第19話 お帰り下さい

 ギルド手配の荷馬車は全速力で巨大魔獣がいる目的地へと向かっていた。領の兵団本体はすでに到着しているらしい。


「ネヴィルまでどれくらいなのー!?」

「もうそんなに遠くねぇよ」


 そろそろお尻が痛い。馬車は冒険者のお尻の事など考えず、ただ目的地を目指して頑張っているのだから口には出せないが。いかに日頃世話になっているブラスのが丁寧かよくわかる。


 ネヴィルという町はブラッド領の中では中規模の町で、件の山岳地帯の中継地点となる場所にある。

 私、ミリア、レイドはもちろんのこと、腕に自信のある冒険者だけが馬車に乗っていた。魔術師は私だけ。補助的な役割が多い魔術師達はかえって足手まといになってはいけないと、今回は諦めたのだ。そのくらい大変な相手だと言うことがすでにわかっている。

 ザップとミノは隣領へと珍しく依頼を受け出かけており、街にはいなかったため不参加だ。


「討伐に貢献したら1ランクアップ確約って美味しすぎるだろ」


(ザップ……ランク上げたがってたから悔しがるだろうな~)


 悪いが私は一足先にBに行かせてもらう。


 冒険者の召集も、言い方は悪いが雑だった。だが成功報酬は大きい。通常ギルドの評価システムにブラッド領が介入してくることなどないのだ。それだけ領の兵団が焦っている状況ということがわかる。


「日が沈むわ~」


 ミリアはその言葉と同時に武器を構え、レイドは御者に声をかけ、他の冒険者達は荷車から飛び降りた。

 私はとりあえず敵の方向に一発火球を放つ。暗闇が照らされ、狼型魔獣がキャンキャン鳴き声をあげて逃げて行く。だが他にも、植物型魔獣や蜘蛛型魔獣がぞろぞろと。どうやら私達が向かっている街の方向から逃げてきているようだ。


「テンペストは休んどけ」

「なんで!?」


 私も魔獣狩りたい! 活躍したい! ランク上げたい!


「お前は巨大魔獣用に魔力も体力もとっとけよ」

「そうよ~貴女の凄まじい攻撃力を頼りにしてるんだから~」

「そうなの!?」


 まさかそんな期待を背負っているとは知らなかった。


「なんだー? いつもそこは自信満々だっただろ?」

「そんなに私に期待してるなら早く言ってよ~!」


 承認欲求が満たされてニヤけてしまう。いつの間に認めてくれてたんだろう。まだまだ戦闘力以外はひよっこ扱いされていたので頼られるのは嬉しい。


「その調子に乗った顔みたくなかったから言わないんだよ!」

「ふっふっふ! さぁ諸君! 前座として頑張ってくれたまえ~!」

「早速かよ!」


 口を尖らせながらも冒険者達はバッサバッサと魔獣を捌いていく。流石上位ランカー達、危なげがない。


(あの本の通りみたいね)


 屋敷で見つけた歴史書にはその巨大魔獣のことが記載されていた。

 今いる魔獣たちはその巨大魔獣から逃げ出しているのだ。だから魔獣がやって来た方向に巨大魔獣がいるのだろう。


 歴史書の中で1番インパクトがあったのは、やはり生贄についての記載だ。何人もの魔術師を山の洞窟の前に並べ、それを巨大魔獣が食うのだ。生きたまま。


 次にその巨大魔獣の役割だ。生贄という単語で予想はしていたが、土地の守神とされていた。

 生贄を捧げる代わりに周辺を魔獣から守っていたのだ。少数の犠牲で大勢を守るという手法が取られていた。その巨大魔獣がその土地にいるだけで魔獣が近づいてこないのだそうだ。


(あの辺、大昔は魔石が採掘されてたのか)


 魔石は200年前から採れなくなっている。世界中どこも取りつくしてしまった。稀に魔の森やダンジョンから出てくることがあるくらいだ。どれもかなりの高値で取引されている。


 人の手で研磨されてない魔石は魔獣を引き寄せてしまう。だが、利益になる魔石の採掘は続けたい……かつて魔獣で溢れていたその土地で安全に採掘する為に、人々は巨大魔獣に生贄を捧げていた。


(300年以上前の倫理観ではアリだったんだろうな)

 

 ちなみに、今では倫理的にアウトだ。たとえここが中世風の世界だとしても。これが倫理的にもアリのままだったら流石の私も前世とのギャップの大きさで生きるのが大変だったかもしれない。


 こんな内容が、分厚い本の、ほんの半ページに記載されていた。


(いくら旦那様が勉強家といってもここまでは読んではなかったか~)


