第20話 嫡子(仮)のおでまし
「テンペスト~~~! 私に会いに来てくれたのか!?」
旦那様、予想通りのポジティブ思考。予定調和というやつだ。
「いえ。
「あ……そ、そうか……そうだよな……」
そして予想通りガッカリしてる。だが私が今日泊めて欲しいと言うと、また顔が明るく輝き、すぐに使用人たちに寝室を整えるよう指示していた。
「ここも君の屋敷の一つだ! そんな遠慮せずに言ってくれ」
「いえ。公爵夫人の勤めを果たしているとは言い難いので。多少は遠慮もします」
多少はね。
だがこの発言、旦那様の表情が曇ると思っていたのにそうではなかった。
「そんなことを気にかけてくれるのか」
穏やかな優しい顔つきなんて予想外だ。
「テンペストの冒険者としての生き方を邪魔するつもりは本当にないんだよ。ただ私の妻のまま貴女らしく生きてくれたらとても嬉しい……なんたって冒険者としてのテンペストにも惚れているからね」
この、カッコイイこと言ったよ? 感動した? 惚れちゃったかな? ってドヤ顔しなかったらなぁ……。
「奥様、お茶の準備ができました」
「わぁ! ありがとう〜!」
ということで休憩に入らせていただきます。美味しいお茶をいただいた後はネヴィルの町でも見て回るとしよう。せっかくだしね。
案内された屋敷のテラスに用意されたテーブルは短時間で準備したにしては随分と立派だ。冒険者の服のまま座るのは少々憚られる煌びやかさがある。
(まあ座るけど!)
旦那様も当たり前のように向いの席についていた。いつにも増してご機嫌な顔をしているのが気になるところではある。
なに!? なんかあんの!!?
「……お仕事はよろしいのですか?」
「ちょうど休憩にしようと思っていたところだ!」
(私との賭けに勝てそうだからって余裕ってかー!?)
いかんいかん、卑屈に考えては。まだ勝負は決まっていないぞ。
「なにかいいことでも?」
余裕がないことがバレても悔しいので、あくまでいつも通りの表情と態度を続ける。
「わ、わかるか!?」
そりゃわかる! 屋敷の使用人もなんかちょっとソワソワしてるし。
「それがだな……ちょうど合わせたい人がもうすぐ来るんだ! まさかこんなタイミングが会うななんて!」
「え……」
いやだよ。旦那様のところに来るのなんて、貴族か役人か大商人じゃん。
「テンペストが今想像している、かまえるような相手じゃないよ!」
すぐに私の嫌だな〜という反応の内容にすぐ気がついたようだ。こういうことには気がまわる。
「ではどなたですか?」
「ふふ! 誰だと思う? きっとビックリするような相手さ!」
「そういうのいいから。誰?」
なーにもったいつけてるんじゃい。さっと言え! さっと!
間違いなく私が驚くと思っているのが癪なので、それほど興味がありませんが? と、綺麗な蔦柄のお茶のカップに視線を向ける。
(こちとら王族の突撃を二度も受けた身だっつーの!)
今、それこそ会って驚くような相手といえば一人だけ。旦那様の母親だ。私の義母だ義母。だが旦那様と義母はうまくいっていない。ということはあの反応はありえない。
(国王って可能性もあるけど、それでもやっぱりあんなニコニコとはしないわね)
「ふふふ! 覚えているかな? 私には一人甥っ子がいるんだ。腹違いの兄の子なんだが……ここまで会いにきてくれることになっていてね! それも今日! って大丈夫か!?」
「ぶぇほっ! ゲホッ!! な、名前……」
はい。お茶をむせました。
(言ってた……そんな話してた……)
そしてこの流れ……。今後どうなるか私、知ってる。
「名前? 言っていなかったか。ダニエルというんだ!」
「ハ……ハハ……ゲホッ! ゴホッ……!」
やっぱりねー!!!
「そういえばテンペストはなんの依頼でネヴィルまで来たんだい?」
綺麗なハンカチをむせる私に躊躇なく渡してくれた。
(あんたの甥っ子の護衛だよ!)
