第19話 突然の依頼

 私はまだBランクの冒険者。昨年結婚した旦那様とは現在勝負の真っ最中。

 私が先にAランクの冒険者となるか、旦那様がキメラに破壊尽くされたネヴィルの街を再建するか。より早く目標を達成できたものが相手の願いを叶えるのだ。

 私は婚姻状態を保ったまま、仮面夫婦のまま冒険者を続けることを。旦那様は仮面夫婦ではなく、本当の夫婦として生活をすることを望んでいる。どちらの場合でも冒険者を続けることは決まっているが……。


(負けたくねぇ!)


 という気持ちが一番上に来る現状ではどの道、夫婦として成り立つか大いに疑問がある。旦那様は、


『まずは形から入るから大丈夫だ!』


 と、いつものポジティブ思考だ。

 実際、最近の私はずいぶんと旦那様に対しては大人しい。いや違った。一度レイドに探りを入れるため偽名であるトゥルーリーの名をかたり依頼を出していた時には久し振りに雷は落としたが……。


(レイドの方に探りも入れたけど、依頼内容は話せない~ってなぜかすこぶるご機嫌だったんだよね)


 だから必要以上に怒れなかった。証拠をつかみ損ねたが、おそらくそれなりにやらかしている。


 私の方は順調に実績を積み、結果を残している。このままいけばそう遠くないうちにAランクへは上がれるだろう……と言う話を仲良くなったギルド職員のハイネが教えてくれた。


『テンペストはなぁ~~~戦闘面で言えば申し分ないんだろうけどなぁ~~~どうしても経験不足が目立つというか……Aランクはそれまでと違って総合力で判断されるんだよ~だから地道にいけばランクは上がると思うぞ~』


 長年ギルドの勤めているハイネの話では、一芸に秀でていればBランクまでは私のようにスッと上がれるのだそうだ。Aランクとはギルドに舞い込んできたどんな依頼でも、この冒険者になら任せられる。そんな人物に与えられる称号なのだ。是非とも欲しい称号だ。できるだけ早く!

 というのも、少々焦っている。


『最近、ずいぶんいい魔道具がでてきているんだ。それに各地から復興のための魔術師の雇い入れも進んでいるし、予定より早くネヴィルの街は元に戻るだろう!』


 これ以上嬉しい報告はないだろう? と、旦那様に満面の笑みで言われた時はどうしようかと思った。なに? もう勝った気でいるってこと!?


(街の再興は願ってもないことだけど、数年はかかると思ってた……!)


 どの領地も、もちろん王家も魔石の鉱山目当てに復興には積極的だ。多少はあると思っていたが、ここまでとは正直私の計算ミス。資材も人手もわんさかやって来ているらしい。


(とはいえ、結局積み上げるしかないのよねぇ)


 王族護衛クラスの依頼なんかそうそうあるわけもなく。冒険者ギルドの依頼掲示板で今日もいい依頼はないかとにらめっこだ。


(最近護衛依頼はネヴィル内か、ネヴィル発着が多いわね~)


 やはり今一番人気のあるネヴィルにしばらく拠点をずらすか。あまり気乗りはしないが。


『私に会いたかったのか!? え? 違う……? あ、依頼か……』


 と、上がったテンションが急激に下降していく旦那様の姿が想像できて、それだけで罪悪感が湧くのだ。


(罪悪感が湧くってのもまあまあ複雑な気分なのよ!)


