第9話 傭兵団と共同戦線

 お嬢様キャサリンの身の上話を聞く前にハッキリお断りをすればよかったのだ。


わたくしが駆け落ち!? お父様がスティーリア傭兵団を雇った!?」


 彼女の現状を教えると、本人も全く予想外の状況だと心の底から驚いている。


「私がレルフ様を一方的に追いかけているだけなのです……見つけたら帰ると置き手紙に書いたのですが、まさか傭兵団まで雇うなんて……」


 小さな手のひらで頬を覆い、大変なことになってしまったと青ざめているが、そりゃこうなるだろ! っと思っているのが私とエドラだ。

 残念ながらこの世界、身を守る術もない女子供が簡単に、そして安全に移動できる世界ではない。


(本人、それがわかってるからハンドボムなんて持ち歩いてたんだろうけど)


 しっかり冒険者らしい服装と装備をしている。それだけで自衛にはなるので、おそらく下調べはしていたのだ。初めて冒険者装備を揃えるのにあたふたした私よりも現実を見据えていたことがわかる。なのに、お嬢様である自分がいなくなったらどんな騒ぎになるかわからないとは! 認識がチグハグだ。


「私だって一度は彼を忘れようとしたのです! だけど、父に後妻に入れと言われて……どうしてもこの気持ちだけは伝えておきたくて……」


 その気持ちはわからなくもないけど、もうちょっとやり方があるのでは? という言葉は押し込めた。なぜなら、彼女の嫁入り予定の人物の詳細を知っていたからだ。


「サイロス商会って……あの人もう孫もいるじゃない!?」


 相手はまさかのブラッド領とも取引きのある大きな商会の商会長。主に装飾品として利用できる魔獣の素材を多く買い取ってくれている。


「へぇ〜いまだにそんなことあるんだ」


 エドラはのんびり驚いている。


 大きな年齢差のある結婚というのは、本人達の気持ちより家同士の繋がり重視なこの世界の貴族や金持ちの間ですら最近はあまりない結びつきだ。貢物のように若い娘を差し出すのは、あからさますぎる! と、世間から不興を買ってしまう。


「はい。なにしろサイロス商会はブラッド領の魔石取引権を独占するという話でして……あの方はブラッド公爵と仲がいいことは商人の中では知れ渡っていますから、我先にと娘を差し出す商人が殺到しているのですよ」


(え!!? そうなの!!?)


 自嘲気味に話すキャサリンを横目に、私はただ驚いて目を見開くしかない。いや本当に知らなかった。


(旦那様、仲のいい人とかいるんだ……!?)


 わりといつもツンツンしてるからそんな相手がいるとも思わなかった。クリスティーナ様が押しかけて来た時の夜会でも、お客様相手に冷たい視線と言葉ばかりで私の方が気を使ったくらいだ。ああ、思い出して腹が立ってきた。


 そんな私の表情を、倫理的に批判しているのだと判断したキャサリンお嬢様は、それ今だ! とばかりに泣き落としにかかってきた。


「レルフ様と一緒になれるとは思っておりません! ただ初めて恋に落ちた相手に最初で最後、想いを告げてただ手だけでも握ってもらえたら……そのほんの少しの思い出で、私はきっとこれから何があっても頑張れるのです!」


 ウルウルと目を潤めて訴えてくる。


「レルフって奴の行き先はわかってるの?」


 エドラがやれやれと尋ねている。え!? これ、手伝う流れになってる!?


「ユックの街に行くと言っていました!」


 だからアチラから逃げてきたのか、とエドラと目を合わせた。キャサリンが逃げてきた方向にユックの街がある。ただ途中に小さいが魔の森があるので、冒険者や傭兵でなければあまり通らないルートだ。ドット商会が拠点を置く、カリムの街からだと確かにこのルートが最短距離ではある。


「わかった。とりあえずユックの街までは一緒に行くよ」

「わぁ! ありがとうございます!」


 喜んで瞳を輝かせるキャサリンお嬢様とは裏腹に、えぇ~! と、のけぞりそうな私を見て、だって可哀想じゃん。とエドラは軽い感想を口ずさんでいた。


(こういう軽いノリで生きるのって冒険者っぽいな~)


 と、元傭兵のエドラに感心もした。なのでここは私も、ただ彼女への小さな同情だけで引き受けることにする。偽善も欺瞞もなんぼのもんじゃい!


