第22話 夫と妻と冒険者
「町民達の避難はどうなっている!?」
ネヴィルの町民達はキメラがあけた地下通路を使い、遠方へと逃げていた。
「間もなく完了します! 公爵様もお早く!」
「私は最後でいい!」
せっかくここまで町が復興したと言うのに。
不用意に魔石を持ち込ませてしまった私のミスだ。
キメラが作った地下通路からいくつもの魔石が発見された。魔石はもう世界中どこも取りつくしている。間違いなく金になるのだ。この町の復興の資金にもなると思ったのだろう。家臣や町民達が良かれと思って集めていたことに気が付かなかった。
人の手が加わっていない魔石は魔獣を引き寄せる……この事を知っているのは今ではもう教養を学ぶ必要がある特権階級と冒険者くらいだ。一般にはただ高価なものという認識しかない。その事に気が付かなかった。
早々に方針を決め、広く知らしめておくべきだったのだ。
(怠慢だ! 恋に浮かれて……なんてことだ!)
亡き兄上に顔向けできない。2人のテンペストのことでいつも頭がいっぱいだった。それがなければ彼らの行動に気付けていたかもしれない。
「公爵様!」
「兵団長!? どうやってここに!?」
彼は休暇を取り屋敷へ戻っていたはずだ。
「地下通路を通って来たのか!?」
今出入りできるのはそこしかない。しかし出口はかなり遠いはずだ。こんな短時間でここまでこれるはずがない。まさか門が破られたのか!?
「飛んで参りました」
「飛んで!!?」
どういうことかさっぱりわからない。
「それより早くお逃げください! 指揮は私が!」
「……いいやこれは私の責任だ! 私が恋に溺れていなければ……」
「たらればは考えてもしかたありません。テンペスト様がお待ちですよ!」
「……テンペストがここにきているのか!?」
どちらのテンペストだ? 名前を聞くだけでこんなにも胸が高鳴る。こんな状況だというのに。
「何だあれは!?」
兵が叫ぶような声を上げた。
ドンという大きな音と共に、上空に爆炎が見えた。黒い煙を上げた塊が落ちていく。
「……テンペスト!?」
テンペストだ。今度は幻覚ではない。あの美しい艶やかな黒髪は妻のテンペストだ。風に揺れても綺麗で見惚れてしまう。いや、それより……。
「妻が……妻が空に浮いてるんだが……?」
「浮いてますねぇ……」
側にいる兵士もポカーンとしている。
(ヒール以外も魔術が使えたのか……)
そう言えば洗脳魔術も使いこなしていた。あれだけ難しい魔術が使えるのなら、飛行魔術も使えるのかもしれない。
「危ない!」
上空に次々と鳥型の魔獣が現れる。町もまずいがその前にテンペストだ! あんなの相手にしたらか弱い妻はひとたまりもない……! いったい何をしているんだ!?
「逃げろー! 逃げるんだ!!!」
優しいテンペストのことだ。町を守るため、一生懸命魔獣の進行を食い止めようとしてくれているのかもしれない!
「え?」
妻が指先を前に出したかと思うと、まず閃光が空を駆けた。その後、ドン、ドン、ドドンと爆音が何度も町中に響く。そうして先ほどのように黒焦げの物体が重力に負けて落ちていく……。
「ん? んん!? い、今の攻撃は誰が?」
城壁に配置した魔術師かな?
「奥様ですねぇ……」
やっぱりこの兵士にもそう見えたか。
(冒険者のテンペストにそっくりだ……)
髪色は全然違うが。魔術の華やかさや力強さが彼女を思い起こさせる。
「つ、次が来ます!!」
兵士の方も妻の魔術に夢中なようだ。
「あ! 舌打ちしましたね!?」
「妻がそのようなことするわけがないだろう! あのマナーに厳しいウェトウィッシュ家の娘だぞ!!!」
「失礼いたしました!」
側にいる兵士は双眼鏡で食い入るように状況を確認し、実況してくれていた。……貸してくれと言ってもいだろうか。
今度は妻の側に眩い光の塊がいくつも現れた。それが一斉に飛び散り、上空にいる魔獣達を追いかけ始める。いくら逃げても追いかけていき、最後は光の矢となって魔獣達を貫いた。
「すごい! すごいです奥様!」
「あ、当たり前だ! 私の妻だぞ!」
「はっ! 失礼いたしました!」
(知らん知らん知らん知らん知らん!)
あんな妻知らーん!!! どういうことだ!?
妻は落ちていく鳥型魔獣に何やら魔術を施し、文字通り丸裸にしていっていた。羽根を全部むしり取ったのだ。両手いっぱいに抱えて地面に降りたとうとしていた。
「あの魔獣の羽毛は貴族にも人気がありますからね。かなり高値で取引されていますよ」
隣の兵士は、
「僕、兄が素材買取所で働いているんで詳しいんです!」
と、にこやかに教えてくれた。
「奥様、あれで冬用のコートでもご準備されるんですかね。ご自身で素材から集められるなんて流石公爵夫人はこだわりが違います!」
「はは……買ってやるのは簡単だがな。あそこまで出来るのは私の妻以外いないだろう」
間違いなくいない。
◇◇◇
乗馬の練習が功を奏した。兵団長の後ろになんとかついて走り続ける。そしてその私を守るかのように他の兵士達が囲んでくれていた。
(こりゃ~明日は筋肉痛だぞ~!)
