第14話 痴情のもつれ

 最近のブラッド領は天候にも恵まれ、寒くもなく暑くもなく、実に過ごしやすい日々が続いている。


「早く使いたい! ウィトウィッシュの盾!」


 まるでゲームのレアアイテムだ。指には魔石の指輪、冒険者用のマントの留め具にウィトウィッシュの盾のブローチをつけ、なかなか様になるヴィジュアルの冒険者になった。


 私は1週間ほど休息をとり、その間に実家から借り受けた秘宝の魔道具の使い方を確かめていた。慣れてきたとはいえダンジョン内は命がけの世界。身を守る術がぶっつけ本番というわけにはいかない。

 

 新しい装備で久しぶりに冒険者街へと繰り出すが、別に何年も離れていたわけでもないので、とりたて変わったところは見当たらない。


(食堂のメニューが変わってるのと、雑貨屋の品揃えが採取向けになってるくらい? なんかいい魔獣がでてるのかな)


 久しぶり〜なんて声を掛け合いながら、冒険者ギルドの方へと歩いて行くと、


「テンペスト〜! ただいま! そしておかえりなさいっ!!!」


 後ろからミリアにムギュッと抱きしめられた。


「ただいま! 結婚式どうだった?」


 ミリアは弟の結婚式のために故郷の街まで帰っていたのだ。それで私までクリスティーナ様の護衛の仕事が回ってきた。


「とってもよかったわ! 結婚願望がわいちゃった!」


 フフフッと相変わらずのんびりとした彼女の笑顔を見て私も癒される。ちょうど昨日、ミリアもブラッド領へと戻って来たらしい。


「どんな人と結婚したいの?」

「私より強くて冒険者家業に理解があるお金持ちかしら~」

「それは……探すのに苦労しそうね?」

「でしょ~?」


 そう考えると旦那様はなかなか貴重な存在だ。それに関しては私は心底感謝せねばなるまい。


(そう考えられるようになったのは進歩よね~)


 心の変化とは不思議なものだ。だがそれはそれ。最近の旦那様の様子をみて多少心のわだかまりは薄らいだとしても、旦那様との競争に負けるつもりはない!


「私、母の薬代のために冒険者になったから、それでお嫁に行けないんじゃないかってとっても心配されてしまって……新薬のお陰で薬代は安くなったし、母もまた働くから帰って来いって言われたの」

「え!?」


 今度は困ったような笑顔のミリアに、私は何のためらいもなく駄々をこねる。


「やだやだやだー! だってミリア、冒険者業好きでしょ!? ミリアの活躍もっと見たい!!!」


 ミリアは初めてできた冒険者仲間だ。こんな高慢ちきな私にも親切にあれこれ面倒みてくれた。彼女が望んだわけでもないのにいなくなってしまうのは、こちらだって納得がいかない。


「あらぁ~ありがとう! もちろん辞める気がないからこの街に戻って来たのよ~……でも、なかなか全部は手に入れられないわねぇ」


 実家に帰ると色々悶々としてしまうのは異世界でも同じなのかもしれない。


「そんなことないよ。全部手に入れるためにやれることやってみなきゃ」


 これは私自身に向けた言葉でもある。簡単に手に入らないことはわかっているいじょう、やり続けるしかない! 場合によっては運が味方してくれることもある。


「ブラッド公爵夫人は言うことが違うわねぇ」


 ミリアはいつもの笑顔に戻っていた。心の小さなもやを吐き出して、を吐き出して少しスッキリしたようだ。


 さて、そうして2人で連れ立って冒険者ギルドへと進む。今回の護衛依頼のランク査定は、王族の護衛というその特殊性から時間がかかると聞いている。


(ていうか、問答無用でランクアップでしょ!? 王族の護衛だよ!?)


 それがそうとも言えないのが冒険者ランク、とのことだ。緊急事態であれば、ダンジョンを受け持つ領主が便宜をはかりランク昇格を約束することもあるが、そういうことは稀である。ただ粛々と、冒険者としての力量を査定されるのだ。少なくともこのブラッド領の冒険者ギルドでは。


(まあ審査基準がしっかりしてないと、依頼主も不安よね)


 冒険者ギルドに依頼を出しても問題ないと外部からの信頼がなければ、そのうち冒険者業も立ち行かなくなってしまう。


 旦那様がネヴィルの復興と私のAランク昇級を競い合う対象として認めたのは、そのことがよくわかっているからだろう。全てにおいて冒険者としての力量を認められなければ、Aランクなど簡単には得られない。そうそう簡単には昇格できないランクだ。


(ミリアの家族……ミリアのすごさわかってなさそう)


 久しぶりのブラッド領の冒険者街が嬉しいのか、ご機嫌そうなミリアの横顔をみてそんなことを考える。

 

「ミリア! テンペスト!」


 冒険者ギルドに入って一番に声をかけてきたのはレイドだった。なんだか本当に嬉しそうな、ホッとしたような顔つきだ。そんなに寂しかった?


