第6話 敵の多いお姫様
出発前にネヴィルから隣国であるアドネリア帝国までは約10日間を予定している。という話を護衛隊長から聞いた。
(思ったよりかなり早い!)
正直その倍はかかるだろうと思っていた。途中の大きな宿場では必ず彼女の婚姻祝いのパーティが開かれることになっているし、馬車は全力で走るわけではない。
とはいえ彼らはすでにネヴィルまでそれなりの日数かけてきているし、国境から帝都までさらに日数がかかるのだから、クリスティーナ様御一行としては長旅であることに変わりはないだろうが。
馬車はリズミカルに街道を進んでいた。よしよし、順調順調。
(ブラッド領から出るなんてなんか不思議な気分〜)
冒険者だというのに領地に引きこもっているからな。冒険者に快適すぎるだろあの街〜! そもそもダンジョンという狩り場がボリューム満点なのでなかなか食べきれないのだ。やり込み要素の多いゲームが大好きだった私としては、嫁入り先がブラッド領なのは今となっては本当に幸運だと言える。
「まもなく今日の宿屋に到着する」
兵からの伝達が回ってくる。日が落ち始めていた。誰かに狙われているというのなら夜になる前には宿屋に付きたいところだ。
(それでもネヴィルに来るあたりがクリスティーナ様って感じがして安心するわ~)
なんだかキャラが変わってるんだもん。あの苛烈な彼女が恋しくなるくらい。
本体の花嫁行列との合流は明日の昼を予定している。それまでは小規模部隊で引き続きクリスティーナ様の護衛だ。
(ふふっ! ついに正体を明かせる!)
私を見てどんな反応するか楽しみで仕方がない。だが、どうも私の希望通りにことは進まなかった。
「え!? 私、クリスティーナ様の側に行かなくていいんですか!?」
その他大勢の護衛の1人から格上げしたいのに!
「あぁ。今いるメンバーは護衛兵の中でも精鋭ばかりなんだが、魔術師は少なくてな。君には建物全体を見張っていてもらいたい。部屋には接近戦が得意な女兵とエドラが側に控えているから安心してくれ」
「あ……はい」
(コレのお陰で派手なの使う機会は減っちゃったけど……我ながら便利な
これは以前、ネヴィルを魔獣が襲った際に使ったものに少々改良を使えたものだ。私に向かってくる攻撃技は自動でカウンター攻撃として働くし、任意の敵を目視するだけで、自動で追いかけて攻撃を加える。すでに弾は外に出ている状態なので、攻撃モーションも不要のため速効性にたけていた。
「冒険者にしておくのは惜しいな。士官する気はないのか?」
同じく屋根の上警備する兵士が食事を持ってきてくれた。温かいスープとパンだ。よく煮込まれていて具財が柔らかくて美味しい。
「こちらの方が性にあっておりまして」
精鋭の護衛兵達からも好評なので、食事がより美味しく感じる。また私の自己肯定感が上がってしまうじゃないか!
「けど、この光で警戒している事がバレませんかね?」
事前に伝えてなかったせいで、私の魔術をみてコレはなんだ? と警戒気味に眉をひそめる兵士も多くいた。
「今はこの人数だからな……牽制がきくならそれがいいんだ」
犯人を捕まえるよりもクリスティーナ様の無事が第一なのだから当たり前かもしれない。
王家が泊まるにしてはずいぶん質素な宿屋ではあったが、急な連絡をうけ、できるかぎりのおもてなしを、と宿屋の主や近隣の住民たちがバタバタとしているのが上から見えた。護衛隊からすると、あまり身元のわからない人間をクリスティーナ様に近づけたくはないのだが、少しでも彼女の門出を祝おうとしている人間を無下には出来ず……と、護衛隊長の表情から苦労が垣間見えた。
(そのへんやっぱりクリスティーナ様のやることって気がするわね)
ネヴィルまで来たのは、彼女を狙う敵を攪乱するためっての……半分は本当なのだろうが、半分はやはり旦那様に会いたかったからだろう。周囲を巻き込むイベントが大好きなお方だ。
(って、王族じゃしょうがないか~)
闇夜はどんどんと深まっていく。今夜は新月。宿屋の窓から漏れ出る光と私の魔術のほのかな光が際立っていた。風が木々を揺らし、その音と兵士達が巡回の為に乾いた地面を歩く音がよく聞こえる。
そうなると、私は暇だ。人間、暇だと余計なことを考えてしまう。
(クリスティーナ様を狙ってるのって誰だろ~)
まあ恋敵になりそうなあっちこっちの令嬢を潰したって話は聞いたし、帝国に嫁入りしたい他国のお姫様の話も聞いたことがあるし、帝国と仲良くしたくないって騒いでる貴族もいるしな。そうなると両手では足りないくらいの可能性を持っている。
(あ~暇……ってダメダメ! これは冒険者としての課題ね……気配を読むのが苦手だからと言って警戒を怠っていいことにはならないのに)
いや、怠ってはいない。ちゃんとあちこち異変がないか見張っている。見張ってはいるが、これで役目を果たしているかのか? と若干不安だ。そんな自己反省していると、少し離れた木々の間からキラリと小さな光が見えた。
(ん!?)
