」


 マリエラ、絶対私とミリアの情報集めてるでしょ!


「だから冒険者ギルドで待ってたんだよ……お前らが戻って来るのを毎日毎日な……」

「自業自得でしょ」


(まあ、レイドが悪いというわけでもないけど)


 悪くはないが、対処のしかたは問題だ。


「嘘なんてつくからよぉ」


 子供を叱るような声のミリアにレイドはしがみつく。


「頼むっ! とりあえずアイツらが街を去るまででいい……それまで俺の報酬全部渡すから!!! 冒険者人生かかってるんだよ!!!」

「もうほとぼりが冷めるまで他所の街に行けば?」


 私の方は呆れるような声になっていまっていた。同情してあげたいが、巻き込まれているとなると話は別である。


 もうこうなると自分が出て行く方が早い。実際、冒険者同士は揉めるとそうやって距離をとることによって人間関係をリセットする。


「作りかけの武器があるのに出れるかよ……」

「そういうとここだわるわよね」


 冒険者業と同じくらい、レイドは武器作りをライフワークにしている。武器には途方もないロマンを感じると以前も言っていた。自分の作った武器で冒険者として名を上げたいのだ。だから彼は武器工房があるこの街で冒険者活動を続けている。


「修行だと思って一度街を出てみたらいいじゃん」

「今じゃ……今じゃないんだよ~!」


 それに手を貸してくれるって言ったじゃないか~!  と顔を手で覆って泣いていた。


 何でもかんでも手に入れようとするな! と言いかけるが、ついさっきミリアに『全部手に入れるためにやれることやってみなきゃ』と言ったばかりなことを思い出したので、何とかその言葉は飲み込む。


「はあ……しかたがないわねぇ。私がやるわ。恋人役」

「ミリア~~~~~!!!」

「テンペストは既婚者だしねぇ~」


 結局ミリアは私がブラッド公爵夫人というのを信じているのかどうなのかわからないままだ。でもまあ、これが実際問題ミリアの方が恋人役としてはいいだろう。


「相手がAランクの冒険者ならおいそれと喧嘩は売れないでしょ」


 Bランクのレイドに喧嘩ふっかけたという話だが、流石にAランクがどういうものかはわかるだろう。それほど、相対的に能力が認められなければAランクへは上がれない。


「確かにそうだな……ブラッド領にも今ミリアを含めて4人……あ、ギルドマスター抜かすと3人だな」

「あら? 少し前まで5人いたはずだけど」

「……今回のゴタゴタのせいで2人か違う街に行ったんだ」

「うぇぇぇぇ」


 これ、思ったよりずっと影響が大きくなってるな。上位冒険者が少ないのはダンジョンを有する領地として決していいこととは言えない。だから旦那様は冒険者街に力を入れているし……。


(とりあえずまずは諸悪の根源にさっさとレイドを諦めてもらって、別の街に移ってもらうしかないわね)


 だからといってすぐに空気が清浄化されるわけでもないだろうが、酷くなる可能性は減るだろう。


「ミリアが恋人なんて贅沢ね」

「約束通り報酬はいただくけどねぇ」

「はい……しっかり納めます」


 こうして、レイドとミリアの恋人契約が結ばれたのだった。


「街の人は信じるかしらぁ」


 レイドとミリア、そして私は冒険者街を通り抜け、ダンジョンの方へと並んで歩いた。

 例の問題パーティは今、ダンジョンに潜っているらしい。とりあえず、まずはレイドとミリアのカップルっぷりを見せつける作戦だ。そもそもこれで諦めるか怪しいとこだが、タイミングよくミリアの強さを見れば、無駄に向かってくる気も削れるだろうと。


「信じるわけねぇよ。けど多分話は合わせてくれるぜ……辟易としてるからよ」

「よくもまぁ皆耐えてるわね」


 冒険者同士の喧嘩は御法度だが、冒険者は元来血の気は多い。気に食わないなら剣と拳で追い出すなんてことがないわけではないのだ。実際レイドは剣を抜かれている。もちろん周囲が止めたので、それ以上のことはなかったらしいが。剣を抜いたオリバーの方は一晩檻の中、領兵にかなり絞られたらしい。


(旦那様、治安維持には気合いれてるからなぁ)


 それが結局、快適な冒険者生活の維持に繋がるのだ。


 ダンジョンの入り口前で、レイド達といったんお別れだ。


「じゃあ私、時間差で入るね」

「出番がないことを祈ってるわぁ」


 万が一……億が一、相手が身の程もわきまえず、またもや揉めることがあった場合、私が仲裁に入る。私の魔術があれば捕縛ができるからだ。


(眠らせてもいいし、体半分地面にうめてもいいし……)


 とりあえず体の自由を奪う。相手に余計な怪我をさせずに。ミリアの力をもってすれば制圧はたやすいが、やはりお互い刃物を持っているので、より安全なのは魔術だろう。まあ、どっちの魔術も人間相手に使ったことはないけど!


(なんとかなるでしょ)


「いってらっしゃーい」


 と手を振って2人を見送った。 


(さて、15分後くらいでいいかな?)


 あまり距離が開きすぎても、いざと言う時間に合わないかもしれない。暇つぶしにダンジョン前に掲げられている地図を確認する。私がいない間に新しいルートは発見されてはないわね。


「おーうテンペスト! 帰ってたか!」

「ただいま! ねぇ、最近採取系が流行ってんの? 道具屋に網籠が結構出てたけど」


 肝心の冒険者お役立ち情報をレイドから聞きそびれていたな。


「そうそう! なんか珍しいキノコが生え始めててよ~。他所の国では高級品らしくっていい値段になるんだ」


 馴染みの冒険者は気前よく教えてくれる。あちこちの街を周っている冒険者曰く、この程度の情報を冒険者同士で共有するところも少ないらしい。いい意味でピリピリしてないそうだ。


「あ……そういえばお前、気をつけろよ……今ちょっと皆カッカッしててな……」

「あ~聞いた聞いた」

「レイドに会ったのか」


 コクリ、と頷いただけで全て通じた。相手はやれやれとため息をつきたそうな顔をしていた。


「気をつけろよ。やつらミリアとテンペストのこと、聞きまくってたから」

「ウゲェ……」


 め、めんどくさ……。


 じゃあまたな。とその冒険者もダンジョンへと入って行った。


(私もそろそろ行くかな)


 少しだけ冒険者服を整え、ブローチと指輪を確認し、いざ! 久しぶりのダンジョンへ!


「あの……」


 高くか細い声だ。


(うわ~~~……振り返りたくない)


 いつものパターン……嫌な予感がする。


「テンペストさんですよね?」


 これはもう、覚悟を決めて振り返るしかない。


「そうだけど。なに?」


 ああ、いつもはこうじゃないのよ!? と、誰かに言い訳したくなるほど態度の悪い冒険者テンペストを演じなければ。うわ、近づきたくねぇ! と相手に思わせなければ!

 ぶすっとした表情で振り向くと、ふわふわロングヘアの魔術師と、ヒョロっと背の高い剣士と、ガッシリした大柄な体格に棍棒と盾を持った冒険者がいた。魔術師の方は不気味なほど笑顔、残り二人は複雑そうな顔をしている。


「あの! 私、マリエラって言います……テンペストさん、私を弟子にしてください!」

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