第2話 はた迷惑なお誘い

 久しぶりに猫を被らなければ。あのクリスティーナ様がやって来た時の夜会のように。


(つーかこの国の王族はなんでこうもまた突然にやって来るわけ~?)


 周りの迷惑も考えろ! って、王族には無理な話なのかもしれない。


 エリスの早業でなんとかそれなりの格好になった私、侯爵夫人版テンペストは、久しぶりにヒールのある靴を履いて屋敷の廊下を歩く。いや、本当に久しぶり過ぎて背が伸びた気分だ。


「奥様。ありがとうございます」


 ヴィンセントが厳しい表情でやってきた。そのまま来賓室に向かいながら小声で打ち合わせをする。


「家賃分くらいは務めを果たさないとね」


 嘘! 本当はマジで嫌! なーんでまた王族の相手なんか……けど仕方ない。私も大人だ。我儘ばかりは言えない。


「ジルベール様……今日はなんのご用件でいらしたのかしら?」


 知ってる?


「それが……奥様に会いたいだけだと」

「……バレてる?」


 私が冒険者やってること。


「わかりませんが、そのような素振りはありませんでした。ただ微笑まれて奥様と合わせて欲しいと」


 相手の目的がわからず、ヴィンセントは警戒していた。今やブラッド領はダンジョンだけでなく魔石の採掘場まであるのだ。王家は喉から手が出るほど欲しいだろう。クリスティーナ様がなんのも求めず魔石を渡してしまったので、いまいち介入も出来ずにヤキモキしているのはわかっている。


(ネヴィルの方に直接王都からの役人やら偉い貴族が行ってるってのは聞いたけど)


 私の方から攻めて外堀から固める気でもあるのだろうか。


(なんせあのジルベール様だからな……)


 彼はある意味でとても有名なのだ。

 

 はあ、いやだいやだと思いつつ、来賓室の前に立ち一度深呼吸をしようとした瞬間、


「やあ! 待っていたよテンペスト!!!」


 いきなり内側から扉が勢いよく開き、これまた見目麗しい男が飛び出してきた。

 クリスティーナ様と同じプラチナブロンドに青い瞳だ。今度はキラキラしたお姫様ではなく、キラキラとした王子様。

 この人はある意味で有名人。好色一代男というか、プレイボーイというか……その手の噂が絶えない男だ。実家の領地で引きこもっていた私にもその噂が届くくらいの有名人。いつも令嬢達と遊び歩いているそうだ。


「ああ! 本当に久しぶりだねテンペストッ!」

「……え?」


 久しぶりって何!? 初めましてだろ!? そのウットリした顔やめろ! 嫌な予感が増えるだけだろ!?


「ああ、最後に会ったのは12年前だもんね」

「えぇ……本当に……お久しゅうございます」


 12年ぶり!? 私5歳!? ほぼ初めましてじゃん! 覚えてないわ! 覚えてるふりするけどね!


(前世のことは覚えてるのに12年前のことは覚えてません!)


 5歳であれば親に無理やり連れられてどこぞの貴族のお茶会やらちょっとしたパーティくらいになら出ていた頃だ。なんか皆名前横文字だし、やたらいっぱい人いたし、ついでに興味もないせいか、あまり覚えていないのだ。

 ただその頃から前世の記憶はあったので、神童と褒めたたえられ私の自意識を育ててくれたのもそういった場だ。何と言っても見た目は5歳児、頭脳はアラサーOLなわけだし。他の同年代の子に負ける要素はない。


(両親もまさかその後、冒険者になるって騒ぎ立てるような我儘娘になるとは思わなかっただろうな~)


 両親に期待させてかえって悪かったかもしれない。


「フフ! そんな気を使わなくっていいよ。ほんの少し話をしただけだし。君はおそらく僕を僕として気付いていなかっただろうから」

「いえいえそんな……そんなことは……ございません……わ~……」


 あ~ダメだ……しどろもどろになってしまっている。どうも私はアドリブに弱いというか、予想外の展開に対応する力が足りないというか。

 そしてそんな私をみてクスクスと笑い声を上げている色男と、とんでもなく厳しい目つきをして私を見るヴィンセント。そしてエリス。


(ヒィ!!! なんか怒ってる!? やるよ! ちゃんとやるってば!)


 王族相手となれば下手すりゃブラッド領の今後を左右するかもしれないのだ。なるべく穏便に用事を終わらせてお帰りいただこう。……帰るよね!?


「それで……本日はどのようなご用向きでしょうか」


 やっと豪勢なソファに座ってくれたジルベール様。さっきまで社会人になってから中学時代の友達と再会した時みたいなノリだったのはまいった。陽キャ怖い。


「なにって。テンペストの顔を見に来たんだよ。僕の見立て通り本当に綺麗な女性になった」


 見立てって……12年前からそんなこと考えてたの? なんておませさん……!

 

「……それは大変光栄なお言葉、ありがとうございます」


 じゃあ要は済んだな? 帰る? 帰ってくれる?

 また目からキラキラ光線を出し始めたジルベール様を笑顔でスルーする。なに!? なんでキラキラさせてんの!? なにが目的!?


「なぜ僕がわざわざここまで君に会いに来たかって? そりゃああの堅物男と君が結婚したと聞いたら来ないわけないだろう?」


(いや知らんがな)


 とも言えないのでニコリと微笑むだけだ。肯定か否定かわからないように。


 すると向かいに座っていたジルベール様はスッと立ち上がり、私の隣へと座りなおした。


(なに!?)


