第23話 追憶の地下通路
「あの魔術師は私の妻か!?」
「左様でございます」
あ、やっぱり妻なんだ……。いや、うん。わ、私の目は正しかったということだな!
「あれほどの魔術師と知っていたか!?」
「存じておりました」
あ、知ってたんだ……。一緒に驚きたかったな。というか、教えてくれてもよかったのでは!?
尋ねたのは妻と一緒に私を救いに来たという兵団長。
「前回のキメラの捕獲、テンペスト様のご活躍があってこそと申し上げました」
ず、随分いけしゃあしゃあと言うじゃないか!? これは私が悪いのか!?
「あれは冒険者テンペストという話だっただろう!?」
「……。」
(なぜ黙る!?)
どんな感情の表情だその顔は!?
「公爵様! 町民の避難が完了いたしました!」
外から兵達が急いで戻ってきた。
「突然現れた冒険者のおかげで空からの攻撃が止んでいます!」
「いかがされますか!?」
そうだ。今はやるべきのことがある。命をかけてこの町を守ってくれた妻のために私がしっかりしなければ!
「まずは命だ! 兵も撤退させよ!」
「はっ!」
死んでしまったらもうどうにもできない。生きてさえいれば何度だってやり直せる。
「では公爵様も」
兵団長に促される。だが、私にはまだやることが……。
「テンペスト様もお待ちですよ」
「!!!」
それはそうだ! わざわざ私を遠くまで助けに来てくれたのだから!
(ああ、それが何より嬉しい!)
「妻を褒めてやらないとな!」
きっと涙を流して喜ぶぞ~! これで必ず帰るという気力も湧くというものだ。
ん? なんだ? またそんな顔になって! それはどんな感情を秘めた表情なんだ兵団長!? なぜ困ったような顔をしている兵団長!!?
「撤退の準備はすぐに整います。お急ぎください」
「わかった」
「お手伝いいたします」
復興の為の設計図、予算案、地下通路の地図を急いでまとめる。それから……。
「私の妻はすごいな!」
「はい。勇敢な方です」
「そうだろう! あの魔術を見たか!? 戦場でもあれほどの魔術を見ることはないぞ!」
ああ。早く妻に会いたい。会って今度こそ、ちゃんと会話をしよう。
「結婚して1年になるというのに、妻のこと……何も知らないな」
好きな色も好きな花も知っているのに、こんな大事なことを知らないなんて。
「知れば知るほど妻の素晴らしさがわかるぞ!」
「その通りかと」
兵団長が私より早く妻の素晴らしい能力を知っていたのは実は少々腹立たしい。
(いや! そんな彼女と結ばれているのは私だ! 何を悔しがることがある!)
「妻の頑張りに応えなければ」
今頑張れば、今度こそテンペストの目をみて話すことができる気がする。
◇◇◇
「次から次へと……!」
城壁周辺にいる魔獣は、1度一斉に撃ち抜いたのだ。だが息つく暇なく、魔獣は際限なくこちらに向かってくる。
「いったい何で!?」
明らかに魔獣の動きがおかしい。こりゃ根本的な原因をどうにかしないとダメだぞ!?
「奥様~!」
「だーれが奥様じゃ!」
おっといけない……つい冒険者テンペストモード全開になってしまった。だがこちらに走って向ってくる兵団長は、もうそんなこと少しも気にしていないようだ。
「住民の避難は完了しました! これから兵達も撤退いたします」
「ええ!? この町はどうすんの!?」
「……放棄すると公爵様が決定をくだされました」
「はああああ!!?」
なに言ってんだよ旦那様! 2度もこの町の民達に
「もうすぐ援軍もくるんでしょ!?」
冒険者達だって向かってるはずだ。
「それまで耐えられる保証がないのです!」
「私がいるじゃない!!!」
何度だって
「奥様の予想通り、未加工の魔石がこの町にありました!……それもかなりの量が」
「うぉい! なんで人里に持ち込んでるの!?」
やっぱり予想は当たっていたのか。魔獣を遠ざけるキメラが出たかと思えば、魔物を引き寄せる魔石が大量に出てくるなんて……。
「今時未加工の魔石が出てくることなどありません。魔物を引き寄せるという性質自体、一般には知られていないのです」
「そうなの!?」
それは知らなかった。確かに今魔石が取れるとしたらダンジョンくらいだし、知識が必要なのは冒険者や素材買取所くらいしかないか。
(悔しい悔しい悔しい悔しい~! 腹が立つー!)
腹が立つついでに、また防護壁に張り付いてきた魔獣達を電撃で一掃する。
「グガァァァ!!!」
という断末魔と煙を出して、防護壁はスッキリ綺麗になる。
ここでわがまま言っても仕方がない。私にはそれを止める権力がないのだから。
(なら唯一ある戦闘力で対処してやろうじゃない)
「わかった! 私が魔石持って
こうなりゃトコトンやってやろーじゃないか!
