第20話 どういうことだと言われても

(さーて旦那様がさっさと復興作業に入れるように、キメラをどうにかしなくっちゃ)


 すでに月が高く昇っているが、私のヒールのお陰で兵士も冒険者も十分回復している。


「諸君! これから作戦を説明する!」


 兵団長は兵士と冒険者に大声でキメラについて説明した。先ほど喰われてしまった仲間が生きている可能性があると知って、兵士達は沸いていた。俄然やる気が出たようだ。


「我々は一部の兵を残して郊外へと向かう! そこでキメラを迎え撃つのだ!」

「どのようにしてでしょう!?」


 兵士達から声が上がった。


「優秀な冒険者であられるテンペストさ……殿に強力してもらう! 彼女の魔術は先ほど見ただろう!」

「囮役のテンペストでーす! よろしくお願いしまーす」


 兵士達に手を振った。皆頑張って役目を果たしてね!


 この作戦には兵団長はなかなか了承してくれなかった。


(そりゃあ上司の嫁を巨大魔獣の腹の中に入れるってのは躊躇われちゃうよね~)


 すでに戦った兵団の話だと、巨大魔獣キメラはかなり頑丈な上、大きさの割に機動力が高いらしい。

 キメラの弱点は体内にあることが知られているし、今回のキメラの体内に人間が入る事ができるというのは、すでに分かっている。

 だが中は実際どうなっているかわからないので、念のため体中からだじゅうに防御魔法を張る必要が出てくる。それが出来るのはこの中では私だけだ。魔術師、ほとんど残ってないし。


 一部の兵士がざわついている。公爵夫人に気付いたのだろうか。


「馬鹿! 名前が同じだからって奥様が冒険者なんてやってるわけないだろ!」

「いやでも、同じ黒髪だぞ」

「俺、遠くからだが奥様をお見掛けしたことがあるんだ……似てる。似てるぞ……」

「んなことあるわけねぇだろ! 常識を考えろ常識を!」

「そ、そうだな。奥様が囮になるなんてありえねーよな!」


(常識よありがとう~!)


 おかげで余計な混乱はせずにすみそうだ。しかしこうなるといよいよ旦那様のダメっぷりが際立つな。よっぽど自分の影が薄いのかとも思ったがそうでもなさそうで安心した。


「ぷぷ! 兵士達がお前を公爵夫人だと思って騒いでやがるぜ!」


 レイドがこっそり笑っている。他の冒険者達も釣られて笑いを噛み殺していた。


「そりゃ本人だから騒ぐでしょ~」

「公爵夫人が魔獣に喰われに行くわけねぇだろ!」


 行くんだな~それが。

 だがレイドは心底心配してくれているようだ。ミリアもギュッと手を握ってくれている。


「必ず私がお腹から出してあげますからね~安心して行ってらっしゃい」

「頼りにしてまーす!」


 ジェットコースターの頂上付近にいる時のようにドキドキしている。流石の私も魔獣の腹の中に入る人生は想定していなかった。


 開けた荒野に移動し、私と運良く生き残った兵団の魔術師が荒地にポツンと立つ。

 少し離れたところに兵士と冒険者がスタンバイしていた。彼らは今回、討伐ではなくまずは捕獲を試みるのだ。

 キメラは魔術師を狙い撃ちしていたということだから、これが一番安全で確実だ。

 とりあえず私が食べられた後は絶対に地面に潜らせないようしてもらわなければ。脱出が厄介になってしまう。


「付き合わせちゃってごめんなさいね」

「光栄です! お供させていただきます!」


 どうやら私の側に来て、若い魔術師は私が誰か気付いたようだ。私はほとんど屋敷にいないのに、どこで見たんだろう。震えながらも勇気を振り絞っている。そりゃこれから起こることを考えたら怖いよな。


「食べられても大丈夫よ~最悪300年後にタイムスリップするだけだから!」

「は、ははは……」


 ウケなかった。乾いた笑いだけが返ってきてしまう。


(スベッった……!)


