第8話 隣領からこんにちは
「あれ?」
いつもの朝食の時間。珍しく旦那様は食堂に現れなかった。寝坊は考えられないタイプなので、間違いなく何かあったのだろう。
(私には関係ないけど~)
誰にも何も聞かずに久しぶりに変な緊張もなく朝食を食べる。
「奥様」
「うわぁ! はい!?」
急にヴィクターが話しかけてきたのでついつい驚いてしまった。屋敷の中では気を抜きすぎている。これじゃあ冒険者として失格か? いや、そもそも私は気配を読むのが上手くない。これは今からどうこうして上達するようなものだろうか。
「公爵様は昨晩から急用で外出されておりまして。本日の朝食をご一緒出来ないことを気にしておられました」
「そう……わざわざありがとう」
私がショックを受けるとでも思っているのだろう。可哀想に、という表情で見つめられた。
と言うのも、ヴィクターの中ではどうやら私は旦那様に秘めたる恋心を抱いていると勘違いしていることが、エリスの調べで最近わかったのだ。そして愛しの旦那様に相手にされない寂しさを紛らわす為、毎日出歩いていると思われているらしい。
(なんであの旦那様に都合のいい解釈になってんの!?)
だがそう勘違いしているせいか、アタリの強かったヴィクターが最近少し優しい。ほんの少し前までは、旦那様に気のある女はたとえその妻でも許さんとばかりの表情を向けていたのに。
「公爵様はずいぶん体のお疲れがとれたようでございました」
「それはよかったわ……」
(ヒールのこと、ヴィクターに話したのね)
まぁ私のヒールは超絶効果があるから他人に話したくなる気持ちはわかるけど! まさか本人まで勘違いしてないでしょうね!? そんな想像をすると、
(私はお前に恥をかかせる女だぞー!!!)
と、宣言したくなる衝動に駆られてしまう。そしてそんな私の気も知らず、ヴィクターはこれまた珍しく気遣うような声で話しかけきた。あとで雪でも振るのでは?
「それから。本日はお出かけされることはお勧めいたしません」
「?」
だが自由にしていいと言った手前、私の行動を縛るようなことは何もしなかった。彼の中では今日も私は寂しさを紛らわすため市中の散歩に出かけるのだ。
いつも通り冒険者街へと向かうと、何やら冒険者達が騒がしい。そう言えば道中もなにやら険しい表情の人々が道端でなにやら話し込んでいた。
冒険者ギルドの前では街中の冒険者がいるんじゃないかというくらい、わっさわっさと群がっている。
「なになに!? どうしたの?」
「ワイバーンの群れが近づいてるらしいぞ!」
「ワイバーン!?」
ワイバーンは小型のドラゴンだ。空を飛び機動力がある。そもそもこの世界、ドラゴン系統の魔獣はどれも強いのだ。小型と言っても少しも侮れない。
「昨夜から隣領が襲われているらしい。Aランクの冒険者も狩りに行ってるんだってよ」
「レイド!」
腕にボウガンを装着していた。彼もワイバーン討伐に向かうつもりなのだ。
「領主様も兵をまとめて援軍を送ったそうよ~」
ミリアも群れの中の1人だ。
「なんだ公爵夫人。知らなかったのか?」
「全然!」
それで旦那様、朝食の時いなかったのか。夜通し仕事とは。領主とは大変だ。
ギルドの中から興奮気味の冒険者達が出てきた。
「領主様が馬車出してくれるってよ!」
「ランク上位優先だ!」
どうやら隣領は一晩経ってもなかなかヤバい状態らしい。バタバタと慌ただしく上位ランクの冒険者達は馬車に乗り込んで隣街へと出発して行った。
「くっそ~せめてBじゃなきゃダメか~」
馬車に乗れなかったレイドは肩を落としていた。
ドラゴン系の素材はなんと言っても高価買取りしてもらえる。もちろん討伐すれば評価も高い。しかも今なら他の冒険者や兵士もいる。単独で狩るよりもより安全に討伐に挑戦が出来るのだ。
「領主様も気前いいよな~隣領とは仲悪いのに援軍出すなんて」
彼は旦那様のことを純粋に尊敬しているところがある。
「あっちが襲われ終わったらこっちに来ちゃうからよ~」
「どうせ暴れるなら自領以外がいいわよね」
ミリアと私の現実的な意見を聞いて、レイドは驚いたように目を見開いた。
「こっちに来たらヤベェな」
「ヤバいわよ~」
「まぁ主力の兵士は残してるし。来たとしても数次第じゃない?」
ワクワクしている冒険者とは違って、ギルド街の衛兵は緊張した面持ちだ。
(私も行きたかったな~隣領)
どちらかと言うと、先日のマンドレイクのような小型の的より、ワイバーンくらい大きな的の方がやりやすい。派手な魔法の方がイメージしやすいのだ。これは魔術師の中では少数派。普通の魔術師は大技を見る経験などまずないからだ。だが私は前世の記憶を遡った時、やはりド派手な映像の方が印象に残っていたからかこちらの方がイメージしやすいのだ。
結局その日は、珍しくダンジョン内に入る冒険者が制限された。
――カランカランカラン!
