閑話 冒険者スカウトマンの誤解
(早くついちまったみたいだな)
東門の馬車停。レイドは依頼人を待っている。数日前、彼を直接指名した護衛依頼があったのだ。
『お! ついにお前にもお声がかかったか!』
冒険者ギルドの受付付近で、眼帯を付けた冒険者が、レイドと依頼窓口のハイネの会話に割って入った。
『ダメですよ~人の依頼内容盗み聞きしたら~』
のんびりとした口調で、その冒険者をハイネは非難したが、眼帯の冒険者の方は聞こえないふりをして話続ける。
『トゥルーリーってどっかの金持ちの商人らしいんだが、そいつの依頼を受けた冒険者は軒並み高ランクになってるって噂なんだ』
『マジかよ!?』
その噂は、他の冒険者も知っていた。なんとミリアもこの領地にやってきてすぐにその依頼を受けていたと聞いて、レイドは俄然やる気を出てくる。
最近この街で、トゥルーリー商会からの指名依頼は一種のステータスのようになってきていたのだ。
なんでも、護衛の依頼なのに馬車の中に入るよう言われて、問題なければ途中の宿場までただ会話をするだけだとか。
『個人で冒険者ギルドみてぇなことしてんじゃねぇかって話だ。金持ち向けに冒険者の仲介業ってやつ』
1番最近だとザップとミノの2人組がトゥルーリー商会の依頼を受け、その後ブラッド領から大きな仕事の依頼を受けたという話もあった。彼らは他の冒険者達にネヴィルでの目撃されていた。
そのため、トゥルーリーという商人は、実は冒険者専用の
(あいつら最近見かけないと思ったら! 確かに安定感もあってバランスのいいパーティだからな~でもネヴィルでなんの仕事してんだ?)
自分はなにを聞かれるのだろうかとドキドキした。冒険者達曰く、基本的には生まれ育った場所や家族の状況、得意な依頼内容にブラッド領のすごし心地……返答に言いよどめばそれ以上は追及もされないから気も楽だと口をそろえて言っていた。
(来た!)
ワクワクしているレイドの目の前に、馬に乗った護衛を伴った、品がよく、そして頑丈そうな馬車に乗って依頼主が到着した。だが、その雰囲気がレイドの聞いていたものとは少し違う。
見た目はブラウンヘアに眼鏡の顔立ちのいい若い男だ。商人というわりには筋肉質なので、依頼主自身も剣術か槍術か嗜むのだろうことが簡単に想像できる。そこまでは聞いていた通り。
だがレイドの方を見る目がどうも厳しい。まるで盗人を捕まえる憲兵のような鋭い眼差しだった。
護衛に促されるまま噂通り馬車の中に乗り込む。相手はまだツーンとした態度のままだ。
(ん!? 無表情だが感じは悪くないって言ってたよな!?)
機嫌が悪そうなその依頼主を前に、レイドは気を取り直して挨拶をする。
「どうも。オレはレイドです。今回は指名までいただいて……」
「挨拶は結構。いくつか質問に答えて欲しい」
「……え? あ、はい……」
向かい合って座り、まるで尋問官のような口調のその男は、まずは上から下までレイドの姿を確認した後、揺れる馬車の中、次々と質問攻めにした。
「居住地は?」
「あ。ブラッド領で武器屋をやっている両親の家にそのまま……」
「家を出る気は?」
「あーっと……冒険者としての収入も安定してきたので近所に部屋でも借りようかと思ってます」
「他所の街へ出る予定は?」
「オレ。武器づくりも好きなのでしばらくはまだこの街に」
その答えに不服そうな顔をする依頼人を見て、レイドはドキリとする。彼のお眼鏡にかなわなかったらどうなるのか。その事前情報はなかった。
「婚約者はいるか?」
「い、いません! あ……でも道具屋のベーチェさんとこの娘のメリナとそんな話が出たけど、俺が冒険者やるっつったらあっという間に流れて」
「そのメリナという女性は今どこに?」
「えーっと去年どっかの商家に勤めてる男と結婚したって聞いたなぁ~お知り合いで?」
「知らん。では次の質問だ……」
(い、いったいなんなんだ!?)
