第21話 混乱を招く思考回路

「奥様! どうか旦那様をお迎えに来てはいただけないでしょうか!?」

「嫌ですけど!?」

「そう仰っらず!」


 と言うか、なんで!?


「何やら迷走しているご様子でして……」

「ええ?」

「何卒! 何卒!」

「嫌だってばー!!」

 

 屋敷にある私用の来賓室で、兵団長はほとほと困り果てましたと、前のめりになって懇願するように見つめてくる。


◇◇◇


 キメラの大暴走の後、旦那様はしばらく屋敷に帰ってこなかった。300年前に生贄として捧げられ甦った人々を無事に保護し、現地で町の復興を進めていたのだ。

 

 また、キメラの再利用の為に私が書いた手紙が功を奏し、クリスティーナ様が無事協力してくれることになった。嫁入り前の最後の国内での大仕事とばかりに積極的なので大変助かっている。王も今の彼女にはアレコレ言いたいことも言えないのだ。……へそを曲げられて隣国への嫁入りを拒否されても困る。


(拒否できるもんでもないけど、あのクリスティーナ様ならなにかしらやらかすのでは? って不安に思うのは当然よね~)


 それで我々は助かったのだから、彼女の恐ろしい行動力の積み重ねに感謝だ。


 あの大きな魔石もくれるし、専門家も派遣してくれた。おかげでキメラは現在調整中だ。あと1週間もすれば再び動き出す。生贄なしで。定期的な魔力の注入は必要だが、人間が300年体内にいる必要はもうない。


(まあその代わりクリスティーナ様の発案にしろってのはあるけど……)


 あの美味しいとこは持って行くという徹底ぶりは見習わなければ。私の功績は減ってしまったが(むしろこれが目的だったりして)、今回は仲良くなった兵団長が知ってくれているだけでヨシとしよう。

 なにより、


(ということは旦那様の髪の毛は送らなくてもいいよね!?)


 この辺が曖昧になって助かった。旦那様に初めてねだるものが髪の毛って……危ない危ない。


(あの大蛇キメラ、クリスティーナって名付けてやろうかしら)


 ダンジョンの出入り口では、久しぶりにミリアとレイドにあった。

 ミリアは里帰りをして、家族団欒を楽しんだそうだ。


「冒険者始めて1年でしょう? Bランクなんて凄いわぁ!」

「私の戦功を考えたら、飛び級してAでも良くない!?」

「やっぱ戦闘力だけじゃ難しいんだろ」


(そこんとこキッチリちゃっかりしてんのよね~この街のギルド)


 それが間違いなくいいことではあるのだが。約束通り1ランク昇格はしてくれたから文句は言うまい。ああ、でも早くAクラスになってアッと言わせたい。旦那様を。


「母の調子がとっても良くなってきたの。テンペストのおかげよ~ありがとうね~」

「私の?」

「以前、オキニセスの葉をくれたでしょう? あの時実は本当に危なくて……あれがなければ母はもういないわ」


 それに最近新薬が出たのだそうだ。以前ミリアとダンジョンで採取した苔が薬に使われているらしい。しかも簡単に増やせるようで、薬の価格も下がり、不安も減ったと嬉しそうにしていた。


 レイドの方はキメラ戦で壊れた武器の数々を、綺麗に修理し終えるまで実家にこもっていた。


「最強の武器を持つ最強の冒険者ってカッコよくね!?」

「カッコいい!!!」

「お前とはこの辺気が合うよな」


 レイドは冒険者業も好きだが、同時に自分用の武器を作るのも大好きなのだ。いつか自分の作った武器と共に冒険者として名を馳せたいのだそうだ。


(エクスカリバーとか草薙の剣みたいな?)


 それもなかなか難しそうだ。


 3人でまたワイワイとダンジョンに入ったり食事に行けることが嬉しい。道中、すれ違った衛兵がこちらにむかって深く頭を下げたことは無かった事にしている。


「兵士の態度、すげぇ変わったよな。やっぱ共闘すると仲間意識が芽生えるからか?」

「そうかもねー」

「ふふ。そうね。そういうことにしておきましょう」


 ミリアが面白そうに笑った。


(き、気付いてる……!?)


 だがミリアは追及してくることはなかった。



(あれ? 兵団長?)


