閑話 彼女はどこの誰?
テンペストが冒険者として活躍し始めた頃、もちろん冒険者街で彼女は噂の的になっていた。主に飲み屋で酔っ払た冒険者達の話のタネだ。
「どこのお嬢様だ?」
「テンペストがお嬢様~!? 俺、危うく魔物と一緒に処理されそうになったぞ。お嬢様ってほら、もっとおしとやかなんだろ?」
よく知らねぇけど、と補足することは忘れない。
「お嬢様がロックベアを真っ二つにするかぁ?」
「核ごと真っ二つにしてたな~……」
今日テンペストの活躍を見た冒険者2人が、彼らのイメージするお嬢様の姿と重ね合わせ、首を傾げた。
テンペストは今日、突然地面から湧いて出てきた熊の形をした大岩の魔獣を1人で討伐したのだ。弱点を知っていたのは明らかで、他の冒険者に被害が出る前にあっという間に倒してしまった。
「けどドレスでうろついてるアイツを見たことあるヤツいるぞ?」
髭の大男はエールの泡が口の回りについたまま、うーんと考え込む。
「確かに身なりはいいな。装備にカネがかかってる。それにあの魔術……」
「そうそう! ありゃ独学じゃないだろ。見たことない魔術も使ってたし」
この世界の魔術はイメージが何より大事だ。もちろん魔力と基礎練習ありきではあるが、他の魔術師から教わる、というのはかなり重要なポイントだった。いかに近くでその魔術を見るかが、テレビもネットもないこの世界でイメージを膨らませる鍵となる。
「実戦経験は少なそうだったもんな~」
「俺この間テンペストが出した濁流に巻き込まれてよぉ……びしょ濡れになったわ……」
「あー。サラマンダー戦なぁ~」
頬に大きな傷のある男と、眼帯をした冒険者もエールを一気に飲み干しながらその時のことを思い出している。
他人の魔術を近くで見るには実戦経験を積むか、魔術師の教師をつけるしかない。その点、金のある貴族や商人の子供は魔術を学ぶのに有利ではあった。安全な場所で魔術を学べるのだ。
テンペストはもちろん領地で魔術師の家庭教師がいた。彼女の両親は破天荒なことばかり望む娘の願望を手助けをするようなことはしたくはなかったが、彼女の才能については気づいていたので、万が一の時は宮廷魔術師として国の為に尽くすよう評判のいい魔術師を家庭教師として屋敷に招いた。
結果、テンペストはますます自分に自信をつけることになってしまった。イメージ力だけでは成しえなかった威力を、基礎練習を積むことにより獲得したのだ。両親が頭を抱えたのは言うまでもない。
「けどあれ、結構ギリギリだったって話だぞ。サラマンダーは大技出す前のモーション入ってたから、下手したら全員ダンジョン内で蒸し焼きだったって」
隣の席から話に入って来たのは細身のB級冒険者。彼のパーティメンバーが単身でダンジョンに入っていた時の話というから、わりと信憑性の高いと思われ、冒険者達はまた沸き始めた。
「マジか~やっぱやるなテンペスト!」
「態度がデカいだけある!」
「そしてやっぱり何者なんだテンペスト~!」
冒険者達はどんどんアルコールが回ってきていた。酒のおかわりも進む話題のようだ。
「俺はやっぱり近隣領の商人の子だと思うね」
「あれはやっぱどっかの貴族の娘だろ」
「商人や貴族の娘が冒険者なんてやれるかぁ!?」
「いやいや。探せばいるって聞くぞ?」
「どこにいるってんだよ~」
あっちの席から、こっちの席から、冒険者が話題に入ってくる。彼女のチグハグな実力の根源は皆気になっていた。実戦経験はなさそうだが、魔獣の知識は豊富。だが解体作業は上手くない。冒険者としての知識はイマイチ。強力な魔術を使いこなす。そうすると導かれる答えは彼女は金持ち出身であることは間違いない、と結論付けられた。
「金持ち出身か。男ならわりと聞くよな」
「男はな。女なら目指すは宮廷魔術師か騎士団だろ」
「俺、1回伯爵家の娘だっていう冒険者に会ったことあるぞ」
「うっそだー」
楽しく飲めれば話題はなんでもいいのだ。誰も彼も好き勝手言っている。
「おまえら、肝心なこと忘れてるぞ」
髭の大男が咳払いをして、全員の注目が集まるのを待った。
「本人はこう言ってる、『私はブラッド公爵夫人!』 だってな」
ほんの少しの時間を置いて、飲み屋中が爆笑に包まれた。髭の大男は満足気だ。彼らの中でこのオチは鉄板ネタになってるのだ。
結局最終的には、急に現れた新進気鋭の冒険者テンペストの正体は、どこかの金持ちの庶子、ということで決着がついた。これもいつも着地点は同じだ。
◇◇◇
「ヒッ……クシュン!」
「あら奥様いけませんわ! なにか温かいものを」
公爵邸のテンペスト自室から彼女の侍女エリスが慌てて使用人に指示を出している。
「大丈夫よ……ありがとう」
(こりゃ誰か私の勇猛果敢な冒険者姿を褒めてるに違いないわね)
今日も大型魔獣を1体狩り十分な活躍をしたと、エリスにバレないようにほくそ笑んでいた。
テンペストの部屋の窓から、冒険者街のあかりがほんの少しだけ見えた。まさか自分の出自を酒のアテにして冒険者達が騒いでいるとはつゆ知らず、ブラッド領の夜は更けていった。
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