第3話 一時帰宅と恋煩い
ジルベール様がネヴィルまで旦那様にちょっかいを出しに行くと去って行った後、私は覚悟を決めていた。
「ただいまテンペスト!」
旦那様が屋敷に戻って来た。いや、そもそも領主が再建中のネヴィルにずっといる必要もないのだが、最終判断を下せる人間がその場にいると動きもスムーズになるだろうと働きづめだったのだ。少し痩せているのがわかる。
旦那様も私との勝負に勝つつもりなのだ。最短であの町の立て直そうと力を尽くしている。
「お、お帰りなさいませ……」
夕方、屋敷の綺麗な入口扉の前で、ダンジョン帰りで薄汚れている私の姿を見て嬉しそうな顔をするのは褒めてやろう。だけど『お帰り』と告げただけでパアアと顔をほころばせるとは、ちょっと旦那様の過去を思うと切なくなるからやめて!
「ああ! 違うな! 私が貴女におかえりと言うべきだった!」
ちょっとクネクネと照れている姿はまるで恋する乙女である。
「旦那様。余計な心配は無用ですよ」
「へっ!? な、なんの話だ?」
微笑んでいるエリスに荷物を預けながら、私は親切にも旦那様の不安を先回りして取り除いてあげた。
「どうせジルベール様になにか唆されてお戻りになられたんでしょう?」
「そ、そんなことはない! 自分の家に帰って来ただけだ!」
へぇ~と視線を向け続けると、
「貴女はみ、魅力的な女性だ……万が一があってはいけないと……少し様子を見に……」
あっさり白状した。
「言っておきますが。私、身持ちは固いので。その辺はご安心くださいませ」
「わ、わかっているとも! 貴女を不義を疑ったりするものか!」
嘘つけ! さっき万が一って言ってただろ! という目でまたじっと睨みつける。
「殿下の女性への態度は有名なのに、それでも令嬢達は彼に恋するのだ。貴女は見た目だけで他人に好意を抱かないことはわかっているが、殿下と私は方向性が違うし、もし……ああいったのが好みだったらと~……その……」
手を組んでもじもじさせながらゴニョゴニョと言い訳をしている。
「疑われたなんて心外ですね」
「ああそんな! すまない! そんなにも私に誠実にいてくれる貴女に、今後もう二度と疑念を持ったりしないと約束するっ!」
「いやごめん。そこまでしなくて大丈夫です」
そうだった……旦那様、滅茶苦茶ポジティブ野郎だったな……。
その日、初めて旦那様と一緒に夕食をとった。美味しい料理を食べながら、満面の笑みで今のネヴィルの状況を話してくれる。住居の再建に、新しく魔石の採掘関連施設の建築、キメラの運用など話題は尽きない。
「キメラですが、冒険者の知り合いに少し詳しそうな者がいるのです。よろしければ旦那様がネヴィルにお戻りになる際、一緒に連れられてはいかがでしょうか」
これは暗にさっさとネヴィルに戻るよね? と伝えているのだが、もちろんそうとはとらえないのが旦那様だ。
「流石テンペスト! 通常の貴族夫人では到底得られないような交友関係を築いているね! 是非、その冒険者を紹介して欲しい!」
こういう時、冒険者ぁ~? とならないところは旦那様を褒めたくなる。冒険者を見下すのが大好きな貴族も多い。
そんな風にこの屋敷で初めて旦那様との会話が盛り上がっていると、突然彼はオホンと咳払いをした。
「すまないが……テンペストと2人きりにしてもらえるか?」
(げっ!? なに!?)
あからさまに嫌そうな顔をする私を気にも留めず、旦那様は食事室にいた使用人やヴィクター、エリスを追い出した。
全員が外に出たことを確認した後、旦那様は小さく息をついてこちらに向き直った。
なんですか? と不機嫌な声を出すより前に小声で話し始める。
「少し尋ねたいことが……」
「……なんでしょう?」
先ほどまでとは打って変わって随分深刻そうな顔になっている。またしょうもないことを言い始めるのではと疑っていた……ごめんね!
