第10話 依頼人と馬車の中

 冒険者ギルドの職員ハイネからは、今回の依頼人は隣領からの商人だと聞いていた。いつもの護衛がワイバーン騒動で怪我をしたため、途中の宿場まで護衛を、という依頼だ。


(もうちょっとランクを上げてからバレる予定だったのに!!!)


 まあいい。とりあえず一端の冒険者を名乗れるCまでは辿り着けた。離婚を言い渡されてもどうにか生活はできるだろう。


「名前は?」

「……テンペストですが」


 嫁の名前も忘れたのか。


「……そうか。よろしく頼むテンペスト」


 初めて名前を呼ばれた。


 ん?


 んん?


 んんん?


(いや……この感じは違う……!)


 こいつ! 私って気づいてないな!? 


 なにこの初めましてな感じ。妻と名前が同じだな~くらいにしか思ってないぞこの感じ!

 

 確かに今の私は旦那様と同レベル低レベルの変装状態。先程の染め粉によって、髪の毛と睫毛が真っ白に染まっている。専用の洗剤でないと落ちないが、それは先程の女の子が今回の依頼を終えるまでには準備をしてくれることになっていた。

 だがそれ以外は何も隠していない。変わっていない!

 パーツを変えたわけでも、付け足したわけでもない! その上……、


(名前まで名乗ったのに!?)


 気づかないなんてある!? かれこれ数ヶ月同居してるんだけど!?


 ウェトウィッシュ家は黒髪黒目の一族だ。何ものにも染まらない、と言う家訓じみた言葉にも使われている。まぁ今は真っ白に染まっているが……。


(旦那様、私の容姿の認識が黒髪くらいしかない可能性が出てきたな)


 領主としてどれだけ頑張っていようと、夫としては本当にどうしようもない男だ。妻の顔も覚えていないなんて。ああ~腹が立つ!


 目も初めてあった。


(……ムカつくくらい綺麗な顔だわ)


 この顔で大体のことは許されてきたのだろう。まぁ私は許さないけどね!!!


「よろしくお願いいたします。


 きっちり嫌味も込めて偽名で呼んでやった。もちろん伝わってないが。


「君は随分魔術が得意だと聞いている。誰か師はいるのか?」

「基礎はファリアス様に。後は独学でございます」


 護衛だと言うのに旦那様と同じ馬車の中へ乗るように言われた。それでようやくわかった。これは探りを入れられている。ワイバーンを倒した私がどういう人物か確認しているのだ。


(優秀な冒険者をできるだけ長く街に留めたいって言ってたもんな)


 まあこれは又聞き情報ではあるが。


 将来有望な冒険者として領主様にお声がけされるということは、順調に冒険者としての伝説を作り始めているということだろう。それはそれでヨシ!


「ファリアス……クレメンテ・ファリアス様か?……王宮魔術師の」

「はい。今はもう引退されております」


 いや~教えるの上手かったよファリアス様。あれがなかったら今の私の魔術はなかったと言ってもいい。何事も基礎が大事とはよく言ったものだ。魔術のコントロールも威力も格段に上がった。なによりファリアス様、優しかったし。私の才能認めてくれたし。私が家族と拗れながらも腐らず病まずにここまでこれたのは、彼との出会いがあったからだろう。そういう意味ではサンキュー両親!


「では君はやはり貴族の出か」

「……ええ」


 貴族出身であなたの妻でーす! と大きな声でいいたが今は我慢だ。


(やはりってことは少しは調べてたのかな?)


 私が初期にドレスで冒険者街をうろついていたことくらいは知っているのかもしれない。


「そうか。色々あったのだな」

「はい」


 おそらく旦那様の言う色々というのは、言うに言われぬ重大な理由があって、私は冒険者として生きていくしかない、という身の上を勝手に予想しての言葉だろう。

 まさかその色々が、急に結婚させられたかと思ったら、旦那様には見向きもされないのをいいことに冒険者になった、という内容だとは。


 詳細を尋ねないのは、元貴族と思われる私に色々聞くのは憚られたのだろうか。そしてこれはずいぶん後にわかったことだが、この時旦那様は私の事をどこかの貴族の庶子だと思っていたそうだ。そんな噂が冒険者街で広がっていたとかで。


「しかし、そこまですごい魔術が使えるなら宮廷魔術師も目指せただろう。なぜ冒険者に?」


(はぁ?)


 と思うが、あえて笑顔で答える。


「冒険者が宮廷魔術師に劣るとは思えませんので。より自由に生きられる方を」


 はい旦那様失言~! 前世なら炎上確実~! 冒険者のおかげで栄えてる街だろう。なのにだと~!?

 せっかく今日は目があうので、これでもかと旦那様を見つめてやった。旦那様もいつもと違って見つめ返してくる。


(これで気が付かないんだもんな~)


 いったい毎朝何を見てるんだ。


「失礼。決して冒険者を低く見たわけではない。冒険者の方がずっと危険な上、生活は大変なはずだ。その上でどうしてか聞きたかった」


 私の笑顔の理由に気が付いたようだ。急いで言い訳を始めた。

 旦那様の言う通り、宮廷魔術師、もしくは各領主のお抱え魔術師にでもなれば、冒険者よりは安定したお給金が得られる。だが宮廷魔術師は実家の爵位肩書きが全て。私の実家もそれほど悪いわけではないが、トップにのし上がりたければ王族でなければ無理だ。お抱え魔術師の方はほとんど領主の何でも屋として終わってしまう。


「冒険者にはロマンがありますので」


 ニヤリと挑戦的に笑いかけてみた。


 何にしても、たかがCランクの冒険者相手に公爵様が慌てる必要はないのだが。


 ロマンか。と呟いた後、旦那様はぽつりぽつりと話しはじめた。業務的でない彼の言葉も珍しい。


「私も……冒険者に憧れていた時もあるのだ。今でも冒険者達を見て羨ましく思う日もあるよ」


(へぇ~それは初耳)

 

「いやしかし言い訳だな。君達に失礼な物言いをしてしまった。すまない」

「いえ。私も何も知らずに失礼を」


 素直に頭を下げられびっくりした。何度だって言うが、私はしがないCランクの冒険者。片やブラッド公爵。身分差が凄いのだ。いや、今はトゥルーリー商会の商会長か。それでもやっぱり頭を下げるのは変だ。少なくともこの世界では。


「……なぜ冒険者になられなかったのですか?」


 沈黙に耐えられずについ聞いてしまった。いつもの朝食は平気なのに。馬車の中が食堂より狭いからだろうか。

 だいたい、答えは知っているのに。


「年の離れた兄が急死してしまってね。跡継ぎが私しかいなくて……私よりよっぽど領……商会を愛していたんだが」


 旦那様はポロっと自分の設定を忘れて領主としての顔がのぞきかけていた。


(おいおい! 今日はしっかり商人のままでいてくれよ!)


 いや違う。そんなことは今はどうでもいい。


(兄がいたなんて知りませんが!?)


 思っていた答えと全然違う!

 仮にも公爵家だ。社交界への露出も多い。私は全然社交界と縁がないが、それでもブラッド家の概要くらいは知っていた。彼は1人息子のはずだ。兄がいたなんて一度も聞いたことがない。


(え? これは商人としての設定? それとも私の知らない兄がいたの!?)


 頭の中になんとも言えないネガティブな気持ちがぐるぐると渦を巻き始めていた。普通に気になる、その『兄』のこと。

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