第18話 一件落着

「なっなななななななにしてんだ!!?」


 レイドとミリアが兵舎の訓練場の入り口から駆けよってくる。レイドの方は血相を変えていた。どうやら私の気配がいつまでたっても近くに感じないので、なにかあったのかと探してくれたようだ。


「あっちの兵士さんが、テンペストがなにかしてるって教えてくれたのよぉ」


 あらま。領兵にも心配をかけてしまった。気心しれた冒険者仲間を連れてきてくれるとは。


「怪我はしてないし、させてないよ」


 泥汚れはついちゃったけど、それくらいはいいでしょ?


 マリエラは項垂れたまま。表情は見えない。負けてショックを受けているのか、信じていた仲間が実は自分に攻撃的な感情を抱いていたことが受け入れられないのか。まあ、これについては『催眠』じゃなくて『洗脳』魔術を使ったから、実際は衝撃を受ける必要はないかもしれないが。


(けどねぇ~人間って他人に抱く感情も1つじゃないからな~)


 私だって旦那様個人に腹を立てているが、同時に領主として努力を怠らない点は尊敬している。誰かに対して複数の感情を持つことだってあるのだ。オリバーもグストも実際のところなんてわからない。と言うか、恋愛感情抱いているなら、大いにありえると個人的には思っている。可愛さ余って憎さ百倍なんて言葉もあるし、いつ何時感情の色が変わるかもわからない。


「あ……れ?」

「……負けたのか……」


 虚ろな目で棒立ちになっていたオリバーとグストも目を覚ました。催眠魔術は最中の記憶が残らない。精々夢を見ていたような感覚が残るだけだ。そしてそれすら徐々に消えていく。

 洗脳魔術の場合は事後記憶の程度もで調整できるので、今回はもちろん綺麗さっぱり記憶は残していない。


「二人ともテンペストさんに洗脳されて……私の髪飾りを奪ったのよ」


 マリエラは顔を上げずに淡々と話した。


「……!?」


 2人は絶句して青ざめ、そして同時に肩を落とす。


「……」


 シーンとお通夜のような空気になっていた。そりゃそうだ。彼らはこれまで大切にしていたマリエラに『催眠』によって敵意を表した。今後のパーティの在り方も変わるだろう。


(というか否定しないってことは、やっぱりそういう気持ちの自覚があったのかな)


 好きな子が他の男にときめいている姿を見て、心中穏やかにいられるほど人間ができているとは思えないしね。


 ミリアは静かに経過を見守っているが、レイドの方はキョロキョロと落ち着かない。あっちを見たり、こっちを見たり、一生懸命状況を把握しようとしている。今回の主要人物だったはずのレイドがもはや蚊帳の外なんて。


 はぁ~と長くため息をついて、この気まずい空気を終わらすことにした。


「約束通り、言うことを聞いてもらうわよ」


 ピクッと少しだけマリエラの体が動いた。約束は覚えていたようだ。


「次、護衛の依頼があればそれを引き受けて、そのまま街を出て行って。それなら多少のプライドは保てるでしょ」


 私との勝負に負けて街を出たなんて言いたくないだろうし。というか、約束だから問答無用でそうしてもらうけどな!


「……わかったわ」


 そのままレイドの方を見向きもせずに、兵舎の外へと出て行った。オリバーとグストも急いで後を追いかける。


「な、なにがあったんだ……?」


 レイドはポカンと口を開けたまま、3人を見送った。


「レイドからの報酬はテンペストに譲らなきゃいけないかもしれないわねぇ」


 ミリアは予想外に展開が進んだことは理解できたようだ。どうやら嵐は去ったようだと。


◇◇◇


 兵舎で冒険者達がひと騒動起こした翌日、冒険者ギルドには1件の依頼が舞い込んだ。貴族の護衛依頼で、冒険者パーティはあらかじめ指名されていた。


「やった! 貴族からの護衛依頼よ!」

「指名か~俺達もついにここまで!」

「……タイミングが良すぎる」


 貴族名は秘密にされていた。それは特に珍しいことではないので、冒険者は特に気にしない。報酬がいいことだけは確実なので、そちらの方に気を取られていた。

 グストだけは昨日の今日でこの依頼。なにかあるのでは? と疑ってはいたが、葬式のように静まり返っていたパーティが持ち直すきっかけになることを期待して、それ以上深追いはしなかった。


