第7話 お別れとカミングアウト
クリスティーナ様の命を狙う相手がわかった。暗殺者によっては捕まった場合即座に命を絶つタイプがいるので、今回意識がある状態で捕まえ、尚且つクリスティーナ様がなんの躊躇いもなく違法魔術を使ったのでアッサリ敵の身元も割れた。
洗脳魔術によってアッサリと黒幕の名前を吐いた暗殺者達の話では、 敵は国内ではなく国外の人物であることがわかった。
アドネリア帝国のフェリア・レドラ様と言えば、クリスティーナ様の結婚相手である次期皇帝ヴィクトル様の寵姫として有名な女性だ。生まれが平民だったため、現皇帝と皇妃が2人の婚姻を認めなかった。それで白羽の矢が立ったのが由緒正しき我が国のお姫様であるクリスティーナ様だ。まあそんな人が来たらフェリア様は面白くないわな。
(だからって暗殺者送り込むってとんでもないけど)
アドネリア帝国側がクリスティーナ様付の男性護衛の数を制限したという話も、もしかしたらフェリア様が関わっている可能性が出てきた。あちらの帝国は女子は戦闘行為に参加するべからずという文化が昔から根付いているという話だ。女性はどれほど才能があったとしても後方支援だと聞いている。その感覚が強ければ女の護衛であれば簡単にいなせると考えたのかもしれない。
「へぇ~隣の国だってのにそんなの知らなかったなぁ。テンペスト、よく勉強してるねぇ」
ゴタゴタが終わった後、私とエドラはしばしの休憩時間を貰っていた。だがアドレナリンのせいかノンビリする気には到底ならず、なんとなく2人で宿屋の食事スペースを借りて温かいお茶を飲んでいる。
「暇つぶしにね」
実家のウィトウィッシュ家は女子であれど積極的に勉学に励むべし、という方針だったので知識を詰め込む分には文句を言われることはなかった。たとえそれが冒険者へと通じる学問だとしても。
「暇つぶしかぁ~組手ばっかりやってたな」
思い出すかのように呟くエドラだが、彼女は一家全員傭兵として暮らしていたらしい。
「誰かの命令で命捨てるより、自分の命の使い方は自分で決めたくて冒険者続けてるんだ」
残念ながらその傭兵団はとある巨大な魔獣を討伐で壊滅状態となり、彼女は別の傭兵団に所属する気にはなれず、冒険者を始めたのだそうだ。ミリアと同じく、女性からの護衛依頼が多く、食うには困らず暮らしているらしい。
「流石に王族まで護衛することになるとは思いもしなかったけど……それにしてもクリスティーナ様大丈夫かなぁ~ずいぶん怯えていたし……しかもこれからその敵本人がいる国へお嫁入だろう?」
「大丈夫でしょ。あの方、あれでかなりお強いと思うわ」
あの禁術とメンタルがあれば簡単に負けはしない。
「まあ優しいし、気丈ではあったけど……近くにいたあの黒髪の侍女が前に立ってくれるならねぇ」
あ、やっぱりエドラから見てもそれはわかるのか。隠したくても隠れない彼女の強烈な個性。私より近くにいる時間は長いし、察するものもあったのだろう。
「……こう言っちゃあなんだけど……あの侍女の方がよっぽど王族っぽあったよね?」
ほら、テンペストが助けても一瞥もせず敵に向かっていったじゃん? と。
「……。」
小声で囁くエドラの声を、ズズズとお茶をすすることで濁したのだった。
私はと言うと、ついにジャジャーン! と、三度目の正直とばかりにクリスティーナ様の前に立つことができる! と期待したのも束の間……私に見向きもせず、さっさと黒フード達が大暴れした部屋ではなく、新しく準備された部屋へと偽クリスティーナ様と共に移って行かれてガックシきたのと同時に、なんだか楽しくなってしまっていた。
(助けたお礼もなし! 当たり前の仕事でしょ! ってことよね!? ああ! これぞクリスティーナ様!)
期待通りのムーブをかます彼女を見て、腹が立つどころか嬉しくなってしまった。少し前までの私なら、
(こんガキャ! 舐めくさりおって!)
と、怒りモード全開だったのに。彼女が変わっていないことに心底安心した。だってこれから未来の皇妃に暗殺者寄越すタイプの女と対決するわけだからね!
