第25話 煮ても焼いても食えない男② 【第一部 完】

 ひとまず危機は去った。

 魔獣は作戦通り湖に次々ダイブしていっている。この辺りはしばらく魔物の巣窟になるだろうが、例のキメラを使えるようになったらうまく散らしながら討伐してしまえばいい。


「ど、どこへ向かうんだ……?」


 馬と一緒に浮いたままの旦那様が恐る恐る尋ねてくる。高い所は苦手か?


(てめぇの墓場だぁ!)


 って言えたらな。


「兵団との合流地点ですよ」


 もう少し喜んで騒ぐかと思ったが、どうやらまだ緊張しているようだ。冷や汗が見える。


 少し小高い丘に降りた。ここからならはぐれ魔獣がやってきてもすぐわかる。味方からも見つけてもらいやすいだろう。


「助かったよテンペスト!」


 地上に降りられたからって安心してんじゃねぇぞ。てめぇの地獄はここからじゃ!


(簡単に英雄になれると思うなよ!)


 説教だ説教! 私の事は棚に上げてこれは言わねば。


(ムカつくけど私の代わりはいても、旦那様の代わりはいないのよ!)


「自分がどれほど周囲に心配かけて振り回したかわかってるんですか!?」

「だ、だが全てうまくいったぞ!? ネヴィルは守られ、私も生きている! 自信があったからそうしたのだ」

「それはただの結果論です! 言っときますけど、今回上手くいったからって、次も上手くいくとは限りませんからね!?」


 旦那様は次も同じように自分の身を危険にさらして問題を解決しようとするだろう。今回上手くいってしまったから尚の事躊躇わなくなる。


「その時はまたテンペストが助けに来て……ヒッ!」


(調子こいてんじゃねぇぇぇ!!!)


 私の睨みに気が付いたのか、途中で言うのはやめた。案の定この頓珍漢は何もわかっていない。


「こんな面倒事付き合ってられるか!」

「そ、そんなぁ! またカッコよく助けに来てくれよ~!」


 ぐっ! なかなか褒め方がうまいじゃないか! だが私は旦那様ほどチョロくはないんでね!

 

「テ、テンペストの望みはなんなんだ?」

「望みだぁ~!?」

「い、いや……今回のお礼をしなければと……」


 どうやら話を変える作戦に出たようだ。私のご機嫌をとって気をそらし、誤魔化すつもりだろう。


(舐めくさりおって! そうはいくか!!!)


 と、また噛みつこうとしたところで、


「こ、これは武功を上げた者への当たり前の質問だから……」


(武功!)


 くぅ~なんかこの辺のツボのつき方がうまいな……! 少し悔しい!


 私の望みと言えばそりゃあね。


「冒険者として名を上げることですかね!」

「で、では望み通りにしよう……今回のことを発表して貴女の功績を……」

「馬~鹿~野~郎~っ!」

「ばか…!?」



 おっと失礼。つい感情が口から漏れ出てしまった。

 生まれて初めて言われた言葉のようだ。しかしこれで冒険者になりたかったって……。


「旦那様にヨイショしてもらったと思われたら、誰も私の実力を認めてくれませんよ!」

「そ、それはそうだな……」


 焦っているのがわかる。アワアワしている旦那様を見ると多少は心が満たされる。多少は。


「褒美を頂けるといつのであれば1つございます」

「な……なんだ!?」

箝口令かんこうれいを敷いてくださいませ」


 冒険者テンペストが公爵夫人テンペストであるとくことを公表したくはない。どうせ冒険者達は信じないし、今回知ってしまった兵達が黙っていてくれれば今後も冒険者として活動しやすい。世間へのネタばらしはそれこそ世間が冒険者である私を認めた後だ。


「兵団と合流次第すぐにでも」


 真剣な表情でコクコクと頭を前後にふっていた。

 そうして明らかにホッとしている。


「よかった……離婚を突き付けられるかと」

 

 小さな声だった。


「離婚だぁ~~~!?」

「ヒィ! すみません余計なことを言いました!」


 今度は大声で必死に否定する。


「なに!? 離婚したいの!?」

「そ、そんなわけないじゃないか!」


 まあ、考えなかったわけじゃない。その方が自由だし。気兼ねしなくていい。

 しかし、離婚した場合のデメリットはそれなりに大きいのだ。

 

 離婚自体はそう難しくはない。王はブラッド領に介入したがっているから、許可はすぐにおりるだろう。

 問題は離婚した後のこの領地だ。きっとまた王は旦那様にあらゆる女性をけしかけてくる。その中の誰かを受け入れ、王家がブラッド領に入り込んだ時、冒険者をしている私が困る可能性が高い。王家はダンジョンの利益が欲しいのだから、冒険者の待遇など二の次三の次になるのは目に見えている。


(今はもう貯えはある。だから離婚しても困りはしないけど)


 私は現状がベストなのだ。


 毎朝冒険者街に向かい。屋敷でゆっくり眠る。報酬は全て貯金って……そりゃ貯えも出来るってもんだな!