 オリバーたち3人は、あれから特に深い話はしないまま、いつも通りに振舞っていた。そうするしかないのだ。

 元々オリバー、グストの気持ちはバレている。そしてマリエラの惚れた腫れたは彼らにとって珍しいことではなかった。

 いつもは、マリエラが惚れた相手がマリエラに時点で彼女が満足して飽きて終わり。残念ながら彼女は貴族や金持ちには縁がなく、小さなきっかけ程度では相手にもされないことを彼らは知っていた。

 だから、いつか彼女がそれを自覚した時、自分達のどちらかを選んでくれると期待して待ち続けているのだ。


「約束……守るのか?」


 グストが確認するように仲間に尋ねる。テンペストの言うことを聞くのなら、そのままこの街を出ることになるからだ。


「この街、私嫌いよ」

「じゃあしょうがねぇな!」


 オリバーはあくまでテンペストの言うことを聞くのではなく、マリエラの意志……自分達の意志でこの街を出ると思いたかった。あまりにもあっけなく勝負に負けたからだ。文字通り自分を使って。


 3人とも、あれからテンペストの『テ』の字も出さなかった。


 なのに……。


「な……ななななななななっ!!?」


 オリバー、グスト、マリエラは顎が外れ目が飛び出さんばかりに仰天している。


「皆様、本日は依頼を受けてくれてありがとうございます」


 キッラキラのドレスとゴツゴツした宝石でこれ見よがしに飾り付けたテンペストが、指定された街のはずれの馬車停にいたのだ。これまた豪華絢爛な馬車の中から出てくる。


(あ~これよこれこれ~!!! たまんないわ~~~!!!)


 大笑いしたいのを我慢して、あくまでを演じる。侍女のエリスに事情を話し、今回の計画を全容を伝えると、


『あまりいいご趣味とは言えません。私が代わりをいたしましょう』


 ピシャリ咎められたが、


(私だってそれなりにストレスたまったのよ! これくらいの許してほしいわ!)


 自分へのご褒美だと、計画を実行した。

 テンペスト自ら問題パーティをブラッド領の外へ送り出すのだ。


(エリスには、ドレスやジュエリーで着飾られて大変だったけど案外これも攻撃力が上がってよかったわね)


 どこからどうみても貴族には見えるだろう。


「まあまあ! そんなに驚いて、どうなさったの?」


(うそよ、うそうそうそうそうそ!!! だってあの女……確かに貴族か商人の庶子じゃないかって話はあったけど……本物の貴族なら冒険者なんてやってるはずない!!!)


 白々しく演技をつづけるテンペストを見て、3人は、自分達の勘違いだろうか? 目の前にいる黒髪の貴族は、昨日自分達を泥だらけにしたあのテンペストとは別人だろうか? と思い始めていた。それくらい信じられない光景だったのだ。


「そろそろ出発いたしましょうか。さあ皆様、お乗りになって! 私、皆様のお話とっても聞きたくて! ああ。護衛? 大丈夫よ。優秀な兵がついているから」


 3人がチラリと視線を移した先に、昨日見かけた兵舎の門兵がいた。ギロリ、と睨みつけられすぐに目をそらす。


(なんだ? どういうことだ? なんでブラッド領の門兵が貴族の護衛に?)