いつの間にか色恋の話ばっかりになっていた。不機嫌さと真剣さが混ざり合った表情で、レイドの好みや今後の人生計画を質問され、混乱する頭をなんとか保つのに必死だった。
ふと、依頼人のトゥルーリーが気合をいれるように体に力を込めたのがわかった。
「今、交際している女性は?」
「いません」
「嘘はすぐばれるぞ!!!」
(えぇ~!!!?)
これまで不機嫌ではあれど、怒りを表に出すことがなかったので急に声が大きくなる彼に、レイドはただあたふたとするだけだ。
「いい人なんかいませんって! 忙しくってそれどころじゃないっていうか……」
だがレイドは一瞬、マリエラの顔が浮かんだ。まさかまた彼女関係のごたごたに巻き込まれたのでは? と。その動揺のせいでトゥルーリーの疑いの眼差しが強くなる。
「……最近、君が冒険者仲間と交際しているという噂を聞いている!」
(やっぱり!)
マリエラ騒動の尾が引いているのだと確信した。しかし、トゥルーリーがいったい何に関わっていて、いったい何にこれほど怒っているのか少しもわからない。
「え……いや、それは……あの、色々と理由が……」
「ハッキリするんだ! 君がテンペストという美しい冒険者と交際しているという話は知っているんだぞ!!?」
(テンペスト!!? マリエラじゃなくて!?)
「えぇぇぇぇえ! 誤解です!」
レイドは馬車の中で手をブンブンと横にふりながら一生懸命弁解をする。トゥルーリーは今や目が血走っていた。どうみてもヤバイ奴になっている。
「そもそも、その噂ならテンペストだけではなくAランクのミリアの名前もあったはずですし、どちらともそんな事実はありません!!! 俺の冒険者ランクをかけてもいい! 本人達に聞いてください!」
どうやって信用してもらえるかわからなかったが、この誤解はレイドにとってもよくない。また色恋沙汰で胃に穴が開きそうな思いをするのは嫌だ。なんとか誤解を解こうと頭をひねる。
「き、きき聞けるわけないだろう!!!」
驚くほどどもりながら、トゥルーリーは目をあっちこっちへとやって落ち着かない様子になった。
「えぇ!? 何故ですか!?」
「聞けないったら聞けないんだ!」
明らかにトゥルーリーが動揺していた。目を泳がせ、想像するだけでマズイという顔をしている。どうみても焦っていた。レイドにはその理由が皆目見当つかない。
だからレイドはワタワタと言葉に詰まりながらも、馬車が目的地に着くまでの間、最初から最後までのマリエラ騒動を説明することになった。
「そ……それは大変だったな……冒険者数が減った理由がやっとわかったよ」
「御贔屓の冒険者でもいたので?」
「ああ。AランクとBランクの何名かだが……そうか……いや、すまない……」
安堵したあと、急に萎んでいった依頼人は今度は何度も何度も謝罪を始めた。真っ青な顔をして。その直前まで責め立てられていたレイドが気の毒に思うほどに。
「まあこういう噂って真相掴むのも大変っていうか……勘違いもしかたないですよ。俺もあれ以降訂正してまわったりしてなかったから」
ここが彼のいいところだった。他人に対して、他人の失敗に対して深く恨むことはない。良くも悪くも人がいいのだ。
「うう……もっと私を責めてくれてかまわない。私は君を断罪しようとしたのに……」
「依頼人にそんなこたぁできないですよ! ああ、誤解が解けて良かった~!」
呑気に疑いが晴れたことに安堵するレイドを見て、トゥルーリーは更に罪悪感がわいたようだ。
「それで、トゥルーリー様はやっぱり冒険者の仲介業かなんかしてるんですか?」
「え?」
今度はトゥルーリーの方が予想外の質問を受け、ポカンとした顔になる。
「いや、腕のいい冒険者のことよく調べてるって聞いたから」