 やだやだやだ! 急いで別の話題を……。


「どこで私のこと見たの?」


 リラックスさせたくて話題をふってみる。


「旦那様がとても美しい奥様をお迎えになったとうかがって……こっそりと温室にいらっしゃるお姿を」


 申し訳ございません、と少し照れたように俯く。


「あらやだ! 嬉しいわ~」

「美しいだけでなく、これほど勇敢な方とは存じませんでした」

「それは貴方も同じでしょ~! でもまだしばらく私の事は秘密でお願いね。皆に気を使わせたくないから」

「承知しております」


 いや~褒められるとやっぱり嬉しい。彼も少しずつ落ち着いてきたようだ。 


「来たぞー!」


 誰かの声と同時に、ゴゴゴゴゴッと地鳴りが響いてきた。予想よりずっと早いご到着だ。


「真下!?」


 グラグラと地面が揺れ、その後すぐに地面が盛り上がった。


(ホントに魔術師ピンポイント狙いね)


「デカっ!」


 現れた大蛇キメラは想像より大きく、ギラギラと鱗のような鋼に包まれていた。


 真下に張った防御魔法に容赦なくガツン! と、音を立てて鋼の牙がぶつかる。


「アレに食べられに行くのは怖いわね!」

「お下がりください!」


 一緒に上空に飛び上がった若い魔術師が私を庇おうと、私よりに出ようとする。


「貴方がよ!」

「……!!?」


 その心意気だけで嬉しい。けど助け出す人数は少ない方がいいからね。

 私は彼をつかみ風の魔法で包み込んで、


「おいしょー!」


 と、遠くへ放り投げた。


「奥様~~~!!?」


 と言う叫び声が遠くなって行く。彼なら問題ないだろう。これでキメラの狙いは私だけになるはずだ。


「さ、こーい!」


 声をかけるまでもなく、ガツンガツンと防御魔法にぶつかり続ける。そうやって少しずつ上空へと引き付けた。大蛇キメラは諦めずに体を伸ばし、絶対に喰ってやる! というやる気と意気込みを見せる。


「キメラの全身が出たぞ!!!」

「準備は整いました!!!」


 作戦は上手くいった。キメラの胴体が全て地中から出たのだ。捕らえるための網やロープ、杭の準備も万端だ。


「じゃあ行ってきまーす!」


 一度大きく深呼吸した後、私は全身を防御魔法で包み込み、自ら大蛇の口の中へとダイブした。


 キメラの中は最初こそ食道が続くな、という感想が出るような生々しい壁ばかりだったが、奥へ奥へと入って行くと、無機質な広い空間へ出た。


「うわぁ~」


(にーしーろーはー……) 


 その部屋の中で、合計15名が繭に包まれている。報告では8名喰われたということだったのだが。全員静かに眠っていた。


(これだこれだ!)


 その繭の糸は大きな魔石に繋がっている。ここに魔力を供給しているのだろう。


 どのキメラにも共通するのがこの魔石だった。基本的には魔力を注入した者の言う事をきくよう作られているが、このキメラは少し違う。ただ決められたように魔術師を取り込み、決められた通り魔獣を遠ざけていた。何百年も、もしかしたら何千年も。


「うおぉっと!」


 足元がグラグラと揺れるどころか、ぐるぐるとキメラが回転しているようだ。外ではまだ戦闘中なのだろう。 

  

(頑張れー!)


 と、外を応援している場合ではない。こちらも頑張らなければ。


◇◇◇


 兵団長と私の意見は一致していた。


『このキメラは討伐したくない』


 このキメラのいるおかけでブラッド領の山岳エリアは平和だった。かと言って300年後に解放されるからとホイホイ生贄を捧げるわけにはいかない。


「魔石の魔力貯蓄技術はわりと近年……ここ100年ほどで確立したはずです」

「そうですね。大昔は魔石に宿る魔力をエネルギーとして使うだけだったとか」


 使い捨てだった魔石を再利用できるようになった頃には魔石はかなり希少価値の高いものになっていた。


 ずっと大昔に作られたこの大蛇の魔獣キメラは人間から常に少しずつ魔力を補給していたのだろう。他のキメラも同じ性質があった。魔力を一気に注ぎ込んでもそれほど長くは動けない。持続的に魔力を与えることが重要なようだった。


「だったら魔力が貯蓄可能な魔石に入れ替えたらどうですかね」

「上手くいくでしょうか……なによりあの巨大なキメラを動かせるほどの魔石と、入れ替える為の技術が必要です」

「ブラッド領にはないのですか?」

「この手の専門はやはり王都にいる学者でしょう」

「では王都を頼りましょう」


 だが兵団長は渋い顔だ。


「王都は……王家が公爵様に簡単に手を貸すとは思えません」


(ああ、そう言えばダンジョンの収益狙いだったんだっけ)


 ということは、これはラッキーとあれこれ条件を突き付けてきそうだ。交渉となれば時間もかかってしまう。


(それは困るか……今すぐどうにかしたいのに)


