第四十四話 源泉かけ流し
アンタイオスの手のひらから降りたダンテたちは、掘られた水路を見た。それは、大地に深く刻まれ、底を固められ、一直線に重曹泉から圏の中心へと続いている。
まだ、湯船にはつなげられてはいない。
「いい仕事しますね」
「いや、それほどでもありません」
ダンテに褒められ、アンタイオスは頭をかいて照れる。大地に陰ができた。
ケンタウロスたちは、しばしの休憩を満喫しており、温泉の周辺に身体を横たえて休んでいる。
魂たちは、湯から顔を上げても矢で射られることはなく、いつもと勝手が違い戸惑っている。
大勢が、湯から顔だけを出し様子をみていた。
ダンテは、水路近くに浮かぶ魂たちに伝える。
「今から、湯を抜くので、流されぬようここから離れなさい。岸に上がり、岩についた白い結晶をこそぎ落とし、湯に投げ入れるよう全員に伝えるのです。作業をしている限り、湯から身体を出してもケンタウロスから弓矢で狙われることはありません」
魂たちから感嘆の声が上がった。
ダンテの言葉を聞き、魂たちはおそるおそる湯から出るが、ケンタウロスたちは天使に言われたとおり、何もせず休み続けている。
その様子を見た魂が次々に湯から出始めると、岸は瞬く間に魂たちであふれかえった。
「そろそろ、抜き始めますか」
ダンテの合図でアンタイオスが、土手の一部を崩し、水路につなげる。
湯は、魂たちが投げ入れた結晶を浮かべ、流れ始めた。
流れは、土手の崩れを広げながら、勢いを増していく。
この先、水路に沿って崖の際まで流れつく湯は、滝のように第九の圏に降り注ぎ、ニムロドたちが浸かる井戸に流れ込むはずだ。
「この作戦が成功して、コーキュートスを冷やせても、現世での温暖化が止まらなければ、また、近いうちに氷は融け始めますよね。現世の地球温暖化を止めるには、どうしたらよいのでしょう」
有江は、ダンテに尋ねた。
「いつの時代の人々も、国家であるとか、人種とか、宗教とか、自らが作ったカテゴリーに自らが分類し、競い、争い合ってきました。そこには、全体の利益はなく、カテゴリーごとの利益だけが追及されています。私たちが現世に戻れたとしても、その構造を壊さない限り、温暖化は止められないのでしょう」
「危機は避けられないのでしょうか」
「現世での温暖化を止めれられるとすれば、それは、人類共通の敵が現れたときでしょう。その敵を倒すために温暖化を止める必要があれば、人類は一丸になれると思います」
政敵に故郷を追われたダンテの言葉には重みがあった。
「ルチーフェロが現世を隷属させようと人類の前に立ちはだかったとき、人類はひとつになれるのでしょうが、それから温暖化を止めても、手遅れですけどね」
そうならないよう頑張りましょうと、ダンテは言った。
水路は、今や大河のように水酸化ナトリウム水溶液をたたえている。
ダンテは、ケンタウロスの親方ケイローンに魂たちの作業の監督を頼んだ。
「結晶がなくなったら、どうしたらいい?」
「第二の環で、果汁絞りの作業をしてもらいたいので、水路に沿って歩いてきてください」
さぼらないよう交代で見張らせようと、ケイローンは引き受けた。
ダンテたちは、再びアンタイオスに乗り、水路の崩れをチェックしながら第二の環へと戻る。
果樹園では、さぞや果実が集められているだろうと期待していたが、窪地には、出発時とさほど変わらない量しか投じられていない。
それどころか、アンタイオスの手のひらから見る限り、魂たちが果実を集めている気配はなかった。
紅白で目立つはずの西藤さんと天使の姿も見えない。
ダンテたちは、アンタイオスから降りる。
窪地の横に魂がひとり立っていた。
「ダンテさんたちに伝えろと言われています。仲間と魂たちは預かったと」
魂が言った。
「誰に言われたのですか」
有江の問いに魂は答える。
「大勢の悪魔たちが突如現れ、西藤さんや魂たちを連れていってしまいました。天使であろうとも構わず力ずくでねじ伏せていました」
「ルチーフェロの差し金ですね」
ダンテは、言った。
有江も、そう思う。
「仲間を無事に返して欲しければ、この企みを止め、第三の環に来いとも言っていました」
「その悪魔は、どんな姿でしたか」
「蛇が髪のように生えた女たちでした」
魂は、仲間を助けられなかった悔しさを滲ませながら答えた。
「メガイラ、アーレクトー、ティーシポネーですね。第六の圏から邪魔をしにきたのでしょう」
「どうします?」
ダンテに尋ねる。
「重曹泉は流れ出し、冷却作戦は動き始めました。助け出すしかありません」
「作戦は、あるのですか」
「こちらには、最強の種族ギガンテスであるアンタイオスが、ついているのです。負けるわけがありません」
魂を残し、再びアンタイオスに乗り込んだ。
第三の環の上空は、黒い雲に覆われている。
アンタイオスが一歩、二歩と近づくたびに、黒い雲は影となり、影の輪郭が浮かびあがってきた。
それは、無数の悪魔が飛び交う影だった。
第三の環の地上には、魂たちが集められている。
ダンテと有江が、高台に降り立つと、上空から三体の悪魔が舞い降りてきた。
「また会ったわね、お嬢ちゃん」
メガイラは、唇を舐めながら言った。
アーレクトーは西藤さんを、ティーシポネーは天使を連れていた。
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