 促されるまま、3人は豪華な馬車の中の柔らかな椅子に腰かけ、外から扉が閉められた。


「皆様、昨日ぶりですね。わたくし、テンペスト・ブラッド。ブラッド公爵夫人ですわ」

「ヒッ!」


 丁寧な口調とは裏腹に、テンペストは腕を組み足を組み、踏ん反りかえった。目は少しも笑っていない。


わたしの大事な大事なブラッド領の冒険者街をひっかきまわしてくれてどうもありがとよ! お礼に私自らお前らを領外に送り出してやらぁ!!!」


(まさか……まさか本当だなんて!)


 3人はテンペストのことを聞きまわっている際、彼女が『ブラッド公爵夫人』を名乗っているという話はもちろん聞いていた。だがあまりに荒唐無稽な話にほんの少しも信じてはいなかった。


 天下の公爵家に喧嘩を売ったのだ。自分達にどんな罰が下るのか、マリエラはガタガタと震え始めた。そしてそれを見て、オリバーとグストがテンペストに懇願する。


「お、俺が悪いんです……彼女を止めなかった!」

「いや俺が!!!」


 しかし、ハア? と不機嫌そうに返事をするテンペストの声を聞いてすぐさま黙る。


(なに!? ビビりすぎでしょ!)


 テンペストはすっかり忘れていた。これまでテンペストが正体を明かしたのは夫と王女クリスティーナ。これまでの相手が粗相をしてもテンペストのに震えあがる必要はなかった。やらかした領兵の一部は、いまも御咎めがないか震えてはいるが……。


「も、もももももも申し訳ございませんでした……!」

「お許しくださいお許しください!」

「何でも致します……!」


 土下座せんばかりに頭を深く下げ、祈るように手を重ねている3人を見て、やっとテンペストはそのこと身分差に気が付いたのだ。


(ええぇぇぇぇぇええ!!?) 

 

 そして、エリスが悪趣味だと言った理由をようやく理解した。あまりに冒険者としての生活が馴染みすぎて、本来貴族がどういう存在だったかすっぽりと抜け落ちていたのだ。


「ええーい! お、面をあげーい!」


 動揺のあまり、こちらの世界ではあまり使われない言葉をかけてしまう。


「別に公爵夫人に絡んだからって罰を与えたりしないわよ! 冒険者としての活動中だったし。約束通り別の街に行ってもらうだけ!!!」


 なぜ自分が一生懸命弁明してるんだ? と疑問は感じたが、あまりの光景にこれ以上はマズイと彼女なりの常識が働いた。まるで悪徳貴族が平民の冒険者を権力を笠にきて虐めているようだ。


「へ?」


 オリバー達は想定外のテンペストの言葉にまだ信じられないという顔をしている。


「……領外とは……あの世の事では?」

「飛躍しすぎでしょ! 想像力たくましいわね!?」

 

 貴族も様々だが、テンペストのようなタイプのほうが稀だ。粗相をしてこの程度で許してもらえるとは彼らの中の貴族のイメージになかった。


「あのねぇ。冒険者だって色々いるのよ。私みたいな現役貴族も他にもいるかもしれないし……そもそも! 人間関係引っ掻きまわすなんてやっていいわけないでしょ!?」

「……はい」


 マリエラはまだ顔面蒼白のまま大人しく言うことを聞いている。


「うちの領地は出禁ね。他所でもこれからはもうちょっとまともに冒険者なさい! 次は本当にあの世行きの馬車に乗せられるわよ! わかった!?」

「は、はいっ!」


 ただひたすら低姿勢でいる3人を見ると、ブラッド領の冒険者街を荒らされた件、懲らしめてやろう! というテンペストの気持ちもしぼんでいった。十分お灸は据えられたようだ。可哀想なほど小さくなっていた。


「これにて一件落着!」


 と、ヤケクソで叫んだのだった。


 結局彼らはその後、冒険者を辞め村へと帰った。マリエラはオリバーともグストとも恋には落ちず、ちゃっかり村長の息子と結ばれたのだった。

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