第三十三話 神楽伝次郎が現れる(現世)

 愛永は、部屋に一歩踏み入れて気がつく。

「なぜ、私たちを入れるのですか」

 最悪の状況を想像した。

「心配しないでください。ダンテさんと有江さんの救出を手伝ってもらうためです。巷に噂が立って火消しする労力を考えたら、おふたりを取り込んでしまった方が楽ですからね」

 常磐道は笑っているが、油断してはならないと気を引き締める。

「先ほど梶沢社長と相談したら、三人は大阪支店開業に向けて、出張に行ったことにするそうです」

「嘘くさい理由ですね」

 そんな理由を誰が信じるというのだろう。

「本当に大阪支店を創ってしまえば、嘘くさい理由も真実になります」

 予算は、潤沢にあるようだ。


「ぼくは、交番勤務がありますから、そうはいきません」

 陽人は、そう言うが、

「警察組織の理不尽な異動は慣れたものでしょう。下根田さんには、今日にでも辞令が出るはずです」

「問答無用なのですね」

「そうです」

 常磐道は、また笑った。


「おふたりには、動きがあるまで、しばらくこの部屋にいていただきます。ホテル並みに生活できるよう造られていますので、不自由はしないでしょう。必要なものがあれば職員が用意しますので、遠慮なく言ってください」

 常磐道の笑顔は、消えていた。


「ドアを開けたまま立ち話しないでください。セキュリティ上、問題です」

 そう言って近づいてきたのは、船越川だ。

「任廷戸さん、後でゆっくり謝りますね。さあ、みなさん、入ってください」


 部屋は広く、コンピュータ十数台が左に向かって整然と置かれている。ひとりの男性以外、操作する者はいなさそうだが、すべての画面は何かしらを表示している。

 部屋の中央から奥に廊下が続き、左右にドアがあるのが見える。奥が居住スペースになっているのだろう。

 地上の細長いビルに比べ、地下がこれほど広がっているとは、誰にも想像できないだろう。


 コンピュータを操作していた男性が近づいてきた。

「はじめまして、日本宗教調世会、企画部長の神楽かぐらです」

 常磐道と同じくらいの年恰好だ。

 髪は、かき上げてまとめているが、口髭を生やし、揉み上げから顎まで髭を伸ばしている。ダークグレーの背広にベストを着て、ネクタイはなくシャツの襟を開け、袖はまくり上げている。ひとことで言うならワイルドだ。


 調世会の企画部は、各国組織との連絡を担う総務班、探知装置などを造る開発班、各地での異常現象をモニターする監視班を所管するそうだ。

 動いているコンピュータは、各地の空間の歪みをリアルタイムで監視、記録しているらしい。

「もちろん、今晩のできごとも全部記録していますよ」

 神楽は、コンピュータをトントンと叩いた。


 財団には、もうひとつ調世部があり、ゲートの所在などを調べる調査班、発生した事件事故を後始末する修復班があるという。

 常磐道編集部長は、調世部長だった。

「だから、会社にき来たとき『部長さんにも、よろしくお伝えください』と口に出てしまったのですね」

 船越川が梶沢出版を訪れた際の言葉を思い出した。

「ここでも『部長』ですからね。任廷戸さん、ごめんなさいね」

 ここで船越川の嘘を咎めても、何もならないだろう。

 愛永と陽人は、コンピュータの奥に置かれたソファに座った。


「これを接続してください」

 常磐道は、ポケットから通信機を取り出し、船越川に手渡した。

 ダンテが持っていたガジェットと同じものだ。

「修復班から連絡があって、テント一式、現地の撤収は完了したそうです。通信機は残されていませんでしたので、ダンテさんが持っているようですね」

 船越川は、報告しながら、通信機をコンピュータに接続し、モニターできるようにする。


「映像は撮れたの?」

「今、神楽部長に転送しました」

「楽しみだねえ。解析する時間はたっぷりありそうだし」

 神楽は、自席のコンピュータを中腰で操作して、すぐ戻ってくる。


「まずは、ヘルフォンだ。果たして、動いてくれるかな」

 神楽が開発を主導した通信機で、神楽だけが「ヘルフォン」と呼んでいるそうだ。

「こう見えても、技術畑なんですよ。職員からは『伝次郎部長』と呼ばれています」

 神楽伝次郎という名なのだろう。


「通信に異常はないようですね。こちらから発信してみますか」

 船越川が、キーボードを準備したとき、受信ランプが赤く点滅した。


「HELL GATE MAE」とモニターに表示される。


「おお、成功ですね、すばらしい。ふたりは『地獄の門』前までたどり着いたんだ。タイムスタンプを調べてください」

 神楽の指示で、船越川がコマンドを打ち込む。

「送信から三分が経過しています」

「そう、時間かかりすぎだね。これ以上文字数が増えるとジャムる可能性があるかな。文字数は最小限で通信するようにしようか」

 時間がかかる原因を調べますと、神楽は解析を始めた。


「返信を『AROK?』とすれば、有江は文字数制限があることもわかるはずです」

 愛永が提案する。

 常磐道が頷き、船越川は愛永の言った言葉を送信した。

「愛永さん、やるねえ」

 神楽は、通信記録をスクロールしながら、口をはさんだ。


 三分後、再び受信ランプが点滅する。

「SAITO」とモニターに表示された。

 常磐道は、目を丸くして見ている。

「これは『サイト』の意味ではなく『西藤』ですよね。西藤くんは、冥界でダンテさんと有江さんに合流したのですね」


「へえ、あの西藤くんは、死んでもなお仕事しているんだ。信じがたい話だけれど、それを信じて仕事してきたんだから、受け入れなきゃいけないね」

 そんな言葉に反し、驚く様子もなく神楽は話している。


「助かりますね。これで、技術的な内容は西藤くんがわかるでしょう。神楽部長、通信遅延の原因がシステムにある場合、遠隔で更新できますか」

 船越川は、神楽に尋ねた。

「コードを送信して更新できるよう作ってあるからね。天才だよね、僕」


 西藤さんの合流によって、にわかに救出に向けての体制が組まれていった。

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