 そもそも領史を全部読むだけで一生時間が潰せそうだった。


「こりゃあ巨大魔獣が近いんじゃねーか?」

「でしょうね~」


 無事魔獣を討伐し終えた冒険者達を、ヒールで治していく。最初にミリアを治療すると、彼女は他の冒険者が私から治療を受けている間に、転がってる魔獣の中で1番売値が高い素材を切り取ってまわっていた。


「大丈夫よ~皆にも分配するから~」

「お、おう……」

「ありがとよ……」


 何が大丈夫なんだ? という他の冒険者達の心の声が聞こえてきた。ミリアの体力も底知れない。Aランク冒険者顔負けだ。


 再度荷馬車に揺られ目的地を目指すと、今度は上空に黒い煙が見えてきた。


「狼煙? いや! 燃えてるぞ!?」


 ネヴィルの町が燃えていた。家屋も崩れている。破れ折れている領の旗も。


「かなりやべーじゃねぇか!」


(兵団の本体がやられた!?)


 冒険者達が急いで町の中に入ると、


「よく来てくれた! すまないが、まず救助をお願いしたい」

「わかりました!」


 ちょうど兵団長に会うことが出来たのは幸運だった。指示がバラバラだと混乱を招くだけだ。

 魔獣はすでに地中に潜り姿を隠していた。町の住人達はほとんど避難を終えていたらしいが、その避難誘導中に兵達は襲われてしまったのだ。


「兵団長、失礼します」


 私はとりあえずボロボロの兵団長にヒールをかける。


「ん? 貴女は……!?」


 兵団長は何か思い出すように私の顔を見ていた。そして、


「え!? ええ!? あ!? ええええ!?」


 キリっとした威厳のある顔が、驚きで崩れている。周りの兵たちはそんな様子を何事かと不安そうに見ていた。


(この人の方が私の顔覚えてんじゃん!)


 一度だけ屋敷の中で会ったことがあるのだ。一言軽く挨拶をしただけだが、旦那様より記憶力は優秀そうだ。

 口元に人差し指をあて、しーっと言うと、壊れた人形のようにコクコクと頭を前後に振っていた。偉い人が公爵夫人の対応なんてしてたら大変だ。手間をかけるつもりは最初からない。彼には彼の職務を全うしてもらわなければ。


「ミリア~!」

「なぁに~?」

「兵団長さんに例の巨大魔獣の伝説、話してあげて~」

「了解よ~」


 両脇に兵士を抱えながら、ミリアが戻って来た。


「詳細は彼女に」

「わ、わかりました!」


 巨大魔獣の正体のお話はミリアに任せ、私は上空へと飛び上がる。


「みんなー! 大雨が来るよー!!!」


 両手をパチンと叩いた後、大きく腕を広げると、雨雲が町を覆った。そしてそのままザーザー降りの雨に。少しずつ、火は消えていった。


「よっと」


 忙しい忙しい。上空から降り立った後は、兵士たちの治療だ。急いで救護所へと向かう。


「何だ貴様は! 冒険者ごときが我々に気安く触れるな!」

「はあ!? 何様よあんた! さっさと救助に行ってきな!」

「俺は小隊長だぞ! その態度、気に入らん! ギルドに報告して降格させてやる!」

「やってみろやドクズ! その顔、覚えたからな!」

「こちらも覚えたぞ! 覚悟しておけ!」


 急に絡んできたのは兵団の小隊長。自分は怪我もしていないのに、なんで救護所にいるんだ。苦しんで唸り声を上げている兵を一刻も早く治療してあげたいのに、邪魔ったらない! 火にビビっているのか? それなら消火してやったからさっさと行け! 仕事しろ仕事!

 ブラッド領の兵士と冒険者はお互い友好的だ。なのに稀にこういうタイプがいる。冒険者は兵として雇ってもらえない底辺だと思っているのだ。


「なにをしている!!!」


 怒鳴りあいを聞きつけたのか、私がここに降り立ったのをみたのか、兵団長が駆け足でやって来た。


(悪かったな~やっぱり存在を気付かせない方がよかった……)


 これは深く反省しなけれあば。彼はもっとすべきことがあるのに、公爵夫人の存在に気が付いたら放置するわけにもいかないのだろう。


「この女が出しゃばって口答えするのです! ギルドに厳重に抗議しなければ!」

「馬鹿者!!! この方は……!」

「兵団長!」


(やめてやめて! 今はやめてー! 大騒ぎになっちゃう! 後で自分でネタばらししてこのクソ小隊長ギャフンするから! なにより今はそれどころじゃないし!)


