第10話 思い込みは厳禁ですが、そういうこともある
魔の森というのは、ダンジョンとは違い魔獣が自然発生することはない。だが、どこからかやってきた魔獣が根付き、繁殖する場所ではある。要は魔獣達にとってとても住みよい環境なのだ。
――ポトリ
と、小さな音をたてて落ちてきた手のひらサイズの、蛭に似ている吸血型魔獣。そうしてキャサリンお嬢様の悲鳴が戦闘開始の合図となった。わらわらと魔獣達が姿を現したのだ。悲鳴のせいか、端から私達を狙っていたのかはわからないが。
「魔の森は魔素が多いって話だけど、個人的にはあんまり感じないんだよ……ねっ!」
ねっ! のタイミングでパスンと蛭が真っ二つになった。
全員馬で細い道を駆け抜ける。とりあえず私は大きな木の上から次々落ちてくる蛭を、風の魔術で払ったり切り裂き続ける。上を見続けているので首が痛い。
「魔力持ちはそう言うな~俺らみたいな魔力があるだけって人間にはまあ有難いところだ……よっ!」
よっ! のタイミングで、前を走るフィリックスが、矢のような勢いで向かってきた意志を持った蔦を切り払った。
「止まれ! ここで数を減らす!」
多少開けた場所に出た。ここなら先ほどまでとは違い動きやすい。
魔素とは自然界に漂っている魔力の元だ。その魔素を使って魔術を発動するのが、フィリックスが今地面に必死になってステッキを使って描きこんでいる魔法陣。魔力量の少ない魔術師が使うことの多い代表的なものだ。周囲の魔素をエネルギーとし取り込むこともできる、まさに魔の森にぴったりの魔術である。
私とエドラとバージは、早く早くと思いながら、じわじわと近づいてくる魔獣の相手をしていた。
「おっし。防御魔法陣完成! お嬢様とエドラはこの中で待機!」
「はいよ!」
「お、お気をつけて……!」
一滴、フィリックスの血が魔法陣に触れた瞬間、淡く光って魔法陣が発動した。半ドーム型の膜がエドラとキャサリン、それから馬たちを固く守る。
私が防御魔法を使ってキャサリンお嬢様と一緒にいてもいいのだが、なんせ出るわ出るわの大サービスってくらい魔獣が群がって来たのだ。小物ばかりだが、中距離遠距離ともに攻撃できる私が出張った方がいい。
「ある程度倒しきったら馬で駆け抜けるぞ!」
「了解!」
相手の脅威の度合は決して高くはないが、強行突破できないほど群がってきているのだ。
「……なんでこんなことに」
バージがぼそりと呟いた。彼の言う通り、ジンクスを抜きにしたってこの状況はおかしい。
「あ!
「だろうな」
食物連鎖のトップが消えたから下が好き勝手し始めたのだ。むしろ抑圧されていた鬱憤が溜まっていたのか我先にと人間に向かってきている。
「おいしょー!!!」
「なんだそりゃ!」
フィリックスにツッコまれたが、私の魔術発動の掛け声だよ! どうも掛け声がある方が上手く魔術をコントロールできる。やはりイメージに関わっているからだろう。
(呪文の詠唱なんかもそういうイメージ作りに役立つんだろうなぁ)
時間がかかるのが難点だが。言葉を表に出して耳で聞き、イメージを作り上げるのはいい方法だろう。
私の電撃魔法が魔の森を駆け巡り、小さな魔獣達を打ち抜く。大きな鼠、毒を吐く蛇、歩く太い蔦を持った植物、鋭い針が全面に出ている昆虫……大技を使うと森の木々も同時に破壊し、道を塞ぐ可能性もあって使えないので地道に駆除、駆除、そして駆除だ。
(弱くても数がいると厄介ね……!)
それに的が小さいのでいつもは使わない余計な神経も使う。大技で薙ぎ払えないとなると、私とはすこぶる相性が悪い。
フィリックスもバージも、実にリズミカルに魔獣を倒していっていたが、同じく虫一匹通さないように集中しているのがわかった。
そうしてようやく、道の先が見えてきた。
魔の森の規模が小さかったのが不幸中の幸いだ。これ以上追加はないだろう。
「一気に抜けよう!」
フィリックスが頷いたのを確認し、エドラが地面に描かれた魔法陣を地竜の短剣で傷をつけると、パリンとガラスが割れるような音がし、魔法陣が解除された。
あとは全員がエドラとキャサリンお嬢様が乗る馬を守りながら、どうにか魔の森を無事抜け出すことに成功した。
全員ゼーハーと汗だくになっている。風呂に入りたい。
(こりゃ報酬、たっぷり弾んでもらわないと……)
おそらく全員がこう思っただろう。申し訳なさそうな顔をしているお嬢様を見るに期待は出来るのが救いだ。
◇◇◇
(ついた~~~!)
