第17話 迷宮の住獣

 ブラッド領のダンジョンは現在第八階層まで存在が確認されている。


 第一階層は地上と地続きで、ただの奥行きのある洞窟だ。この階層からは魔獣はしないので、実質は第二階層からがダンジョン本体となる。


(魔獣はどこからきたか……っていまだにハッキリわかってないのよね~)


 一説では魔力を持つ人間が生まれ始めたのも、魔獣が発生し始めたのもダンジョンが出現したのと同時期だ、といわれている。


(まぁ異世界から転生する人間もいることだし、そういうこともありそうよね~)


 世界は不思議で溢れてる。そんなもんだと深くは考えい。答えは出ないし。


 ダンジョン内にいる魔獣は闇から自然発生する。そしてその闇は異界に繋がっていると言われていた。今、ダンジョン外で暴れているタイプの魔獣はダンジョン発生初期にダンジョンの外に出てそのまま生態系を築いたのではないかとされている。だから領地にダンジョンがある場合、その中から出てくる魔獣を徹底的に叩く必要があった。


(魔物が自分らからダンジョン外に出てくることって実はあんまりないんだよね~)


 ただ、極稀にスタンピード魔獣の暴走という現象があるため油断は出来ないが。


 第二階層は急に大きな空間になる。第一階層は洞窟ではあるが、横幅は学校の廊下を広くした程度の空間だった。まるで本体の第二階層へと導くかのように、真っ直ぐ進むと天井が遥か上にある空間にでる。ここで出没する魔獣は小型のものが多いが、油断すれば素人はあっという間にやられてしまう。ただ、広さはあるので戦い安い。


 第三階層は岩場が続く。少しジメジメもしていた。ここからダンジョンの本領発揮とばかりに、恐ろしい魔獣が出るようになる。

 私は基本的にいつもこの第三階層を狩り場にしていた。この階層は第二階層よりもさらに広い空間でできており、魔獣の種類も多い。第四階層まで行くと、ゆっくりダンジョン探索が出来ずにとんぼ返りしないといけなくこともあるので、難易度の幅の大きく、さらにレアな魔獣も出ることのある第三階層は私にとって、現状ベストな場所だった。


 だから今、目の前に現れた初めて見る魔獣に少々テンションが上がっていた。


(ミノタウルス……!)


 牛頭人身のかなりレアな魔獣だ。まさかこのダンジョンにいたなんて。今日は私一人だけ。ミリアもレイドもいない。このドキドキを共有できないのは残念だ。

 いつも通り第三階層の奥へ向かって歩いていたら、岩場の陰から普通の冒険者と同じようにばったり出くわしたのだ。いや~びっくりした。流石の私も足音には気付いていたが、ミノタウルスは二足歩行なので冒険者がくるな~誰かな~なんてことを呑気に考えていた。


(レイドに話したら呆れられそう~)


 運のいいことにミノタウルスは他の魔獣と違い、即攻撃! とはならなかった。人型魔獣は個体差がかなり出る特殊な存在だと聞く。というか本で読んだ。普通の魔獣とは違う、場合によっては知能も高い場合もあり、より難敵だと。


(ミノタウルスは頭は人間じゃないけど……知能はどうなんだろ?)


 急いで後方に下がり少し距離をとる。本によるとミノタウルスは物理攻撃型。近づくのは得策ではないだろう。


(うーん……ミノタウルスは凶暴だって書いてたけど、それも個体差?)


 というくらい、ボケっと突っ立ったままのその魔獣を観察すると、なにやら人間の、冒険者のリュックを背負っている。


(なに? あれは人間から奪ったのかな?)


 既にお腹いっぱいで人間を襲う気がない?


「えー……っと」


 なんだか気まずい雰囲気が流れる。相手は魔獣だというのに。こっちはバリバリ戦闘態勢に入っているが、ミノタウルスの方はスンと冷めているのがわかる。え? 戦うんスか? マジで? という声が聞こえてきそうなくらいだ。やだやだ! さっきまでの気持ちの高ぶりを返して~!


