第13話 お貸し出し

 母が突然やって来たと聞いて驚いたのは私だけではない。旦那様やその周辺もそうだ。

 あのマナーや礼節に厳しいウィトウィッシュ家が事前連絡もなく訪問というのは正直信じられない。この国の貴族の間では、訪問予定などがあれば事前に連絡するのが当たり前である。たとえギリギリであっても手紙を出すことがマナーとされていた。


(どっかの王子様みたいにサプラーイズ! なんて言う家柄じゃないし)


 あのクリスティーナ様でも直前だが連絡はあった。母に抜き打ち検査でもされている気がする。


「ど、どうしよう!?」


 珍しく旦那様が動揺していた。私のことが大好きな旦那様でも、私が冒険者をやっていることをウィトウィッシュ家両親に知られるのは都合が悪いということを理解してくれていたようだ。


「私が不甲斐ないばっかりに貴女が冒険者をやって領を支えてくれていると思われたらどうしよう!」

「それはないです」


 今日はもう謎の勘違いはやめろ! 旦那様の相手までできないんだから! 顔が真っ青になっているということは彼の勘違いの本気度がわかって怖い。


「と、とりあえず時間稼ぎを……」

「承知しました」


 この辺はヴィクターにまかせて大丈夫だろう。彼の真面目を絵にかいたような人柄は母の好みに違いない。


(これ、一日でも帰るのが遅くなってたら……いや、もし昨日の帰宅時間に被ってたりしたらとんでもなかったのでは!?)


 ギリギリセーフ! 


「私はどうすればいい!? テンペストが冒険者として頑張っている旨はもちろん伝えていないが……」


 旦那様が返信した内容は、私は元気にしていること。自分はネヴィルの街にいるが、つい最近私が会いに来たこと、仲良くやっていること……。


(仲良くやっていることぉぉぉ!?)


 やりやがったコイツ! なに勝手にそんなこと言ってるわけ!? 今日の好感度プラスマイナスでマイナスだぞ!


「そ、そその方がご両親が安心するかと思って……」

「今更だろ! 結婚式の日のこと悪れたとは言わせんぞ!?」


 いや、でも確かに破綻した仮面夫婦より、それなりに仲良くやっている方が母からの印象はマシか? 実家は『貴族としての務めを果たせ』というタイプ。たとえ夫に『好きにしていい』と言われているからといっても、領主の妻としての義務を果たしていないとは何事か! それは『好きにしていい』の範疇ではない! と言われるに決まっている。


『我々は領民の血税によって豊かな暮らしができているのですよ。それに見合う仕事をしなければ』


 そう言われてしまうと、前世で給与明細の税金部分を見てため息が出ていた私からすれば、はい……と答えるしかなくなるのだ。だから私の冒険者としての活動が、我儘からのお遊びだと判断されるのが一番まずい。


(あ! でもそれならさっき、旦那様が都合のいい勘違いをしてくれていたじゃん!)


 もはや冒険者バレはしかたないとして、領地のために活動しているとすれば、母の怒りも多少は鎮まるだろう……きっと……。ブラッド家、旦那様公認で冒険者として領地に貢献していると主張すれば、多少のお小言くらいで済むかもしれない。


「御母上とは仲が悪かったのか?」


 私が考え込みながら顔をしかめたり、ひらめいた! と表情が明るくなったりと忙しそうなので、旦那様は心配になったようだ。


「いえ……叱られたくないだけです……!」


 そう正直に答えると、


「ぷっ! あは! あははは!」


 大爆笑しはじめた。なんだ失礼な!


「いや……悪い……貴女があまりにも可愛らしくって……! テンペストにも怖いものがあるんだな……!」


 眉をひそめた私を見ながら、まだ腹を抱えて笑い続けている。


「叱られるのは嫌いです。私に非があるとわかっているのは尚更……」


 そう。私が悪いことを悪いと指摘されるともうゴメンナサイ以外ない。そうすると私はどうにも動けなくなるのだ。日頃攻撃的に生きているしっぺ返しをくらった気分になる。なにより母は正論で潰してくるタイプ。好き勝手やっている自覚がある分、未来予測で怯えてしまう。


「なにを言うんだ! 貴女は何も悪いことなどしていないよ。私が好きにしていいと言ったのがそもそもの始まりだ」

「それが通じる母ではないのです……」

「でも私は冒険者をしている貴女がとても愛おしいから……それをきちんと伝えよう」


 うわ! 恥ずかしげもなくよく言うわ~! って、私が言われているんだけど、特段キュン! とならないのは、旦那様が決め顔をしているからだ。


(決まった……! これで私が自分に落ちるはず! って思ってる顔ね)


 そういうとこだぞ! だがしかし、有難い申し出なのにはかわりない。


「ありがとうございます。旦那様が味方になっていただけるなら心強いです」 

「そ、そうか! うん! 私はいつだってテンペストの味方だよ!」


 私の返事に喜んでしっぽをブンブン振っている。こちらの方が私好みだ。下手に策をめぐらすより、素直な反応が一番。


(来るがいい母よ! 叱るなら叱れ! こっちには天下のブラッド公爵がついてるんだからな!)