 と、内心動揺するがもちろん表情には出さない。これはどちらかというと冒険者としての私のプライドがそうさせている。なにをする気か知らないが、こいつの策にハマってなるものか、という気持ちだ。


 あらなにか? と、すっとぼけ感を前面に出し微笑み続けると、


(ヒィィィィ!!?)


 ゾワゾワっと鳥肌が全身に立った。

 ジルベール様が私の手に自分の手を重ねたのだ。キラキラオーラを出しながら。


「テンペスト……本当にどうしてかわからないのかい?」


 そう言いながら今度は手の指を絡め、綺麗な顔を近づけてくる。ヴィンセントとエリスが目をかっぴらいて叫びそうになっているのをもう片方の手のひらを前に出してとどめた。


「まあまあジルベール様。お戯れが過ぎますわ! 残念ながら私、既にブラッド家に嫁いでいる身でございます。どうかそのようなことは未婚のご令嬢と!」


 そのまま腕力(に見せかけた魔術)でグイグイと彼の腕を押し返し、ゴロン! とソファーの上に仰向けに転がした。


(これは……セーフね!?)


 ジルベール様のお付きは特に何も言わない。私の腕力魔術には少し驚いたようだが、どうも彼のこういうお遊びには慣れっこになっているようだ。ハイハイいつものね。といった雰囲気を醸し出している。

 相手は王族、怪我なんかさせたらそれを強請りたかりの材料にされかねない。あくまで慎重に、だ。


(冒険者やってる私に勝てると思うなよ~!)


 と、高笑いしてやりたいが、我慢我慢。

 だが、相手もなかなかツワモノだ。


「積極的だね……それにしてもここから見る君も美しい!」


(なに言ってんだコイツ……)


「さあ! 一緒に愛をはぐもう!」

「お断りします」


 寝転がったまま余裕癪癪でイケメンスマイルを飛ばしてくる。どうしてくれようか。

 チラリと彼の護衛を見ていると、チベットスナギツネのような表情をしている。たぶん、早く帰りて~帰って酒飲みて~って思ってるな。


「君が結婚してても関係ないさ! 愛に障害はつきものだ」

「結婚というのは契約ですよ? その契約を蔑ろにしたら個人の信用にかかわりますわ」

「ああ。君は信念まで美しいんだね」

 

 そう言って手の甲に口づけしようとしたので、サッと手を遠ざける。バカめ! そう簡単にいくと思うなよ!


(よし。チキンレースだな)


「それはようございました。それでは、ジルベール様のご用事もすんだことですし、ヴィンセント、殿下はお帰りよ!」

「え!?」

「ええ!?」


 王子様だけでなく、自称旦那様の右腕のヴィンセントもビックリ驚いていた。王族に対しての言葉とは思えないからだろう。私の作戦は伝わっていない。


(よしよし。これもセーフ!)


 まだ護衛はチベットスナギツネだ。ということはこれくらいじゃ王子様はへこたれないってことね。


「つれないね。僕はこんなに君を求めているのに」


 私は今、転がりっぱなしのジルベール様を引っ張り起こそうと手を掴んでいた。その私の手を逆に引っ張って抱き寄せようとするが、まあ、そうはいかない。


(学習せい!)


 グイっと容赦なく成人男性を引っ張り起こすと、護衛の目が開いた。令嬢のパワーとは思えないからだろう。

 

「……。」


 ジルベール様もなかなかいつも通りにコトが進まず、ここにきて長考を始めた。そしてついに開き直る!


「も~なんで僕には落ちないわけ~!? つまんなーい!!!」


 キィ! っと令嬢がハンカチを噛むかの如く悔しがり始める。


「殿下!」


 まさかの護衛からストップが入った。おそらく王族らしくない見苦しい姿だからだ。もっと早く仕事して!?


「だって~! あの堅物冷血ウェンデルとは結婚したのに~僕の方が優しくて楽しくてキラキラしてていい男だよ!?」


 ああなるほど。


「殿下は旦那様と競っているのですね」


 それも一方的に。


「失礼な! 本気で美しい君と不倫したいと思ってるよ!?」


(堂々と言うな!)


 この豪華な来賓室の中にいる全員が呆れかえっている。そして護衛はジルベール様のこの姿本省がバレてしまったと肩を落としていた。


「僕とウェンデルはライバルだったんだ。ご令嬢達にどちらがより人気があるかってね!」


 第三王子ジルベール派と、ブラッド領の若き領主ウェンデル派で社交界の令嬢達は二分されているのだそうだ。


「へぇ~」


 と、言いながら来賓室の扉を開ける。早く帰ってほしい。


「もっと興味持ってよ! 君の旦那様の話でもあるんだぞ!?」


 ナンパな野郎だとおもっていたが、今度はキャイキャイと煩い男だ。


 旦那様、その手の事令嬢にモテる事に興味はなさそうに見える。だが、この色ボケ王子と同じくらい自分の人気に自信を持ってはいた。


(自他ともに認めるモテ男と並び立つとそうなっちゃうのかな~)


 なんて、旦那様の自信の根源の原因がこんな所でわかるとは。


「新しい知見をありがとうございました」

「そういう話じゃない!」


 またもキィ! と悔しがったが、最後は護衛に促されてなんとかブラッド家の屋敷を後にした。


「ネヴィルに寄って王都に戻るよ! 僕と楽しむ気になったらいつでも連絡をくれ!」


 と、今度は旦那様を揶揄おうという魂胆が丸見えのまま、またもやチベットスナギツネの表情になった護衛と共に美しい装飾が施された馬車に乗って去って行ったのだった。

 

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