第21話 憂鬱な夕食
全員が緊張に包まれた夕食だった。料理人達が気合を入れたのであろうことはよくわかる、見た目も味も一級品の料理がテーブル一杯に並んだが、正直味がしない。
(ダニエルが嫡子になることを拒んだらどうしよう……!)
え? 私が生まなきゃダメ!? 流石に公爵家お家断絶はマズイというのはわかる。今世はずっと貴族として生きてきた身として、あのウィトウィッシュ家の娘として生きてきた私の魂レベルで刷り込まれた世間体が、そりゃヤバイ! と叫んでいる。
(子供かぁ……考えてなかったな……)
悩みたくなかったので考えなかった。有難いことに、その必要もなくここまで来ていた。
(公爵っていう爵位が欲しい人間なんてこの国にごまんといるだろうに)
なんでこうもまぁうまくいかないのか。
(万が一そんなことになったら冒険者業はしばらく休業になるわよね~)
だが、生んでしまえばこちらのものだ。貴族と言う立場を存分に利用する。つまり乳母、シッターを全面活用するのだ。この国ではこれが当たり前なので、正直、産後働きたいのなら、この国の女性貴族は前世の世界より動きが取りやすい。
(ワーキングマザーでもやろうかしらねぇ)
(って、違う違う!)
なんで私が生む方向に想像してんの!? どうした私! 生むくらいなら離婚を選ぶでしょ!? と言いたいところだが、どうも最近絆されすぎている。
(旦那様をまた独りだと思わせるのは嫌なんだよなぁ)
この感情が私の判断を鈍らせる。
ダニエルが拒んだら……その時はその時で旦那様と相談するとしよう。なにか私の考え付かない方法があるかもしれない。
結局最後のデザートが出てきたタイミングでようやく旦那様が口火を切った。
「そ、それでダニエル……今回はなにか私に用があったのかな?」
わざわざ遠くまで来てくれて……などと珍しくボソボソと歯切れ悪く話している。
「はい……その……」
案の定ダニエルは言いづらそうにしている。呼吸を整えている彼を見たり、旦那様を見たりとこちらも落ち着かない。
フウ、と小さく呼吸を吐き出した後、ダニエルはしっかりと顔を上げた。
「ウェンデル様。今回私が参りましたのは、ブラッド家の跡継ぎについてハッキリとさせるべきだと思ったからです」
私も旦那様も平静を装っていたが、やっぱりか! と予想通りといえども内心動揺していた。
ダニエルは私たちの沈黙が自分の言葉の続きを待っているととらえ、話を続ける。
「有難いことに、私をブラッド家の嫡子と見込んでくださり長年ご支援いただいておりました。ですが美しい奥様をお迎えになったと聞いて、お優しいウェンデル様がお悩みになっているのではと思ったのです」
「ダニエル……まだ小さなおまえにそのような気を遣わせてすまない」
伯父と甥は真っ直ぐに見つめ合っていた。室内にいる誰もが音を立ててはいけないと体をじっと硬くしている。
「まず、テンペストはダニエルが嫡子であることを認めてくれている。私もそうだ。結婚した今となっても変わらない。だが……ダニエル、お前の気持ちを確かめてはいなかったことを私は今更恥じているんだ」
旦那様もかつては冒険者を夢見たことがあったと言っていた。それならダニエルにだって似たようなことが起こるだろうと、当たり前のことが気付けずにいた自分を本気で恥じていた。
「……正直、ブラッド領の領主になりたいかどうかはわからないのです。今は王都で暮らしていますし、唯一ブラッド領にいた生まれた頃の記憶はありません……」
それに、ブラッド領の領民がこんな立場の自分を認めるでしょうか? と少し悲し気だ。
(まあ旦那様が結婚していないならともかく、今は私がいるしな……)
正妻がいるにもかかわらず、なぜダニエルが? となると、昔を知っている領民は、また色々と考えてしまうかもしれない。
(年齢的に旦那様の庶子だなんて話にはならないだろうけど、旦那様の父親がおこした騒動を引きずる必要が? とは思われそうよね)