「ではお供を。私は馬を使いますので」
「危ないですよ!」
まさか兵団長が私に言うのではなく、私が兵団長へこんな台詞を吐くとは。
「奥様はこの辺りの地理はお詳しくないでしょう。民家も何もない場所へ誘導する人間が必要なはずです」
「……それはそうね!」
お互い覚悟は出来ているようだ。運命共同体として最後まで付き合ってもらおう。
「よろしくお願いするわ!」
向かうは山岳地帯にある湖。水深が深いので投げ入れてしまえばひとまずは時間が稼げるはずだ。
まずは急いで魔石を取りに行く。町の中央広場に面した役場に置かれているらしい。
兵団長を抱えて屋根の上を跳んで移動しながら、旦那様の様子を教えてくれた。
「奥様の魔術に最初は驚かれておりましたが、結局は見惚ておられました」
「は! そりゃあそうでしょうよ!」
よっと! と作りかけの屋根の上を軽く跳ねる。飛行魔法は魔力を垂れ流しになるので、節約の為に低空飛行でちょこちょこ屋根に降り立ちながら真っ直ぐ目的の場所へと進んでいる。
「それで結局、妻と冒険者は同一人物だったことには気が付いたんですか?」
「いえ! 妻の新たな一面を知れたとお喜びでした」
「ええ~!? ここまできて!?」
往生際が悪すぎない!!?
別人格に拘りすぎだろ。自分の認識間違えをいい加減認めてくれ!
「妻の頑張りに応えなければと気合いを入れておられましたよ」
(求めていた反応と全然違ーう!)
ガクン、と思わず足の力が抜けてしまった。
「護衛した時と同じ魔術を使うべきだったかな~」
「こちらとしては、変に混乱して動きがおかしくなるよりは助かります」
そりゃそうだ。なんとしても公爵様を連れて帰らないといけないのだから。
生き残って妻の功績を褒め称えなければならないと、やっと旦那様は町の外へ出ると決めてくれたらしい。
「ですが奥様の迎えは
「立場を考えずにまったく……」
「ええ!?」
それを奥様がいいます? という顔で見られてしまった。
そりゃそうだ! ごめんね!
「兵団長~!!!」
役所に到着すると、半泣きの兵士が駆けつけてきた。
「公爵様が……!」
「どうした!? すでに脱出されたのでは!?」
「公爵様が……公爵様が……魔石を持ってお一人でどこかへ……」
「はああああ!!?」
なにやってんの!!?
兵団長も顔面蒼白だ。
「馬鹿者! なぜお側を離れたのだ!!!」
「申し訳ございませんっ!」
「まあまあまあまあ!!!」
落ち着いて兵団長! この今にも責任取って切腹でもしそうな表情の兵達を責める時間がもったいない。兵団長もうまいこと騙されて私の所に来ちゃったわけだし。
どうやら旦那様、護衛の兵士達を別室に閉じ込め、一瞬のうちに魔石を持ち去り姿をけしたのだ。
『悪いな! 妻が命をかけているのに、私がのんびりしているわけにはいかない!』
そう言っていたそうだ。
変に混乱して動きがおかしくなってんじゃん!
(お前の命は
「魔獣が! 魔獣がどこかに移動していきます……!」
見張りの兵士が声を上げる。あれほどこのネヴィルの町に入りたがっていた魔獣達が、次の目的地を見つけたかのようにぞろぞろと移動する。
これでネヴィルの町の復興を続けられる。まあ、旦那様が死んでしまったらそれどころじゃなくなるかもしれないが。
(そういうこと考えてるわけ!?)
「あの見張りの兵士が旦那様を見ていないということは、キメラが作った地下道を使ってるんでしょうね」
「行先はすぐにわかります」
あ、そうか。
「移動してる魔獣達と同じ方向にいるのか」
居場所はすぐに見つかるだろう。
兵団長の予想では私を案内する予定だった湖に向かっている。
「公爵様はキメラが作った地下通路を調べるよう指示していました。今後も使えるルートを模索されていたようです」
どうやらこの町に長く留まっていただけあって詳しくなったようだ。
「なーんで自分でやっちゃうかな~」
1番やったらダメな人じゃないか。
「公爵様は全てお一人で背負われたのです……!」
兵の1人が唇を嚙みしめながら反論してくる。
「いや、それで今こんな大騒動になってんだから駄目じゃない。結局助けに行くんだから」
「奥様……!」
なんでそんな感動した! 見たいな表情で見るの!? そりゃ助けるよ!? だってあの人公爵様だし! 今死んだらマジでブラッド領大混乱間違いなしよ!? 嫁である私も絶対に面倒事に巻き込まれるからね!?
「恋だとか愛だとかが理由じゃないわよ!!?」
悔しいから強く否定するが、兵達のあの顔! 素直じゃないんだから~みたいな顔! やめろ!!!
(屈辱!!! なんたる屈辱!!!)
それもこれもあのクソ旦那のせいだ~!
◇◇◇
魔石を持ったまま馬で全速力で走る。キメラの襲撃は大きな痛手だったが、地下通路が出来たのは不幸中の幸いだ。この辺りにはまだ地中の魔物が住み着いていないので、地上より早く安全に移動ができる。
(この真上には魔獣がもういるだろうか)
まずは出入口が勝負だ。魔獣に待ち構えられていたらひとたまりもない。流石に緊張してくる。
だが今私は、憧れだった冒険者の気分になっている。1人勇敢に魔獣を引き連れ、ネヴィルの町を守ったのだ。まるではるか昔に読んだ、伝説の冒険者の物語のように。
(そう言えばその物語にはもう1人、主人公と共に戦う魔術師がいたな)
パッと浮かんだのは白髪の冒険者テンペストだ。
(ん?)
思い出したその顔が妻の姿と重なった。
(ん!!?)
いやいやそんな。
目をつぶって思い出す。冒険者テンペストの声、瞳の色、身長、そしてあの魔術を使う時の体の動き……。
「え!!? そういうことなのか!!!?」
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