ネヴィルの町を囲む防護壁に魔獣が群がっていた。
(なんであそこが集中的に狙われてるの!?)
魔石に引き寄せられたという仮説は間違いだったのか? てっきり山岳地帯にある、キメラが300年眠っていた辺りにまだ魔石が残っていたのだと思っていたが。あそこは大昔魔石の採掘場だったという話だし。まだずっと向こう側のはずなのに。
「入口はどうなっている!?」
「門は締め切っております! キメラの大穴から出入り出来るはずです」
「おそらく町人達もそこを通って避難しているかと!」
すでにこうなった場合の対策は出来ていたようだ。まさかキメラの通って来た大穴が
「少し遠いな」
トンネルの出口はそれこそ山岳地帯にある。
中の様子がわからないと有効な作戦も立てづらい。とりあえず今は籠城戦をしていることはわかるが、中にまだどれほどの人が残っているのだろうか。
「公爵様は?」
「指揮をとられているはずです」
「……領民を置いて先に逃げる方ではありません」
「そうだな」
旦那様、兵士には随分信頼されているようだ。
「私が中の様子を見てきます! 馬、よろしく!」
「奥様! 私もお連れ下さい!」
「荒くなりますよ!」
「かまいません! これでも兵団長ですので」
ということなので、遠慮なく兵団長の腰ベルトをつかみ、上空へと飛び上がった。
風を受けて目がシパシパする。いい加減、眼鏡かゴーグルを作ろう。
「私はこのまま上空を警戒します!」
遠くから何か来るのが見えた。鳥型魔獣だろう。制空権を握られると厄介だ。
「承知しました! くれぐれもお気をつけて!」
もう、危ないから駄目だとか、下がってくださいとは言われない。私の力を信じてくれているのがわかって嬉しい。
「投げます!」
「どうぞ!」
防護塀の上の兵士の近くにポイっと兵団長を落とした。自分で言うだけあり、くるりんっと一回転して兵団長がかっこよく着地したのを確認し、更に上空へと飛び上がる。
「ガァァァ!」
私をみつけた怪鳥は嬉しそうだ。首が長くハゲワシのような姿をしている。餌がやってきたと思ったのだろう。
「アンタ達は焼き鳥コースだよ!」
まずは鳥型魔獣の鋭い爪が付いた足を風の刃を飛ばして切り落とす。あの部分は高値がつくとミリアが言っていた。そしてその魔獣が叫び声を上げる前に、
「バーン!」
で、丸焦げだ。火炎弾がぶつかり、そのまま炎に包まれている。私は焦げ目が好きなのでいい具合に焼けたと言っていいだろう。
続々と同じ鳥型魔獣がこっちへと飛んできている。
「へいらっしゃい!」
今度はレーザービームを剣に見立て、一直線に指を振るい、スパっと足首下の素材を切り落とす。そしてそのまま爆炎魔術の連発だ。ぼとぼとと音を立てて地面におちている。
よしよし。後で拾わなきゃな。出だしから好調だ。
(って、また~!?)
今度は違う種類のモフモフした鳥型魔獣があっちこっちからやって来た。一見すると大きさを除けば姿は可愛らしいのだが、口を開けた瞬間、空弾を放ってきたので急いで同じくそれより大きな空弾をぶつけて相殺する。
「チッ」
いけないいけない! 舌打ちなんて行儀の悪いことを。
(あれ? でもあの鳥型の羽毛……お高いやつじゃない!?)
めちゃくちゃ軽い上に温かい、高級コートの素材になってるやつだ! あのお堅い母上も欲しがっていた。ということは、焼き鳥にはできない。
(それじゃあ
パチン! と両手を叩くと、私の周りにいくつもの光の弾が浮かび上がった。
「行ってらっしゃーい!」
の、掛け声と共に、一斉に上空に浮かぶ魔獣に向かって走る。魔獣たちはマズいと気づいて逃げ出すが、それはどこまでも追いかけ光の矢になって奴らを貫くのだ。
「おぉ! うまくいった!」
これは私自身の護衛用に考えた魔術だ。不意打ちされる前に相手に
「おっと! 落ちちゃう前に~」
風の魔法で落下している魔獣を閉じ込め、風の魔術で一気に羽毛を刈り取った。
「うわぁ~フワフワ!」
よしよし。いい収入になるぞ。
(実家にもコートにして送ってあげようかな……私が
やりたいようにやって楽しく生きてますってね。
さて、旦那様との対面も迫っている。一体どんな反応が待っているやら。
「先立つものさえあればなんにも怖くないしね!」
ついでに私の武功、ご対面の手土産にしてやらぁ!
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