第12話 母来る

 手紙のことはとりあえず聞かなかったことにしよう。嫌な予感を振り払って、久しぶりに冒険者の服を脱ぎ、公爵夫人としては質素なドレスを着て温室へと向かう。案外気持ちの面でもうまく切り替えができ、生まれた頃から染みついたものは馬鹿にできないと実感した。


 旦那様はすでに温室で待っていた。これ、さっき決まったことだと思ってたけど……これだけ準備万端ということは元々この流れは仕組まれてたってこと!?


(まあいっか)


 一月ひとつき前とは温室の花々の色も変わっていた。今更腹も立たない。なんとも嬉しそうに旦那様が待ち構えてくれているからだ。椅子まで引いてくれている。今は特段文句をつける理由もない。


「甘いものが恋しいだろうと思って、いいものを用意させたんだ」


 褒めて欲しそうにこちらを見てくるので、素直に感謝もする。クリスティーナ様の側にいたせいか、おこぼれで美味しいものは食べていたので、それほど恋しくもないのだが、空気を読んでおこう。イケメンの笑顔は悪いものではない。


「まあなんて美味しそうなのかしら!」


 目の前のテーブルにはクリームとフルーツたっぷりのサンドイッチが置かれていた。さらにクッキーやマフィンの焼き菓子や、この国ではまだ高価なチョコレート菓子も。


 それにしても、私の心がこれだけ穏やかなのも久しぶりだ。あの旦那様相手にキリキリとしないあたりがそれを物語っている。冒険欲も満たされ、睡眠をとり、屋敷では大切にされ、これでイチャモンのように旦那様の好意を無下にしたら流石に人生2回目としてマズイだろう。


「……もっとなれなれしくってかまわないんだよ?」

「いやいやそんな~……なんのお話でしょう?」


 私の真の姿が冒険者側だと思っているのだろうが、こっち公爵夫人も一応私なので。旦那様が離婚だ! ってならない限りはね。


 旦那様、少しだけ寂しそうな顔をしているが、どちらにしろ荒くれた冒険者言葉をこの屋敷内の人間に聞かせるのは憚られるのは、先ほどマナーに煩い実家の名前を聞いたからか、それとも前世から引き継いだ世間体が私の魂の根底にあるからか……。


◇◇◇


「サイロスの後妻にドット商会のキャサリン令嬢!? 彼女、確か貴方と同じくらいの年齢ではなかったか!?」


 さっそく本題に入ると、旦那様も寝耳に水とばかりに驚いている。望まない結婚をした彼でも、その年齢差は本人達の愛がないならどうなの!? 派に所属しているようだ。


「サイロスは夫人を亡くしてからというもの、ずいぶん小さくなってな……私は代替わりの際に世話になっているから確かに他の商会に比べたら仲はいい」


 やましいことなど何もないと堂々としている。領主が特定の業者と癒着しようが咎められる世界でもないしな。とはいえ旦那様の性格上、えこひいきは考えにくい。


「サイロス商会に魔石を独占的に流す!? そんな噂になっているのか……いや、助かった。早目に対策に動ける」


 そう言って旦那様が後方に目配せをすると、スッと頭を下げてヴィクターが温室から出て行った。


「サイロスは私の気質を理解してくれているからな。阿漕な商売はしないし、うちの領民を多く雇ってくれている。信用している分もちろん便宜は図るが、そこまで優遇はしない」


(やっぱりか~)


 旦那様のこの辺の考えは一貫しているのでわかりやすい。むしろ便宜を図ってるのが意外だったくらいだ。


(大金が絡むと信用できる人間の方が珍しくって貴重だからしかたないのかな)


 女に学は不要! という貴族もいる中、両親は女と言えど勉強するべし、と教師をつけてくれていたので生きるのに困らない知識は持っているが、領地経営ももっと学んでおけばよかった。


(って、違う違う! 私が目指すのは有名冒険者でしょ!?)


 だから経営学より魔獣に魔草に関する知識をつけたのだ。この領地のことを考えるようになったのは、ブラッド領への愛着が強まったから、と前向きにとらえることにしよう。好きなものが多いのは悪いことではない。


「変な噂が過熱しているのですね」

「大きな商売になるのは間違いからな」


 経過は報告するよ、と私を安心させようとハッキリと断言した。


「望まない結婚なんて……誰だってしたくはないだろうから」


 そうしてハッとするように目を見開いたかと思うと、


「きょ、今日はもっと楽しい話をしよう! 貴女の冒険の話をもっと聞きたいんだ」

「私は領地のお仕事の話、楽しんでいますよ」


 認めなければ。私はこの領地を我が家のように感じているのだから、それをよりよくしようと奮闘している旦那様のことを。な!