◇◇◇


「テンペスト、貴女、冒険者をやっていますね?」


 案内された応接室で、母がひとしきり突然の訪問への詫びの言葉を述べると、母からの好感度を上げたい旦那様が、


『テンペストの生みの親である貴女方は私の家族も同然だ! いつでも気にせず来てくれてかまいませんよ』


 と下手に出たうえ、リップサービス満載の答えを聞いた後、ギラリと光る眼光で私に視線を向け、答えを知っている質問を放ったのだ。


「はい」


 どう来るかわからないのでまずは様子見。余計なことは言わない。一言多くして火に油を注いだことが何度あったことだろう。緊張はしているが、まだ予想の範囲内。なんとかなる。


「では、私が何を言いたいかわかりますね」

「はい。それについて……」

「テンペストを叱らないでくれ! そもそも私が悪かったのだから! 叱るなら私を……!」


 冷静に言葉を選びながら会話をしようと思っていたのに、まさかのカットイン! やめて! まだ出てこないで!!!

 早くも旦那様を味方だと思ったことを後悔しはじめる。領主としての駆け引きは散々やってきただろうに、なんでたまに変な暴走するわけ!?


「今なんと……?」


 母の眉間がピクリと動く。


「私が成人し嫁いだ娘を今更叱るお思いですか?」

「へ?」


 この情けない声は私ではない。旦那様だ。まあ私も旦那様と同じ反応をしたが。うちの母の圧を無意識に感じ取ったのもわかる。でもなに!? 叱りに来たんじゃないの!?


(じゃあ何しに!?)


「ウェンデル様、恐れ入りますが娘と話すことをお許しいただけますか?」

「も、もちろんだ……すまない……」


 話に入ってくんなと言われてアッサリ旦那様は引き下がった。自分だってマナー違反したじゃん! なんて言ったら、一度終わった話を蒸し返すとは何事だ! と叱られるのでもちろん私は黙っている。


 そうして母は改めて私に向き直った。こちらの言葉を待っている。


(大丈夫大丈夫……急ごしらえでも準備した答えがあるんだから……)


 バレないように大きく息をすい、ゆっくり息をはいた。


「冒険者はやっておりますが、この領地のためになることを常に念頭に置いております。危険な飛竜を撃退し、貴重な素材を集め、ネヴィル崩壊も阻止しました。私の力があったからこそ保たれた平和があるのは確かです」


 なにかの面接のようだ。リクルートスーツでも着ている気分になる。


「では。クリスティーナ様の護衛の件はどう領地のためになるのですか?」

「!!?」


 え? え!!?


「あ、えーっとですね……それはその……あのですね……はい……もちろん必要なことであって……あの……」


(何で知ってんの!?)


 どういうルートでその情報を得たのか気になる。旦那様の表情を見ると彼からではなさそうだ。


「く、国のために……」

「本当にそう思っているのなら立派ですがね」


(バレてる!)


 いや、自分の満足のためが一番でそれが国のためになるならいいなとは思っていたから嘘ではない。嘘ではないが……お見通し、そんな目で見られて落ち着かない。


 母は少しだけ目を瞑った。そんなことだろうと思っていたと言わんばかりだ、だが目を開けた時、ほんの少しだけ微笑んでいた。


「貴女は生まれてからずっと反抗的だったけれど……私達の話は理解して、貴女の中でなんとか噛み砕いて、受け入れられる事柄を受け入れていたことは知っています」


 貴族の在り方の話だろうか。まあ確かにパーティやお茶会にこそ行かなかったが、来客があったときなんかは行儀よく振舞った。少なくともウィトウィッシュ家の一員として、貴族の皮を被ることはしてきた。それは今でも上手く生きる術だとわかっているからだ。


「ブラッド家から縁談の話が来た時、もちろん悩みました。貴女が大好物ダンジョンを前にして我慢できるかは怪しいところですからね」


 結果は御覧の通りです。


「貴女を押し込めていることは出来ないとわかっていましたから、少なくとも冒険者と関われるこの街であれば、貴女はまた折り合いをつけ、上手くやるだろうと思っていたのです。……万が一冒険者になったとしても、公爵夫人の肩書があれば周囲から陥れられることもないでしょうし」


(不良債権を処理するために結婚させられたのかと思ったけど……考えてくれたのか)


 ふと鼻水をすする音が聞えたと思ったら、旦那様が涙ぐんでいる。おそらく母の愛を身近でみて感動したのだ。私の涙がひっこむからやめて!