 キーキーと騒ぐほど憎々しい気持ちがスタンピード以降減っていることに自覚はあったが……。


(憎しみは憎しみでエネルギー源にはなったけど、それなりに疲弊はするのよね)


 冒険者を始めた当初の勢いの一端になったであろうこの負の気持ちは今ではもうしぼんでしまっている。私には他にエネルギー源は山ほどあるので、これはもう必要ない。


(ということで、いい加減ポイっと捨ててしまおうかしらね)


 そんな殊勝なことを考えていると、ふと背後から声をかけられた。


「あ、あのすみません!」

「ん? あ、どきますね」


 綺麗な顔をした少年だ。柔らかなブロンドに深緑の瞳を持っていた。10歳くらいだろうか。冒険者の仕事に興味が出るお年頃かもしれない。


(でも、この辺では見かけない顔ね)


 これだけ顔が整っていれば一度見たら忘れない。どことなく高貴な気配すらある。物腰も丁寧で穏やかだ。服装を見ても冒険者街で生活している子ではないだろう。新品で汚れ1つついていない。


「いえ! 違うんです!」


 私が場所を譲り立ち去ろうとすると、少年は慌てて手を横へ振り否定した。


「あ、あの……もし依頼を探されているようなら、僕の依頼を引き受けていただけませんか?」

「え!?」


 まさかの直接依頼!? ギルド通さないとランク昇格評価に繋がらないだけど!?


「いえその! 依頼は今から出すんですが、ちょっと急いでいるのでもしもお仕事をお探しだったらと……」

「あ、そういう事情ね。でも私のランクもわからないのに気軽に声をかけてはいけないよ。冒険者も色々だからね」


 まあ私に声をかけたのは正解だけどね!


「そうだぞ坊主~! その女に粗相しようもんなら、どんな目にあわされるか」

「えっ!?」


 ギョッと目を丸くして、少年は私の方を恐る恐る見た。


「こら! 依頼主をビビらせるなー!」


 横から茶々を入れた冒険者達は、おぉ怖いと笑いながらそそくさとギルドを出て行った。あいつら、今度会ったらしばく。


「……ね! ああいう愉快犯がいるの。それで、あなたの依頼はなあに?」


 怯えさせないようできるだけ笑顔で尋ねる。相手はまだ少しオドオドとしていたが、私に失礼かと思ったのか姿勢を正して視線を合わせてくる。


「あの。ネヴィルの街まで行きたいので護衛をしていただけませんか?」

「ネヴィル? この街からなら一日一回移動馬車が出てるけど」


 予想外の依頼だ。勝手にもう少し小さな内容だと思っていた。護衛依頼は単価も高いし、先ほど言った通り移動馬車に乗れば安上がり。街道も今は整っていてすでに危ないルートではない。

 私が訝しんでいるのが伝わったのか、少年はしどろもどろ答えを返した。


「えーっと……その……ちょっと大事なものが……」

「ああなるほど。ごめんなさいね、余計なことを聞いたわ」


 貴重品を運ぶのか。ならまあ、念のため護衛を雇うのはわかる。わかるが、何故この少年が? 大人ではなくて? という疑問は残ったままだ。だがこれ以上あれこれツッコんで深堀するのも可哀想だ。仕事は仕事。相手が誰でも関係ない。


 少年はそのまますぐにギルドの受付に依頼を出し、私は正式にその仕事を引き受けた。


「明日の朝出発で翌日の昼以降また街へ戻るってことでいいですか?」

「はい。よろしくお願いします」


 少年はネヴィルにいる伯父のところへ行くのだそうだ。家業の手伝いかなにかだろうか。あの街には今色んな人が出入りしている。 


(ってまた余計な詮索ね。無事に連れて行って連れて帰る。それだけ考えよ)


 しかし結局ネヴィルの街へは行くことになった。今、あの街の宿屋はいっぱいということだから、領の……旦那様の使っている屋敷に泊めてもらおう。少年もその伯父さんのところに泊るって言ってたし。


 翌日は早朝からの出発だった。馬車は例の少年ダニエルがすでに手配しており、私より先にその前で待っていた。予定時刻15分前なのに!