ユックの街は疲労困憊の我々とは違い、穏やかな時間が流れているようだった。すでに夜が迫っており、家路につく人や、さあ飲みにくり出すぞと、楽しそうな人々が通りを歩いている。
「エドラとバージは宿を取りに行ってくれ。俺達は冒険者ギルドに行こう」
フィリックスは段取りがいい。冒険者時代はパーティのリーダー役だったらしいが、彼のチームならストレスが少なそうだ。
「レルフは黒髪なんですよね?」
キャサリンに意中の彼の容姿を確認する。この国では黒髪はやや珍しい部類なので、もしこの街にいればそれほど探すのに苦労はしないだろう。
「真っ黒で、短く刈り上げています。あと、顎鬚もあって……とてもたくましくてカッコイイので、すぐわかるかと」
キャサリンお嬢様はポッと頬を赤くしたが、同時に告白タイムが近づいていることを思い出したのが、緊張した面持ちになっていた。
ユックの街は大きくないので、商業、職人、冒険者ギルドが同じ建物内に存在した。役所のような場所でもあり、全てここで完結する。
「あれ? アイツ……黒髪だ!」
フィリックスがいち早く気が付いた。ちょうどギルドがある建物の入り口の近くに、背の高い黒髪の男の後ろ姿が見えたのだ。
「え!? さっそく!?」
ここに来て運が向いてきた。連絡手段の乏しいこの世界で、人探しはなかなか大変だ。この街にいない、とハッキリわかるならまだいいが、もしかしたらいるかも、昨日まではいた、ちょっと待てば戻って来るかも……なんて不確かな情報が集まったらやっかいなことになりかねない。
(延長戦回避よ! 回避!!)
キャサリンお嬢様の表情からも期待と不安が読み取れるということは、彼のシルエットは限りなくレルフに近いと言うことだ。私はダッシュで建物に入っていきそうな黒髪の彼へ突撃する。
「あの!!! そこの……そこの黒髪の人!!!」
振り返った若者を見て、私はガッツポーズをしたくなった。おそらくキャサリンお嬢様の側にいるフィリックスもそうだっただろう。
「ん? 俺になんかようか?」
刈り上げて、顎鬚、たくましい腕! コンプリートだ! カッコいいかどうかは個人の好みなので言及はしない。
「あなたレルフね! 探してたの! キャサリンお嬢様がね!」
え? とポカンとした表情の彼の腕を引いて彼女の方へと連れていく。
(あれ? あれはどういう感情を込めた表情……?)
お嬢様の方もあれ? という顔をしている。え!!? 別の人!? そっくりさんだった!?
「レルフじゃ……ない?」
キャサリンお嬢様の目の前に来て確認することではないが、全員があれ? とかたまってしまったので私が声をかけるしかない。
「レルフは俺の親父だよぉ! あんた! キャサリンお嬢様か!? 最近まで親父が護衛してたっていう!」
若者はパァっと顔をほころばせて、話は聞いてるよ! と、ばかりに愛想よく振舞っているが……。
(親父!!?)
ってことは、レルフは既婚者……いや、少なくとも私より少し年上の息子がいる年齢ってこと!!? いやぁ~当たり前だけど思い込みはダメだな~。
(後妻に入るの嫌がっていたし、てっきり同年代かと……)
いやいや、反省会はあとだあと! 現状をどうにかしなければ。
フィリックスと目があうと、彼もどうしようと困り果てているのがわかった。お嬢様が既婚者に恋するのは正直なところ、冒険者に恋するより外聞が悪い。肝心のキャサリンお嬢様はと言うと……。
(フリーズしとるっ!)
既婚だということをしらなかったのか、自分と同年齢程度の子供がいることを知らなかったのか。兎にも角にも雷に打たれたがごとく衝撃をうけているのはわかった。
「あ、あの……レルフ……さんはどちらに……?」
「親父にようか? ギルドにいるぜ! この街で俺と待ちあわせしててよぉ~孫の顔見に来たんだ……って大丈夫か!?」
「うぁー!!! お嬢様ー!!!」
グニャリ、と腰が抜けたようにキャサリンお嬢様が倒れそうになったので急いで受け止める。予想外の事実が出てきて彼女の心が受け止め切れていないのだろう。
(やばいこれ、どうすればいいの!?)