(実家に生活費を入れない社会人かっつーの!)


 改めて考えると、私も冒険者舐めてるような生活をしてる。


「……貴女といつまでも夫婦でいたいと思っている」


 ビビっている割には主張してくる。流石公爵という肩書きは伊達ではない。


「ではこのまま現状維持で。政略結婚の仮面夫婦といきましょう」


 オッケーオッケー。これで私の楽しい冒険者ライフは継続だ。よし、次の議題に、と思ったら……、


「出来ればもう少し夫婦らしく過ごしたいのだが……」

「はあああああ!!?」


 そんなこと言える立場か!?


「ま、まずは時間が会う日は夕飯も一緒にどうだろうか?」

「やかましい! すっぱり諦めんかい!」


 こちとらこれをきっかけに遠征にもガンガン出かけるつもりなんじゃい!

 これからも夫婦として生活していくつもりは毛頭ない!


 これからも好きにやらせていただきます!


◇◇◇


 妻にはきっぱり断られてしまった。それだけのことを私はしてきたのだ。


「やっぱり、貴女だとずっと気が付かなかったことを怒っているのかい!? それは謝る……私はずっと罪悪感から顔をまともにみることができなくて……現実逃避をしていたんだと思う」


 情けないついでに生まれて初めて泣き落としをしてみた。なりふり構ってはいられないんだ。


(妻との関係を変える千載一遇のチャンスじゃないか!)


「貴女は無理やり私と結婚させられたんだろう?」


 それから結婚式のあの日のこと、罪悪感に潰されそうだったこと、毎朝の朝食のこと、冒険者テンペストのどこに惚れたか等々、妻が途中何も言えないよう早口でまくし立てた。誠実に、正直に話した。


 そしてそれを聞いていた彼女が、少し申し訳なさそうな、悔しそうな表情に変わったのだ。まさか私がそのことを知っているとは思っていなかったのだろう。


「そ、それはすみませんでしたっ! 旦那様が嫌というより、結婚そのものが嫌だっただけですので」


(風向きが変わったぞ!?)


 やっぱりテンペストは優しい。怒ったら誰だってあれくらい怖い表情くらいするだろう。ちゃんと理由を話したら許してくれるじゃないか。


「わかってくれてよかった……これからは夫婦仲良くやっていこう!」

「はあああああ!!?」


 あれぇ!? まだダメだった!?


◇◇◇


(まさか結婚式前のあの騒ぎを聞かれていたとは……!)


 とりあえず旦那様が私のあの不満に満ちた叫び声を聞いて、それなりに気を遣ってくれた結果、『好きにしていい』という私にとって最も都合のいい展開になったことは間違いない。

 そうするとやはりあの、『よくも騙したわね!?』 というくだりは必要だったわけで……。


(くそ~! 100対0で旦那様が悪いと思ってたのに!)


 まさか私が旦那様を傷つけていたとは……家族への並々ならぬ思いがあるようだし、悪いことをしてしまった。これに関しては謝らなければ。


(これに関しては、じゃボケェ!)


 世の中そんなに甘くはないんだよ!


◇◇◇


「オンドリャまだわかってないんかい!」

「な、なにがでしょう……?」


 テンペストは色んな言葉を知っているな……思わず迫力に押されてつい敬語になってしまう。


「夫婦仲良くだ~? そもそも妻と冒険者、どちらか1人選ぶつもりだったじゃねぇか」


 何で知ってるんだ!?

 

「あ……いや……それは結局同一人物だったから問題ないわけで……」

「大ありじゃい!」

「ヒィッ! そ、その通りですっ!」


 それはそうだ。逆の立場だったら嫌に決まっている。何を言ってしまったんだ私は! 大馬鹿者~!!!


「大人しくしときゃ~この件は目をつぶってやろうかと思っとったけど、キッチリ落とし前つけてもらうでワレェ!」


 だいたいなんで妻が知っているんだ!? 兵団長だな!? なぜ妻に告げ口など!


「兵団長のせいにしてんじゃねぇぞ!?」

「す、すみません!!!」


 また心を読まれた……私の妻は凄いな!


「だって……だって愛する2人が同じ人間なんてそんな夢みたいに幸福なことがこの私にあるとは思わなかったんだ!」


 愛する人達はいつも私の側にはいてくれない。家臣のことは大切だが、彼らには彼らの家族があった。


「私を幸せな気持ちにしてくれる2人を選べるわけがない……」


 だからいつまで経っても屋敷へは帰ることができなかった。

 しんみりする私とは裏腹に、妻の怒りは最高潮だ。顔がピクピク引きつっている。あ、これはまた怒られるやつだ。


「いつものポジティブ思考がなんで適応されてねぇんだよぉぉぉ!」

「ええ!?」

「そもそもこっちが選ぶ立場だろうがぁぁぁ!」

「お、おっしゃる通りですっ!!!」


 妻の言う通りだ。私は妻を愛しているが、妻はそうではないのだから。

 テンペストは髪が逆立たんばかりに怒っている。だが私も引くわけにはいかない。 関係を深めるチャンスなのだから!