「ダニエル様、お早いですね。眠くはないですか?」

「ダ、ダニエルって呼んでください!」


 彼は一応もう依頼人だ。これほど年下の依頼人は初めてだが、これまでと同じく丁寧に対応したかった。それに彼はファミリーネームを教えてくれなかったのだ。家柄がバレるのが嫌なのだろうか。


「あれ? 馬は……?」


 私は馬車の側で馬で並走する予定だった。だがそれらしき馬がいない。


「あ……いえ、そこまでしなくても大丈夫なんです……その、念のために雇ったと言うか……よければ馬車の中で話し相手になってくださいませんか?」

「……そういうご希望でしたら」


 おやおや~きな臭くなってきたぞ。一体全体なにが望みだこの少年。


(なんだか旦那様を思い出すやり口ね)


 動き出した馬車の中で、彼は私の話をしきりに聞きたがった。私に興味津々なのがよくわかる。


「テ、テンペストさんはいつから冒険者になりたかったんですか?」

「そうだな~具体的に考え始めたのは8歳頃ですかね~。魔術の先生が昔冒険者もやってたって聞いて、その時の昔話が面白くって」


 それに冒険者なら自由なまま自立できるし。


(この自由の部分がなかなか貴族には難しいのよね~)


 暮らしが保証されている貴族が自由だなんだと言っても嫌味なだけだが。この部分は理由として大きい。どうやっても家が絡んでくるとやりたいこともやらせてもらえない。


「ダニエル……はなにかやりたいことが決まっていますか?」

「……はい。僕、学者になりたいんです……天文学が好きで……あと歴史も」

 

 お。これは教えてくれるのか。前世の私が学者になりたいなんて言ったら、親は大喜びだっただろうな~。


「絵を描くのも音楽を演奏するのも好きです……」


 なぜか照れるように、そしてちょっと罪悪感を抱いたような表情が浮かんでいる。やはり家柄の問題でその願望を現実にするのが難しいのだろうか。


「好きなものが多いのはいいことですね」

「はい!」


 この返事は嬉しそうだったので私も安心した。


「やりたいこと。諦める必要はありませんよ。いろんな方法を考えてそれをつかみ取るんです!」

「……そうですね。うん。頑張ります!」


 今度はハッキリと、自分に言い聞かせるようにダニエルは答えた。


 彼との話は途切れることなく続いた。ダニエルは幼いながら学者になりたいと言うだけあり、博識で大人びていたせいだろう。


「えー! キメラの研究ってそこまで進んでるんですか!?」

「王都の方では文献研究から始まって、今はキメラを発掘して調査研究も進めていますよ」


 それであのネヴィルをボロボロにした大蛇のキメラがなんとか再起動できたのだと教えてくれた。


「あ! あれがネヴィルですね!」


 昼を過ぎた頃、ダニエルが嬉しそうに馬車の窓から顔を出した。


「そうですね」

 

 私も窓から外を覗く。同じくネヴィルへ向かうために多くの人が行きかっていた。


(って! マジで建物めっちゃ立ってる……!)


 少し離れたところからもわかる。城壁も綺麗になっている。少し高い建物がその奥に見えた。

 クリスティーナ様の護衛のために立ち寄った時よりさらに復興は進んでいた。


「ダニエルさん。本当に一緒に行かなくて大丈夫ですか?」

「……はい。伯父に会う前に少し散歩をしたいので」

「そうですか……」


 ネヴィルの治安は悪くない。不特定多数の人間がいる分、旦那様がかなり注意しているからだ。だがいいと言えないのは、スリや窃盗などをおこなう小悪党はチョロチョロしている。あんな身なりのいい美少年がいたらそれこそターゲットになりそうだ。

 だが私があんまり心配するからか、御者の男性が手を上げてくれた。少し離れて歩くから、と。ダニエルはそれを渋々受け入れていた。


(私でもよくない!? って蒸し返すのはなしね)


 彼なりの事情もあるのだろう。


「テンペストさんは?」

「私はとりあえず宿に」

「そうですか……ではまた」

「はい。また明日」


 ダニエルは深く頭を下げ、雑踏の中へと消えていった。

  

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