すぐに同じ屋根の上で警戒している兵にそっと声をかける。相手は緊張した顔で頷いた。
(出たっ!!!)
兵は急いで地上に飛び降り、私は弾数を増やして先ほど目視した謎の光に攻撃を仕掛ける。と言っても
だがこれでよかった。
「魔獣の群れだ!!!」
兵の1人が声を上げたと同時に、護衛の魔術兵が手を上げて照明魔術を使った。手際がいい。
虎のような見た目の魔獣が数匹、大型トカゲのような魔獣も数匹、さらに大猿の魔獣も数匹、クリスティーナ様が眠る部屋目指して突撃し始めた。
(目視できた!!!)
となればあとは自動で倒せる。光の弾が駆け巡り始めた。
「距離をとれ!!!」
向かっていこうとする兵士達に護衛隊長が大声で指示を出す声が届く。
(さっすが!!!)
光の弾が一直線になって、あっちで1匹、こっちで1匹魔獣を仕留め始めた。魔獣の体を貫いたかと思うと次々はじけていく。
かといって第二派があるかもしれないので、兵士達は一切油断をしない。
「陽動かもしれん! クリスティーナ様の元へ急げ!!!」
これは私への指示だ。コッチはいいからアッチへ。思ったよりも攻撃が大掛かりだ。
屋根伝いに走り、クリスティーナ様の部屋へと急いで向かう。
「お下がりください!」
案の定、クリスティーナ様の寝室からエドラと女兵の声が聞えた。ガシャンガシャンドタンバタンというものが破壊される音も。
「キャー!!!!!!!」
こりゃマズイ!
急いで窓ガラスをぶち破って部屋の中へと飛び込んだ。
(敵は3人!)
うち1人は既に女兵に取り押さえられている。
「グアァ!」
怯え切った顔面蒼白のクリスティーナ様の前に立つエドラは、黒いフードを被った大男の足に右手で短剣を突き刺しグルリと回転させ、左手で顎を殴ったかと思うと、よろける男の後頭部を飛んで回し蹴りで仕留めた。
(てことはこっち!)
残り1人はクリスティーナ様の反対側に立っていた黒髪の侍女へジリジリと詰め寄っていた。
(こいつら、誰がクリスティーナ様かわかってない!?)
もちろん私が来たのだから大丈夫。木っ端みじんにしてやろうといつもの指鉄砲をつくると、
「捕まえなさいっ!!!」
と、大声で侍女が叫んだ。今まさに黒フードの敵が彼女めがけて短剣を振り下ろそうとしているのに、だ。
「えぇ!?」
仕方ないので急いで指を閉じ、右足を大きく踏み込む。氷の柱が敵を首から上だけ残して包み込んだ。
「グゥゥ……クソ……クソッ!」
「おだまりっ! 私が尋ねることだけ答えなさい!」
と、凍った黒フードに侍女が強気に睨みつけている。怖がるでもなく、むしろ怒りを感じる。なかなか気の強い侍女である。
一方、クリスティーナ様の方は震えて泣いていた。エドラが優しくさすって慰めている。
護衛隊長も飛び込んできた。ここまで約2、3分の出来事だが、やっと息をはけそうだ。兵隊長は侍女の様子に安堵しているようだった。
(ん!?)
侍女が護衛隊長の制止を払い、黒フードに詰め寄った。
「誰!? 誰があなた達を雇ったのか言いなさい!」
侍女は語気を強めながら凍った黒フードに尋ねるが、そんな簡単に言うわけ……、
「アドネリア帝国のフェリア様だ」
「え!?」
言うんかい! こんな簡単に答えたらむしろ違う……嘘なんじゃ……? フェリア様と言えば、これから嫁入りするアドネリア帝国の次期皇帝ヴィクトル様の寵姫だ。
「ヴィクトル様は関係ないのね」
「ない。フェリア様の独断だ」
侍女は黒フードの答えを少しも疑ってないようだ。
(というかこの感覚……)
いつか感じたこの違和感。
「あ……! えっ!?」
私は気づいてしまった。これ、洗脳魔術が発動されている時の感覚だ。
(ってことは、こっちがクリスティーナ様!?)
どうりであのクリスティーナ様、丸くなったと感じるはずだ。別人なんだから。
この部屋の中ですらその事実を知っているのは、クリスティーナ様に変装している彼女と護衛隊長だけのようだ。
(敵を騙すには見方からってやつね)
ていうか、また洗脳魔術使ってるけど……これ、禁忌だよね……?
「今の話、聞いたわね?」
イラついた瞳のまま、やることはわかってるわよね? と、護衛隊長に視線を向けた。
「はい」
そう返事をした護衛隊長は部下を呼び寄せ急ぎの指示を出し、頭を下げた後自身も急いで外へと出て行った。
そうして黒髪侍女に扮したクリスティーナ様は、呆然としている他の侍女達にまだムスっとした声で指示を出したのだった。
「クリスティーナ様はお疲れよ。すぐに別の部屋を準備して……はやくなさいっ!」
慌てて侍女達は言われた通り動き始め、私はと言えば、
(こりゃフェリア様に同情しちゃうわ……とんでもない人を敵に回してるって知らないわけだから……)
なんてことをぼんやりと考えていた。
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