第3話 冒険者の手続き
「冒険者街に行きたいのだけど」
「承知しました」
理由も聞かれないのは楽だ。もちろん頭ごなしにダメとも言われない。両親が領地に戻ってすぐ、私は私の目標を達成するための行動に出ることにした。
(ヤバい! 昨日まであんなに恨み言を唱えてたっていうのに……)
屋敷の主人である公爵が『好きにしてもいい』と言ったことは使用人たちも周知されているようだ。あれだけグチグチ言った自分が恥ずかしくなるくらい、私にとって最高の環境なのだと薄っすら抱いてきた期待が現実味を帯びてきた。
「こちらへ」
屋敷の玄関で早速用意された馬車にちょうど乗り込むと、入り口から別の豪華な馬車が入ってきた。
(旦那様だ)
馬車越しにすれ違う旦那様の顔は、相変わらず不機嫌そうに見える。険しい顔、と言った方が近いだろうか。
(はい無視~!)
案の定こちらに見向きもしない。興味がないのはお互い様だが、それなりに礼儀を持ってやっていく気すらないのかと思うとやはり腹が立つ。
(気持ち切り替えなきゃ! せっかく冒険者街に行けるんだから!)
夢見た冒険者へ一歩踏み出すんだ。わざわざ自分の気分を下げることを考える必要なんてない。
馬車は軽快に目的地へと走っていく。
「冒険者街……意外と綺麗ね。もうちょっとゴミゴミしているというか……酒に酔って道路に寝転がってる冒険者がいっぱいいるかと思ってたけど」
「……公爵様は冒険者街には力を入れておられますから。魔獣の素材は重要な収入源です。冒険者達にとっていい環境となるよう、常に気遣っていらっしゃいます」
嫁に来たのにそんなことも知らないのか。と言いたげな侍女エリスの視線をみて、自分は歓迎されていないのだと改めて実感した。屋敷での使用人たちのよそよそしさといったら……昨日来たばかりだから仕方がないのかもしれないが。それにしても冷たいもんだった。
(まあ、旦那様があんな態度でもメソメソもせずルンルンで出かけたら可愛げもないってもんか?)
彼女や使用人達には愚痴も泣き言も伝えていない。言っても彼らだって困るだろう。
しかし公爵夫人としての権限くらい聞いておくべきだっただろうか。どこまで彼らは私に従うのか。とはいえ、朝食は温かくて美味しかったし、ブラッド家にやってきてからずっと、実にプロフェッショナルな使用人達の動きを見ているので、特に不満はないのだ。仕事は仕事として私に仕えるつもりはあるのだろう。
「まさか突然結婚して公爵夫人になるなんて知らされていなくって。不勉強でごめんなさいね~! 貴女の方が詳しそう! 色々教えてくださいな」
こんなこと実家で言ったら、教育係から『言い訳無用!』と怒られるところだが、侍女はポカンと口を開けて驚いていた。どうやら私がどんな状態で結婚したかまでは知れ渡ってはいないらしい。
「いえね。両親に旅行に誘われたのでついてきたらこのブラッド領で……まさかそのまま花嫁衣裳を着ることになるなんて思ってもみなくって……もうびっくり! 勉強不足を補うためにも少しでも早くこの街に慣れないと」
これでもかと明るく話す。これから頻繁に街に出る言い訳としても使えそうだ。それに一方的に不興を買い続ける必要もないし、少しは同情を買いたいところでもある。マイナスな感情を持ち続けて私に仕えても彼女だって苦痛だろう。
「こ、公爵様は……他領ではあまり見られない公営の宿泊所を設けておられます。衛兵も常駐させて、治安が悪化しないよう気を配っておいでです。それに、魔獣の素材の買取所も公爵家によって運営されています。適正価格で買い取りをしているので、冒険者からも好評のようです」
私の言葉をその通り受け取って、侍女エリスは素直に街について説明を始めた。
「冒険者が過ごしやすい街になってるのね」
「はい。実力のある冒険者が長く留まってくれれば、いい素材はたくさんとれますし、危険な魔獣が出てもすぐに対処できますから」
ふっふっふ。その実力のある冒険者に妻の私がなってやろうじゃないか。
大きく賑わいのある通りに出た。大きな建物が並んでいる。ここがこの街のメイン通りだろう。
「あちらが冒険者ギルド。向かいが職人ギルドになります。……商業ギルドは冒険者街とは別の場所に」
「流石冒険者ギルドは大きいのね」
私がまず行かなければならない所だ。自称冒険者はいつでも名乗れるが、冒険者ギルドに登録することによって、自他ともに認める冒険者となれる。そしてなにより、口座が持てるのだ。報酬を貯めて置ける制度が各ギルドにはあった。ここが一番安全な場所だ。利子が付くどころか利用料を取られるが、今後離婚を言い渡されてもいいように、財産は別の所に貯めておかなければ。
「それじゃあここで降ろして」
「え!?」
そりゃあ驚くに決まっている。まさかこんなお願いされるとは思わないだろう。わかるわかる。だけど馬車から降りないと何もできない。
「この辺りを自分の足で見て回るわ」
「き、危険です! いくら他よりも治安がいいからといって決して安全な場所ではございません!」
私のような若い女がウロウロ出来る場所ではないってことか。心配はありがたいが、今後私の生活の拠点はここになる。思い立ったが吉日ということで、手続きだけでもさっさと終わらせたいのだが。
「大丈夫よ。何があっても貴女のせいにはしないから」
「そういう問題ではありません!」
「旦那様には好きにしていいとお許しをもらっているし……1時間だけ。1時間したら戻ってくるから」
本当はあっちこっちと歩き回りたいところだが、とりあえず今日の所はこの侍女の顔を立ててやろう。純粋に心配してくれているようだし。
「承知しました……では私も一緒に!」
「ごめんなさいね。1人で見てみたいの」
私がすぐさま返答すると、エリスはぐぐぐ……っと何か言いたそうな言葉を引っ込めているのがわかった。
旦那様の『好きにしていい』という条件がこれほど効果があるとはありがたい。が、この侍女の仕事への責任感は私にとっては少々困る。彼女の中で私は一瞬で、『何も知らず突然冷血公爵と結婚させられた可哀想な貴族の娘』ということになってしまったようだ。
(いや、今は訳の分からないことを言う世間知らずの冷血公爵の花嫁か?)
