第16話(閑話) 護衛と少年少女

 ミリア・ピールトは19歳。ランクBの冒険者。約4年でここまで上り詰めたと言うことは、冒険者界では間違いなくエリートコースに乗っているということだ。大きな斧をいとも軽々と使いこなし、大小様々な敵を真っ二つにしてきた。


 元々は彼女もお嬢様。母はとある貴族の妾だったが、ミリアの父が突然亡くなり、代替わりした途端に当たり前だが生活費が途絶えた。だからといってそれで困ることはなかった。彼女の母親はちゃっかりとしたたかに財産と金品を貯め込んでいたので、小さな店を構え、慎ましやかだが、食うには困らない生活を送り始めた。

 しばらくは穏やかな日々が続いたが、突然その母親が不治の病に倒れてしまう。彼女が15歳の時の話だ。その病は完治こそしなかったが、高価な薬を飲み続ければ死ぬことはない。それだけはわかっていた。


「潔く死ぬわ。ミリア、弟と妹達のことは頼むわよ」


 ブロンドの美しい女性がパープルグレーの髪をもつ美しい姿の長女に向かって、真剣な顔をして向かい合っていた。


「またそんなことを言って~大丈夫よ~なんとかなるわぁ~」


 まかせてねぇとのんびりといつもの調子で答える娘に、ミリアの母、ピールト夫人は頭を抱える。


「あなたは本当……わかってるのかわかっていないのか……」


 娘の見た目が自分に似ていいことがわかっている夫人は、彼女がきっと自分を売る気なのだろうと心配していた。ミリアの1つ下の弟から、最近娘がなにやらガタイのいい男性としょっちゅう会っているようだと報告があったのだ。


「あのねぇ。私、冒険者になるわ~! しっかり稼いでくるから楽しみにしててねぇ」

「……はあ!?」


 まさに寝耳に水だった。顎が外れるかと思うくらいの驚きだ。


「な、なにを!? なにを急に言っているの!?」

「えぇ~? 私の力が強いことは知っているでしょう~? ほら、ご先祖様に似たってお父様も喜んでいたじゃない~」


 ミリアの馬鹿力はだと言われていた。といっても遥か昔、約500年前の大戦で活躍した父親側の先祖の話だが。


「実はちょっと斧の使い方を習っていたの~巻き割りのお仕事ついでにねぇ~とっても手に馴染んで、たぶん天職になるわ~」


 嬉しそうにウフフと微笑む娘。そして病気以外で倒れそうになる母。その現場に急いで介入するミリアの弟。


「姉上……ま、マジで言ってんの……?」

「マジよ~来月から始めるわ~」


 彼女は全てを決めてきていた。家族へは事後報告だった。手始めに近場にある魔獣がよく出没する森で冒険者のイロハを学んだ。地元から近い場所だけあって、ミリアの境遇を知っている人間が多く、変な嫌がらせも受けずただ淡々と彼女は実力をつけていった。ただ黙々と、冒険者に必要な知識と経験と報酬を得たのだ。


◇◇◇


「こんな感じですねぇ~」


 彼女はこれまでの生い立ちを、少々掻い摘んで目の前の少年少女へ話した。


 ミリアの話を聞いているのは本日の護衛対象オジュレロ兄妹。父親である伯爵の狩りに付き合わされ、退屈しのぎに美しい姿の護衛に境遇を尋ねた。


『どうして冒険者になったの?』


 と。


 ブラッド領の隣領、オジュレロ領の小さな森には、素人が狩るのにちょうどいいレベルの魔獣が住み着いている。

 彼らの父親、オジュレロ伯爵は息子エリオットと娘キャロリーナをミリア任せたきり、拠点にしている大きな岩場までいつまで待っても戻ってこない。


『父が恐ろしい魔獣を狩ってきてやるぞ!』


 と息巻いて、彼も十分な護衛を引き連れて行ったので心配はしていないが、子供達は退屈で仕方がないようだった。


「あなた貴族だったの!?」


 キャロリーナが驚いた声を上げる。


「貴族なのに冒険者になれるのか!!?」


 エリオットも目を見開いていた。


「貴族ではありませんよ~ただの平民です」


 ミリアは少々反応に困っていた。2人は12歳と11歳と聞いている。『妾の子』というのがどういう立場かよくわかっていないとは予想外だったのだ。

 この国ではたとえ王族や貴族であっても妾の子は親と同じ身分にはなれない。特殊な事情や正式に養子となった場合にのみ認められるが、基本的には難しい事柄だ。


(う~ん……伯爵がこの子達のこと、随分過保護に育ってしまっているって仰っていたけれど、こういうのも含まれるのかしら~)


