第12話 お姫様の護衛は冒険者の憧れである
「おはようございます」
「お……おはよう」
翌日の朝食の席。いつも通りを装っているが私にはわかる。旦那様はいつもと違い、気まずそうにしているのだ。
いつもはこちらの方を見もせずに席に着くのだが、今日は席に着く前にチラっと横目で私の様子を伺った。それにポヤンと締まりがない顔をしている。自分の感情に戸惑っているのだろうか。なんにしても、一晩置いて少々
(とりあえず、実は妻と気づいてました~ってオチはなさそうね)
冒険者テンペストにフォーリンラブしちゃった旦那様。その視線をしっかりこちらに向けたら会えますよ! ここにいますよ!
だがフォークを落としたり、紅茶をこぼしたりと挙動不審になりながらも、決してこちらを見ることはない。
(罪悪感~?)
今更そんな感情を抱くとは笑える。しかも実は罪悪感を抱かなくていい相手なのが更に笑える。思わずニヤニヤとしてしまい、己の性格の悪さを思い知った。
……そうやって他人の気持ちを嘲笑っていたから罰があったったのかもしれない。
「公爵様……」
慌てて食堂へやってきたヴィクターが旦那様に耳打ちした後、
「すまない。今日は先に失礼するよ」
と、取引先の人間に言うような物言いをして食堂を急ぎ足で出て行った。急に現実に引き戻されたような様子だ。またいつも通り不機嫌な領主様モードに戻った。
その時私は昨日の盗賊達が何か重要なことを吐いたのかな。と、呑気に想像を膨らませていただけだったのだが……。
「奥様……お願いがございます」
自室で冒険者衣装に着替えようとしていた所に、旦那様の従者であるヴィクターが切羽詰まったような顔で現れたのだ。
「……なんでしょう」
(なにこの嫌な予感しかしない顔つき~!)
拳をギュッと握っているのは私ではない。ヴィクターだ。私へのお願いがそんなに嫌か? 嫌なら是非その扉から出て行ってもらいたいのだが……。
「明日の晩、夜会にご出席いただけませんでしょうか……」
(げえええええ!)
いやです! というか、絶対に嫌だ。結婚前だって散々避けてきたことだ。逃げて逃げて辿り着いたのが
自由にしていいと言った手前、なにより私に対する主人の不義理がわかっているからこそのお願いなのだろう。
「悪いけどおことわ……」
「公爵様はご一緒ですか!?」
断り切る前にエリスが大きな声で被せてくる。日頃放置している妻に面倒事だけ押し付けてるんじゃあるまいな、という確認だ。
「もちろんです!」
これは私にではなくエリスへの返事だ。私のさっきのお断りワードは聞こえていないフリをされている。
「クリスティーナ様がいらっしゃるのです」
「まあ! あの!」
「そうです! あのクリスティーナ様です!……間もなく隣国へお嫁に行かれると言うのに……最後に一目会いたいからと……」
クリスティーナ様と言えば、旦那様に熱く恋をしていたと噂の国王陛下の姪っ子。つまりお姫様だ。
「いや、でもですね……」
相手が誰であろうとお断りだ。と言おうとする私の言葉にまた被せるようにしてヴィクターは早口でまくし立てる。
「本来なら侯爵様ご自身で奥様へのお願いをしに足を運ぼうとされていたのですが何分相手はあのクリスティーナ様でございますので今もあちこちに急いで連絡と根回しと準備に駆け回っておいででございます何卒ご容赦とご寛容な対応をお願いいたしたく公爵様の右腕である私が代わりにお願いに上がった次第でございまして……」
(なに!? なんて!? どさくさに紛れて自分で右腕って言った!?)
ヴィクターのかつてないほどの勢いに圧倒されている私に、エリスが追撃する。
「奥様! ここが器の大きさの見せどころですわ!」
「えぇ……」
従者と侍女が2人で盛り上がり始める。この2人、普段は仲が悪いのだが。エリザのゴシップ好きのお陰で今回ばかりは嫌味なく会話が出来るようだ。
「奥様という存在をしっかりクリスティーナ様に見せつけておかねばなりません! でなければいつまで経ってもあの方は……! 昨日もあんな恐ろしいことを……」
私達にはわからない話だと思って口から出てきてしまったようだが、昨日の事は良く知っている。あの盗賊達の襲撃がまさかクリスティーナ様絡みだったとは……ヴィクターは思い出して険しい顔つきになっている。
(ゲェ! 危ない女じゃん!)