「自分の命を守るためにやったことよ! 何が悪いって言うの!」
「いえ……その……」
「気づいた人間がいたっていうの!?」
「い、いえ……」
「だいたい敵がすぐ目の前まで来たのよ! 貴方達なにをしていたの!」
「申し訳ございません!」
再度宿屋内に戻ってきた護衛隊長と、まだ怒りのおさまらない黒髪侍女の声が扉の外に漏れ出ている。この内容だけでは周囲は何の話かわかっていない。私以外は。
(洗脳魔術のこと、護衛隊長は知ってるんだ)
人が見てる前であの魔術を使ったことに苦言を呈したのかもしれない。王族が堂々と違法行為をおこなうのはまずい。
部屋の外にいた護衛兵達はこの漏れ出ている会話を聞いて、高貴なお方に怖い思いをさせてしまった事実を侍女に責められているのだと思っているのか、神妙な顔つきになっていた。もちろん、聞こえないふりはしているが。
私とエドラはこの余計な話を聞かせない方がいいだろうと、追撃に備えてまだまだ警戒中ではあったが休憩を与えられたのだ。まあこれも、洗脳魔術によって黒フードの仲間はこれ以上やってこないと吐かせていたからだが。
今回結果だけ見れば、クリスティーナ様は無事で、こちらはかすり傷程度が数人いるだけだ。しかも犯人を生きたまま捕えている。
(けどそれだけじゃ護衛の仕事としては満点もらえないってことがよくわかったわ)
高貴なお方の求めるレベルは高い。
ぐちゃぐちゃになった宿屋の主には、もちろん偽クリスティーナ様からの謝罪と十分な修繕費が支払われた。
(宿屋のオーナー、戦闘跡を残すってルンルンしてたんだけど)
クリスティーナ様がお泊りになり、暗殺者に狙われた部屋って話題になりそうだものね! 後々歴史的価値までついちゃったりして。となると、クリスティーナ様の今後の活躍がより期待される。
暗殺騒動が起こった翌日、何事もなかったかのようにクリスティーナ様と我々は宿を出発した。
もちろん、クリスティーナ様を狙う輩はフェリア様だけとは限らないので護衛兵団は更に気を引き締めていたが、その後は驚くほど何事もなく帝国へと近づいていた。
(とか言ってなんかあるんでしょ~?)
いや、何事もないのがいいのはわかってるんだけど……冒険者として活躍する場をついつい期待してしまった。
(だってこの間の活躍、もっと褒められたかったんだもん!)
私の承認欲求がうずく! この間の活躍、なかなかだったよ!? 護衛兵達からはもちろんお褒めの言葉をいただいたが、やっぱりお姫様からもらいたいじゃない? もうこんな機会ないかもしれないし。
「なんか騎士みたいなこと言ってるね」
「そう!? でも特定の誰かにお仕えしたいってわけじゃなくて、カッコイイ経歴を持つ自分になりたいの」
「ずいぶん自分に正直だなぁ~!」
呆れるでもなく、エドラはただ素直に驚いた顔をしていた。
護衛を始めてから10日目、ついに国境の街であるフローレス領へと辿り着いた。ここで私とエドラは花嫁行列とお別れだ。
(暗殺者を捕まえたし、成果としてはいいわよね!?)
冒険者ランクをAまで上げるにはかなりの評価が必要なことはわかっている。お姫様の護衛ともなればそれなりに期待が出来るだろう。ブラッド領に帰るのが楽しみが増えた。
(お褒めの言葉もカミングアウトも出来なかったけど、まあいっか!)