「じゃあどうせもうすぐ到着する、スティーリア傭兵団を待とう」

「そうだね。護衛は多い方がいいし。アイツらなら話は通じると思うから協力してくれるよ」


 自分を連れ戻そうとする相手を待つと聞いて、少し顔が陰ったキャサリンを安心させようとエドラは優しく諭した。


(お嬢様を必死に探している彼らに不義理は出来ないしね~)


 我々の予想通り、まもなく先ほどの爆音を聞いたスティーリア傭兵団の兵士達がやってきて、エドラの予想通りユックの街へ行くことを了承してくれた。


「キャサリン様、お父上はかなり心配されておられます。ユックの街にレルフがいない場合はそのままカリムの街に帰ること、どうかご容赦ください」

「わかっています。……協力いただけるだけで感謝ですわ」


 始めからこうしておけばよかったかしら、とキャサリンは悲しそうに小さく笑った。


◇◇◇


「……あの場でお嬢様を引き留めていてくれて助かったよ」


 もうすぐ魔の森に入る頃、スティーリア傭兵団のフィリックスが私に小さく声をかけてきた。キャサリンお嬢様はその後ろで、エドラと馬に相乗りしている。

 フィリックスは頬に大きな傷跡がある、背の高い傭兵だった。爽やかな男前だ。腰に長剣と短い杖ステッキがさしてあるので、おそらく魔術も使えるのだろう。3人の中ではリーダー格なのだとわかった。

 もう1人キャサリンの後ろに張り付いているのが、バージという槍使い。彼は筋肉質で口数が少ない。残り1人のヒナリという傭兵は現状を伝える為、一足先にカリムの街へと馬を走らせた。


「探している人を放っておいて勝手はできないでしょ」


 冒険者たる者、仁義を通すのは当たり前! と言いたい所だが、この世の中そうじゃないからわざわざフィリックスは礼を言ったのだ。


「けどあなた達も怒られない? 依頼主ドット商会はキャサリンお嬢様とレルフって冒険者を合わせたくないんじゃないの?」

「まぁ実際のところはそうなんだろうが、俺らはレルフとキャサリン様を探してくれって言われたからな。レルフの居場所がわかるならそれも依頼の内だしよ」


 アハハと誤魔化すように優しく笑った。なるほどエドラが信用するだけある。傭兵団は冒険者より戦闘に特化した者達の団体だ。荒くれ者もより多い。そんな中でこんな爽やかで穏やかな人間がいるとは。


(もしもの時は旦那様に進言しよう。スティーリア傭兵団がいいよって)


 まさかフィリックスは自分が上手く営業活動できているとは思うまい。


「魔の森に入るぞ。馬なら1時間程度で抜けられるが油断しないように」


 最近じゃ狼型魔獣ウォーグの群れが出るんだ。とバージがボソッと言っている声が聞えた。


「ウォーグならテンペストが倒したよ」

「えぇ!!?」


 なんと奴ら、冒険者ギルドに討伐依頼が出ていたらしい。


「全部燃やしちゃった……」

「一応報告だけでもしといた方がいいな」


 ああ……これ、私が倒したっていう証拠がないから無報酬、ランク査定もノーカウントだ。


(いやいや、私が目指すカッコイイ冒険者はそんな些末なこと気にしない気にしない気にしない……)


 ああー! でもやっぱりもったいなかったなぁぁぁ! と思ってしまう。まだまだ人間として小さいぞテンペスト!


 先頭にフィリックス、真ん中に私とエドラとキャサリンお嬢様、そして後ろにバージの順で列を作って歩みを進める。キャサリンは明らかに顔が青ざめて緊張していた。


「大丈夫。たとえ何があっても全力で守りますから」


 私達、それなりに強いんですよ? 報酬、覚悟してくださいね? と何とか和ませようとあれこれ話しかける。

 まるでバンジージャンプの台に上っているかのような表情だったので、どうにか安心させてあげたかったのだ。


(本当にお嬢様として暮らしてきたら、こんなとこ魔の森近づくことすらなかっただろうし)


「そうさ。さっきテンペストの強さは見ただろう?」


 エドラも同じく励ます。すると気を使われたのがわかったのか、エドラはなんとか無理やり笑った。


「そうですね。この魔の森は何も出ないことも多いと言いますし……大丈夫ですよね!」


 その瞬間、護衛にあたる4人は……プロ意識のある我々は……決して声には出さなかったが、同時にこう思っていたのだ。


『言っちゃった……』


 と。


 これは冒険者の間でよく言われるジンクス。傭兵団の2人も冒険者出身だからやはり知っていた。


『魔の森で、何も出ないと言うと出る』


 これはどんなに小さな魔も森でも舐めてかかるな、という教訓でもあるのだが、実際油断してこの言葉が出る時に限って『出る』のである。


 そうして今回も、ジンクス通りのことが起こった。ということで、私は人生初、傭兵団との共同戦線を張ることになったのだ。

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