第5話 こんなところに公爵夫人
「……ッ!?」
ああ! この顔この顔! なんだか癖になりそう。
目の前にいるクリスティーナ様は貴族の夫人がするような礼ではなく、騎士のように跪いている私を見て言葉を失っていた。絶句している、という表現の方が近いかもしれない。
まさかこんなところに恋敵の公爵夫人がいるわけない。いやしかしこの美しい黒髪黒目の女冒険者の顔にどうも見覚えがある。いやでもまさかそんなことが……!? と頭の中で考えが渦巻いていそうだ。
◇◇◇
それは唐突な依頼だった。
「国境まで護衛!? なに!? 誰を!?」
久しぶりの護衛依頼だ。しかも隣国との国境までなんて長距離コース、ワクワクしないわけがない。相手は王都の人間らしいが大金持ちの商人だろうか。
「それはこっちでもわからないんだよ~」
こちらの昂ぶる気持ちなどどうでもいいとばかりに、いつもの緩い調子で冒険者ギルドの依頼窓口のハイネと会話を続ける。
「え!? つまり言えないような身分の高い人ってこと!?」
「そうそう~。戦闘力のある女冒険者に声をかけてまわってるんだが……ここだとミリアかテンペストだからなぁ」
「てことは依頼主は女性の可能性高そうね」
「だろうな~」
ちなみにミリアにはすでに断られてしまったそうだ。実家への里帰りを決めているらしい。なんでも兄弟の結婚式だとか。ということで、私は補欠繰り上げり状態で声をかけられたのだ。
(階級と人当たりの良さを考えるとそういう評価になっちゃうってことだよな~)
でも私、依頼主には丁寧だよ!? 元お嬢様、どころか現公爵夫人だし!
なんて言葉が頭を駆け巡るが、これが現状現実だ。目をそらしてはいけない。
「テンペスト、あんまり長期間この街を離れる依頼は受けないだろ~だからどうかと思ってなぁ~」
「あ、そういう……!?」
いかんいかん。少しばかり卑屈になっていた。最近どうも私が自力でどうにかできないことでワタワタとする出来事が続いたせいかもしれない。
冒険者をやっていることが旦那様にバレているにも関わらず、私が長期間街を離れる依頼を受けていないのは、まず第一にそれほど
(けど、またとない昇級チャンス……!)
数日ダンジョンで過ごすのはなんとかなっている。かなりいい寝袋を購入したのだ。冒険者
(高貴な方々は弾丸で移動したりしないからな~)
ノンビリ休息をとりながらというのが移動の基本スタイル。
「えーっと、これって、いつまでに王都に行っていればいいのかな?」
出発日くらいは教えてくれるだろうか。
「あぁ。言い方が悪かったよ。依頼したいのは、ネヴィルから国境までの護衛なんだ」
「え!? ネヴィル!?」
「どうも依頼主が個人的に用があるらしくってな。ついでに有名な冒険者街のあるこの領で戦力強化したいんじゃないかって上役が言ってたなぁ」
ああ。これ私、答えわかっちゃったわ。彼女ね! 例の彼女ね!
(クリスティーナ様のお嫁入ね!)
確かそろそろそんな時期だ。
ネヴィルならちょうどいい。長期で屋敷を空けるなら旦那様に報告はいれるつもりだった。
(それが常識……っていうより、逃げたなんて思われたくないしね!)
世間体と矜持、どちらの面からもブラッド領を長く離れるなら伝えたほうがいい。
◇◇◇
「と言うことで旦那様。しばらく屋敷にはおりませんので!」
「あ……ああそうか。くれぐれも気をつけて……」
唐突にネヴィルに現れた私に、まさか自分に会いに来てくれたとは! と、ぬか喜びさせて悪かったが、その代わりいい情報……というかお役立ち情報は持ってきたので感謝していただきたい。
クリスティーナ様がまた嵐のようにやってくる可能性を伝えると、綺麗な顔面にシワがよっていた。
だがそれほど心配はいらない。なんたって彼は私の旦那様。ナルシストであり、私の事を盲目的に愛している男。立ち直りの早さとポジティブ思考は一級品。
「我が国のために嫁ぐクリスティーナ様、そして未来の皇妃の身を守る我が美しき妻……っ!」
と、いつもの調子で自分に酔っているのか私に酔っているのかわからないが、こちらが引いているにもかかわらず、感激に身を委ねていた。
「いやしかし、来てくれて本当に嬉しいよ。いってらっしゃいが言えるのだからな」
はにかんだような笑顔で言うのはズルい! その綺麗な顔でそんな表情してそんなこというのは卑怯だぞ!