旦那様の父親……前ブラッド領手は屋敷の使用人と愛し合い子をもうけた。そしてそのせいでその後正妻となった旦那様の母親が腹を立てていたことは聞いている。結婚前の話と言えど、嫌なものは嫌だったのだ。それはまあ、理解できる。
「ですが、領主になるために多くの知識を身に着けることはとても楽しくって……ウェンデル様が何でも学べばいいと仰ってくださるおかげで、毎日が楽しいのです。その知識を使って、ウェンデル様が……父が大切にしていたブラッド領をより良くすることを考えるのも……それに学者にもなりたいし、歴史家にも……音楽家にもなりたくって……だからあの……その……」
「決まってないんですねぇ」
私は微笑ましくて思わず声をかけてしまった。
(そりゃそうだよね~~~)
私は今世こそ、二度目の人生だったので将来の計画を立てるのはその辺の子供達よりも得意だったが、前世で小学生の時に将来なにになりたいか考えてたかって……なんだっけ? というくらい、ある意味夢と希望に満ちていた。この頃は、まだなんにでもなれると思っていたのだ。今のダニエルと同じように。
「……そうか……」
旦那様はホッとしたように小さく頷いた。自分がダニエルに嫌な未来を押し付けているわけではないとわかったからだろう。
だがそうなると、今後の話はどうなるの?
パチリ、と旦那様と目が合った。
「すまないダニエル。これから少し妻と話をしたいんだ。また明日、この話の続きをしてもいいだろうか?」
「も、もちろんです!」
ダニエルは旦那様が自分が将来領主になってもいいと、いまだに考えていることがわかり少し安心したようでもあった。
(やる気はあるけど私に遠慮してるのかな~? 自分の血筋の話を聞かされいるのかも……)
子供に聞かせる話じゃない、というのは私の記憶からの価値観だ。
ダニエルが席を立ち部屋に戻ったのを確認して、旦那様は緊張した面持ちで私の方に向き直った。
「テンペスト……その、突然で悪いのだが……ダニエルを養子にしたいんだ。実は前から考えていたのだが言い出すタイミングを失っていて……もちろん貴女に母親になれという話ではないのだが……その……」
もごもごもごもご言っている。私に気を遣っているが、どうしても聞き入れて欲しいという気持ちも伝わってきた。
旦那様もまた、次期領主がブラッド領ではなく常に王都にいることが気になってはいるのだ。特に現領民は、領主が領地を自らの足で見回り、緊急事態にも柔軟に対処する姿を見ている。他の領地ならいざ知らず、我らがブラッド領の領主様とはこういうお人柄だ! と、思っている節もあった。
「いいですよ」
「え? そ、そんなアッサリいいのか!?」
(今更跡継ぎを産んでくれ~って言われるよりずっといいっつーの!)
なんて言うとまた旦那様が騒ぎそうなので黙ってはいるが。ダニエルの方の了承がとれるのならそれが全方向に一番いい。
「それにしても旦那様。わざわざ私にお尋ねになるなんて」
貴族の当主というのはそれだけ権力がある。当主がそうすると決めたら妻といえどどうしようもない。
「それはそうだ。家族の話なんだから」
アッサリと答えた旦那様を見て、悔しいが認めざるを得ない。
(こりゃ私、この世界じゃこの人以外とじゃ幸せな結婚生活続けられなかったぞ)
「旦那様と結婚してよかったです」
「え!!!!?」
キャッキャウフフのラブラブロマンスはないが、それでもそう思える。
「え!? え!?? え!!!!? ど、どういう意味だテンペスト!!!?」
私の突然のある種の愛の告白に、天変地異にあったかのような大慌てを見せる旦那様だが、まあ今はその話、少し遠目に置いておこう。
「それより早くダニエル様に今の件打診をしましょう。きっと内心心配されていますよ」
「え!? え……!? あ、うん……そ、そうだな……」
夢でも見ているのか? という顔つきのまま、旦那様はフラフラとダニエルが泊まっている部屋へと歩いて行った。
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