「よし!」


 とりあえずあのミノタウルスを動けなくして、背負っている荷物の持ち主を探しに行こう。生きていれば助けられるかもしれないし。

 方針が決まれば話は早い。兎にも角にも攻撃だー!


「うおりゃ!」


 と、私が手を下から上に振り上げると同時に地面が鋭利に隆起し、ミノタウルスの足を貫く……! って……、


「貫かない……!?」


 硬いはずの鋭利な大地の槍がミノタウルスの脛を貫くことなくボロボロと崩れた。硬度で負けたのだ。


「硬すぎじゃない!?」


 そんなことあんの!? と、驚いてる場合じゃない。ミノタウルスの方もついに攻撃態勢に入った。一気にこちらに距離を詰めてくる。


「やっば!」


 急いで二重に防御魔法を張るが……。


――バリンッ


 と、まさかのワンパンで割られてしまう。強すぎだろ拳! だが私だって負けてない。


――……ッ!!?


 急に動けなくなったミノタウルスは驚いたように足元を見ていた。魔獣の足が沼のようになった地面にどんどん吸い込まれている。足場が悪いと力も入らないだろ~!?


「足を封じる方法はなにも壊すだけじゃないんだな~!」


 言葉が通じるかどうかわからないが、魔獣相手にドヤっている姿を誰にも見られないのはソロで冒険中だからこそだ。


「トドメの雷撃じゃ~!」


 背負っている荷物に余計なダメージを与えないよう、ミノタウルスの頭を狙って人差し指から雷撃を放つ。


――ッ!!!!!


 相手はグウウウ……! と低い唸り声を上げてはいるが、ギリギリ意識を持ちこたえていた。


「マジ!? やっぱ人型って強いんだな……」


 こうも上手く私の魔術が決まらないのは初めてだ。しかたない。風の斬撃で斬り刻むか、と私とミノタウルスとの間の空間にたくさんの風刃を発生させた。だが、 


「わー!!! 殺すな殺すな!!!」


 急に私たちの間に冒険者が一人割って入って来たのだ。


「うわっ! なに!!?」

 

 また気配に気づかなかった。これ、不意打ちされてたら危なかったな。

 相手は長身の若い冒険者。頬にある大きな傷が印象的。短い赤毛はツンツンとしていて硬そうだ。


「ソイツは俺の魔獣だ! だから殺すな!!!」


 そう叫びながらその冒険者はミノタウルスを泥沼から引っ張りだそうと、うんしょうんしょと力を込めていた。ミノタウルスの方はされるがままになっている。


「あー! 魔力切れおこしてる……も~~~どんだけ痛めつけてんだよ~」


 なんだかグチグチ文句を言われている。


「だって! らなきゃやれてたし!」


 私悪くないもん! と言い訳のような言葉をはくが、


「こいつには攻撃されない限り相手に攻撃しないよう命令してる。それにこいつの命に係わらなければ追撃もしない……」


 赤毛の冒険者はまだグチグチと言いながらミノタウルスの額に指を立てた。そこからほのかな光を放つと、ミノタウルスの体全体が同じように光り、再び動き始めた。


「だってそれがアンタの魔獣なんて……というか、人間に使役されてるなんて知らなかったし! 文句言うなら名前でも書いててよ!」

「人間の荷物背負った魔獣なんているかよ!」

「いるかもしれないじゃん!」


 ていうか……。


「まさかそのミノタウルス……キメラ!!?」

「……そーだよ」


 言いたくなかったが仕方なく答えたという風のその冒険者は、不機嫌そうに私に注文する。


「ちょっとこの泥沼どうにかしてくれよ!」

「はいはい」


 地面を再び固めると、いとも簡単にミノタウルスは地面を割って飛び出した。やはりとんでもないパワーを持っている。


 赤毛の冒険者は名前をザップといった。ランクはCの魔術師。昨日このブラッド領へやってきたばかりらしい。それで第三階層まで来ているというのだからなかなかの実力の持ち主だろう。

