第8話 家に帰るまでがお仕事です

 大仕事が終わり、エドラは王都へ次の依頼を受けに、私はブラッド領へ向けて出発した。


(屋敷のベッドが恋し~!)


 まさかブラッド領がこれほど我が家のように感じることになるとは。


 乗合馬車を乗り継いで帰る予定だったのだが、クリスティーナ様の計らいで馬を与えられた。お尻は痛いが、自分のペースで動ける。


(さっさと帰れ! ってことよね~)


 もちろん馬は安いものではないので有難く頂戴した。エドラも大喜びだ。どうせなら途中まで一緒に帰ろうとも誘ってくれた。


「エプリオの街まで一緒に行こうよ。テンペストの話、面白いからさ! もっと聞かせて欲しい」


 彼女は私とクリスティーナ様……じゃなかった黒髪侍女とのただならぬ関係を目を見開いて驚いていたが、


「ちょっと前にたまたま一緒に仕事したのよ」


 ネヴィル再建は仕事というより事業だし、やってるのは旦那様だけど、中らずと雖も遠からずあたらずといえどもとおからずってとこでしょ。その前のひと悶着あったパーティも私としては仕事をしたようなもんだし……。

 エドラがこれ以上追及してこなかったのは、王族関係の仕事の内容を私がホイホイ喋るわけがないとわかっているからだ。知り合いだったということがわかっただけでやっぱりそうかと満足していた。


「そういや魔石ってブラッド領でも採掘されはじめてるんだろ」


 私が早速指輪を付けているのを見て、エドラは思い出したようだ。彼女も魔石は初めて見たらしく、透明な石なのに角度によって色が変化するのを面白そうに見ていた。


「そうそう。けどこの魔石、かなり質がいいものね……ブラッド領どころか、うちの国で採れるものじゃなさそう」


 魔石も産地によって微妙に違うのだ。品質も違う。ブラッド領のものは現在専門家が鑑定中だ。


「私が貰った短剣はたぶんアドネリア帝国製なんだよね」


 ほら、と見せてくれた剣身の部分には、私が見たことのない植物のような柄が彫り込まれていた。エドラによるとこれがアドネリア帝国の武器の特徴なのだそうだ。彼女の昔の仲間が教えてくれたと少し寂しそうに話していた。


 のどかな田舎道が続いていた。視界もいいので、何かあればすぐに気付ける。今日はあと少し先にある小さな街の宿屋に泊る予定だ。女冒険者2人、ペチャペチャといくらでも話は続いた。前世の学校からの帰り道を思い出す。


(まー馬には乗ってないけど)


 だがそんな楽しい時間もしばしお預けとなった。


「……なんか来たね」


 向かいから馬に乗った3人の男がやってくる。傭兵のような格好だ。エドラは腰の剣を、私は念のためいつでも魔術を発動できるよう小さく手をかまえる。

 あちらも私達に気付いたようで、代表格の男が急いで近づいてきた。


「黒髪の男とブロンドの女を見かけなかったか!?」


 ずいぶん焦っているようだ。


「私達、フローレス領からこの道使ってきたけど見かけなかったよ」


 エドラは素直に答える。私は相手がどういう人間かわからなかったから答えていいものかと悩んだ。だってこいつら悪いやつかもしれないし。


(けど、エドラが受け答えしてるってことは大丈夫ってことかな?)


 少ない期間だが、エドラが優しい人間だということを私は知っている。力のない子供や女性、お年寄りに優しく気さくだ。凛々しい容姿をしているからか、女性からもモテていたのを見た。


「あ! お前……ドレジア傭兵団のエドラか!?」


 後ろからきた別の男が急に大声を上げた。どうやらエドラの知り合いだったようだ。彼女の方は先に気付いていたから情報を出したのだろう。


「ドレジア……そうか、大変だったな」


 その傭兵団が壊滅したことを彼らは知っているのか、気遣う声でエドラに声をかけている。


「ありがと。で、なんかあったの?」


 エドラの方はサッパリと答えた。あまり深く話したくないのかもしれない。


「実はドット商会のお嬢様が冒険者と駆け落ちしちまったみたいで……急遽俺らが雇われて探し回ってんだ」

「あらまぁ……」


 私は思わず声が漏れてしまった。ついにそんな出来事に遭遇するとは。


 彼らはスティーリア傭兵団。規模としては小さいが、冒険者出身の腕が立つ人間が多い……と後でエドラが教えてくれた。


「実際のとこは護衛についたお嬢様の方がレルフって冒険者に一目惚れしちまって、彼女の元を去ったレルフを追いかけて家出したってのが本当のところなんだが」

ドットさん父親としてはそれが受け入れられないらしくってな……だから2人が一緒にいるとは限らないんだ」


 やれやれと呆れ顔をしたまま、3人はまた馬に乗って去って行った。


(やっる~! ガッツあるじゃんお嬢様)