「え!?」
ちょうどお昼時、見張り台の鐘がけたたましく鳴り響いた。
「ワイバーンだ!!!」
まだ米粒程度だが、遠くの方に確かに何かいる。
(にーしーろー……12体!?)
あっちこっちの店や食堂から冒険者達が飛び出してくる。ギルド街の衛兵も慌てて集まり戦闘準備に取り掛かり始めた。
「隣領はどうなっちまったんだ!?」
「やられたとは限らないわぁ~追い払われたワイバーンかもしれないしねぇ」
ミリアは不謹慎だが少し嬉しそうだ。ワイバーンが金のなる木に見えているのかもしれない。
しかし他の冒険者達の反応はまちまちだ。ランクB以上の冒険者のほとんどが隣領へと向かっていた。今この街にいるのはランクC以下が大半だ。
「ワイバーン狩りの推奨ランクって……」
「Bねぇ~」
しかも数が多い。一部の冒険者は急いで逃げにかかる。
職業:冒険者 は体が資本だ。利益よりリスクが高いと判断したら撤退は当たり前。私のように名声が目的で冒険者をやっている者ばかりではないのだ。
もちろん私は俄然やる気を出していた。
(空の上ならやりやすい!)
大技は威力がある代わりに周りを巻き込んでしまう所が欠点だ。ダンジョンの中でも近くに他の冒険者がいることは少なくない。出来るだけ
「あら~もう行くの~?」
「街まで来たら危ないかなって」
「それもそうねぇ~」
ミリアは私がこれからどうするか気が付いたようだ。
「ダンジョンの辺りなら開けているし、何体落としても大丈夫よ~」
「アハハ! じゃあ急ごう!」
「おーい! お前ら早く行くぞ!!!」
先に駆けだしていたレイドが早く早く! と手を振っている。私達が逃げるとは少しも思っていないようだ。
残っていた少数のランクBの冒険者と一部の冒険者はミリアが言った通りダンジョンの方へ走り始めた。領の兵士達も同様だ。一部は大砲を運んでいる。飛行能力がある魔獣は攻撃が届きにくい。出来るだけ早めに地上に落とす必要があった。
「頼むぞテンペスト!」
「ガンガン落としていけ!」
「はぁ~!? 私だけで止めまで刺しますけど!?」
ムっとして返事をしたが、冒険者達に実力を認められているのがわかって実は嬉しい。
「行ってきまーす!」
思いっきり空へとジャンプする。飛行魔法はめちゃくちゃ難しい。浮かんでいる間ずっと魔力を消費し続けるし、風圧でそんなに速度は出せない。なので、私はあまり使わない。
ある程度飛び上がったところで、いつものようにパチンと指を鳴らした。足元にシールドを張り降り立つ。そこを足場にしてワイバーンを迎え撃つのだ。
(タワーの上にある透明な床みたーい! こわっ!)
ちょっと違うドキドキが私の心臓を鳴らす。
ワイバーンはもうすぐ目の前にまで来ていた。ギャオギャオとそれらしく吠えて私を威嚇している。
(上等だ!)
一気に冒険者として名前を売るチャンス!
