第4話 彼女には彼女の生きる道

 この国では、若い侍女は結婚すれば辞めるのが一般的だ。それぞれの家庭を守ることが最優先事項となる。

 エリスのことは、初めこそキッツイなぁ~と思わないでもなかったが、彼女の立場を考えれば妥当な態度だっただろう。彼女の実家はブラッド領にかなり世話になっているという話だし。そんなエリスは私にとって今や最高の侍女だ。正直、プライベートで一番の相棒は旦那様ではなく彼女だと言ってもいい。


(というか、一番の理解者なのよね……)


 私の冒険者業をやれやれと受け入れてくれているのがわかる。最近では破れたまま放置していた冒険者服をいつのまにか繕ってくれていた。お母さん!?


(いやそのあれは、私がだらしないんじゃなくてもう少し破れが進んだらどうにかしようと……)


 と、頭の中で誰かに言い訳をする。


 あぁ……エリスが結婚していなくなったらどうしよう。これ、真面目にどうするか考えておかなければならない案件じゃない!? ヴィクターに変なお願いされて気がつくことになるとは。


(いや! エリスの幸せが第一だけど!!!)


 だけど私のハッピーウキウキ冒険者ライフを支えてくれる彼女がいなくなるというのは大事だ。


「いつまでもあると思うなエリスと金ってか!?」


 真っ暗になった自室のベッドの中で思わず心の格言が飛び出してしまった。


 勤勉で手先も器用。痒い所に手が届く、事務能力にもたけている。その上気が利くときている。しかも気が強い。あの冷血といわれる旦那様に妻である私と関わりあいをもてと直談判にいった過去を持つ女だ。

 綺麗に整えられた真っ直ぐなブルネットヘアに、丸くクリクリしたオレンジブラウンの瞳。ヴィクターじゃなくても惚れてもおかしくはない。


(こりゃちょっと現状確認をしなきゃいかんぞ……)


 明日は久しぶりにオフの日としよう。そんなシミュレーションをしながら寝心地の良いベッドの中でスッと眠りに落ちた。


◇◇◇


「ねぇねぇ! 今日は温室でお茶にしない?」


 朝一でそうエリスに声をかけると、見たこともない怪訝な顔をされてしまった。


「体調がお悪いのですか!?」

「い、いやいや。今日は屋敷でノンビリしようと思っただけだよ~……」

「いえ! 奥様がそんなこと思うわけがありません。なにかあるのでしょう!?」


 そんな日もあるかもしれないじゃん! ……まあ確かに毎日ゲームしてた子供が今日はしない! なんて言ったら、どうしたの!? とはなるよね。そんな感じだよね。


「せ、戦士にも時に休息が必要なのよ!」

「……奥様がそう仰るならもちろんそのようにいたしますが……」


 まだ疑いが晴れていないのがありありとわかる。何も企んでないわよ!? と言いたいが、企みはあるので言えない。


 屋敷の温室には年中色んな花が咲き乱れている。ついでに薬草園もあるのだが、これは先々代の領主の趣味だったそうだ。珍しいものも栽培されており、私も何度か世話になった。ミリア御母堂の治療薬用に拝借したのだ。

 その一角にこじんまりとしたお茶ができるスペースが。テーブルには綺麗なクロスがかけられている。私の思い付きの一言で準備してくれたのだろう。というより、使用人達は初めての出来事に張り切っているのがわかる。滅多にない……どころか、ブラッド領にきて初めてだからだ。


「公爵様と冒険者街に行かれなくてもよろしかったのですか?」

「いーのいーの。毎日行ってるし」


 今日は行かないと旦那様に伝えたら、まさかと雷をうけたような顔をしていたが。


(今となっては冒険者達に私が本当に公爵夫人だってバラすのもねぇ)


 あのメンバーの驚く表情は見たいが、結果私にいい効果をもたらすかというと怪しいので、まだしばらくは保留だ。


 目の前にお茶とケーキが運ばれてきた。フルーツ多め。流石公爵家が出すものは見た目も美しい。今の今まで冒険者業が楽し過ぎてこういう時間を忘れてはいたが、前世ではなんだかよくわからないがオシャレなカフェに行くのは嫌いではなかった。そんなことをフと思い出していると、エリスの方から本題に触れてくる。


「それで……今日はどうされたのですか?」


 やはりまだ心配、という表情だ。


「えーっとね……」


(しまった! どう話を持って行こう……!)


 金縁のカップを口に運び、しばし時間をとる。

 戦略を立てずに突撃してしまった。もうすぐ結婚する? ヴィンセントのこと好き? なんて直球で尋ねることは流石に彼女相手には憚られる。


「まさか……冒険者たちになにか奥様に無礼なことをされたのですか!?」

「え!?」


 いじめられてると思われた!? 


「違う違う! あっちでもうまくやってるよ」


 本当に? とエリスの顔に書いてあった。

 いかんいかん。早く本題に入らないと、余計な心配ばかりさせてしまう。


「えーっと……最近どう?」


(んあー! なんてつまらない質問を……!)


 職場の先輩か!


「私ですか?」


 案の定、急になに? とエリスは戸惑っている。


「いや、そのね、えっと、ご実家とか……連絡とってたりする? 私、エリスにお世話になってるし、なにか送りたいんだけどなにがいいかなぁ?」


 よしよし! 我ながらいい話の流れを作ったぞ!


