第7話 真夜中のおしゃべり

「最近レイド見かけないね」

「この間のマンドレイク討伐で剣を刃こぼれさせちゃったこと、お父様にとっても怒られてしまって……刃こぼれしない武器を作り直しているらしいわぁ」


 レイドは実家の武器屋で生活していた。お兄さんがいて彼は継ぐ予定はないということだが、冒険者として武器の手入れ方法を知っていて困ることはないと、家業の手伝いもしている。……というのは建前で、実家にいれば生活費がかからないからだ。その為冒険者をやっていない時間帯は、店に立って冒険者向けに各武器のデモンストレーションをやったり、修理作業を手伝ったり、自作の武器を作っていた。


(レイドの使ってる武器自体が武器屋の広告だもんね~……それが駄目になった姿は冒険者に見せられないし、怒るのもしかたないか) 


 今日はミリアと2人でダンジョンに潜っている。少々マニアックな魔草の採取依頼があったのだ。それはダンジョンの中の薄暗い場所にだけ生える苔だった。私達は今、ダンジョンの第3階層の中を歩いている。

 第3階層挑戦の推奨ランクはD。だが時々強力な魔獣も出ることがあるので戦闘力に自信がなければ行くべきではないとされていた。


「これねぇ~!」

「なんか……光ってる?」


 いったいどんな効力があるかは謎だが、これも急ぎの依頼ということで報酬金額が高い。岩場に生えているその時折光る苔をガリガリとナイフで削りとって布袋へと入れていく。手のひらサイズいっぱいに採取することが出来た。これを持ちかえれば依頼完了だ。


「来たわよぉ」


 ミリアがすぐさま斧を構えて体制を整える。耳を澄ますと、ゴゾゴゾと地面を擦りながらなにかが近づいてくる音が聞こえてきた。


(この気配の察知……どうやってるんだろ)


 音が聞こえてくる前にミリアは反応していた。私も彼女に習って戦闘態勢に入る。もちろん今回はこの時点で防御魔法を張り、敵がどこから攻撃をしかけてきても問題ない。


「うわっ!」


 バシャっと毒液が防御魔法にぶち当たった。そしてジュウジュウと防御魔法シールドを溶かし始める。私の魔法を溶かすということは、あの毒液は魔力を持つ、かなり強力なものということだ。


(ミリアは少しもビビッてないな~)


 これが経験の違いだろうか。


「うおっと!」


 また声を上げたのは私だけ。


 急いで防御魔法シールドを張りなおしておいてよかった。そのまま勢いよく本体の大きな牙がガツンと音をたてて激突してきたのだ。


「ヴァイパー!?」

「あら~あの牙と皮は高く売れるわぁ」


 明らかにミリアがワクワクと嬉しそうな声になっていた。

 ワニとコブラが合わさったような姿の魔獣が現れた。成人男性2人分はありそうな図体だが、素早く地面を這って適当な攻撃はよけられてしまう。


「頭と尻尾を落としましょう~胴体の皮はなるべく傷つけずに広範囲持って帰りたいわ~」

「了解!」


 おっとりとなかなか過激なことを言うのがミリアだ。彼女の父親はすでに亡く、病弱な母と妹弟へ金を送るために冒険者として頑張っている。そのせいか魔物の買取価格は部位別で覚えているのだ。


「頭は私が!」

「あら~ありがとう~」


 毒液があるなら、そっち側は魔術が使える私が対応する方がいい。巨大な体に2人で向かっていき、一気に倒しにかかった。


 私が作り出した巨大な風刃がヴァイパー首を切り落とした。そして即座にその頭部をシールドで包み込む。それも二重にして。万が一にも毒が飛び散ったりしないように。ミリアは自分に向かってきた硬く鋭利な尻尾をギリギリでかわしながら近づき、斧を振り下ろしただけで胴体を真っ二つにした。なのでヴァイパーはすでに三等分になっている。


「テンペストといると自分が強くなった気になっちゃうわぁ」

「いや、実際ミリア強いじゃん」

「こんな一瞬じゃ無理よぉ」


ミリアはそれをとても手際よく解体していった。


「お腹のこの部分はね~刃が通るのよ~。ほら、この薄い線……まあ戦闘中に弱点を晒すことはないから、解体の時だけに使える場所だけど~」

「勉強になります」


 ミリアはウフフと優しく笑う。先ほど斧を振り回していた彼女とのギャップが凄い。


「本当にいいのぉ~後から返せないわよ~?」

「ミリアに教えてもらわなかったら粉切れにして値段つかなくなってたし、勉強代分は払うわ」


 ミリアの言う通り、ヴァイパーの素材は良い値段で引き取られた。通常冒険者は報酬は均等に分ける。だが今回は8対2で支払金額を分けた。


「……ありがとう。助かるわ」

「ん。次もまたお勉強させてください」

「フフ……そうしましょうね」


 昨日、ミリアの母親の状態が良くないという話を小耳にはさんでしまったのだ。彼女の母親の病気に有効な薬はかなり高価という話だから、いくらあっても足りないのだろう。最近彼女が無茶をして高額の依頼や素材ばかり集めていた理由がわかった。私の今の行動で、私がその件を知っていることに気付いたミリアは、素直に報酬を受け取ってくれた。