「待ってた……待ってたぞ!!!」

「ただいま~ってどうしたの……?」


 なんだか必死の形相だ。目が血走って私とミリアの手を取りブンブンと振っている。


「助けてくれ……俺にはお前達しかいないんだっ!」

「まぁまぁ大袈裟ねぇ」


 ミリアもこれまでに見たことがないレイドの行動に面食らっていた。


「ちょっとレイド! 巻き込むつもりならちゃんと説明しなさいよ!?」


 少し離れたところから、女冒険者が怒号を飛ばす。他の冒険者達の視線もなんだか鋭くて痛い。私に向けられているわけではなくて、刺されてるのはレイドだが。


(巻き込む!?)


「なに……アンタなんかしたの……?」


 レイドは人付き合いが上手い。女冒険者とも男冒険者とも上手くやっていた。冒険者として活動しているが、まだしばらくはブラッド領にいる予定にしているので、特定のパーティは組まず、私やミリアとソロ同士で組んだり、他パーティに乞われて臨時加入して活動している。


「あらまぁ……なんだか私達がいない間に冒険者の人間関係は拗れちゃったみたいねぇ」


 周囲を見渡していたミリアの感想だ。確かに、なんだがギスギスとした空気がギルド内に流れている。職場の人間関係が悪いのはストレスが溜まってよくないぞ! その原因がレイドなのか?


「ここではちょっと……俺ん家に移動しよう……」


 ということで、レイドの実家の武器屋の二階に案内された。レイドの部屋は意外とキッチリ整理整頓されている。これ、お母さんがやってるわけじゃないでしょうね!? 

 私達の為に木椅子を二脚準備し、


「ささ……座ってくれ……」


 と言い、自分はベッドにドサリと座り込む。


「で、どうしたの? なんかヤバイことしでかしたの?」


 あれだけ針のむしろになる出来事、前世の記憶持ちの私ですら原因が想像ができない。

 レイドは一度大きくため息をついた後、蚊の鳴くような声で答えた。  


「痴話喧嘩に巻き込まれてんだ……」

「は?」


 なに? 


「あ! 今、くだらねぇ! って思っただろ!?」

「思ってない思ってない!」


 なんだか被害妄想まで始まっている。それだけ追い詰められているのかもしれないな。


「女性関係で滅びた国が歴史上でもいっぱいあるのよぉ~そんなことは思わないわ~」


 まあまあ落ち着いて、とミリアが半泣きのレイドを慰める。


「ミリア~~~! 俺、俺はお前達にずっと甘えてた……というか、お前達が普通だと思って冒険者やってたってことがよーっくわかったよ」

「……なんの話?」


 いや、私達は冒険者界隈では珍しい上位ランクの女冒険者ですが? と主張したくなるが、おそらくそのことを言っているわけではなさそうだ。


「ミリアもテンペストもいなかったからよ……他のパーティに入れてもらってたんだが、なんかそこにいた女冒険者に惚れられちまって……」

「へぇ~……」


 まあ、あるあるだよね。と言いたいがまだ黙っている。ミリアもいつもの笑顔だが、たぶん同じことを感じているだろう。


(レイドのいいとこは、女冒険者相手にも下心みたいなのが全く見えないところだもんな)


 私やミリアに対してももちろんそうだ。だから男女混合で活動しても上手くやれていた。つまり、レイドは男女の友情は成立する派なのだ! そしてそれが世の常識だと考えていたのだろう。


「で、実はそこのリーダーがその女冒険者に惚れてたらしくって……すげぇ剣幕でキレられて……つーか剣まで抜かれて……あわや殺生沙汰で……」

「わぁ……」


 そりゃ大事になってるな。


「さっき叱られてたのはそのパーティの関係者?」

 

 他の冒険者達からも睨みつけられていたのはどういう経緯だ?


「いや、それが……その事件をきっかけに冒険者界隈が恋愛話で持ち切りになっちまって……最初は皆ただの娯楽話として面白がってたんだが、実は誰が好きだとか、誰が色目使ってて気に食わないだとか……二股がバレたやつもいてよぉ……」


 げ!? なにそれ!? 大学サークル崩壊の序章みたいになってんじゃん!


「しかも俺に惚れてる例の冒険者、俺が関わる冒険者……どころかギルド職員に食堂の給仕にまで喧嘩を売ってるからさ……俺、居場所がなくて」


 とんでもないのに好かれたな!?


「ハッキリ断ったの?」

「何度もな。でも、その言い方も悪い、優しすぎるって他の冒険者にも言われたよ……だから最初は同情気味だった冒険者も今じゃ俺を避ける始末……」


 そうしてレイドはまた半泣き状態で項垂れた。


「……」


 ミリアと私は目を見合わせる。おそらく同じことを思っている。


(関わりたくない……!)


 私もミリアもその手の話は十分注意して活動してきた。人間関係で仕事がし辛くなるのは避けたい。恋愛関係なんてその最たる例だ。


 だが、これまでのレイドとの友情を思えばそうとはいかない。


「手を貸せることがあれば貸すわ」

「私もよぉ~」


 すると顔を上げパァっと顔が赤くるなった。救いの手を待ってましたとばかりに。


「ああ! やっぱり俺にはお前らしかいない!!!」


 そうして即、私達が今回の件に関わったことを早速後悔するであろう言葉を吐き出したのだった。


「どっちか俺の恋人になってくれ!」

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