第9話 憧れの護衛依頼

「ランクアップだー! C~いただきましたー!」


 冒険者タグにもしっかり新たな階級が刻まれているのを確認する。


「俺も俺も!」

「まぁ~! おめでたいわ~!」

「って、ミリアはBに上がったじゃん!」


 レイドとミリアと私、ギルドの入口近くでいつもの3人でわいわいと騒ぐ。先日のワイバーン討伐がきちんと評価されたのだ。


「一端の冒険者だー!!! 冒険者だけでも食っていけるって証だー!!!」

「俺もー!!! これで実家でもデカい顔出来るー!!!」


 ガッツポーズをして喜んでいるレイドに、ミリアはいつもの調子で疑問を投げかける。


「あら~! そうしたらレイドは実家を出るのかしら?」


 公爵邸で悠々自適に暮らしている私は少々居心地が悪い質問だ。どうかこちらにその話題が回ってこないよう祈るしかない。

 だが、ミリアがそう質問したのは、レイドが度々実家暮らしの愚痴を言っているからだろう。


「母ちゃんが俺の冒険者装備の持ち物チェックするんだ……」

「それは……何というか……うん……もういい歳だしね……」


 小学生と思われてる? まあ心配なのは間違いないのだろうけど。レイドの冒険者装備はいつも手入れされて不足もなかったのは彼のお母さんの功績だったのか。


 武器屋の女将さんであるレイドのお母さんには会ったことがあるが、ワイルドでシャキシャキとした人だった。気さくで、細身な私のことを心配し、ダンジョンに入るのに弁当を持たせてくれたことすらある。


「けど恩恵にも預かってるんでしょう~?」


 愚痴は言っても彼が実家から出るとは思っていないからか、ミリアが少し意地悪な微笑みを浮かべながら尋ねた。面白がっている。


「恩恵がデカすぎんだよな~……俺、プライドなさすぎ?」

「プライドだけじゃあ食ってけないから別にいいんじゃない?」


 私も家がある分際なので、レイドの実家暮らしには肯定的な立場だ。


「公爵夫人に言われてもなあ……」

「私と比べたらダメでしょ」


 妻としての尊厳はないけどね~ということは黙っておく。


「宿屋暮らしも楽しいわよぉ」


 ミリアは女冒険者専用の宿屋で過ごしていた。宿屋と言っても週単位の契約なので、実質一人暮らしのようなものだ。ブラッド領により運営されており、階級が高かったり、契約日数が多いほど割引率が高いので、ミリアは半年契約をしていた。


(う~ん……やっぱり一人暮らしだと気は楽だよね~)


 それは離婚後の楽しみにとっておこう。


 さて、ランクがCに上がったと言うことは護衛依頼が解禁となる。


「お姫様の護衛とかしてみたーい!」


 自分が公爵夫人護衛される側だといことは忘れて何を言っているんだという所だが、ここには誰もツッコミを入れる人はいない。


「それはもうちょっと後かしらねぇ」

「ミリアは護衛依頼引き受けたことはあるのか?」

「あるわよ~実は私、人気があるの。やっぱり女の子の護衛は女がいいみたいねぇ」


 依頼人であるご令嬢が、ワイルドでたくましい冒険者に恋に落ちてしまうことが少なからずあるんだそうだ。

 ミリアは戦闘力が高い上に穏やかで優しい。冒険者にしては珍しい部類の気質の持ち主である。雇用側、特に妻や娘の為に依頼を出している方から見れば、安心して側にいてもらえる存在だ。

 万が一にもイケメン冒険者が颯爽とご令嬢を助けた日には、リンゴーンと鐘の音が聞えかねない。


(吊り橋効果ってやつ? そういう物語も人気があるしね)


 身分差の恋物語はこの世界でも人気がある。


 だがミリアはあまり護衛の仕事は受けてこなかった。それよりもダンジョンへ入った方が確実に稼げるからだ。特にこの領地のダンジョンはミリアほどの腕があれば、安定した稼ぎが望める。


「だけどBに上がると護衛報酬もよくなるのよねぇ。たまには受けようかしら」

「冒険者の依頼、偏ってるとなかなかランクは上がらないんだろ?」

「そうよぉ~強いだけじゃダメなのよぉ」


 そう言って2人はこちらに視線を向ける。わかってる? と言いたげに。


「総合力だってあるわ! 強さが目立つだけ! 実際Cにまでなったわよ!?」


 まぁ飛び抜けて強いだけじゃダメだってことはよくわかったが。これでもチマチマと依頼掲示板から依頼主の為に素材採取から野良魔物の討伐、ダンジョン内での落とし物の捜索までしたのだ。

 その時、急に目の前の2人がいなくなった。


「ぶわぁ!?」


 目の前が真っ白になる。ついでに体中も。なにやらしっとりとした白い粉が上から降ってきたのだ!