 という、視線をめいいっぱい兵団長へと送る。


「……! いいからさっさとお前は救出に向かわんかー!!!」


 兵団長の怒号が響き渡り、流石の小隊長もこれ以上彼を怒らせるのはまずいと気が付いて急いで救護所を出て行った。


「覚えてろよ!」

「てめぇもな!」


 という腐れ台詞をお互いに吐き捨てて。


「申し訳ありません!」

「いえいえ~そんなそんな~オホホ……」


 先ほどの汚い言葉使いがいつもの私ではないことを知ってほしくて、今更行儀よく振る舞う。まだ遅くないと思いたい。

 テンポよくヒールで治していく様子を見て、兵団長はとても驚いているようだった。


「ヒールがお得意だとは伺っておりましたが、これほどまでとは……お疲れはありませんか?」

「問題ありません。他に怪我した方は?」

「……町人たちが数名……よろしいでしょうか?」

「もちろん!」


 ああ、この兵団長は良い人だ。身分がどうあれ人を助けることに抵抗がない。公爵夫人にもそのお願いが出来る。


(これは私を心配して、と言うよりさっきの私の魔術を見て使えると思われたのかな)


 それならそれでいい。思う存分使ってもらおうじゃないか。


◇◇◇


 ひとまず救助活動は終わった。一般市民はほぼ逃げた後だったため、かなり素早くできた方だろう。現状、死者が出なかったのは不幸中の幸いだが、町を失った彼らの表情を見るのはやはり辛い。


「先ほどミリア殿から聞いた話が本当なら喰われてしまった兵士達は……」

「はい。多分生きてます。その前に食べられてしまった人も」 

 

 兵達はボロボロの姿にされてしまっていたが、巨大魔獣の直接の被害があったのは兵団所属の魔術師だけだった。


「明らかに魔術師を狙っていて、他には目もくれず……彼らの捕食が目的のようでした。その後すぐに地中に……」

「やっぱり」


 巨大魔獣伝説には続きがあった。300年ごとに、その300年前の生贄たちが世界によみがえってくるのだ。それを合図にまた新たな生贄が巨大魔獣の元へと向かう。


「必要なのは多分魔力だけなんですよね」


 食堂の婿さんから聞いた『生贄の甦り伝説』の生贄の条件は魔術師という話だった。先に食われている領民達もおそらく魔力を持っているのだろう。

 

「何故そんなことを」

「おそらくとしか言えませんが、単純に魔力を貯めこめないのかもしれません」


 魔術師達はいわゆる電池。生贄の魔力をエネルギーにして、他の魔獣を遠ざける能力を発現しているのだ。そして300年に1度、電池がきれた者を外に放り出し、新たな電池をよこせという。


「巨大魔獣はやはりキメラだったのでしょう?」

「はい。鋼で覆われた巨大な蛇のようでした」

「ではやはり、大昔の誰かが魔獣を遠ざけるための巨大魔獣キメラを作ったのでしょうね」


 キメラは人間に作られた魔獣だ。目的はそれぞれだが、人間の為に働くよう作らたものが多い。すでにロストテクノロジーになっていて、今では誰もその作り方はわからない。


「どうやって助け出しましょう」

「助け出すのはそれほど難しくはないと思います」


 討伐してしまえばいい。だが、魔獣を遠ざける力を持つ道具なんてこの世界にはない。それを壊していいものか……。


「奥様! なんて頼もしい!」

「ここではただのテンペストでお願いしますね」

「はっ! 失礼いたしました!」


 大丈夫か? 


「お話し中失礼します! 公爵様は明日午後到着予定とのことです!」

「わかった」


 急に兵士が我々が話し込んでいるテントに入って来た。


(げぇ! ここにくんの!?)


 危なくない? 旦那様に何かあったら大変なのに。復興作業も待ってるんだぞ! せめてキメラを倒してからこいよ。


「……公爵様は奥さ、テンペスト様のことはご存知で?」

「いいえ。ですが好きにしていいと言われておりますので」

「そ、それは存じておりますが……なんでまた冒険者に?」

「そりゃあ冒険者になりたかったからです」


 兵団長はキョトンという顔をした。どんな答えを予想していたのだろうか?

 公爵様に相手にされなくて破れかぶれ? 当てつけだとでも思っていたのだろうか? 


(当てつけってのはまあ、中らずと雖も遠からずあたらずといえどもとおからずだけど)


 ニヤリと挑発的な笑顔の私を見て、兵団長は大笑いした。


「ああ! なんて素晴らしい方がウェンデル様の側にきてくださったんだろう!」


 なんだかとても喜ばれてしまった。だがその言葉は少し複雑だ。


「旦那様には危ないからお帰り下さるよう言ってもらえませんかね」

「そうですね。奥さ……テンペスト様もやりづらいでしょうし」


 そう言うと兵士に声をかけ、


「ここは私どもにお任せ下さい、と公爵様に至急伝えてくれ」


 と、伝令を出してくれた。


(そうだそうだ! 帰れ帰れー!)


 兵団長とは仲良くなれそうだ。

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