「貴女は破天荒で荒々しい面もあるけれど……情は持ち合わせていることは知っていますから。有り余る力を悪事に使うとは端から心配はしていません」

「お母様……!」

「御母上っ!」


 コラ! 旦那様はこの感動シーンに入って来るな!


「ただし! 『好きにしていい』という言葉があるからと調子に乗って、義務を疎かにしていないかはいつも心配していますよ!」

「……はい」


 やっぱりそこは言われるか~。


(ブラッド公爵夫人としての義務ねぇ……)


「ウェンデル様。このような娘を受け入れていただき、あらためて感謝いたします」

「こちらこそ感謝しかない。彼女のお陰で人生で一番幸せな時間を送っているよ」


(オイ!!!)


 と、いつもの私ならすぐに否定するところだが、今日だけはやめておこう。


「まあ! そんな……そんなことになっていたとは! あの手紙の内容は私どもに配慮してお送りいただいたのかと」


 旦那様から送られてきた『仲良くやっている』と書かれた手紙を両親は疑っていたようだ。流石我が血縁。

 

 今の話で母はご機嫌になった。付き人を呼び寄せ、何やら小箱を受け取る。


「テンペスト、今日私が来たのはとても大切なものを貴女に渡すためです」


 そういって古臭い木箱を開けた。


「これは……?」

「ウィトウィッシュの盾、と呼ばれているものよ。貴女のお父様から預かってきたわ」

「え? ……え!!?」


 『ウィトウィッシュの盾』ってアレじゃん! 500年前の大戦で我が領地を守ったっていう伝説のアイテムじゃん!? 大戦物語の中の架空の物質だと思ってたけど……。


「ほ、本物ですか?」

「ええ。代々の当主が受け継ぐものです」


 ブローチだ。小さな盾をかたどったフレームの中に黒曜石のように光を放つ石がはめ込まれていた。


(ウィトウィッシュ家って本当に黒が好きよね~)


 なんて余計なことも浮かんでくる。


「これは結界を張ることが出来る魔道具。キメラ同様失われた技術が使われているそうよ。大戦時、兵や領民を丸ごと守れるほど強固で広大な結界が張られたとされているわ」

「これ……いただけるので?」


 これがあればダンジョン内でも眠り放題、休憩取り放題じゃん! それほど防御魔法と結界とは強度と維持力が違うのだ。

 わーい! と受け取ろうとすると、後ろにサッと手を引っ込められた。


「これはウィトウィッシュ家の家宝。いずれ貴女の弟が領主になった時に引き継ぐもの……それまで貸すだけですよ」


(あ……心配されてる……)


 母の目を見てすぐにわかった。心配かけて困った娘だ、だけど応援もしてあげたい。そう思っている顔だ。


「あのはブラッド家の血を受けつく者しか使えません。それも魔力がなければ発動できないわ」

「じゃあ今使えるのって……」

「そう。どのみち貴女だけ」


 現時点で生きている血縁者の中で魔力持ちは私だけ。ということは、実家にあっても宝の持ち腐れということだ。


「貴女の弟もこの件は知っているから安心なさい」

「あの子、これには興味なさそうですね」

「ええ、その通りよ」


 フフっと2人で笑った。弟は私とは逆でリアリスト。使えないものなどあっても仕方ない、それなら使える人間が持っている方がよっぽど合理的だ、と。


「だけど貴女が死んでしまえば、それは失われてしまう。それを決して忘れないよう」

「はい」

 

 母の目を合わせてしっかりと答えた。


「うっ……ズズッ! す、すまない……!」


 予想通り旦那様が私の代わりに涙を流してくれたので、私の涙腺はしまったままだったが、旦那様が家族愛に弱くなかったら私が泣いていたかもしれない。

 

 帰り際、母はいつもの母に戻っていた。

 

「事前に連絡を入れて貴女にあれこれ私相手に対策を感がえる時間を与えたくなかったのよ。今回も短時間にしては随分立派な言い訳を用意していたし」

「へへ……」


 それを言われると笑って誤魔化すしかない。


「クリスティーナ様、貴女のことを心配していたわ。我が家のこともね。だからウィトウィッシュ家が他家から不意打ちされないよう、先に教えてくれたの……もしまたいつかお会いしたら、必ずお礼を言うように」


 本人からだったか〜……親切もあるけど、多分チクりの意味合いもあった気がするのは気のせいではないだろう。


「はい……配慮が足りませんでした……」

「まあ私達も覚悟をして送り出したから、すでに対策は考えていたけれど」


 勝気な笑顔だった。いや~すみませんね……余計な苦労をおかけしまして……。


「気にかけてくれる人がいることは当たり前ではないのよ」

「肝に銘じます」

 

 感謝の心ね。そりゃ大事なもんだ。


「くれぐれも怪我には気を付けて……ウェンデル様と仲良くやるのですよ」 

「はい!」


 元気に答えたのはやっぱり旦那様だった。

 

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