「まあ奥様! そんな配慮は無用です。ブラッド公爵夫人の侍女としてお傍に置いていただけるだけでどれだけ名誉なことか。両親も兄弟もとても喜んでおります」


 良い家の侍女というのは令嬢が結婚する際の加点の1つなのだ。公爵家ともなれば、いい縁を持っている女性ということでさらにエリスの価値は高まっているだろう。


「そういえば、お兄様のご結婚はそろそろかしら? 以前、ペトルー子爵家のご令嬢とご婚約されたと言っていたわよね?」

「ええ。年明けに……と計画が進んでいるそうです。申し訳ございませんが、どうかその時期は領地に戻ることをお許しいただけますか?」

「えぇ!? あったりまえだよ!」


 そんな私手がかかるかな!? 一人でお留守番くらいできるよ!?

 いやでも、これで本題に入れるぞ。


「そ、そういえば……エリスにはまだそういう話は出ていないの?」


 カップの中を見つめながら尋ねる。


(うぉぉぉ! なぜか私がドキドキするー!)


「お陰様でいくつかお話が来ているのですが……」


 思い出すようなしぐさをしながら、エリスも伏し目がちになっていた。


「奥様」

「は、はい!」


 急に真剣な顔つきになって真っ直ぐに私の目と視線を合わせる。なになに!? なにを言われるの!? と、久しぶりに緊張してしまう。


「私、今とても充実しているのです。奥様が自由裁量を与えてくださっているおかげですが」


 うんうん。冒険者街に入り浸ってるせいで、ほったらかしにしてごめんね……けど現状満足してくれているならそれでよかった。


「ご報告していなかったのですが……孤児院で教師の真似事をしているのです。黙っていて申し訳ありません」

「へっ!? そうなんだ。そんなの気にしないで!」


 いつのまに。というところではあるが、私がいない日中は週の半分を孤児院で過ごしているそうだ。

 私も何度か足を運んだことはある。金だけ出して様子を見にはいかないというのも感じが悪いだろうという漠然とした義務感に近い感情からだが。それから、実家のウィトウィッシュ領の孤児院で横領事件があり、母が烈火の如く怒り狂っていた姿をみていたので、適正に予算が使われているかを確認したかった、というのもある。


(あれは怖かったな~……)


 ウィトウィッシュ家は厳格な一家だ。我が家が関わる公共施設での不正など働いたもんなら、バレた時は地位も名誉も金も全て捨てる覚悟が必要である。


 ブラッド領の孤児院は予想以上に清潔できっちりとしていた。全寮制の学校のようだった。近隣領からも流れてきているという話の通り、人数はかなり多かったが。


「奥様が以前、職業訓練だけではなく、もっと学びたい子には学ばせてもいいのでは……と仰っていたことが忘れられず……有難いことに自由な時間をいただいておりますので、余計な予算をかける必要もないですし」


(あぁ~! 言った! そんなこと言った!) 

 

 孤児院では簡単な読み書き計算は教えていたが、それ以外はある程度年齢が上がれば、手に職をつけるための教育が始まった。この領地だと魔獣の解体や兵士としての剣や槍の弓の訓練もあった。もちろん、作物の栽培や家畜の飼育もおこなっている。

 ヴィクターに相談したら、


『では来年度から予算をつけましょう』


 と、あっさり許可がおりたので、なかなか話がわかるじゃないかと思ったものだが、もしかしたらすでにエリスが教師を務めているわかってたからそう言ったのか!?


「それで……奥様……私……ずっとここで働かせていただきたいのです!!!」

「え!? 結婚しないってコト!?」


 エリス、結構な幸せルートに入ってるよ!? いい条件で結婚できるよ!? と、言いたいのをぐっと堪える。私もかなりの好条件にもかかわらず、結婚はごねにごねた。


「奥様を見ていたら、私も私の人生を自分で切り開いてみたくなりました……孤児院での時間がなにより幸せで、やりがいも感じています」


 やばいやばいやばい! 私のせい!? これ、私のせい!? この世界で女が自立して生きていくのって結構大変だよ!?

 けど……、


「応援するわ!」

「奥様! ありがとうございます!!!」


 と、二人で何故かギュッと力を込めて握手する展開になってしまった。


 とりあえずしばらくは私の侍女としての生活を続け、エリスのお兄さんの結婚を見届けた後、あらためて両親と相談するという方向で話がまとまった。

 おそらく、あらためてブラッド家へするよりも、公爵夫人として関わる方が都合がいいだろう。という話も。


(ああ~これでまた一から人間関係作らなくても大丈夫そうね~!)


 ヒャッホー! と一安心で喜びの舞でも踊りたいところだ。そのせいか、


「あ、ちなみに今気になってる人とかいる?」


 つい油断してどこぞの大学生のノリで聞いてしまった。これが今日の一番のミッションだったことを今更思い出したのだ。


「ヴィクター様ですね? 濁しておいていただけますか? 追いかけていただけるうちによりよい条件を引き出せるようしたいので」


 ニヤリ、と不敵な笑顔でお答えいただいた。


(ヒャ~! 上級者のセリフ!)


 気づいてたのか。当事者にしてみたらわかりやすい態度なのだろう。


 ヴィクターには、言われた通り、エリスの気持ちは濁して伝えた。


「微笑んでかわされてしまったわ。でも、今はまだ婚約も結婚も乗り気ではないみたいよ」

「では私にも十分チャンスがあるということですね!」


 という、旦那様ばりのポジティブ発言の後、大袈裟に喜びながら業務に戻っていった。


 後日、私は孤児院に図書室がもうけられることをエリスのにこやかな報告で知ったのだった。

 





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