第三十話 真実の行方

西藤隆史さいとうたかしさんは、日本宗教調世会に勤めていました」

 ダンテは、編集部に入ってくるなり話し始めるが、常磐道じょうばんどう部長がいることに気づき、言葉を付け加える。

「……というストーリーにします」

 有江ありえ愛永まなえは、ダンテのアドリブを察し様子をみている。

「西藤さんは、調査員として六年前から勤めていたのですが、昨年の六月二日以来、無断欠勤が続いたので、調世会は十二月に免職手続きを取ったのです」

「亡くなってしまっては、出勤することはできないでしょうけれど、誰も西藤さんのアパートに様子を見に行かないのは不自然です」

 有江は、校閲の体裁で尋ねる。

「西藤さんは、調世会に別のアパートを住まいとして届け出ていたのです。一週間ほど休みが続いて、当時、調査で組んでいた染谷さんがアパートを訪ねて、はじめて届け出の場所に住んでいないことに気づいたのです」

 ダンテの説明に、愛永が切り込んだ。

「その染谷さんが、立科町で組んで歩ていた男性だとしたら、実家の軒先まで一緒に行っているのだから、おかしいですよね。西藤さんは、東京での住所だけを隠したかったのか、誰かが嘘をついているかだね」

 愛永は、明らかに船越川ふなこしがわを疑っている。


「違和感を提示するのには程よい謎ですね。どちらの解決策にするかダンテ先生は決めていらっしゃるのですか」

 部長は、すべてプロットの話だと思っているようだ。

「まだ、決めていません。それに加えて、西藤さんの直前の調査は『宗教と文学』でしたので、『地獄の門』を私の『神曲』から調べることはあっても、立科町で『地獄の門はありますか』と質問することはあり得ないのです。『時空を超越した世界へのゲート探し』を目的にしない限り、そのような質問にはなりません。というストーリーです」

「西藤さんが個人的に調べていたか、誰かが嘘をついているかだね」

 愛永は疑っている。

「たしかに、西藤さんは立科町出身なので、地獄の門の三角形に気づいて、個人的に調べ始めたとも考えられますね」

 有江は、可能性としてはあると前置きして言うが、

「それにしても、東京での住まいを隠す理由はなんだったのでしょうね」

愛永と同じように釈然としない思いを抱えている。


「でしたら、やはり、調世会は謎の組織であり、西藤さんは秘密裏にゲートを探る特命を受けていたとする方がおもしろいですよね。任廷戸さんの言うとおり、誰かが、いや、ここでは調世会が、組織的に誤った情報を流し、ダンテ先生を混乱させようとしているとしましょう。調世会は、別世界に入り込み、その世界を支配しようとしている。なんて、どうです。取材に協力していただいた船越川さんには申し訳ありませんが、調世会は謎の組織、敵側として立ち回ってもらわないと、ね」

 部長は話し終えると、休憩しますと席を立ち、部屋を出ていった。


「打ち合わせ中、船越川さんに前任者のことを尋ねたら、ついに西藤さんの話をしてくれたのです。ただし、船越川さんも転勤に際して聞いた話なので、全部を知っているわけではないと言っていました。過去の調査書をすべて見せてもらいましたが、冥界や地獄に関する内容は見当たりませんでしたし、西藤さんが最後に調べていた『宗教と文学』の原稿も見せてもらいましたよ」

 ダンテは、部長がいない間に早口で話す。

「わかりました。部長の前では話しにくいので、この話は後にしましょう。部長が戻ったら、ダンテさんがいない間に決めたキャンプの話題にしますね。こちらは、なかなか良い話になってますよ。愛永さん、そうですよね」