 ミノタウルスを相棒として、ソロの冒険者として活動しているそうだ。


「ミノタウルスを前に逃げずに戦うなんて選択するやつがいるかよ!?」

「この街ならわりといそうだけど」

「ハァ!? マジかよ! この街、戦闘民族の住処か!?」


 誤解も解け、二人でモグモグと炙った干し肉を食べながら情報交換だ。というか基本私が質問攻めにしている。


「キメラって初めて見た~」

「俺の住んでた街、近くにキメラ工房があったらしくってな。その跡地で見つけたんだ」


 ミノタウルスはザップの側に立って周辺を見渡していた。気を張らずに休憩できるのは有難い。

 この世界でキメラというと、人間の手が加わった魔獣のこと全般をいう。このミノタウルスにかんしていうと、体内に特殊加工された魔石が埋め込まれており、魔力を与えた人間の言うことを聞くようになっていた。

 だがこの技術はすでに失われており、キメラ自体かなり珍しく高価な存在になっている。


「普段は顔に布被せて服も着せてるんだ」

「なにそれウケる……って、あー! それ今朝聞いたわ! 変なのが来たって!」


 買取所の辺りで噂しているのを聞いたのだ。訳アリのヤバい流れ者なんじゃ……? と。


「やっぱり? ちょっと目立つんだよな~」

「でも私みたいなのに当たると面倒だし、その目立つ格好でダンジョン内にいた方がいい気がする」

「うーん……説得力がある」


 ザップはざっくばらんな性格をしていた。本人は口が悪いことを気にしており、

 

「どうも長くミノタウルス相手に喋ってばかりだから社会性が怪しいんだよな~俺。けどあんまりコイツのこと知られたくないから、変なとこあったら教えてくれよ」

「そうね~これだけ頼りになるなら欲しがる人は多そう」


 だがそう簡単に奪えるよな存在でないのはザップもわかっているのだろう。倒して壊してしまったら意味がないし。傷つけず捕獲はかなり難しそうだ。


「お前くらい強いとかえって安心なんだよな。中途半端な奴ほどコイツを欲しがってアレコレ交渉してきたり、挙句の果てに奪おうとしてきたり」

「そう? 安心材料を増やしたくなる気持ちはわかるよ」


 私の代わりに見張りや気配を察知してくれる存在が欲しい。なんて考えなしにいうと、ザップにギョッとした顔をされたのでまた慌てて言い訳をする。


「ザップからミノタウルスを奪うなんて考えないわよ!? 仲のいい二人を引き離すようなことはしません!」


 それって奪おうとすれば奪えるってことかよ……とまたボソボソいっていたが、


「そうそう。無口だけどいい相棒なんだよ」


 と、何かに気付いたように頑張って見張りを続けてくれているミノタウルスの方を見ていた。


 その日はミノタウルスが私の分の魔獣の素材も運んでくれた。ダンジョンから出る時は例の怪しい格好をしていたので、それを見た冒険者たちはザワザワと遠巻きに見ていたが、私が一緒にいるのでとりあえず近づいても問題ないと判断したようだ。


「おーいテンペスト!」


 と、言いながら視線はミノタウルスの方を見ている。わかりやすすぎだろ!


「はい。ご紹介します! この赤毛くんはザップ。で、その隣の無口な彼は……」


 アレ? なんて言えば!? と、何も考えずに紹介初めてしまったことを後悔しそうになるが、


「こいつは……ミノっていうんだ。ちょっと顔にデカい傷があって喋れないけど、悪いやつじゃねぇから……」


 ザップがフォローしてくれた。というか、おそらく今名前を付けたな。そのままだし。

 ミノの方はコクン。と頷いた。それで冒険者達は納得したようだ。私達の職業に傷はつきもの。そういうこともあるだろうと。


 ザップもミノもその内ブラッド領の冒険者街に馴染んでいった。最近じゃ他所からやってくる冒険者がミノの姿を見る度に驚き恐れているのを見るのが楽しい、とずいぶん穏やかになった口調で教えてくれた。

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