第15話 調子に乗るのはやめましょう

 約1000年前を起点として、突如として世界各地に出現するようになった“ダンジョン”は人類に脅威と新たな富をもたらした。冒険者と呼ばれるが出来たのもこの頃からだ。生まれつき持たざる者でも持てる者へ成ることが出来る、それまでもこれからも夢のある職業だった。もちろん、命を懸ける必要があるが。

 なんてことを幼い頃教育係に教え込まれたものだ。すでに侯爵家の娘が望むものではないと言いたげに。


(持てる者がさらに欲してもいいでしょ!)


 命だってかけてる。ビビッてだっている。だけど絶対に恐怖心には負けない。魔術に影響するからだ。強力な魔術にはなにより上手くいく、勝てるイメージが大事なのだと教えてくれたのは、師であるクレメンテ・ファリアスの言葉だ。


 ブラッド領のダンジョンの入り口は、冒険者街を抜けた門の外に存在する。パッと見は洞窟のような見た目だが、中に入るととんでもなく広い空間が広がっており、出現して100年経った今でも全容は把握されていなかった。


「あ! 地図が更新されてる!」


 ダンジョンの近くには大きな地図が掲示されている。ダンジョン内の詳細な地図だ。新しいエリアや階層へのルートを見つけ報告すると、ブラッド領から報酬を得ることが出来る。


「最近までいたカミーロ達、やっぱ新ルート知ってたみたいだな。次の街に移るタイミングで報告したみたいだぞ」


 今日はレイドとダンジョンへ来ていた。大物の魔獣を狩る予定なので、解体作業がイマイチな私を心配して同行してくれている。上手くいきそうにないときは、魔法でエッサホイサと素材買取所まで運ぶという手もあるのだが、魔獣によっては早めに解体しないと、すぐに崩れてしまうものもいるのだ。ちなみにミリアはここ数日護衛の依頼を引き受けているため、この街にはいない。


「あーそれで第五階層を日帰りできてたのね」


 ブラッド領のダンジョンは第四階層まではギリギリ日帰りが可能だ。だが第五階層まで行こうと思うと、ダンジョン内で泊まりを覚悟するのが常識だった。今しがた名前の出たカミーロという冒険者のパーティはなぜか第五階層でしか遭遇できない魔獣や魔草の素材を日帰りで手に入れていたのだ。


(う~ん。情報の独占はやっぱり強いわね)


 レイドも同じことを考えている表情だ。


「アイツらうちの店でいい武器買っていってくれたんだよ~よっぽど荒稼ぎしたんだろーな」


 腕を組みながらその時のことを思い出していた。どうやらその場にいたらしい。


「第五階層って珍しい魔草が採れるんだよね?」

「ああ。魔草も採取してからの鮮度が大事だからな~早く地上に戻れるなら状態はいいだろうし、かなり買取価格は高かったはずだ」


 しかしもう同じ価格では買い取ってもらえなくなるだろう。皆同じルートで採取に行くだろうし。

 

「地図、買う?」


 持ち運べるよう地図もあるのだ。こちらは購入しなければならないが。


「今日の目的はロッカイス表皮の固い魔獣だろ。どっちにしろ俺も魔草の採取はあんましたことねぇからミリア待ちだな」

「本での知識はあるけど」

「それで上手くいったことあったか?」

「……ミリア待ちね」


 私はまだ実家で暮らしている時、冒険者として必要な知識をつけようと、魔獣や魔草、特殊な鉱物関連の本は読み漁っていた。その中でも魔草は本や資料の数が多い。王都やその他大都市には魔草の研究者が多くいるからだろう。魔草は、薬の材料として日々研究されている。

 本の知識が間違っているわけではない。本の情報量が足りなかったり、書かれていたようにスムーズに採取後の後処理が出来なかったりと、一度たりとも上手くいったことがなかった。ミリアがいる時を除いて。どうも記述が具体性に欠けていたのだ。おそらく作者本人がどこかのダンジョンに入って採取したわけではないのだろう。


(魔獣の本も倒し方や貴重な素材についての記述は多かったけど、具体的な解体方法ってほとんど載ってなかったな……)


 素材買取屋に協力してもらって、そういった一覧を作るのもいいかもしれない。そうすれば冒険者達もきっと助かるだろう。誰でもなんでも初めてはある。特に子のダンジョンは魔獣の種類も多い。


(って、そういうのは旦那様の領分ね)