手を真上に掲げ、バチバチと雷の塊を纏わせる。そしてそれを出来るだけ圧縮して威力を高めた。
「何だあの魔法は!?」
地面で大盛り上がりしているのが聞こえてくる。そりゃあ見たことがないだろう。この手のイメージが出来る人間はこの世界にはそんなにいない。だいたいこの世界は魔術を教え広めようという発想がないのだ。だから魔術の教師はかなりの好待遇高給料。利益を独占するためか、生活魔術以外は魔術の能力に個人差がありすぎる。
(振りかぶって~……)
「おりゃあああ!!!」
私は大きくなった電撃の弾をワイバーンに向けて投げ放った。
バチバチと放電しながらワイバーンへと向かっていくが、ヒュっと避けられてしまう。
「ああー!」
と、落胆の声が下から聞こえるが心配ご無用。
「かーらーの~……バーン! じゃあああ!」
掛け声に合わせて、爆発音とともに電撃は周りに一斉に広がった。ギャアアアアとワイバーン達は絶叫を放ち、ボタボタと地面に落ちていく。
「よくやったぞー!!!」
「流石テンペストねぇ~」
私が仕留め損ねたワイバーンに止めを刺しながら冒険者達は大はしゃぎしていた。
「はぁ~なんだかスッキリした!」
久しぶりに思いっきり魔術が使えた。それに同業者からの歓声は気持ちがいい。
「ちょっと~! 今日の私の功績ちゃんと覚えててよねぇー!!!」
わかってるよ~! という返事を聞いて大満足のワイバーン討伐を終えたのだった。
◇◇◇
「被害が全くないだと!?」
「はい。全て冒険者達が処理してくれたようです。これも公爵様の冒険者街の政策がうまくいったということでしょう……!」
従者ヴィクターはうっとりと自分の主人の功績を褒めたたえている。
「いや……」
(高ランクの冒険者はほとんどいなかったはずだ……)
自分がそう命じたのだ。ブラッド領にワイバーンがなだれ込む前に決着をつけておきたかった。隣領に恩も売れるだろうと踏んで高レベルの冒険者に限定して隣領への馬車を出したのだ。
だがそれは結果的に間違いだった。あまりの人間側の反撃に一部のワイバーンが逃げ出したのだ。そしてブラッド領に……。見張り台の鐘の音が聞こえた時は血の気が引く思いだった。
領主ウェンデル・ブラッド公爵は自らの足で12体のワイバーンが解体されている様子を見にダンジョンへとやって来た。夕日が沈み始めている。
「これは領主様!」
「私にかまわず続けてくれ。遅くまですまないな」
「いや~やり甲斐がありますわ! なかなかこんな機会はないんでね!」
ほんの少しだけ彼の表情がほころんだ。
「ブラッド領に腕のいい解体師がいて助かるな」
「鮮度の良いうちに急いで解体してしまいまさぁ!」
素材買取所の職員たち総出でワイバーンを解体していた。彼らはその道のプロ、冒険者よりも綺麗に素材を取り出せる。
(これだけいて被害がないなんてありえるのか!?)
すぐにまた仏頂面に戻って考え込む。すでに隣領からの報告では、何とか討伐し終えたが、人間側にもかなり被害が出ているとの報告が来ていた。
「あの雷の魔術は凄かったなぁ」
「雷の魔術?」
「いやね。新米の冒険者なんだが、なかなかの魔術を使うんでさぁ」
解体人の話を聞きながらヴィクターの方を見る。
「その報告は上がってきております。ちょうど公爵様がご移動中に空中に飛び上がって雷の魔術を使い、ワイバーンを地面に叩き落としたそうです」
その姿を見てみたかったとウェンデルは少し悔しい思いがした。
「その冒険者の名は」
「えー……テン……テンポラス? レンポラル? そのような名の女冒険者だそうです」
所詮一介のD級冒険者、仲間内以外ではその程度の認識だった。
「そうか」
その日の晩屋敷で見かけた自分の妻は、どうやらいつもより機嫌がいいようだった。綺麗な黒髪が揺れている。飛び跳ねるように侍女となにか話しているのが遠目に見えた。
(平和だな)
ウェンデルはまた執務室へと入って行った。
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