「その。ヴィクターのことなんだが……どうも様子が変なんだ」
「……いつも変ですが」
私にはね。
「私も屋敷から急ぎの
こんなことは初めてなんだ。と戸惑いの表情を見せていた。
確かにヴィクターは仕事はできる。旦那様の自称右腕を豪語するだけある働きぶりだ。だがその旦那様へ陶酔しているからか、冒険者として活動している私への感情は今非常に複雑なようで、日によって態度が変わる。
「え!? ミス連発!? あのヴィクターが!?」
「ああ。どうもここ数日特にひどいらしい」
「ジルベール様関連ですかね……?」
「いや、確かにあれは不意打ちをくらったが、貴女のお陰で何の問題もなく終わっていると聞いている。私の方にも殿下到着より早く知らせが届いたので、心構えも出来ていたし……」
うーん。と私も旦那様も腕を組んで頭を傾げる。
(ヴィクター……ムカつく野郎だと思ってたけど、あの人がいるから私はこの屋敷で自由にできてるとこあるし)
本来は女主人がやるべき仕事すら彼が受け持ってくれている。私は仕事を押し付けて……いや、最初からやるなと取り上げられているのでやってないだけだが、まあ、本来私がやるべき義務のある事柄を彼がやってくれていることに変わりはない。
「それとなく尋ねてはみたが、目を泳がせて……そのあとミスをひたすら謝罪するだけで……なんというかその」
「ちょっとやり辛いですねぇ」
コクリ、と頷くのを確認した。謝ってほしいのではなく、彼を心配しているからこそわざわざ屋敷まで帰って来たのだろう。今までこんなことがなかった分、お互いどうしたらいいのかわからないようだ。
(私も旦那様も不測の事態に弱いわね~)
アドリブ力が足りない。旦那様は行動力だけはあるようで、ジルベール様が領地を去ったのを確認してすぐに屋敷まで戻ってきたそうだ。
ヴィクターは旦那様が不在の場合、屋敷で行う一部の業務を引き継いている。それほど信頼されている人物でもあるということだ。所謂家令、屋敷内の管理統括を司るハウス・スチュアートとも協力をしながら、私に関することや外からの客人関係の対応をメインに働いている。
(ヴィクターが一方的に旦那様を信奉してるのかと思ってたけど、案外旦那様もヴィクターを大切にしてるのよね~)
どうも旦那様、自分の群れの仲間は大切にする傾向があるようだ。
「わかりました。たまには世話になっている屋敷のために役に立ちましょう」
「そんなこと、貴女が気にする必要はないのだが……ありがとう」
冒険を続けるのに、この家の環境は大事だからね。ヴィクターも、崇拝している旦那様相手には言えなくても、私には言えるかもしれないし。
こんな風にジルベール様を相手にするよりはずっと楽な仕事だと思ったのが間違いだったのだ。
◇◇◇
「は? エリス?」
私は旦那様の行動力を見習って、彼の部屋を単身で訪ね、単刀直入に聞いた。ヴィクター相手に回りくどい言い回しを使っても無意味だからだ。
『なにか悩みでもあるの?』
と。するとまさかのよくぞ聞いてくださいましたとばかりに前のめりになって興奮気味に答えたのだ。
『エリス嬢のことばかり考えてしまうのです! わ、私は彼女に惚れている!!!』
エリスに惚れた? いつの間に? むしろちょっと前はいがみ合ってなかった? そう記憶を巡らせていたがすぐに大切なことに気が付いた。
(ヤバい! これ、関わったらいかんやつだ……!)
いつぞやブラッド領の兵団長が言っていた、『人の恋路に関わらるべからず』という彼の家の家訓を思い出す。
それに勝手に盛り上がってるこの感じ、あの
「そう。わかったわ。私、自由恋愛推奨しているのでお好きにどうぞ」
頑張ってね~と急いでその場を去って逃げようとするが、
「少しはとりもってくれてもいいではないですかー!」
と、縋りついてきた。
「知りません! 自分のことは自分でおやりなさい!」
なんかどっかの母親のようなことを言うが、もちろんヴィクターは諦めない。
「奥様! 私に貸しを作っていて悪いことはないと思いますよ!?」
「貴方に貸しを作ってエリスの信用を失うのは嫌なんです!」
恋愛は1人で出来ない。もう一方にその気がなければ迷惑なだけだ。エリスに好かれるようヴィクターがアピールするのは勝手だが、第三者の私がその片棒を担ぐつもりはない。
「で、では……彼女に思い人がいるかどうかだけでも……!」
「思い人~!? 婚約者になりそうな相手じゃなくて?」
エリスは良家のお嬢様。具体的に言うと、子爵家のご令嬢だ。彼女の話によるとかなり家族仲もよく、穏やかな幼少期を過ごしていたことがわかる。年齢は私より1つ上なので、彼女もそろそろ婚約や結婚の話があるだろう。
「その辺はブラッド家の名前を使えばアレコレすることが可能ですので」
おいこら! なに勝手に職場の肩書使って、惚れてる相手の婚約をコントロールしようとしとんじゃ!
「ですが心は……心だけはどうしようもないではありませんか……」
そんな当たり前のことを。と思うのは私が前世の記憶と価値観を持ち合わせているからだろう。
なんだヴィクター。相手の気持ちを考えられるなんていいところもあるじゃないか。
「じゃあエリスにその気がなければ諦めるのね?」
「いえ。それとこれとは話が別です。現状を知って対策を立てます」
「あ……そう」
アンタはそういう奴だよね!
「しょうがない……乗り掛かった舟だし……現状を聞いてくるだけよ」
「ああ奥様!!! ありがとうございます!!!」
あーあ……これ以上変なことに巻き込まれませんように……。
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