 ついつい余計なことを考えてしまった。


「なんだ~~~!? 地図なんかあんのかこの領のダンジョン!」

「だっせぇ~! 俺ら冒険者だろ? こんなお膳立てされて恥ずかしくねぇのかな?」


 急に私の隣に立って地図を見始めたのは、見たことのない冒険者2人組。これ見よがしに近くで聞いている他の冒険者達を煽っているのがわかる。場の雰囲気が途端に悪くなったことがわかった。血の気の多い冒険者が数人その新参冒険者達を睨みつけている。


(無視よ。無視無視)


 レイドに視線を送ると彼も同意見だったようだ。そのまま立ち去ろうとすると、


「なあやっぱアンタみたいなか弱いキレイどころのために用意してくれてんのコレ」

「俺らが本当の冒険がどんなのか教えてやろうか~?」


 と、下品な笑い声を上げながら私の腕を掴もうとしてくる。


「やめろ!!!」


 大声を出したのはレイドだ。


「ああ!? なんだよ文句あんのか!!?」

「雑魚が! 俺らの階級知ってんのか!? Aだぞ! A!!!」


 見ているこちらが恥ずかしくなるくらい、オラオラ~! とさらにイキリ散らし始めた。


「お前らに言ってんじゃねぇよ!!!」

「その通りでーーーす!」


 そう言った途端、バチバチ!っと勢いよく辺りに電流が走った。


「ギャアァァァ!!!」

「ウグアァァァ!!!」 


 新参者達は味わったことのない痛みに驚き、表情があっという間に恐怖に変わる。ちょっとビリッとしたくらいのはずなのに大袈裟だ。


「な、ななななんだ今の魔術……!」

「なにって……ただの電撃だけど……見たことない?」

「なんだ……!? なんだお前……!?」


 急いで私と距離をとろうと後退るので、あえて詰める。


「ただの冒険者よ。ランクはCだけどね!」


 そうしてまた一歩相手は後ろに下がり、私は前へと進んだ。


「で、本当の冒険を教えてもらえる? 具体的になにをどうすんの?」 


 ねえ? ねえ? ねえ? と恐怖で顔を引きつらせながらこちらを見ている彼らに少しずつ詰め寄っていく。


「や、やめてやれよ……」


 どうどう、とレイドがなんとか私の気を静めようとしてくるのがわかった。


――バチィ!!!


「ヒィ!!!」


 私の指先の電流が見えただけで声を上げて涙で目を潤ませていた。おい、それは私のような見目麗しい令嬢用の演出だぞ。


「こんなこけおどしで震えあがるなんて、大事なランクが泣くわよ」


 私の方は目が乾燥しそうなくらい見開いて視線をそらさない。


「わ! 悪かったよ……!」

「はぁ? なんて? 聞こえないんだけど~!?」


 こういう奴は早目に痛い目みてもらっておかなきゃ。領の治安も悪くなるわ。


「ちょ、調子に乗ってすみませんでした……!」


 ペコペコと頭を下げ始めた。プライドはないのか。


「おい! 何をしている!」

「げ……!」


 ダンジョン入口の近くにいる領兵がこちらに走って来るのが見える。ダンジョン周辺エリアを担当する警備兵達だ。レイドの方を見ると、ほらみろ~と呆れた表情をしている。新参者達は今がチャンスとばかりに逃げて行った。


「だって、舐められたくなかったんだもん!」

「だもん! じゃね~よ……アイツら昨日到着して昨日すでに他の冒険者とトラブってんだ……お前に一番合わせたくない相手だったんだが」


 冒険者同士の武力を用いた喧嘩は御法度。まあ今回は別にたいしたことをしてないのは兵士達もわかっているので注意くらいで済んだが。


「あんなのがAなの? 私の方が強いじゃん! なんならレイドだって全然負けないでしょ」

「だよな~? 俺もハッタリかと思ってたんだが、冒険者タグはちゃんとAだったって聞いてよ」

「うそー!?」


 とても信じられない。冒険者ギルドの評価は一体どうなっているのか。あの程度でAになれるなら、あっという間に私は有名冒険者の仲間入りだ。


「うーん……よっぽど特殊な特技持ってんのかな」

「解体が上手いとか? 探し物が上手とか?」


 そういう戦闘以外での能力も評価されると聞いたことがある。


「ま。考えてもわかんねーし、さっさとダンジョン入ろうぜ!」


 私の納得いかないという顔を無視して、レイドはダンジョンの入り口へと歩いて行った。


(そうね。時間がもったいない!)


 今日も日が沈むころには迎えの馬車がやってくる。限られた時間の中で結果を積み重ねてやるんだからな!

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