 なかなか簡単にはいかないな~と思ったが、王家と言えば1人知り合いがいるじゃないか。


「クリスティーナ様がいらっしゃるわ!」


 しかもあの人、でかい魔石持ってた! 魔石は通常小石程度だから、あれだけ大きければ色々使い道はあるだろう。


「そ、それは流石に厳しいのでは!?」


 信じられないものを見る目をした兵団長の気持ちはわかる。彼もクリスティーナ様のことは良く知っているようだ。


「まあダメ元です。お願いだけでもしてみましょう」


 旦那様の髪の毛でも送るとでも言えば、あの魔石くらいくれるかもしれない。色は同じだし。

 彼の兵を借りて、私の手紙を届けに急ぎ王都へ走ってもらった。結果の有無はどうなるかわからないが、とりあえず私がキメラの体内でやることは決まった。


◇◇◇


「ちょっとごめんね~!!!」


 小さな風魔法で魔石に絡まる繭の糸を切り離す。これから一時的にこのキメラの動きを止めるのだ。


「ブワァッち!」


 魔石に触れようとすると、バチバチっと強力な防御魔法に阻まれてしまう。静電気か!?

 どうやらここが弱点で間違いないようだ。


「私と魔術で勝負なんて2000年早いのよ!!!」


 出し惜しみはしない。拳に火、水、雷、岩、風の魔法を詰め込み、圧縮し、思いっきり魔石を守る防御魔法を殴りつけた。


「っしゃー!」


 バリンっとガラスが割れるような音と共に、防御魔法は消え去った。同時に囚われた魔術師達が繭から解放されたので、急いで浮遊魔法で倒れ込むのを防ぐ。


「ふぅ……」


 今度はそっと魔石に手を触れるが、何も起こらない。なので思い切って、大蛇キメラに埋め込まれた魔石を引っこ抜く。


――キィィィィィィィ


 思わず耳を塞ぎたくなる音が体内にも駆け巡る。


 鳴き声なのか、悲鳴なのか、機能が止まる音なのかはわからない。


◇◇◇


「プワァ! やっと出た!!!」


 キメラの口からやっと外に出ると、沢山の顔に囲まれていた。


「テンペストー!」

「よくやったわぁ」


 見慣れた顔にホッとする。兵士達が気遣ってか冒険者達を待たせてくれていたのだ。兵団長や先ほどの若い魔術師が心底安心したという表情で見ている。


「お待ちかねの囚われの皆さんで~す」


 まだ眠ったままの彼らを出口まで運ぶのがなかなか大変だった。魔術で運ぶにしろ何しろ人数が多い。

 キメラはピンと真っすぐ1の字にしてガチガチにロープで固められていた。冒険者も兵士達も結構ボロボロだ。こちらも全員全力で戦ってくれたんだろう。


「こっちも皆頑張ってんじゃ~ん」

「これでランク昇格いだだきねぇ」


 ミリアの喜ぶ顔につられてゴツイ冒険者も皆ウフフと笑っている。


「奥さ……テンペストさ……殿、どうか今夜はこちらで用意したテントでお休みくだ……休んでくれたまえ」


 兵団長から身元があっという間にバレそうだな。


「ありがとうございます。ですが今夜は仲間と一緒に過ごそうと思いますので」


 今日はとても充実していた。冒険者の皆と分かち合いたい。


 だがこの時、私はそれを後悔することになるとは少しも思っていなかった。

 翌日の早朝、


(か、体中が痛い……!)


 まさか冒険者の装備で寝るとこんな事になるとは思ってもみなかった。そう言えば前世で硬い床の上で寝落ちしたらこうなっていた。

 ……私に遠征はまだ少し早いのかもしれない。

 やはり毎日屋敷に帰ってふかふかのベッドで眠ると言うのは、冒険者のコンディションを整えるのに必須なのだ。


 私達はこの後、お役御免で荷馬車で冒険者街へと戻った。皆でワイワイと今回の報酬を何に使うか話すのが楽しい。途中、旦那様の馬車がすれ違ったことに気付かず、レイドに指摘されて夢中でしゃべりすぎていたことがわかった。私もなかなかない体験をして、一夜明けても興奮状態だったのだ。


◇◇◇


「今のは!?」

「いかがされました?」

「今、テンペストが荷馬車に乗っていたぞ!?」


 すれ違った荷馬車の中、確かに見た。後ろ姿だったが、あの艶やかな黒髪を私が間違えるはずがない。

 一緒に馬車に乗っていた従者ヴィクターは手元の手紙を読んでこう答えた。


「ああ、冒険者テンペストのことですね。ワイバーンを討伐したあの。今回はキメラの行動停止に一番貢献したと兵団長から連絡が」

「テンペストが来ていたのか!?」

「はい。ですから先ほどの荷馬車で冒険者街に戻ったのでしょう。いい人材がいてくれてよかった」


(どういうことだ!?)


 どういうことだ!!?

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