 夕方、屋敷の玄関にはエリスだけでなく、いつもはいない兵団長がいた。


「奥様、少しお時間をよろしいでしょうか」

「かまいませんよ」


 私も今の状況聞きたいし。


 屋敷用の衣装に着替え、私専用の来客室へ兵団長を通す。恐縮していたが、使用人達が簡単に出入りできない場所の方がいい。こんなことでもなければ使うことすらない。


「まず改めましてキメラ捕獲のお礼とお詫びを。奥様の力なくして決してうまくいくことはありませんでした。感謝申し上げます。またあのような危険なことを奥様にさせてしまった私の力不足、誠に申し訳ございません」

「いえいえ~どういたしまして!」


 死者0なんて奇跡に近いことだ。それを考えると兵団長や兵士達も頑張った。もちろん私も、冒険者達も。

 それより私が聞きたいのは、


「で、私のことは?」


 バレてもいいと思ってこの1年冒険者として活動してきたが、ここにきて気が付いた。


 バレない方がやりやすい!


 それはキメラ戦でよくわかったことだ。

 皆私に気を遣う。危険な事から遠ざけたがる。彼らの立場を考えればわかるけが、そんなことされたら冒険者なんてやれないじゃないか!


(こんなことに気が付かないなんてアホだったわ……)


 旦那様にバレるのはいいが、私に気を遣う立場の人はバレないに越したことはない。余計な手間が増える。


「現在、兵の一部が噂しているような状況です」

「兵団長の態度で気が付いたわけではなく?」

「い、いえ……それはないかと……」


 目が泳いだ。あるなこりゃ。


「あの時いた兵士がこちらに戻った後、屋敷で奥様のお姿をみて驚いたようでして」


 そう言えば兵士の訓練所の近くを通ったり、乗馬の練習をしようと兵舎に馬を借りに行ったりしたな。

 まだあの時の兵士達はネヴィルに残っているかとばかり思っていたが。そりゃ大変な目に遭ったし休息日くらい与えられるか。


「そう言えばあの小隊長は?」

「いつ奥様から声をかけられるかと震え上がっております」


(はっはー! ざまぁみろ!)


 悪い顔をした私を見て兵団長は笑っていた。


「アイツにはいい薬です」

「ああいう人もいるんですね」

「あれでも役には立つのです。公爵様から評価は公平にと常々言われておりますから」


 どうやら酷く臆病者故に、危機察知能力が異常に高く、今回もあの小隊長がいち早く異変に気が付いたおかげで死者が出ずにすんだのだと教えてくれた。

 だが本人にその能力の自覚がなく、いつも最前線に送られていることを嘆いているのだそうだ。


(馬鹿とはさみは使いようってやつか)


 今後とも最前線で頑張ってもらおうじゃないか。


「それで本題なのですが……」


 ここで冒頭に戻る。


◇◇◇


 兵団長はそれから一呼吸おいて、


「それに……ご滞在が長すぎます!」


 と、私の目を見て言い切った。


 はっきり言うな~。


 初めこそ領主自ら家を失った領民に声をかけ、兵達を叱咤激励し、人々は旦那様の熱意に感激していた。だがそれがずっと続くとなると……。下々の者はいつまでも気が休まらないのだ。

 それに屋敷の方が警備も手厚い。何と言っても旦那様はお姫様に攫われかけた過去がある。


「……旦那様がこちらネヴィルにいらした際、奥様とすれ違われたようです。後ろ姿でお気づきになったとか」

「後ろ姿!?」


 あの馬車ですれ違った時の話? 正面から見ても妻とはわからなかったのに、後ろ姿で気付くって何!? しかも一瞬でしょ!?


「その美しい黒髪が見えたとおっしゃっておりました」


 あのクソ旦那、やっぱり妻の認識が髪の毛だけじゃねぇか! 


(しかし、ついに気が付いたか……よかった~1年でランクBならそれなりに自慢できるでしょ!)


 兵団長は眉をひそめて尋ねてくる。


「以前冒険者の姿でお会いされたのですか? 何やら旦那様が知っている冒険者テンペストと、兵士達が話した冒険者テンペストの姿に相違があるとおっしゃってましたが」

「そうです。旦那様の護衛依頼を受けました。その時はたまたま私の髪色が変わっていまして。ですが顔を見合わせても少しも妻だとは気が付かなかったようです」


 兵団長の表情が消えた。


「え?」

「十分会話もしたのですが、それでも気が付かず」

「え!?」

「名乗ったのですが、それでも気付かず」

「え!!?」


 いや、『え!?』ってなるよね!? あの時の驚きを誰かと共有できて嬉しい。


「ご朝食は一緒に取られてると伺ったのですが」

「そうですよ」

「そうですか……」


 あちゃーと額に手を当てていた。


「こ、公爵様は人を見た目で判断される方ではありませんので……」

「いや、顔を覚えてないからそれ以前の話!!!」


 それが自分でもわかったのか今度は頭まで抱えていた。


「も、申し訳ございません……」

「貴方が謝ることではありません」


 上司の責任まで背負き込む必要はない。


「いえその……公爵様が幼い頃から存じているのですが、まさか奥様のお顔もまともに見ることが出来ていないとは……」


 でも、決して世間で言われるような冷血なお人ではないのです、と小さな声で庇っていた。


(それはまぁわからんでもないけど)


 実際、領主としては悪くない。市中で過ごしていてよくわかる。が、それはそれ、これはこれだ。 


 2人ではぁ、とため息をついて話を戻す。


「それで、迷走していると言うのは?」


 兵団長はもう一度ため息をついた後、意を決したように話し始めた。


「我が家には『人の恋路に関わらるべからず』という家訓があるのです……ですが今回ばかりはどうしようもありませんので、家訓に背こうと思います」


 いったい何があったの兵団長のご先祖様!