人生で一度はやってみたかったお姫様の護衛が出来たのだ。あれこれ求めすぎてもいかんだろう。
だがそのチャンスは唐突に訪れた。
フローレス領の領主の屋敷で盛大なパーティが開かれていた。他にも王族がやってきている関係で護衛護衛また護衛の護衛だらけ。
派手な音楽と美味しそうな食事の匂い、それにたくさんの花びらが舞い散る屋敷のすぐそばの馬車止めで、最後の別れをした。
「君達に頼んで本当によかった」
私は護衛兵の兵服を、エドラは侍女の衣装をそれぞれ脱いで、久しぶりに着慣れた冒険者装備を身につけている。
「こちらこそありがとうございました!」
冒険者だからと雑に扱われることはなかった。これは冒険者仲間から聞いた話だが、兵団に追加戦力として雇われても、休憩場所を与えられなかったり指示も適当で、それでも不手際があれば責められることがあるのだそうだ。そういう冒険者内での
(王家直属の護衛兵団ともなるとそんな心配は無用だったわね)
なかなかないことだが、いい雇い主リストも共有しておいていい。帰ったら自慢ついでに冒険者仲間と共有しよう。
「もし士官したくなったら是非私に連絡してくれ。出来るだけのことをはさせてもらう」
兵団長はわりと本気で引き抜きたいという気持ちを露わにしていた。それだけ評価されたということを喜ぶとしよう。
「ああ! よかった! まだいたか!」
屋敷の方から、こちらに向かって1人の兵士が急いで走ってやって来るのが見えた。
「君ら今回護衛に雇われた冒険者だよな? クリスティーナ様がお呼びだ」
「ええ!?」
「なんでも道中礼の1つも言えなかったからと」
急げ急げとせかされ、私とエドラは驚いた顔のまま兵士の後ろをついていく。
「でもクリスティーナ様は今パーティの真っ最中だろう? 私らが入って行っていいのかい?」
エドラだってこの冒険者衣装のまま、煌びやかな会場の中に入るのはマナー違反だということはわかっている。
「ああ。だから別室で代わりに侍女が対応するそうだ」
だがあのクリスティーナ様にお心遣いいただくだけでも名誉なことだぞ! と、何故か前を歩く兵士が誇らしげにしていた。
◇◇◇
私たち2人は、控室というより
(扉の外の兵は黒髪侍女が誰だか知ってるみたいね)
そういう緊張感を感じた。部屋には他に護衛は見当たらない。彼女がピッタリと付き添う護衛達を鬱陶しがっているという話をコソコソと噂している声が聞えた。
「まもなくいらっしゃる」
扉の外から声をかけられたので、私は急いで片膝をつき頭を下げた。エドラは一瞬戸惑ったが、私の真似して同じ格好をした。
(あ、そうだ。クリスティーナ様本人じゃないって設定だからここまでしなくてもよかった? ……いや、でもどの道クリスティーナ様代理だし)
――カチャ
迷っている間に扉の開く小さな音がした。
「すぐ終わるから」
一緒に入ってこようとするお付きに声をかけて、黒髪侍女が入って来る気配が。
「待たせて悪かったわね」
カツカツとヒールの音が近づいてくる。
「わた……クリスティーナ様は貴女方の働きにとても感謝していたわ。お陰で怪我一つなかった。愚か者を炙り出せもした……大きな功績よ」
よっぽど黒マントを捕まえたのが嬉しかったのが声色でわかった。またなにか聞き出せたのだろうか。
「顔を上げなさい。クリスティーナ様から剣士の貴女には地竜の牙から作られた
顔を上げた私とパチリと目が合った。
「……ッ!?」
ああ! この顔この顔! なんだか癖になりそう。
「……?」
エドラは何事? と、不思議そうな顔になっている。クリスティーナ様は長考していた。アレコレ頭の中で考えが渦巻いている。そしてついにそれが爆発した。
「貴女!!! 貴女こんなところでなにを!!!? なにをしているの!?」
「クリスティーナ様の護衛でございます」
ニコリと事実を話した。嘘は何一つ言っていない。だがどうも口角が上がってしまう。
私が黒髪侍女がクリスティーナ様であることに気付いていることにも気付いた
たようだ。なんとも言えない、悔しそうな、憎々しそうな、そしてちょっと面白そうな表情になっている。
「会場にいらっしゃるクリスティーナ様にご挨拶できないのは残念ですが、どうか我々がクリスティーナ様のお心遣いに深く感謝している旨、お伝えいただければ」
「そんな話をしていないのはわかっているでしょう!」
と、黒髪侍女が大声を上げたので扉が勢いよく開き兵士達が入って来てしまった。
「……大丈夫よ。下がりなさい」
「ですが」
「下がりなさい!!!」
鶴の一声で兵士達はまた扉の外に立つ。
「あの
「あの街の復興は領主様が力を入れて取り組んでおられると聞いています。きっと最大限の感謝の気持ちを込められて名付けられたのでは?」
「うぐ……」
ムキーッ! となっている黒髪侍女は言いたいことがたくさんありそうだ。だが最後はハァ……と大きく息を吐き出して、
「任せましたよ」
少し寂しそうに、でもとても美しく微笑んでいた。この「任せましたよ」はきっと旦那様のことを言っているのだとわかってはいるが、私は勝手に冒険者としてこの国を任されたと解釈することにした。
(だって、それは知りませーん! なんて今答えられないし)
だから少し肩の力を抜いて、
「任されました」
そう応えたのだった。
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