若干あり得ないような者を見る目で見られたような気もするが、そこを気にしていたら先には進めない。もちろん彼女を邪見にしたいわけではないので、好感度を上げるためにお土産でも買って戻るとしよう。
冒険者ギルドの中はかなり広い。入口付近は大きなホールになっていて、壁際の大きな掲示板に、依頼や仲間募集の張り紙が張り出されていた。当たり前だが冒険者がたくさんいる。剣に槍に斧に弓……私の知らない種類や形の武器も多い。彼らを観察するだけでも楽しそうだ。それに一般人も多くいた。服装の違いですぐにわかる。依頼を出しにきたのだろう。
大きなエントランスを奥に進むと、前世で言う役所のように、いくつもの窓口が見えた。随分システマチックだ。
(
一番左奥に、【冒険者登録】と書かれた看板文字が見えるので、少しドキドキとしながらゆっくりと向かった。
「冒険者登録したいんですが」
「文字は?」
「書けます」
「ではここに記入を。登録料は大銀貨2枚になります」
愛想の悪い受付嬢はここでチラっと私の身なりをみて苦々しい顔になった。お嬢様の冷やかしだと思ったのだろう。この
「……ファミリーネームは必要ありません。冒険者には」
書類を書き始めた私にわざわざ注意をしてくれた。
(えーえーわかってますよ)
この世界に身分証明書なんてないので、どこの誰でも登録可能だ。
受付嬢は手元にあるタイプライターのような魔道具を操作し始めている。銀色のタグとチェーンをつなぎ、魔道具の中心にセットした。
「書きました」
「ではこちらに血を。ナイフで切りますが大丈夫ですか?」
半笑いで馬鹿にしたように言う。お嬢様が大丈夫? と、舐められたことがわかったので、躊躇いなく中指の甲の第一関節の辺りにスッとナイフで切り込みを入れた。
(イッテ~!)
ついムキになったが、受付嬢がギョッとしてので満足だ。すぐに親指にその血を塗り付け魔道具の中にある銀色のタグに押し付けるとその部分が光り始めたのがわかる。
「……冒険者登録は完了です」
面白くなさそうに言う受付嬢の声を聞きながら、私はすぐに指をパッパと横に一振りし、ヒールで傷を治した。
「タグに
私の魔法を見て
「とりあえず今はやめておきます」
受付嬢はもう私の方を見ない。
「階級はFからスタートになります。功績に応じて上がっていきますが、依頼を受けた場合の報酬は階級で変わりますのでご注意ください」
言い慣れているのか機械的な口調だ。
「口座利用もしたいのですが」
「ではあちらの窓口へ。登録料は大銀貨3枚。その後毎年銀貨3枚必要になります」
「はーいどうも~」
この街の冒険者ギルドは利用者が多いので、仕事はギルド内で細分化されていた。他領にあるものはギルド職員も少ないので、通常は1箇所で手続き可能だ。
口座登録の受付嬢は先程とは違い、懇切丁寧に登録作業を進めてくれた。
「口座登録に費用と維持費がかかるのはご存知でしょうか?」
「はい。承知しております」
「他にご不明点やご心配な点はございませんか? 何かあればいつでもお尋ねください」
人数が多いと職員にも色々なタイプがいるのがわかる。
「イエーイ! これで冒険者だー!」
と、ギルドの入り口で叫びたいのをグッと我慢して、さっさと次の目的地へいかなければ。
「さあ! 冒険者装備を買いに行くぞ!」
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