 

「きゃー! ごめんなさーい!」


 ゲホゲホと咳をしながら、誰じゃおりゃー! っと振り返ると小さな女の子が半泣きで立ちつくしている。


(うぅ……これじゃあ怒れないじゃん……)


 女の子は依頼した真っ白な染め粉を受け取った帰り、よそ見をしながらふざけあっていた冒険者にぶつかられて、それが私の上に綺麗に降ってきたのだ。


「まだまだ不意打ちには対応できねぇよな~」


 笑うのを我慢しているレイドの顔をキッと睨みつける。同じく笑うのを我慢しているミリアはパタパタと粉を払ってくれていた。私も何とか髪の毛に着いた粉を手で払おうとする。


「あらまぁ……これって……」


 払っても払っても粉は綺麗に取れない。むしろどんどん髪の毛や服に吸い込まれているような……。


「す、すみません……! それ、染め粉なんです……!」


 少女は今にも恐怖で震えだしそうだ。私の悪いうわさでも聞いた!? 怒ってない! 怒ってないよ! どうしようかとは思ってるけど!

 この染め粉の正体は、ダンジョン内で採取できる髪の毛や布を染める性質のある鉱物だったのだ。


「これって……取れるの……かな?」


 怯えさせないように、努めてゆっくり、優しく尋ねた。


「ははは、はい! 工房に専用の打ち消し剤があります……す、すぐに持ってきます……!」

「ごめんね……頼めるかな? 代金はちゃんと払うから」


 顔の向きを少女にぶつかった冒険者達に向ける。私の怒りを買ったことがわかっている冒険者一同は急いで頭を前後に振っていた。


「ご、ごめんなぁ」


 少女にも謝罪していたが……遅い!

 

「いえいえいえ! わ、私の方こそ……」


 少女はそう言うと、急いで工房に例の洗剤を取りに行ってくれた。公爵邸に帰らなければ私も気にしないのだが、この姿を見たら流石にエリスが騒ぐだろう。


「依頼を出しに来る人はお客様よ! それにあの子みたいな小さい子に武器でもあたったら大変でしょうが!」

「仰る通りです……スンマセン……」


 しおしおに冒険者達は反省していた。


「テンペストもいい加減、察知能力上げねぇとな~」


 彼らに助け船を出すように、レイドがいらんことを言い始める。


「うっ! それ言わないで!!」


 だが今後しばらく、私の目標は決まった。


(どうやって鍛えたらいいか調べるところからね……)


 ぶつかった冒険者達にもう一度同じ素材を取ってくるようさせた直後、遠くから私を呼ぶ声が近づいてくる。


「おーいテンペスト~!」

「なに!?」


 声をかけてきたのは、冒険者ギルドの依頼窓口にいつも座っているハイネだ。私の剣幕も真っ白になっているとこも全く気にせず話し続ける。


「お前に護衛依頼が来てるんだが~今から出れるか~?」

「うそ! マジで!?」


(今から!?)


「この間のワイバーンを狩ったやつってご指名なんだよ」


(やったー! さっそく名前が売れ始めてる!!!)


 急にご機嫌になった私に、冒険者達はあからさまにホッとしていた。


◇◇◇


 ルンルンで依頼主が指定した冒険者街の近く、領の東門にある馬車停へと向かう。ちなみに冒険者用の服も着替えた。まだら模様になってしまい、依頼人にどう思われるか不安になったのだ。出来るだけ好印象を与えたい。有難いことにミリアが貸してくれたので時間にも間に合った。少々サイズが合わなかったが、綺麗なリボンで調整までしてくれた。


『妹達におさがりを着せるのに、色々考えたのよぉ』


 なんだが懐かしそうにしていた。しばらく実家には帰っていないようだし、家族が恋しくもあるのだろう。


(よし! せっかくの指名。きっちりこなしてまたランクを上げてやるんだから!)


 悪いこともあれば良いこともあるもんだ。と、喜んだのも束の間。


(うそ!? うそうそうそうそうそ!?)


 旦那様だ。旦那様が目の前にいる。馬車の前に立っている。眼鏡をかけ、髪色を茶色に変えているが、間違いなく旦那様だ。変装する気あるのか!? 


 彼はただ真っ直ぐ、私の顔を見つめていた。

 

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