 

「そうか……うんうん! よかった!」


 自分から口に出した『望まない結婚』の話題に触れたくなかったからか、私がスルーしたことにあからさなに安堵しているのがわかる。


(まあいっか)


 本日2度目のまあいっか。

 

 せっかく気になっていたキャサリンお嬢様の後妻の件も解決の目途がついたことだし、美味しいうちに美味しいものを食べようじゃないか。


 いい香りがするお茶と甘いクリームを食べながら、旦那様は私の武勇伝を楽しそうに聞いてくれた。思ったより聞き上手だ。この世界に守秘義務こそないが、王族の話をあっちこっちでペラペラと話すことはできないので、もちろん身内と言えどもそのあたりの話はしていないが、道中の景色や小さな魔の森の話でも、あれこれ質問を挟んでずいぶん会話が弾んだ。


(旦那様も冒険者になりたかったんだっけ……)


 と、ついついまた絆されそうになる。だがしかし……だ。


(第一印象が最悪なのにこだわって、私も意固地になりすぎてたかな~)


 なんてしんみり反省する気持ちを吹っ飛ばすような爆弾が、急に投下されたのだ。


「あぁ! そういえば貴女の御母上から手紙が届いていたよ」

「え!? 旦那様にですか!?」


 これまたご機嫌に報告してきたがとんでもないことだぞ!? あっという間に嫌な予感が再燃してしまった。


(やばいやばいやばいやばい! 絶対どやされる!)


 この歳になっても親に怒られるのは嫌だ。結婚したら干渉してくることはないと思っていたのに。なんで旦那様に手紙を!?


(婚家に従うべしってタイプの両親だし、私が粗相してないか確かめるため!?)


 母からみたら間違いなく粗相しまくりだ。冒険者やって屋敷のことはヴィクターに丸投げ、ネヴィル復興中の旦那様をほったらかしてお出かけ、貴族の妻の最大の仕事である跡継ぎも見込みゼロ。スリーアウトで逆鱗に触れること間違いなし。


(いやいやいやいやいや、大丈夫……両親も結婚式の日に旦那様が好きにしていいと言っているのは知っているわけだし)


 一生懸命言い訳を考える。なのにどうしても怒られる未来が見えるのはなぜ!? 長らく家族をやっていたからこんな言い訳通用しないとわかっていうから!?


「あの……母はなんと……?」

 

 ギリギリ正気を保ちながら、恐々と内容を尋ねる。


(当たり障りのないことでありますように当たり障りのないことでありますように当たり障りのないことでありますように!)


 そう必死に念じながら。


「ああ。貴女に手紙を送ったが少しも返事がないから……心配されているのだろう」


 あの手紙か! どうやら私がクリスティーナ様の護衛に出てすぐに届いたらしい。ウィトウィッシュ家とブラッド領、手紙であれば1週間ほどでやりとりできるのに、うんともすんとも私から返事がないため、何があったのかと思ったのだろう。……いや……これは……もう……、


(バレてるな)


 昔から散々冒険者になりたいと騒いでいたのだ。私の親であればすぐに察するだろう。


「ネヴィルの街のことも気にかけてくれていてね。有難く建築士の派遣をしてもらうことにしたけどかまわなかっただろうか?」


 私の反応をみて、あれ? やばい? と焦っている。

 旦那様、『家族』に色々と思い入れがあるようだし、母からきた手紙に愛を見出したのかもしれない。


(しまったな。両親との『冒険者』に関しての意見の相違について話しておくべきだった)


 後悔先に立たず。なんて前世のことわざが頭に浮かぶ。


 血の繋がった旦那様の母親、私の義母にあたる人からは、ネヴィルがあんなことになっても心配する手紙などなにもなく……いや、魔石で儲かるのならもう少し生活費を送るよう手紙があったとエリスが憤っていた。そのギャップもあったのだろう。


「いつでも遊びに来てくれてかまわないと返事を出したよ。貴女のご両親だ。来るときは事前に連絡がくるだろうし、そうすればの調整もできるだろう?」

「はい……ありがとうございます」


 確かに旦那様の言う通りだ。マナーや礼儀を重んじるうちの人間がアポなしでやってくるなんて考えられない。無駄に不安に思うのはやめよう。考えるだけ無駄!


 そう。これがいつものフラグだってことを、私は忘れていた。


「お楽しみのところ失礼します……ウィトウィッシュ侯爵夫人が参られました」


 ヴィクターのその言葉を聞いた瞬間。私は久しぶりに白目をむいたのだった。

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