 そして言いにくそうに、俯きながら呟いた。


「今のお話でわかりました……旦那様は冒険者テンペスト様に恋をされているようでございます。別人格として」

「あ、それは知ってます」


 その言葉を聞いて、えぇ!? と勢いよく頭を上げた。


(あの野郎~! 冷血じゃなくて色ボケ公爵名乗れよ~!)


 部下が困ってるじゃないか!


 旦那様は、


『先日見たあの後ろ姿……冒険者テンペストと妻テンペストが同一人物だったらという私の願望が見せた幻だ……』


 そう項垂れていたそうだ。


(同一人物ですが!?)


 なんで簡単で単純な答えじゃなくて、ややこしくて可能性の低い答えに行きついてるわけ!?  


『2人を手に入れようと考えるなんて、なんて傲慢で強欲な男なんだ私は!』


 と、自分に憤り、だから妻テンペストにも冒険者テンペストにも合わせる顔がないと。自分でどちらか決心がつくまで屋敷に帰らないと言っていたそうだ。


(選べる立場だと思ってんの腹立つな~!)


 お前は少女漫画の主人公か!? どっちからも選ばれねぇっつーの!


 いやいや、その前に、


「つまり私が冒険者テンペストだって、いまだに気が付いてないってこと!?」


 兵団長は旦那様が幼い頃に剣術を教えた1人でもある。旦那様は師に教えを乞うたのだそうだ。


『妻のことを愛しく思っているのに、ある冒険者のことも気になって仕方がないのだ……』


 話を聞くと、どう考えてもその冒険者は妻である私のことである。だから何が問題になるのかわからなかった。

 兵団長は相談してきた旦那様と話がかみ合わず混乱したそうだ。

 それで返した答えは、


『誠実でいらっしゃることがなにより大事です』


 という、当たり障りのない言葉だった。

 そして答えが出るまで旦那様は屋敷に帰らないと決めたようだ。


「それって兵団長が原因じゃないですか!」


 適当なこと言うから!


「申し開きもございません……」


 反省はしているようだ。 


「もう奥様しか頼れる方はいらっしゃらないのです!」

「もう放置でいいですよ~私はこのままが1番都合がいいし……」


 私はこのままずっと別居でいいんだよ! 一番都合がいいんだよ!


「そこをなんとか!」

「お断り申し上げます!」


 イベント発生したらまた旦那様惚れちゃうじゃん私に!


 その時兵団長の体がピクっと動いた。扉がノックされる。


(わ~流石だな~)


 相変わらず私は気配だけは探れない。


「お話し中恐れ入ります! 兵団長、ネヴィルまで至急お戻りください!」

「どうした?」

「魔獣が……魔獣が群れをなして向かっているのです!」


 なんで!? って、まだあの魔獣を遠ざけるキメラの再起動が出来てないからか。それにしても魔獣の大群なんておかしい。


「まさか魔石……?」


 私の言葉に、兵団長も連絡員の兵もハッとした。キメラが眠っていた辺りに、もしかしてまだ残っていたのかもしれない。そういう話はあの騒動の直後から出ていた。それを目指して魔獣たちが集まり始めているのだ。ネヴィルの町は山岳地帯の通り道になっている。


「ギルドへは?」

「別の者が連絡を」

「わかった。すぐに行く」


 そう言って兵士が出て言った後、兵団長は私の方に向き直した。


「公爵様は引きがお強い……」

「良くも悪くもね……」


 仕方ない。旦那様をお迎えに行きましょうかね。はーあ……。


 エリスは何も言わずに私の冒険者の衣装を用意してくれていた。


「お気をつけて! 旦那様を助けて差し上げてください!」

「え!?」


 エリスは随分前から気付いていたのだ。私が冒険者をやっている事に。


(黙っててくれるなんて優しいな)


 その方が私に都合がいいとわかっていたのだろう。いつも迎えに出てくれていた。きっと毎日心配だったに違いない。


「……わかった! 行ってきます!」

「ご武運を」


 エリスに言われたら仕方ない。旦那様をきっちりお助けしましょうかね!

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