第11話 我が家と指輪騒動

 城壁を抜けると冒険者街が見えた。見知った冒険者用の商品を取り扱う雑貨屋の店主が、おかえり! と声をかけてくれる。


(帰って来た……ああ愛しの我が領地っ!)


 なんて気持ちが湧き出てくるほど、ブラッド領が恋しくなるとは。


 エドラとスティーリア傭兵団と一緒にキャサリンお嬢様をドット商会の拠点があるカリムの街まで送り届け、そこで傭兵団からの勧誘をお断りし、ドット商会の商会長から報酬を搾り取り、お嬢様を激励していたら、結局かなり予定日数をオーバーする帰路となってしまった。


 冒険者としての知り合いの少ない私は、エドラと別れるのを寂しく感じたものだったが、彼女の方はサッパリしたもんで、


「また生きてたら会おうな!」


 満面の笑みでのお別れとなった。


「生きてたらブラッド領にも遊びに来てよ!」

「生きてたら王都にも来てよね!」


 そこから今世で初めての正真正銘の一人旅だった。本当の自由だ。ここまでこれたことに自分自身が誇らしくもあるが、やはり誰にも頼らず1人で自分の身を守るというのは神経を使う。前世ほど治安がいい世界ではないので自衛は当たり前だが、それがわかっている分、余計に気を張っていたので疲れてしまったのだ。


(キャサリンお嬢様すげ~~~!)


 素人のお嬢様が1週間一人で過ごしたのだから、ランクBの冒険者である私は負けていられないのだが、正直なところ彼女、結構この手の才能があるのでは? と思わずにいられない。


(落ち着いたら旦那様にサイロス商会のこと聞かなきゃな)


 キャサリンが後妻に入るという話が出ている大きな商会だ。ここの商会長は間違いなくレルフとは違い、キャサリンとは大きな年齢差がある。キャサリンが孫でもおかしくない歳のはずだ。

 領地経営に口をはさむ気は少しもないが、キャサリンとは縁が出来た。そちら側からの立場として言いたいことは言わせてもらおう。

 冒険者街の大きな通りを歩きながら、これからの予定も考えるなんて偉いぞ私!

 この街は私が出て行った時と少しも変わらない様子だった。


(って、たかだか一か月だもんな)


 時折知り合いに会い声を掛け合うと、帰って来たんだという実感がさらに湧いてきた。この感覚はなんだか幸せだ。


「おかえりなさいませ……!」


 屋敷の玄関では、見たことがないほど嬉しそうな顔のエリスが出迎えてくれた。


「ただいま!」


 いや~いいね。ただいまって言える場所があるのは。冒険者としてはどうかと思わなくもないが、私は安定した生活をしながら冒険者がやりたいという我儘を自覚しているのでよいとしよう!

 屋敷の奥からドタドタと足音も聞こえてきた。いつも静かな屋敷なのになにごと!? 


「おかえり! おかえりテンペスト!」


 旦那様だ。どうやらちょうど屋敷に戻ってきていたようで、執務室から私の姿が見えたのか屋敷の主にあるまじきスピードで走ってきたようだ。


「……奥様のお帰りが遅いとご心配されて、屋敷でお待ちになっていたのです」


 エリスが小声で教えてくれた。なんだ可愛いところがあるじゃないか旦那様。大型犬のように尻尾をブンブン振っている姿が見える。

 よーしよしよし、イイコだイイコだ! と、手を上げたところ……


「な……なななななななんだその指輪ー……!?」


 こちらに向けて指をさし、青ざめている。こら、失礼だぞ。

 私の指にはめられた魔石の指輪に気が付いたのだ。なかなか目ざといな。


「ああこれは……」

「わ、私というものがありながらぁぁぁぁぁ!!!」


 大騒ぎをして今にも泣きだしそうだが、まずは話を聞け!


「しっ! 静かに!!!」


 私の方はひとさし指を唇にあてて、幼い子供に言って聞かせるような視線を向けると、ぐぐぐ……と旦那様はなんとか正気を取り戻し、まだまだ喚きたそうな表情をしながらも、それをぐっと飲みこんだ。


「これはクリスティーナ様から賜った魔石の指輪です」


 私なかなか頑張ったんですよ? と、付け足す。なんなら確認をとってもらってかまわない。そういう記録は残っているだろうし。


 すると衝撃が急に消えたからかフニャリと体の力が抜けたように崩れ落ちた。急いで側にいたヴィクターが支える。こんな旦那様見たことがないと言いたげな表情付きだ。


「よかった……よく冒険者と依頼人が恋に落ちるという話を聞くし……貴女は美しくそれでいてカッコいいから冒険者仲間と何かあったのかと不安になって……取り乱してすまない……」


 いやまさにそんな感じのに巻き込まれて帰宅が遅くなったんだけどね。


「前にも言いましたけど、私、現状をとても気に入っているのです。旦那様を裏切ってその大切なものを失うような真似はいたしません」


 そこは信用してほしい。元々愛のない結婚だったし、やりたい放題やってはいるが、それはそれとして、最低限のことは守るだけの倫理観は持っている。


「大切なもの……!?」


 この単語だけ取り出して、晴れやかな顔になっている旦那様。彼のポジティブ思考に引っかかったようだが、私は今日は疲れている。ツッコむのも体力いるんだよ!  