(プライドだけじゃ生きていけないものね……)


 貴族として生まれた私は苦労なんてなかった。自由が欲しいなんて彼女からしたら贅沢な悩みだろう。今まで別に自分が公爵夫人だとバレても構わないと思ってやってきたが、いや……隠してはいないが……ミリアにとって施しと捉えられ嫌われてしまうかもしれない。そしてそれが少し嫌だと思ってしまった。


(今までそんなことなかったのになぁ)


 誰に嫌われても、それこそ旦那様に嫌われてもかまわなかったのに。そしてそういう相手は冒険者になって少しずつ増えていっている。


◇◇◇


 今日は少し屋敷へと戻るのが遅くなった。辺りはすでに真っ暗だ。


「あら。旦那様の部屋、まだ灯りがついてるわね」


 玄関から執務室の方を見上げる


「最近またお忙しいそうですよ」


 エリスが慣れた手つきで私の冒険者用の荷物を受け取ってくれた。最近はもうごちゃごちゃ言わない。諦めたのか、何かを悟ったのか。もちろん藪蛇になるといけないので私も何も言わない。


「領主の鑑ね~」


 領民からの税で遊びまわる貴族がいる一方、貴族としての、領主としての義務と指名を果たそうと努める貴族もいるのだ。私の実家も模範的な貴族側だったので、その辺、うちの両親とは気が合ったのかもしれない。


(うちの場合、貴族たる振る舞いに関してもガチガチに強制されたけど~)


 もう少し実家が柔軟だったら、今のように私は冒険者になっていないかもしれない。中途半端に満たされることもなかったので、渇望してしまったのかも……。そう考えると人生とはどうなるかわからないものだ。


 屋敷中が寝静まった後、私は珍しくこの屋敷の中で少々やることがあった。コソコソと部屋を抜け出し、屋敷の温室へと向かう。ここは年中色んな花が咲き乱れているが、さらに言うと薬草も栽培していた。私はその中の1つを少々いただきにきたのだ。


(オキニセスの木、前に来た時見た記憶があるのよね)


 その葉がミリアの母親が使う薬に必要な薬草の1つだ。それが季節柄なかなか手に入らない為に薬の価格も上がり、さらに薬事態が不足していると、彼女は少し悲しそうに話してくれた。


(好きにしていいっていうくらいだから、ここの葉っぱちょっとばかり貰っても文句は言われないでしょ)


 多分。とりあえず今はあまり深く考えない。ダメだと言われたら困るのでもするつもりはない。バレても面倒なので、月明かりだけを頼りに温室内を徘徊する。今日が満月だったのはラッキーだ。


(ん?)


 温室に設置されたテーブルとイスの側で小さな灯りが付いているのが見えた。見張りでもいるのか……と、そろりそろりと近づく。何と言っても私は公爵夫人。それなりに権力はある……はずだ。責め立てられることもないだろう。多分。


「誰だ」


 あちらから声をかけられた。げっ! という声を我慢した自分を褒めなければ。


「……テンペストでございます」

「こんな夜更けに何故……いや、好きにしてかまわない」


 旦那様だ。自分の言った言葉を覚えているのか、追及はしてこない。表情までは見えないが、ぐったりとイスに体を預けている。どうやら疲れているらしい。


「では薬草を少々……」

「ああ」


 これで気が楽になった。明日超貴重なオキニセスの葉が減っている! と大騒ぎになっても大丈夫だ。なんてったってこの屋敷の主人の許可済みなのだから。

 私はブチブチと葉をちぎって布袋の中に入れていく。


(このくらいでいいかな……?)


「薬につかうならその倍必要だ」


 急に声をかけられてビクっと体が震えた。私の手が止まったのが音でわかったのだろう。目をつぶってるのが見えた。


「いいんですか……?」

「かまわない。またすぐに葉は茂る」

「では遠慮なく……」


 言われたお通り葉をちぎり、袋は満タンになった。これで少しはミリアの役に立てるだろうか。

 月明かりに照らされた私の旦那様は顔色悪く目を瞑ったままだ。


「……旦那様、少々失礼いたします」

「?」


 私は彼の背もたれの方に立ち、肩をもむように治癒魔法ヒールをかけた。旦那様としてはクソ野郎だが、領主としては頑張っているようだし、なにより知らなかったことを教えてもらえた。情報量は払わなければ。借りを作りたくもないし。


(肩、こってますね~)


 なーんて言える間柄にはなれないだろうが、お疲れ様! くらいは言い合える仲になれたらよかったのだが。


「それではお先に」

「……助かった」


 相変わらずこちらの方は見ず、旦那様の小さなお礼の声が聞こえた。

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