第4話 公爵夫人は夫の評判が気に入らない
「種類が多すぎる……!」
冒険者ギルド周辺は、冒険者に必要な物が全てそろえることができそうなくらい、多くの関連店が軒を連ねている。
(武器、冒険者用の服、道具に携行食なんかもあるのか…)
冒険者に必要な装備を1人でキョロキョロと見てまわるが、こればっかりは前世の知識でどうにもならない。ステータスが見られるわけでもないし。何がどういいかさっぱりだ。
(それなりに冒険者になるための勉強はしたつもりだったけど……)
座学で得られる知識は、魔獣の種類や弱点、それらから採ることができる素材。その素材が何に使われるか、何がどれだけ貴重か。
(全然勉強不足じゃん!)
先ほど侍女に領地のことをしらないとチクリと言われた時は少しも動揺しなかったのに、今はあからさまにショックを受けてしまっていた。
予習が甘かったと言うより、現実的な想定が出来ていなかった。
どんな武器がいるか、どんな素材を使った防具がいいか。他にどんな道具をもってダンジョンへと入って行くのか……。リアルな情報が足りない。
(よし! その道のプロに聞こう)
侍女エリスと約束した時間も迫っている。せめて情報だけでも集めておかねば。
「ねぇねぇそこの貴方達。ちょっと教えて欲しいんだけど」
「……?」
声をかけたのは女冒険者3人組だ。腰に差された杖を見て、その内2人は魔術師だと見当がついた。年季が入った大きな鞄も背負っているから、これからこの街を拠点にするか、別の場所に移動するのだろう。
私は素直に懇願した。冒険者としての装備を見繕って欲しいと。ギルドの受付嬢のようになんだこいつはという顔をされる前に、もちろん謝礼の話も出しておく。
「あんたお嬢様だろ? なんかあったの?」
「離婚される予定があるから、自力で生きていく力を付けなくちゃいけなくって」
当たり前の疑問をぶつけられるので正直に答えた。3人とも眉をひそめているので、やはり冷やかしにとらえられたのかもしれない。
「旦那様は私に興味がなくって……実家にもとても帰れそうにもないし……」
「なんじゃそりゃ」
「ていうか既婚者だったの!?」
至極真面目に答えたが、3人はマジかよ~! と、半信半疑で笑っていた。だがそれで納得してくれたようだ。困っているのは本当なのだろうと、こころよく自分達が持っている情報を教えてくれた。
この街の武器屋はどこも腕がいいらしい。素材もこの街で調達できるからか、輸送費がかかってない分価格も安いのだそうだ。彼女達はこれから別の街に向かうが、ここで武器を新調したと教えてくれた。
「あえて言うなら、女向けが強いのはあそこのヴィンザーの店だね。ちょっと高いけど」
「デザインがいいのよ。あと軽量化に力入れてる」
気分が上がるのは大事だ。動きにくいのも困る。指さされた方を見てふむふむと場所を確認する。
「防具はね~結局オーダーメイドが1番! 身体にあってるのが動きやすいし」
「懐に余裕があるなら軽くて頑丈な素材1択ね」
「この街のダンジョンに関して言うなら、魔防が強い装備の方がいい」
やはりプロに聞いて正解だった。必要な情報があっという間に集まっていく。
「魔術師でしょ。ソロでやれんの?」
「それなりに実力はあるつもりなんだけど」
魔術師が
とはいえ、魔術師は遠距離攻撃には強いし、防御や治療など
「
「へぇ! 参考になる!」
これは知らなかった。ダンジョン初心者にも優しいシステムがてきているなんて。この件を事前に知れたことは大きい。私はなかなか気のまわる面倒見のいい冒険者を捕まえたようだ。
(やば! そろそろ約束の時間だ……!)