ゲホゲホとむせているせいで伝えられないのがもどかしい。なんでこうもまぁアレもコレも引き寄せてしまうもんかね!?
そうして彼はやってきた。ちょっと気まずそうな笑顔で。あの笑顔は私に向けられているのはわかっている。
「ダニエル様がいらっしゃいました」
まだ使用人の後ろに隠れるほどの背丈だ。年齢のわりに大人びてはいるが。ブラッド領の次期当主ダニエル様のお出ましである。ほんの小一時間前まで一緒にいたが。
「お久しぶりでございます。ウェンデル様」
「ダニエル! 一年ぶりだな……大きくなった!」
「はい。それもこれもウェンデル様のご支援のお陰です」
これまで支援してきた嫡子というわりにはよそよそしい。というか距離があるのがわかる。なにより私と馬車の中でおしゃべりしていた時より明らかに緊張している。
「紹介するよ! 妻のテンペストだ! 手紙に書いた通り冒険者をやっていてな、わずか一年足らずでBランクにまで上り詰めた凄腕だぞ」
旦那様、なんとも嬉しそうに紹介してくれるじゃあないか。本当に応援してくれてるんだなぁ~まあ私らもう知り合いなんですけどね! 顔はいいのに、いまいち決まらない男、それが旦那様。
「先ほどぶりですねダニエル様」
「……騙すような真似をして申し訳ございません」
ダニエルは深々と頭を下げるが、いそいでそれを止めた。なにも十歳の男の子に謝ってほしいなんてことはない。むしろ公爵夫人が嫡子の顔も名前も知らんかったんかい! なんて思われていないか不安だ。
(彼のおかげで跡継ぎ問題からも解放されてて感謝してるってのに!)
だが今、嫌な予感が頭の中を占めている。生き道の馬車の中、彼はあれこれと将来の夢や希望を語っていた。その中に、領地経営と直接関係ありそうなものはない。
旦那様は、え!? 知り合い!? と私と甥っ子を交互に見ては目を輝かせている。これまた嬉しい驚きとばかりに。
「ここまでの護衛を奥様に……テンペスト様に依頼をしたのです。勝手をして申し訳ありません」
「ああダニエル! なんて楽しいことを思いつくんだ!」
最高だ! と、珍しく声を上げて旦那様が笑っている。というかハイテンションすぎて心配になる。大丈夫? いつも以上にキャラ変わってない!?
「今日はなんて素晴らしい日なんだ! 私の家族が二人とも一緒にいるなんて……!」
夢見るように目を輝かせていた。いや本当に誰!? 冷血公爵と呼ばれていた貴方はどこ!? 使用人達も戸惑ってるじゃん!
一方、ダニエルの方はさっきからずっと困ったような笑顔のままだ。旦那様の喜びとは明らかに温度差があるが、『家族』を大切に思っている彼にそれを今指摘する勇気が私にはない。
(ダメダメ……ここは私が調整役にならなきゃ)
これが大人の役目だろう。妻ではない、良識的な大人の勤めだ。
「旦那様、ダニエル様もずっと馬車の中だったのです。お疲れですよ」
「い、いえ! 僕は大丈夫です! そ、その……」
ほらなにかあるんでしょ~。だけどまだその何かを話す心づもりができていなさそうだ。
「あ……すまない! 私としたことが……あとで夕食のときにまたゆっくり話そう!」
優しい笑顔に変わり、可愛い甥っ子をゲストルームに案内するよう使用人に指示をだした。
「助かったよ。舞い上がってしまって。まだ十歳だというのに、私に会うためにここまで来てくれたんだ」
本当は自分が会いに行くつもりだったのが、ネヴィルの事件があったため時間が取れなかったのだと教えてくれた。
「……旦那様、ちょっと今聞くことではないのかもしれませんが」
「ん? なんだい? 貴女からの質問ならいつでもなんでも歓迎だ!」
そりゃどうも。聞きたいことが渋滞してるんでね。
「私の事はダニエル様にお話しされていたんですね」
冒険者やってるって。
「そうだ。ダニエルは私が冒険者になりたかったことは知っているから、愛する妻が冒険者だという手紙を……あ! ダメだったかい!?」
「いえ。それはいいのです」
「安心してくれ。ダニエルは吹聴してまわるような子ではないからな!」
なんだその自信は! いや別に隠してないからそこはいいんだけど。ダニエル、急に真偽不明な、貴族の常識じゃありえない話を聞かされてビックリしただろ。
「彼がブラッド家の嫡子ということでよろしいのですよね」
「ああ、とても聡明な甥っ子なんだ。なんでもすぐに吸収する。本当は一緒に屋敷で暮らしたいのだが、そうすると母が乗り込んできて……仕方がないので、王都近郊で暮らす父の古い友人に預かってもらっているんだ」
聡明さはこの半日でよくわかった。旦那様みたいに行動力があることも。
そして私はこれまで目をそらしていた大事な質問を旦那様に問いかける。
「旦那様、ダニエル様が嫡子と言う話、陛下も御認めなのですよね?」
ね!? そうなんだよね!? 結婚式の日、あれだけ自信満々に私達に子供はいらない、なぜなら嫡子がいるから! って話、したもんね!?