「妾の子は妾の子でございます」


 お付きの世話係の女性達の刺すような視線がミリアに注がれていた。余計なことを言いやがって、と言いたげだ。


 彼らはとても所謂温室育ち。世の中の綺麗なものしか触れさせてもらえず、その人生のほとんどを領内の屋敷で過ごしてきた。

 これはオジュレロ伯が最近まで先代の残した大きな負債をなくすために忙しく働いていたことと、そのせいで過労で倒れ、しばらく臥せっていた為、夫人と教育係に子供達のことを全て一任せざるを得なかったのが大きな原因である。

 伯爵もやっと回復し、さて未来のオジュレロ領を支える子供達の様子はどうかな? と確認したところ、汗が噴き出した。


『美しいことが悪いことではない……! だがこれで自分の身が守れるだろうか……!?』


 彼の息子も娘も、とてもとても穏やかで、綺麗で、そしてものに耐性がなかった。

 友人だったと思っていた者に騙され、大きな負債を抱えてしまった伯爵の父親にそっくりだったのだ。


「お二人は魔獣をご覧になったとこはありますか~?」

「本であるよ!」

「屋敷に毛皮があるんだ!」


 ミリアはいつも通りニコニコしていたが、少しばかり心配になった。


(伯爵のお話だと、生生しいモノが運ばれてくるだろうけれど……大丈夫かしらぁ)


 魔獣を狩って来るということは、獣の臭い、血、肉……今の彼らには刺激が強すぎると思われるものばかりが待っている。これまでは、死を綺麗に加工された魔獣の姿しか知らないのだから。伯爵がかなりの荒療治を計画しているのだとミリアにはわかった。


(伯爵も迷走してるわねぇ~……アラ?)


 急にミリアは手に力を込め斧を持ち替えた。だが表情はにこやかなままだ。


(これはちょっと予定外ねぇ~追加で報酬もらえるかしら?)


「では皆さ~ん! 岩を背にして一塊でいてくださいねぇ」

「へ?」

「今からちょっと刺激的なことが起こりますけど……怖かったら目を瞑っていていいですよ~なにも急に変えることはないと思うんです私~」


 世話係は彼女の言葉で察したようだ。急いで兄妹を抱きしめてミリアに言われた通り岩場を背にして一塊になる。


「なにが……!?」


――グルルルルッ

――ガァッ!!!


 突然岩場の上から大きな熊型も魔獣が2体、ミリアめがけて飛び降りてきたのだ。だが、オルジェロ家御一行が見たのは、一瞬で真っ二つになったそれだった。

 目の前にいたはずのミリアが大斧を持ったまま一瞬で上空に飛び上がったかと思うと、4つの塊がドス、ドス……と上から落ちてきた。魔獣は威嚇する鳴き声と同時に、半分になっていたのだ。血が辺りに巻き散らかっている。

 ミリアは軽々と地面に着地すると、涼しい顔で刃に着いた血を払っていた。


(本当は綺麗に毛皮を残しておきたかったけど……やっぱりテンペストがいるのといないのとでは素材採取の難易度が変わるわねぇ)


 だが護衛対象の安全を考えれば確実に仕留めるのが第一だ。そこに躊躇いはない。


「ちょっと片付けるから待っててくださいねぇ~」


 魔獣の亡骸は彼らには刺激が強すぎるだろうと、4つの塊を視界に入らないところまで運ぼうとすると、


「す……すすごい!!!!!」

「カッコイー!!!」

「あらまぁ……そうですか?」


 ミリアの心配をよそに、温室育ちのエリオットもキャロリーナも少々興奮気味に叫んだ。


「冒険小説で呼んだ勇者様みたい! あなた、とっても強いのね!」

「これってアシッドベアだろ!? 図鑑で見た! この森にいたなんて……!」

「どこかから流れ着いたのかもしれませんねぇ」


 少し前にブラッド領の周辺領地ではワイバーン騒動があった。この魔獣はその時に追い立てられてオジュレロ領まで逃げてきたのだろう。


「……怖くはありませんか?」


 優しい表情で尋ねるミリアに、兄妹は肩をすくめて答える。


「まあ怖くないわけじゃないけど……本の中の世界が現実になった気がして良いドキドキがいっぱいよ」


 キャロリーナは世話係の表情を見て怒られないか気にしながら、でもはっきりと自分の気持ちをミリアに伝えた。


「僕、来年から王都の魔術学院に入るんだ。今日見たことを自慢できるよ」


 伯爵の意向で、エリオットは親元を離れることが決まっていた。少々不安もあったが、今日のこれ以上のピンチが王都で起こることはないだろう、と笑っていた。


 猫ほどの大きさがある鼠型の魔獣を意気揚々と狩って戻って来たオジュレロ伯爵は、ミリアに指導を受けながら大きなアシッドベアを解体している我が子達を見て、手に持っていた獲物をボトリと落としたのだった。 

 

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