「だが我々は夫婦だ! 離婚しない限り貴女は私の妻だー!!!」

「このタイミングで開き直ってんじゃねぇぇぇ!!!」


◇◇◇


(どうしてくれようこの男!)


 こりゃ煮ても焼いても復活してくるぞ。


 バチン! と私の周辺に稲妻が走った。あまりの台詞に無意識に魔術を使ったようだ。旦那様には当たらなかったが小さな悲鳴をあげている。


(いかんいかん。DV妻か私は……落ち着け~落ち着け~~~)


 深呼吸をする。弱い者いじめなんて伝説の冒険者のすることじゃない。耐えろ私!


「数少ない旦那様と結婚したメリットがなくなってしまいます」


 結婚して世間体が守られた上に好き放題できるんだ。その好き放題の時間を1秒も減らしたくない。


「ほら、わ、私と一緒に夜会に出れば令嬢達から羨望の眼差しを向けられるぞ! グガッ!」


 はっ! また無意識に魔術を! クソ旦那の頭に太めの木の枝を落としてしまった。


「なかなか夜会に現れない君のことを、酷い容姿のせいだとか、ウェトウィッシュ家の恥晒しだかと言っていたやつを見返せるのに~~~! アダッ!」


 またまた旦那様の頭の上に太い枝が直撃する。


(そんな噂がたってたのか)


 旦那様ざまぁ小説好きそうね!? 私も好きだけど! だけど今は、


「令嬢より冒険者からの羨望の眼差しが欲しいんだよ!」

「気が合うな! 私もだ!」


 まだ頭を抑えながら嬉しそうにしている。いよいよヤバいぞコイツ!


「お気づきでないようなので申し上げますが、私の素は今しがた見たでしょう? お互いほど良い距離でこれまで通りが1番いいのです」

「そんなことない! 貴女の新な一面をみるといつもドキドキして楽しいんだ」


(カーッ! このポジティブキング~~~!)


 そのドキドキ、多分違う種類のドキドキじゃない!?


「貴女という存在! 貴女という概念に惚れこんでいるのだ!」


(こわっ!)


 なんか怖いこと言い始めてんじゃん!


「テンペストは私のことが嫌いか? 確かにいい夫ではなかった……だがこれから努力する! 努力は嫌いじゃないんだ。きっとそう待たせることなくいい夫になるから」


 イケメンがうるうると目を潤ませ、叱られた犬のような瞳で見つめてくる。


「絆されるか!」


 恐ろしい! こいつ絶対顔で乗り切ってきたピンチがいっぱいあるだろ。


「わかった……では貴方がAランクに上がるまで……それまでにネヴィルの町を復興させてみせよう。そうしたら夕食を一緒に食べてくれるかい?」


(なんでテメェが主導権握ってんだよ)


 いやしかし、その条件は悪くない。ネヴィルは守られたといってもまだまだ復興までに時間はかかる。それまではまた別居だ。

 領主が復興に意欲を注ぐのも悪くない。町が早く元通りになるのは領民にとってもいいことだ。


(復興完了の定義も曖昧だ。いくらでも難癖つけてやる)


 悪い笑顔が表に出ないように注意しなければ。旦那様との関係が変わった今、現状維持のためにこのくらいのリスクは負うとしよう。


「では、それまでに私がAランクに上がれば一生涯このままの関係ということで」


 だいたい私の事舐めてるだろ!? 速攻でAランクに上がってやるわい!


「よーし! 頑張るぞ!」


 今度は尻尾をブンブンふる犬になった。素の旦那様は以外と感情豊かだ。


(こっちも負ける気はない)


 今度こそ私にとって最高の結婚の条件を勝ち取ってやろうじゃないか! 実力でな!


 遠くの方から馬の足音が聞こえてきた。領旗も見えてくる。


「あ、兵団長だ! オーイ! ここですよ~!」


 兵団長は、私達の無事を確認し安堵の表情をした後、


「急ぎネヴィルの町を再建するぞ!」


 という旦那様の意気込みを聞いて、しばらく固まっていた。まだまだ旦那様が屋敷には帰らないことに気づいたのだ。彼の気苦労は続く。


◇◇◇


「じゃあエリス行ってくるね! 遅くても明後日には帰ってくるから」

「くれぐれもお気をつけて!」


 私は相変わらず楽しく冒険者をやっている。これまであまり引き受けていなかった種類の依頼も沢山こなすようになっていた。


 途中、この国の第三王子に不倫しようと誘われたり、エリスに恋したヴィクターに絡まれたり、クリスティーナ様から隣国を牛耳ったと手紙が届いたり、旦那様の甥っ子が突然やってきたりしたが、概ね私有利に事は進んでいる。


「さっさとAランクになって吠え面かかせたらぁぁぁ!」 


 待ってろよ旦那様! その恋心、息の根止めてやる!


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