それほどまでに愛されている旦那様の妻である私、大丈夫? 逆恨みされているんじゃないかと気が重くなる。
この街にきて2度目の白目をむきそうだ。
「わかりました! お任せください!」
「ちょ……ちょっと!!?」
「こういうのは初めが肝心でございます。バシ! と奥様という存在を見せつけましょう!」
「ちょっと~~~!!?」
「ありがとうございます!!!」
エリスに火が付いた。主人の私を無視してやる気に満ち満ちている。ヴィクターも先ほどと打って変わってパァっと顔が明るい。
侍女としての手腕をいかんなく発揮しようと、手早くメイク道具やジュエリー、それにドレスを選びあげた。
「腕がなります!」
「ならさないでぇ……」
私の小さな悲鳴は誰にも届かなかった。
翌日、久しぶりに貴族として頭から足先まで磨き上げられ、そこそこ筋肉質になった体を褒められたり叱られたりしながら、着せ替え人形のように大人しくされるがままになっていた。
(エリスも楽しそうだし……いいか……)
毎日冒険者として充実していなければ、今日の夜会なんて絶対逃げ出していただろう。あの日常があるから、今ここにギリギリで立っている。
「まあまあ奥様! なんてお美しいのでしょう!」
「こんなドレスいつの間に!?」
旦那様の瞳の色と同じ、深いグリーンのドレスに、銀色の刺繍が細かくあしらわれたなんとも美しいドレスを着せられた。
「奥様が好きに使っていいと仰ったではありませんか」
「あ、はい……言いましたね……」
だがそれで私のドレスを作ってくれていたとは全く知らなかった。
私は毎日冒険者街に行っていたので、毎月渡されていた生活費が余って仕方なかったのだ。余った分を返すのは嫌だったので、余剰金の半分は孤児院へ。残りの半分はエリスに好きに使っていいと言っていた。彼女の主人としての勤めを全く果たさない分の償いだ。私が稼いだ金ではないが。
てっきりエリスの暇つぶしにでも使われていると思っていたのだが……。
◇◇◇
夜会はつつがなく進行している。短時間でこれだけ準備できたのだから公爵家の使用人達はさぞ大変だったろう。
「なんてお美しいの!」
「侍女が頑張ってくれました」
「お元気そうでなによりでございます」
「おかげさまで……自由に過ごさせていただいておりますから」
「センスがいいわ。どちらのものかしら」
「後ほどご紹介いたしましょう」
私は大人気である。というより見世物である。これまで社交界に出ていなかったので、どんな女があの公爵と結婚したのかと皆が興味津々だ。
初めましてとあっちこっちからお声がかかった。ボロが出ないようになるべく喋らない。実家仕込みの微笑みと所作で一晩乗り切るつもりだ。
隣に立つ旦那様は相変わらず不機嫌そうだが、いつもより緊張しているのがわかる。
(
あの
クリスティーナ様は私の旦那様との結婚が叶わず、隣国の第2王子とのご結婚が決まって荒れていた。それを宥めすかして送り出す為に、多少の我儘は許されているんだそうだ。
(隣国は
その辺は同情してしまう。が、私を巻き込んでいいとは言ってない。
夜会前、珍しく旦那様と話す機会があったのだ。
「約束を守れず申し訳ない」
「約束?」
「貴女に自由を与えると言う約束だ。夜会など貴女は望まないだろう」
どうやら多少は私の両親から私がどういう人間かは聞いていたようだ。
「……仕方がないこともございます」
だから大人の対応した私を誰か褒めて! 何より嫌いな貴族の集まりに出る私を褒めて! 義務なんだからやるべきことをやれなんて言わないで!
「それから、夜会中は私の側を離れないように」
「クリスティーナ様ですね」
「……聞きましたか」
「少しだけ」
(主にゴシップ的な話をな!)
簡単に言えば彼女は旦那様に執着した熱烈なストーカー。多くの恋敵を物理的にも社会的にもボコボコにして追い払ったのだそうだ。恋する乙女は強すぎる。
「私が妻帯者になったことで落ち着いたと思ったんだが」
「甘いですね。恋は人を狂わせます」
身に覚えがあるだろ!?
「……手厳しいな」
返す言葉がないと言ったところか。珍しく気落ちしているようだ。
(美しさは罪ってか?)
憂いた瞳も美しい。
「怖がらせて悪いが、ハッキリと伝えておこう。貴女を敵視して何をしてくるかわからない方だ。決して私の側を離れないように」
「他のご家族は大丈夫なのですか?」
結局
「他の? 私の家族は貴女と王都から出る気のない母。それから……まだ紹介していないが幼い甥がいる。それだけだ」
「それは……一員になれて光栄ですわ」
なんだか自嘲的な、寂しさに満ちた声だったのでつい心にもない同情的な返事をしてしまった。今世の私は家族は多く、彼らとは分かり合えないことも多かったが、わがままや文句は言いあえる間柄ではあった。寂しさに関していえば無縁だったのだ。
「……そうだといいんだが」
(この甥ってのが後継ぎか? 興味なさすぎてなにも聞いてなかったな)
そう言えば
「どうも家族とは縁が薄いようだ」
(いや、私に関して言えば自分で薄くしてるんじゃーん!)
私を前にして言うなよな!? と、旦那様の余計な一言にはイラついてしまう。あまり真に受けて温情をかけるのはやめておこう。今回は王族絡み、しかもお国の一大事になるかもしれないからしかたなく、だ。
(平和だからこそ楽しく冒険者やってられるしね!)
本日の主人公であるクリスティーナ様は他の令嬢達と楽しそうにお喋りしている。綺麗に巻かれたプラチナブロンドに青い瞳がキラキラと輝いていた。黒い噂がある人物には見えない。が、ドレスはしっかりグリーンのものを着ている。
皆の憧れのお姫様は、その美しい笑顔を振りまいていた。
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