お嬢様の望み通りレルフに合わせるべき!? そもそも思いを告げさせてもいいのかな!? どうにもなるつもりがないなら告白ぐらい……え、でも流石にマズイ? 世間の常識はどうだろう……いや、そもそもキャサリンの今の気持ちは? ああ、ぐるぐると頭の中で答えの出ない問答が続く。
「おーいライル! すまんがちょっと大変なことに……うぉ! キャサリン様!?」
ライルと呼ばれたのが息子の方なのだろう。私とフィリックスがどうしようかと考えあぐねていたせいで、探し人レルフも合流してしまった。
「あ……あ……」
キャサリンは動物の鳴き声のように、あ……とだけ言葉を発している。
「キャサリン様! よかったすぐに見つかって! なんか俺達が駆け落ちしたことになってるらしいですよ!?」
「えええ!? なんだそりゃ!?」
レルフとライルの親子は、2人そろって青天の霹靂とばかりに驚いている。そりゃそうだ! どうやらレルフにはそんなつもり、微塵もなかったようだし。
「あの……はい……大変ご迷惑をおかけして……あの……その……私……」
あわあわと目を回しそうなお嬢様。
「あの、ちょっと場所を変えませんか?」
このままじゃ埒が明かない。中途半端に終わってもお嬢様にとっていいことはないだろう。
「ああもちろん! キャサリン様大丈夫ですかい? 顔色が変だ……」
赤いのか青いのかわからないが、とりあえず血の気は引いていた。
◇◇◇
ライルおすすめの食堂で、簡単な食事を前にしてまだキャサリンはかたまっていた。だが血の気はもどっているので、落ち着いては来たようだ。
「お子さんはどちらに?」
レルフの孫って本当に存在するの? と確認をこめて尋ねる。たしかに、レルフはそれほど年配には見えない。キャサリンお嬢様が孫を想定するのは難しい見た目だ。
「この街のすぐ近くなんだ。俺、こう見えて先生やってんだよ。親父がこの年まで冒険者やって俺が勉強に集中するために援助してくれてて……いい加減楽させたくってな。それで街に呼んだんだ」
この国には寺子屋のような制度がある。ある程度学問を修めていなければ『先生』という肩書は持てないので、しっかり勉強を続けたのだろう。もちろん、そうなるにはお金もかかる。
「俺はやりたくて冒険者やってんだよ! それに息子が先生なんて、冒険者仲間に自慢できるからな! 母さんが生きてたら飛び上がって喜んだろうよ!」
ハハハ! と照れるように笑っていた。仲のいい親子だ。
そしてその様子を見て、キャサリンお嬢様が寂しそうに笑ったのが見えた。
「レルフ様。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。貴方にきちんとお礼を言えなかったのが心残りでここまで追いかけてきてしまったのです。父が変な勘違いをしているのようなので、至急訂正の連絡を入れますわ」
「なんだぁそんなこと! キャサリン様は相変わらず律儀でお優しい!」
豪快にレルフは笑っていた。冤罪をかけられたことなど少しも気にならないようだ。
「食べましょう! ここは私の驕りです!」
開き直ったとばかりに、キャサリンお嬢様はエールを飲み、マナーなど知らんとばかりにガツガツと肉を食べていた。レルフもライルもニコニコ美味しそうに飲み食いしているが、合流したエドラとバージはすぐさま何かを察し、我々護衛組は、キャサリンの気持ちを思うとどうも騒ぐ気にはならず、大人しく夕食をいただいた。
(カラ元気が痛々しい……)
だけど、かける言葉が見つからなかった。
キャサリンはレルフとの別れ際、
「貴方に護衛してもらって本当によかった……それで私は、私がどう生きたいのかわかったのです」
「キャサリン様ならきっと望んだとおりの人生を送れますよ。なんたって優しくて賢くて努力家だ!」
「ありがとう。どうかいつまでもお元気で」
そうして彼とギュッと力強く握手をし、望みを1つだけ叶えたのだった。
「……よかったのですか?」
「いいのです。これで、いいのです」
宿屋への道すがら、キャサリンお嬢様は自分に言い聞かせるようにその言葉を繰り返していた。その表情は酔ってはいたが、夜の涼しい風に吹かれ晴れやかだった。
「そういえば、テンペストという名……ブラッド領の公爵夫人と同じですね」
話題を変えたかったのか、それとも本当に吹っ切れたのかわからないが、なんだか楽しそうに私に話題をふってきた。
「ええ。本人でございます」
えへへと笑って見せると、キャサリンお嬢様は大爆笑だ。ちなみに他の3人も笑っている、いつものパターンである。
「まあ! まあ! フフフ! 公爵夫人が冒険者をやれるなら、ただの商家の娘の私にだって望みはありますね!」
そうして上機嫌にステップを踏みながら夜の街を進んでいった。
私はもちろん、その言葉が彼女の本心だとはこの時ほんの少しも思ってはいなかったのだった。
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