「旦那様。わざわざ私のためにお出迎えまでしていただき感謝いたします。ですが今日は部屋で休ませていただけますでしょうか」


 マジで頼むよ。私は風呂に入ってベッドで寝たいんだ。


「あ……ああ! もちろん!」


 機嫌が直ったのからかニコニコとしていたのが、


「それから明日お時間いただけますか? 少しご相談したいことが……変なことではございません!」


 急に不安気な表情に変わってのですぐさまフォローする。情緒不安定か!?

 エリス曰く、旦那様は私がもう帰ってこないのではと心配でしかたなかったようだ。そういわれると悪いことをした気がしてくる。


(見捨てられるのが怖いのかな~)


 幼い頃、突然家族を失ったからか、そういう不安がずっと付きまとっているのかもしれない。こりゃちょっと言い聞かせた方がお互いのためかもしれないな。


 そんな珍しく真面目なことを考えてはいたが、久しぶりに湯船につかり、冒険者のプライドを捨て公爵夫人の特権を利用し、使用人たちに寝支度を一から十まで面倒を見てもらってそのままフカフカベッドへ倒れ込んだ後は、気絶するかの如く眠った。


 我が家は安心する匂いに包まれていた。


 目が覚めた頃には翌日の昼になっていた。これだけ睡眠をとったのは本当に久しぶりだ。天気も良く、大きな窓の大きなカーテンの隙間から日差しが入り込んでいた。


 おはようございます。と優しいエリスの声が聞こえる。


「……旦那様は?」


 あくびをし、目をこすりながら尋ねる。今日からまた忙しいぞ。やることやらないと落ち着かない。


「まあ奥様! 離れてわかる気持ちもあるといいますものね!」

「違う違う違う違う!」


 エリスも嬉しそうに勘違いを始めたので急いで訂正した。寝ぼけまなこで、キャサリンお嬢様の護衛依頼を受けた時の出来事を伝え、ついでに情報収集だ。


「ドット商会とサイロス商会ですか」

「なにか知ってる?」


 具体的には後妻の話ね。

 エリスに身支度を手伝ってもらいながら、批判を込めて1人の乙女が、彼女の意志など無視して婚姻の話を進められていると語気を強めて話した。


「ドット商会は最近、貴族向けの商品にも力を入れ始めたと聞きました」


 それはキャサリンから聞いたな。うちの領地で作られた質のいい武器に細かな装飾を入れて金持ち向けに商売を始めたとか。


「それからサイロス商会の商会長は亡くなった奥様とずいぶん仲がよろしかったはずですから、後妻の話は少々意外ですね」


 私が嫁入りする少し前に亡くなったとのことなので実際のところはわからないが。


「じゃあ後妻の話はドット商会のゴリ押しの可能性もあるのか」


 色んな商会がこぞってサイロス商会に近づきたがってるって、キャサリンも言ってたもんな。冷血公爵なんて言われている旦那様よりは可能性があって取っ付きやすいのかもしれない。


(いやいや、孫がいる人と結婚するより取っ付きにくいと思われてる旦那様って……)


 なんて考えていると、


「奥様、今日は旦那様と温室でお茶などいかがですか? この件、ご相談されたいのでは?」

「別にわざわざお茶なんてしなくても……執務室に行くし」

「まあそんな! たまには夫婦の時間を作ってもよろしいではありませんか!」


 たまに彼女からは有無を言わさぬ圧力を感じる。若干今世の母を思い浮かべるその様子を見ると、ノーとは言えない。


「えぇ……じゃあまあ……」


 旦那様に買収でもされたんじゃないかと疑っちゃうぞ!? いや、そう言えば元々そういう気配はあったんだよな……。私が冒険者をやっているってことが正式に判明してからはそれほどくっつけようって気はなくなっていたようだけど。


(あ……そもそも旦那様がネヴィルにいるからどうしようもなかったのか)


 エリスは私達夫婦が夫婦らしく過ごすことを、少しも諦めてはいませんよとばかりの笑顔を見せた。

 

「ああそれから、ウィトウィッシュ家からお手紙が届いておりますので、後ほどご確認ください」

「えっ!?」


 なにそれ! なんだか嫌な予感がするんだけど!?


 テーブルの上に見える封筒に視線をやり、内容を想像しただけでなんとなく気持ちが落ち着かなくなるのだった。

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