 有江は同意を求めたが、愛永は、何ごとか考えている様子で、ふたりの話をまったく聞いていなかった。


 部長がコーヒーカップを手に戻ってきた。

「部長、ダンテさんに月見岩取材の話をしてもよいでしょうか」

「どうぞ、どうぞ、総務部長には了解をもらっていますから、道具購入の件もお伝えして構いません」

 有江は、当日のスケジュールと、シュラフ一式、ランタン、ガスコンロ、クッカー、食器セットは、非常災害用備品として梶沢出版が購入することをダンテに話した。

「それらを、使わせてもらえるのですか」

 ダンテは信じられないといった顔をしている。

「いざというときのために、試しておく必要がありますからね。消耗品だけ戻しておけばだいじょうぶでしょう」

 部長が答えた。

「それは朗報です。下根田しもねだくんにも荷物を揃える前に、早めに伝えた方がよいですね。今日の仕事終わりに彼に来てもらいますか」

 ダンテは、有江の目を見た。先程の話の続きもしたいのだろう。

「そうですね、わたしから説明します。愛永さんも行きますか」

 愛永は、そうねと素っ気ない返事だった。


 ダンテが陽人にメールすると、今日は夜勤明けの非番の日なので、先に行って待っていますと返信があった。



 仕事を終え、ダンテ、愛永、有江は連れ立って「リストランテ・フィオーレ」に向かう。

 常磐道部長から「では、ご一緒に」と言われたら、どう断ろうかと有江は考えていたが、そんな心配をよそに部長は定時に退社した。


 陽人はるとは、スマホを見ながら待っていた。

「下根田くん、休みの日に申し訳ない」

 ダンテが陽人に呼び出したことを詫びると、申し訳ないと思っているなら四六時中メールしないで下さいと陽人は笑った。

「今日だってメールだけで十分なのですが、愛永さんと有江さんが一緒なら話は別ですね。こんばんは」

 陽人は、立ち上がってあいさつする。

 ダンテは、何も聞かずに四人分のパスタを注文した。


「日本宗教調世会のことが、わかってきました」

 ダンテによると、東京本部には調査員が七名在籍していて、ひとり、ないしはふたりで、半年程度でひとつの調査をするそうだ。調査内容は、提携する神道、仏教、キリスト教などの代表団体から依頼されることもあるが、基本は調世会で決めている。

 札幌、名古屋、大阪、福岡の各支部に五、六名の調査員が在籍するので、年間で三十本程度の調査書ができ、その半数が採用されて年鑑にまとめられる。


「西藤さんが調世会に勤めていたことは、船越川さんから確認できましたが、おかしな点があります」

 ダンテは、またしても、勿体つけて芝居がかり始めている。

「住んでいたアパートを偽っていたことですね」

 陽人が答えた。ダンテからのメールで、今日の話も既に知っているようだ。

「それだけではないのです。私が西藤さんの足取りを調べた際に、西藤さんは勤めていた神社庁を辞め、後任の高木さんに『日本宗教調世会に転職して静岡県で調査の仕事をしている』と伝えていることがわかっています。静岡県に支部はないので、東京本部に所属して調査のために静岡県に滞在していたと考えられるのですが、この滞在が『地獄の門』の調査だとしたら、六年前から五年間は継続して調べていたことになります。長期の調査も当然あると船越川さんから聞きましたが、その場合でも途中経過の報告は、少なくても年に一度は提出されるそうです」

「西藤さんの報告は、なかったのですね」

 有江は、ダンテの調子に合わせる。

「そう、静岡県で調査していた報告も、出張、滞在していた記録もありませんでした」

 でき上がったパスタを食べながら、ダンテは話を続ける。

「しかし、個人的に調査していたのであれば『日本宗教調世会に転職して静岡県で調査の仕事をしている』とは言わないでしょうし、立科町にふたり連れで調査に来ていたことも不自然です」

「やはり調世会が関与しているけれど、隠しているということでしょうか。愛永さんの言うように、誰かが嘘をついている」

「そうだとしても、しばらくは騙されたふりをして様子をみるしかなさそうです」

 ダンテは言った。


「騙されたふりをしていることも相手は知っているかもしれないね。常磐道部長の話は嘘のようで、本当なのかもしれない」

 愛永は、はじめて口を開き、そう言っては、また黙ってしまった。

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