はて? という表情の彼のために、こういう風に護衛依頼を出して……と、レイドは情報を付け加える。
「あ……ああ~そうだそうなんだ。バレてしまったか……すまないがこの件は黙っててもらえるだろうか?」
助かったとばかりにレイドの話に乗るこのトゥルーリーことウェンデル・ブラッド公爵は、あからさまに晴れ晴れとした表情へと変わっていった。
彼はレイドという冒険者を中心として、冒険者街の人間関係が拗れに拗れた結果、有力な冒険者が数人街を出たと聞き、その詳細を調べていたのだ。
そしてその途中、いや、かなりの初期段階で愛する妻の名前が出てきた。レイドという冒険者の恋人として。もちろん、その時にAランクの冒険者ミリアの名前や、この情報自体未確定であったにもかかわらず、一人パニックに陥って暴走した。
「じゃあやっぱりテンペストって、トゥルーリー様の中でスゴイ冒険者ってことなんすね~」
「も! もちろんだ! 彼女は実力は知っているだろう!? だからその……変な男……失礼……余計な騒動に巻き込まれて欲しくなくってな……」
「でもアイツ、いつも自分はブラッド公爵夫人だ~! って言ってるのはご存知ですか!?」
「え!!? ほ、本当か!!!?」
馬車の中、公爵は食い気味でレイドの方へ体を傾けた。
「本当、変な冗談が好きなんですよね~公爵夫人が冒険者やるかっつーの! だから、偉い人に紹介する時はちょっと注意した方が……ってどうしたんですか!?」
急に依頼人の表情が喜びにあふれた姿に変わったのを見て、レイドは心配になる。先ほどまでと雰囲気が天と地ほど違うのだから。
公爵の方は、冒険者としての妻が自らブラッド公爵夫人だと名乗っていると知って、その事実に恍惚としてしまっていたのだ。
「トゥルーリー様!?」
「あ……ああすまない。いや、その、私としてもブラッド領の冒険者街が元に戻ってよかったよ。それから、今日は本当にすまなかった」
「だからもういいんですって~! 偉い人なのに意外と気にしますねぇ~」
ケタケタと笑うレイドを見て、公爵は自分の妻が楽しそうに冒険者を続けているのがよくわかった。
後日、冒険者ギルドではレイドは目が飛び出るほど驚いていた。
「え!!? 報酬が3倍になってんぞ!?」
「ええ。依頼主が迷惑をかけたから……と」
ギルドの受付は、よかったですね。とにこやかだ。
「律儀だなぁ」
自分の知らないところで、またもや色恋沙汰に巻き込まれていたレイドだった。
◇◇◇
ちょうどその頃、ブラッド公爵邸では、公爵夫人の怒号が響き渡っていた。
「だーんーなーさーまぁぁぁあ!!!」
「うっあっ……テンペスト……た、ただいまぁ」
ウェンデルの考えはブラッド領の屋敷にいたテンペストにはバレていた。ネヴィルから屋敷に戻っているはずなのに、いつもしつこいほど自分との時間を作ろうとする旦那様が、悲し気に目をそらしながら避けていたので、ヴィクターを問いただしたのだ。侍女のエリスを使って。
「私が言いたいことはもうおわかりですね」
氷のように冷たい表情でテンペストがウェンデルを睨みつけている。自分の友人に自分の夫が勘違いの末暴走したともなれば、ピシャリと言っておかねばならない。
「だって……だって心配だったんだ~~~!」
「言い訳無用! なぁにが“君を信用してる”……だ! よく言うわ!」
こうして屋敷では、見たことも聞いたこともない、公爵の姿を多くの使用人が目撃したのだった。
だが使用人達は安堵していた。あの氷のように冷たいと噂されていた我が主人は今、安心して情けない姿をさらけだせる相手がいるということを。
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