王弟の娘クリスティーナ様は、隣国アドネリア帝国への嫁入りの道中、急遽予定を変えてブラッド領にあるネヴィルの町にやって来た。自身が支援した町への慰問も兼ねて……という建前のもと、急遽ルートを変えたのだ。
(花嫁行列の一部だけ引き連れて……て、よっぽどネヴィルに来たかったのねぇ)
アドネリア帝国まではかなりの人数の随行者を引き連れている。そこから一部だけ分離した形でここまでやってきたのだ。
もちろん、突然やってきたクリスティーナ様にブラッド領の領民は大喜び。あまりいい噂のなかったクリスティーナ様だが、ブラッド領からしてみれば命の恩人に近い。国宝級の魔石を無償で提供し、専門の学者も派遣してくれた。見返りすら求めず。
「貴女もいてかまわないと思うが。……私の妻なのだし」
「武士の情けです。いよいよ熱烈に愛した男と最後の別れになるのですから、私はいない方がいいでしょう」
「ブシ……? そ、そうか……」
旦那様はなんとも言えない表情をしていた。私がヤキモチを焼くこともなくアッサリ受け入れたのが寂しかったのか、それともクリスティーナ様と自分を重ね合わせたのかはわからないが。
クリスティーナ様は意外なことに、『慰問』の言葉通り、まだ修繕中の建物だらけの埃が立つ町中を自分の足で見て周り、ブラッド領の領民達にも気さくに声をかけ、今回は旦那様に執着するような素振りはみせず、ただ最後に握手だけを求めた。
『お互い、頑張りましょう』
と声を掛け合ったのだと私は後に知った。
私の方はその時間、クリスティーナ様の護衛隊長から今回の依頼の詳細と役目を聞いていた。所謂オリエンテーションだ。
「君がテンペストだな。話は聞いている。随分魔術にたけているとか」
緊迫した雰囲気を放っているこの護衛隊長の話だと、クリスティーナ様は何者かに狙われているそうだ。それもあって、
(ま~あっちこっちで恨みはかってそうよね~)
意外じゃないのが残念なお姫様だ。
「敵の正体に検討はついてんの?」
ベリーショートの女冒険者が尋ねる。名前はエドラ。冒険者ランクはB。接近戦が得意の短剣使い。目の下に小さな傷があるが、線が細く綺麗に整った顔だ。今回護衛として雇われた冒険者は私と彼女の2人だった。
「敵が誰であってもお守りするのが我々と君達の役目だ」
(そりゃそうだわね)
可能性がありすぎるのだろう。立場的にも、彼女のこれまでのおこないからしても。
腕の立つ女兵というのは残念ながらそれほど多くはないため、常に側にいるよう指示された。クリスティーナ様の身の回りの世話はもちろん付き添いの侍女達の役目だが、彼女達に戦闘力は皆無だ。
「婚姻前故に男が側にいるのを相手国が嫌がってな……全く何を考えているのやら」
クリスティーナ様が旦那にお熱だったことはそれなりに有名な話だから、婿側も気になっているのかもしれないが、それにしても未来の皇妃なのだから、性別関係なくガチガチに護衛しても許されそうなものだ。事前に先方に申請済みの兵士以外を雇う場合、女性のみにするよう偉そうな依頼があったと護衛隊長は苦々しい顔で教えてくれた。
(変なこと言うのねぇ)
どうもイマイチ我が国と仲良くないからか、地味な嫌がらせをしてくる。と、護衛隊長の愚痴も続く。
エドラは小綺麗な化粧と服に着替えさせられ、豪華な馬車に乗るクリスティーナ様のすぐ側に、私は護衛兵の装備を借り、女兵としてその馬車のすぐ横に配置された。
(花嫁道中ってだけあって、兵達の衣装もなかなか豪華ね~)
金の刺繍に小さな宝石飾りまで。私もうまく兵士に擬態は出来ている。我ながらなかなかカッコイイ!
「……私もそっちがよかったな」
エドラは侍女のような格好をさせられている。カツラまで被っていた。
「動きにくいったらないよ」
「まあまあ。あからさまに冒険者の護衛がいるってわかっても外からみた人がビックリしちゃうしね」
各方面に気を使う必要があるから、王族は大変だ。
「あからさまな冒険者の方が、暗殺者の牽制にならない?」
「暗殺なんてする連中には私たちのことはすぐ見抜かれてると思うよ」
「なるほど……」
エドラは素直だ。まさか自分が話題のクリスティーナ様の護衛をすることになるとは思ってもいなかったようだが、兵団長から説明を聞いてほんの少しだけ驚いた後、すぐに平常心に戻っていた。アレコレ考えて行動するタイプではなく、来たものを迎え撃つのが得意だと話していたから、性格的にもそうなのかもしれない。
クリスティーナ様がネヴィルを出発する前に一言挨拶くらいするのかと思ったが、そんなこともなく。
(相手は王族。隣国の未来の皇妃、そんな人物がわざわざ冒険者ごときに声をかけるわけないだろう? ってのが見え透けてるんだけど~)
そういうとこだぞ!
いや、私の顔をみてビックリするクリスティーナ様が見たかっただけなんだけどね。
馬車の窓の中で、私が教えた通りエドラがクリスティーナ様に行儀よく挨拶しているのが見えた。クリスティーナ様も穏やかに微笑み返している。どうやら少しばかり丸くなったようだ。
そうして、私は名残惜しそうな、そして誇らしそうな視線を向ける旦那様に見送られながら憧れのお姫様の護衛任務をスタートさせたのだった。
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