(だから私、この結婚を受け入れたってのもあるんだけど……)
この国、爵位の継承には少々厳しい決まりがある。爵位を生前に譲ることは許されないし、必ず正当な血筋でなければならない。つまり庶子はダメ。庶子の子供であるダニエルはもっとダメだろう。
(まあ長い歴史の中で例外ってのはそれなりにあったみたいだけど)
人は信じたいものだけ信じるという、確証バイアスが働いたのか、私はこの『嫡子はもういる』という話をあっさり受け入れた。そして今になって不安になっている。
「……陛下とは話し合いの最中だ……」
「やっぱり~~~!」
ちょっと気まずそうな顔になった旦那様。自分が結婚式でドヤったことを忘れたわけではないようだ。私との子供は必要ないってね!
ダニエルもそれがわかっているから距離があったのだろうか。旦那様は彼を嫡子と言ってはいたが、実情は違う。だから決して嫡子として振舞うことはなかった。なんて控え目なんだ! この旦那様の甥っ子なのに!
「だが説得の材料は揃っている」
「魔石鉱山ですか?」
王家は喉から手が出るほど欲しいだろう。すでに魔石は世界中で取り尽くしているといわれていた。それが自国内にあるのだ。
「ああ。以前はダンジョンの収益をと思っていたんだが、こちらの方が興味がありそうなんでな」
ダンジョンは世界のあちこちにあるが、魔石鉱山はここにしかない。そりゃこっちの方がいいだろう。それなりに勝算はあるのが私でもわかる。なら最後の確認をしなければ。一番聞きたくないし、知りたくもないのだが……逃げてもいられない。
「ダニエル様は、嫡子になることを望んでらっしゃるのですか?」
「……どうだろうな」
曖昧な笑顔だ。
(コイツ! 気付いているな!?)
ダニエルがその未来に積極的じゃないことに。
(馬車の中であれこれ夢を語ってたけど、領地経営は入ってなかったしねぇ)
ただあの夢の中には、領主をしながら並行して叶えることができるものもある。むしろ予算があればできることは増えるので、忙しいということを抜かせば有利であることも。
「ダニエルはおそらく、私が愛する人と結ばれたと知って……ブラッド家の嫡子となる話を正式に断りに来たのだろう」
「へぇ~……」
(愛する人ねぇ……)
こういうこと恥ずかしげもなく言う冷血公爵というあだ名の持ち主は、チラチラとまたも決め顔でこちらを見ている。これがなければ私ももうちょっと今の言葉に浸るかもしれない……。
「ダニエルの養父から、彼が悩んでいるという手紙は届いていたんだ。私が領主となったのが十歳だから、思うところもあったんだろう」
領主にならずに済むならなりたくないということだ。
「旦那様に似て責任感があるのですね」
私も旦那様も触れないが、もしダニエルが嫡子になることを拒否すれば、ただでさえ現状怪しいブラッド家は跡継ぎ問題が、さらに重大な問題に直面することになる。
さあ、緊張の夕食会のはじまりだ。
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