冒険者ギルドの向かい側にある職人ギルドの大きな扉の上には、これまた大きな時計が作り付けられており、誰でも時刻の確認が出来た。
「じゃあ最後に聞きたいんだけど」
「もう最後なのか!?」
支払った謝礼に見合わない情報量だったようだ。だが仕方ない。約束は守らなければ。
「若い女性が好きそうなものってどこか売ってる?」
ということで、3人に礼を言い大きく手を振って別れた。
その後、綺麗に細工された砂糖菓子を買って急いで馬車へと戻ると、侍女エリスは明らかにホッとした顔つきになって出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ奥様」
(奥様か~……)
慣れないな。だがお土産は喜んでくれたようだった。なかなか表情に出やすい娘なのだ。
結局翌日から、私は彼女を連れて出るのはやめた。馬車で待たせるのも悪い。もちろん彼女はあからさまに嫌そうな顔をしたが、せっかく自由を得たのにここで遠慮などしていられない。
「自分自身でこの街を学んでいこうと思うの! 誰にも迷惑もかけずに借りず1人で……そうすれば旦那様もきっと見直してくださるでしょう? ……わからないことがあったらまた教えてくれるかしら?」
と、それらしいことを言ったらグッと息をのみ込んだ後、渋々引きさがってくれた。
それから毎朝御者に冒険者街まで送ってもらい、日が沈むころ迎えに来てもらった。
そのうちオーダーメイドの防具や冒険者の服が出来上がり、それを着て出かけ始めた時も、
「奥様……! 貴女様はブラッド公爵夫人なのですよ!?」
と、ひと悶着あったが、
「こっちの方が街中で目立たないの」
の一言で納得してくれた。苦々しい顔はしていたが。街中に馴染む格好の方が変な
屋敷内では私は腫物のような扱いだったので、エリス以外に苦言を呈す使用人はいなかったが、おそらく街で遊び歩いているとは思われているだろう。だがその噂は街中に漏れていないことを考えると、ブラッド家への忠誠心のある優秀な使用人が雇われているのがわかる。
領民達は、自分達の領主が結婚したことは知っているようだったが、全くお披露目はしていなかったので、私の顔は誰一人知らないのだ。
「公爵様って感じ悪すぎじゃなーい? 自分の妻を全く紹介しないだなんて」
「奥様は昔から病弱だって聞いたぞ」
早速できた冒険者仲間に愚痴ったら、実家時代からの設定が引き継がれていることが発覚した。
「冷血公爵って話だし、政略結婚の妻に意地悪してるだけかもよ?」
「それでもこの街のことは考えてくださってるわ。随分暮らしやすくなったのよ」
お気に入りの食堂の給仕係にも同意してもらえないのだった。この街に来たばかりの
「ご自身はたいした贅沢をなさらないで、領民の暮らしがよくなるようにあれこれ考えて動いてくださってるんだよ」
「ま~俺らも過ごしやすいのは間違いねぇよな~」
冒険者達もうんうんと同意している。
(うーん。貴族ウケは悪いけど、平民ウケはいいのよね~)
ちなみに妻ウケも悪い。
厳しいが公平で一貫性がありブレない。ハッキリとしているから、彼の政策はわかりやすいんだそうだ。
結婚式のあの日から1度も顔を合わせていないが、イケメンっぷりも人気の1つのようだ。
「あれで硬派なのがいいのよ~!」
「そんなもんですかねぇ。ムッツリかもしれませんよ」
実際のところはなにも知らないが。
「まぁあんた! なんてことを!」
「アンタちゃんと見たことないでしょ!?」
「あの目に見つめられたらムッツリだろうが硬派だろうがどうでもよくなるわ!」
「ス、スミマセン……」
適当なことを言ったら女性陣に厳しく叱られてしまった。とりあえず女性人気がかなりあることは間違いない。
「実際の公爵夫人はどんな方なんだろうねぇ」
羨ましい~と息をついている食堂の女将さんの言葉に思わずギクリと肩が震える。一向に姿を現さないテンペスト・ブラッド公爵夫人はどんな人間なのか……人は隠されると見たくなるものなのだろう。
「私よ私! 目の前にいるじゃない!」
Vサインをしてみせる。私はここよ! 公爵夫人はここよ! とアピールだ。なにより本当のことだし。
「アンタそんな……ダメだよ~名前が一緒だからってそんなこと言っちゃあ!」
「そうだぞ! テンペスト様はウィトウィッシュ家のご出身だぞ! あの家の所作の美しさを学びたがるご令嬢の多いこと!」
(えーえー知ってますとも。それを売りにしてる分、そこの子である私は苦労しました!)
予想通り、誰も信じてはくれなかった。
「ホントなのに~」
「しつこいぞ!」
なんて呆れられる始末。
「おーいテンペスト~! お前また明日ダンジョン入るかー?」
食堂の離れた席から最近よく一緒にダンジョンへ入る冒険者が声をかけてきた。
「朝イチで行くつもり~! レイドもー?」
「そしたら第3階層まで一緒に行かねぇか~」
「オッケー!」
まぁ食事中に人前でこんな大声で会話している所を両親が見たら、泡吹いて倒れるだろうな。
騙し討ちで結婚させられたのを怨みはしたが、今となっては両親の判断は間違っていなかった。
帰ったら感謝の手紙でも書くことにしよう。……感謝の内容はぼかして。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます