第二十二話 謎解きの始まり
買い物に行きますと出ていったきり、週末含めて三日間、ダンテは顔を見せない。
ダンテからメールが入った。
「今日の仕事終わりにリストランテ・フィオーレ集合。重大な発表があります」
連絡網で回ってくるような事務的なメールだった。
愛永から「ダンテ先生、了解しました。仕事が終わり次第、アリエモンと一緒に向かいます」と返信した。
午後五時三十分、会社を出る。
リストランテ・フィオーレには、まだ誰も来ていなかった。マスターひとりが、相変わらずカウンターを拭いている。ピカピカに磨き上げている。
マスターは、
「重大な発表ってなんでしょうね」
有江は、愛永に尋ねる。
「この店を予約までして私たちを集めるのだから、以前ここで話をした謎が解けたのではないのかな。
たしかに、ダンテは芝居がかって勿体つけるのが好きだ。
「マスター、チーズの盛り合わせとビールふたつお願いします」
愛永が勝手に注文している。
ふたりが乾杯してビールを一口飲んだところに、陽人が店に入ってきた。
「有江さん、愛永さん、こんばんは。おっ、いいですね、ぼくも一杯いただこうかな」
愛永が、ビールを追加した。
「おふたりともダンテさんに呼ばれたのですね」
「重大な発表があるからとメールに書いてありました」
有江は、陽人に答えた。
毎朝、有江は陽人が詰める交番の前を通って出勤している。夜勤の翌朝の立番の時に顔を合わせるので、お互い声を掛けるようになっていた。
今朝も交番前で挨拶したので、陽人は今日、非番なのだろう。
「ぼくには『来ないと後悔します』と脅迫めいたメールでしたよ」
陽人は笑ってメールを見せてくれた。
二度目の乾杯をする。
ダンテが現れないので、おつまみにと「イタリアン・チキン」と「サラダ」を注文する。
「長野に行ったあと、
「ダンテさんから、西藤さんの勤務先は聞いていますか」
「ええ、ダンテさんは調べた結果を、その都度メールで知らせてくれます。ぼくの受信箱はダンテさんばかりですよ。ふたりは『できている』と思われても仕方ないくらいの量ですから」
ダンテさんに迫られる夢を見るようになりましたと言って、陽人は再びメールを見せてくれた。
ダンテから、日に二十件は受信している。
ダンテが店に現れた。
「みなさん、遅れて申し訳ありません。最後の確認に手間取ってしまい、こんな時間になってしまいました」
ダンテは、持っていたバックや紙筒を予約席ではないテーブルの椅子にドサリと置く。
マスターが、軽く首を振っている。
「私にも同じものをお願いします」
マスターは頷いた。
「謎が、解けました」
ダンテは言った。
ダンテのビールが届き、各々パスタを注文する。
愛永は、ワインにシフトした。
「そもそも、私たちは、多くのことを考え過ぎていたのかもしれません」
「考え過ぎというと?」
「私が初めに目にした『地獄の門』は、国立西洋美術館と静岡県立美術館のロダンくんが造ったブロンズの門でした。私はこの二点を地図上に落とし、その間を一辺とした大きな正三角形を描きました。その頂点は、長野県立科町です。西藤さんも調べていたので、関係していることは間違いないでしょう。この点も地図上に落としてあります」
ダンテは、勿体つけている。
パソコンを開き、話を続けた。
「そこで、私は考えたのです。残る『かぐや姫』『子はどこ』『すいせんの中』のメッセージも地図に落とせる場所を表しているのではないかと。
「たしかに、別世界へのゲートを探しているのなら、場所を示すメモの方が合理的ですね」
愛永は、まだ酔っていない。冴えている。
「そうなのです。『かぐや姫』は、満月を示すメモとしても捨てきれませんが、場所を示していると考えると、
「三角形に近いところで決まりですか」
陽人が
「いや、予断は禁物です」
ダンテは慎重に進めている風を装い、シナリオどおりに話すつもりだなと有江は察する。
「一方、私が『竹取物語』から場所を拾い出すため、原文を読み返していて気づいたことがあります。『旅の空に、助け給ふべき人もなき所にいろいろの病をして、行く方そらもおぼえず、船の行くにまかせて、海に漂ひて、
「なにを見落としていたのですか」
有江は、ダンテのシナリオに乗るかどうか迷いながら相槌をうつ。
「時です」
「場所を探しているのに『時』なのですか」
まんまと乗せられた。
「前段の『辰の刻』は今の午前八時の前後一時間、次の『子の時』は今の午前零時の前後一時間です。昔の日本では、時刻を干支で表していたのですね。二十四時間を十二支で割って、更に四つに分けて『一つ』『二つ』『三つ』『四つ』と数える。二時間を四分割するので、一つは三十分になります。よく言われる『丑三つ時』は、丑の三つ目、午前二時のことです」
「怪談話で、幽霊が出てくる時刻を『草木も眠る丑三つ時』と表現していますね」
有江が付け加えた。
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