 私の好きなタイプの女性だ。


「ドット商会だと2つ先の大きめの街だよね?」


 ブラッド領とも取引きがある商会だ。薬になる魔獣の素材の取り扱いが多い。


「だね。見つけたら報奨金貰えるかもしれないし、ちょっとゆっくり行こうか」


 冗談を言うようにニシシ、とエドラは可愛く笑っていた。彼女も今の話を聞いて興味が沸いたようだ。


「これで懲りたらお嬢様の護衛には女冒険者雇おうって思うようになるでしょ」


 というのも、実は冒険者ギルドがドット商会からの護衛依頼にエドラを推薦していたらしいのだが、男冒険者の方が強くて安心だと断られたという経緯があったのだ。


「冒険者を見下してさ~格好よさをわかってない金持ちっているのよねぇ。落ちる気はなくても落ちちゃうのよ……恋って」


 ピンチの自分の元へ颯爽と駆けつけ、敵を倒し、大丈夫ですか? と手を差し伸べる。それだけで刺激の少ない毎日を送っていたお嬢様からすれば人生を変えるほどの出来事だ。


「金を持っている方がモテるって思ってる商人、いるのよねぇ」


 まあ実際、金があるだけでモテる世界だけどね。けど元々お金を持っているお嬢様からすれば、それほど重要度は高くないだろう。


 そんな話をしながら今度は2人で笑った。こんな軽口を叩いていたのは、本気でそのお嬢様を見つけるとは思っていなかったからだ。彼女がいなくなって1週間。この辺りにはいないだろう。


――ボンッ!!!


 突然遠くの頬から爆発音が聞こえた。そして音のした方向を向くと、 


「……あれって」

「うそ……」


 まだのどかな田園風景が続いている中、緑色の草原の中を金色の何かがこちらに向かって走って来る。


「た、助けてぇぇぇぇ!!!」


 こちらに気が付いた女性が、怯えた形相のまま大声を上げていた。同時に犬の遠吠えのような鳴き声も。


狼型魔獣ウォーグ!?)


 私もエドラもお互いに確認を取ることもなく、急いで声の方へ馬を向ける。


「私がやるからお嬢様連れて逃げて!」

「りょーかい!」


 途中で馬を乗り捨て、久しぶりの飛行魔術だ。金髪のお嬢様の上を通り過ぎ、5頭のウォーグの前に立ちふさがる。どうやらお嬢様、ハンドボムでも使ったようだ。若干彼らの毛が焦げていた。


(こりゃ毛皮をはいでも値がつかないわね)


 ガルルと唸っているが、ウォーグは勝てない相手には向かってこない性質がある。私を見て5対1でも勝ち目がなさそうだとわかると、ずるずる後退りを始めていた。


「人里に近いし、見逃してはあげられないんだわ」


 なので指を構えて久しぶりのバーン! だ。炎の弾がウォーグを貫いた。


◇◇◇


 ドット商会のお嬢様は安心したのか腰を抜かしていた。べたりと地面に座り込んでいる。


「キャサリン・ドットと申します……この度は……命を助けていただき……」


 放心状態にもかかわらず、お礼を言わねばと無表情のまま言葉を続けようとしていた。そっと水を渡すとガブガブ飲んでむせている。


 私の予想とは違い、このキャサリンお嬢様はしっかりと冒険者の装備をしていた。チャラさはゼロだ。傭兵団から身を隠し、ハンドボムを使って魔獣から難を逃れたことを考えても、それなりに準備をしていたに違いない。


(あとは傭兵団かドット商会に引き渡してお終いね)


 お小遣い程度の報酬は貰えるだろうか。先ほどの爆音を聞いただろうし、すぐにスティーリア傭兵団の彼らもやって来るだろう。エドラも同じように考えているようだ。無事でよかったと、キャサリンの汚れた冒険者服の泥を払っていた。


「フゥ……」

「落ち着きましたか?」


 やっと心と体が休まったようだ。キャサリンは再び私達に礼を言った。そして急に切羽詰まったように私とエドラの手を掴み、


「お願いです! 人探しを手伝っていただけませんか!?」

 

 と懇願してきたのだ。


「私どうしても会いたい人がいて……貴女方、冒険者ですよね!? 報酬は払いますから!」


 そうして、結局私達は彼女に力を貸すことになるのだ。


(い、家に帰りたい……柔らかいベッドで寝たい……!)


 私の望みはしばらくお預けとなった。

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