第十二話 西藤さんとテディベア
「有江さん、おはようございます」
月曜日、ダンテが会社にやってきた。
「メール見ましたよ。土曜日は、静岡県に『地獄の門』を見に行ったのですね。神奈川県の山北町には、何をしに行ったのですか」
「
「それらは、関連しているのですか」
有江は、さすがにダンテの思い込みだろうと思った。あまりにも都合がよすぎる。
「もちろん、関連していますよ。西藤さんが亡くなる前に大きな音がしたと山田さんが言っていたではありませんか」
たしかに、ダンテは「隣に住む山田さんは、西藤さんの部屋から雷が落ちたような大きな音がしたので、爆発事故かと思った」と話していた。
それに、街に現れたとき「雷鳴のような音が響き渡り、目の前が真っ暗となって気が付いたときにはここに立っていた」と話している。
「雷鳴が
「そうだと思います。西藤さんの死と、私が日本に来たことには関連があるはずなのです」
「それで、なぜ、酒匂川なのですか」
「一昨日に『酔仙』という酒造メーカーがあることを調べていたので、ちょうど真ん中に『酒の匂いの川』があって、もしやと思ったのです」
「ちょうど真ん中?」
「国立西洋美術館と静岡県立美術館の『地獄の門』間の距離は、144.86キロメートルあります。ちょうど真ん中の72.43キロメートルの場所が、山北町なのです。地図ソフトで何もないことは調べてあったのですが、河川名に騙されました」
「騙すつもりはないのでしょうが、残念でしたね」
「三つ目の『地獄の門』が、あると思ったのです」
「いや、それはさすがに、ですね」
「しかし、地図を眺めていて発見したこともあります」
ダンテは、隣に丸椅子を持ってきて座り、話を続ける。
「ふたつの『地獄の門』を一辺にした正三角形を作図すると、南側にできるひとつは相模湾沖に位置するのですが、北側にできるひとつは長野県立科町が頂点となるのです」
パソコンを開き、地図ソフトにプロットした画面を示した。
「それが、西藤さんのメモと関係するのですか」
「食事会での下根田くんの最後の言葉を思い出してください」
「手でイクなんとかですか」
「下ネタではなく『テディベア』のことです。西藤さんのようなおじさんが、持っているものでしょうか」
「たしかに不自然ですね」
「西藤さん自身が入手したとして、おじさんでもテディベアを買いやすい場所を考えてみました。例えば、ミュージアムとか美術館なら、買いやすくありませんか」
ダンテは、ファイルを開き、話を続ける。
「那須テディベア・ミュージアム、伊香保おもちゃと人形自動車博物館のテディベア博物館、伊豆テディベアミュージアム、山中湖テディベアワールドミュージアム、飛騨高山テディベアエコビレッジ、そして、白樺湖・蓼科テディベア美術館です。ドラマチックにするため、順番は変えてあります」
「ミュージアムのお土産だけに絞るのも、乱暴な気がします」
「そう言われると思って、おじさんが不本意にも入手してしまうパターンも考えてみました」
別のファイルを開く。
「ふるさと納税の返礼品はどうでしょう。テディベアを返礼品にしている自治体を調べると、鹿児島県龍郷町、鹿児島県奄美市、長崎県大村市、和歌山県橋本市、宮城県亘理町、そして、長野県立科町です。ドラマチックにするため、やはり順番は変えてあります」
「それでも、手がかりとしては、こじつけ感が強いですね。西藤さんともっと強く関連する何かがないと心許ないです」
そう言いながら、何気なく「西藤」と検索すると、苗字紹介サイトが上位に表示される。
リンク先のページには「現長野県である信濃にみられる。中国地方に多い。『さいとう』の読みは日本列島の東側に多数みられる。多い市区町村一位 長野県北佐久郡立科町 およそ百五十人」と書かれていた。
「ダンテさん、これ……行きましょう、立科町へ」
「そのつもりですが、何しろ遠いのですよ。北陸新幹線使っても片道三時間半掛かります」
ダンテは、正三角形の頂点となる場所を共有してきた。
たしかに、公共交通機関利用では、朝五時三十二分発の電車に乗っても、在来線、新幹線、バス路線、徒歩を駆使して九時二分着の所要時間三時間三十分と表示される。しかも、次の電車では新幹線が使えず、バスでの六時間コースになってしまう。
「車で行くのはどうでしょう。行きは関越自動車道と上信越自動車道を使い、帰りは中央自動車道に回れば、途中『白樺湖・蓼科テディベア美術館』にも寄れます」
このルートなら、行きは三時間、帰りは三時間三十分ほどの所要時間と表示されている。平日の通勤時間帯を外せば早く着くだろうし、帰りは遅くなっても構わない。
「車なら便利ですね。いつにします?」
ダンテは、浮足立っているが、まだ問題が残っている。
「わたしは、ペーパー・ドライバーなんです。運転手が必要です」
ふたりは、愛永をじっと見ている。
愛永は、パソコンに目を落とし、時折、タイプしている。
ふたりは、愛永をじっと見ている。
「きちんとお願いした方が、いいのではありませんか」
「いえ、任廷戸さんなら、気がついてくれるはずです」
ふたりは、愛永をじっと見ている。
「愛永さん、忙しそうです」
「いや、もう気がついているはずです」
「そうでしょうか」
ふたりは、愛永をじっと――
「聞こえてますよ、なんの用ですか」
愛永は、やれやれといった仕草で、ふたりに話し掛けた。
事情を話すと、今日明日は忙しいが、明後日以降ならと、愛永は引き受けてくれた。ただし、往復の運転はきついので、もうひとり運転手が欲しいと言う。
ダンテは、陽人に頼んでみると言う。
出発は、変則勤務の陽人の休みに合わせることにした。
「立科町への出発は、下根田くんが休みの、次の金曜日にします。前日が非番なので、レンタカーを借りておいてくれるそうです」
朝一番、給湯室から出てきたダンテが、有江に報告した。
「朝六時に駅前のロータリーに来てください。下根田くんには、自宅近くのパーキングにレンタカーを入れて、朝五時半に任廷戸さんを迎えに行き、そのまま六時に駅前ロータリーに来てくれるよう頼んであります」
「陽人さんに申し訳ないですね」
「いやいや、西藤さんの身元がわかるかもしれないと話したら、喜んで協力してくれていますよ。彼は今日も休みなのですが、本署を通して長野県警の佐久警察署あて身元照会を掛けると張り切っていました」
コーヒーカップ片手に常磐道部長が、席に戻ってきた。
立科町に行くための有給休暇の取得を部長に話しておこうと、有江は席を立つ。
隣に座っている愛永は、今朝のうちこそいたが、すぐ出掛けてしまったようで姿は見えない。
更に奥の席に、部長はこちらを向いて座っている。
「部長、金曜日なのですが、実は……」
「ああ、任廷戸さんから聞いてますよ。壮大なトリックを仕掛けるそうですね。長野県まで行って確かめたいと任廷戸さんが息巻くくらいですから、相当なアイデアなのでしょう。どんなトリックなのですか。こっそり教えてもらえませんか」
「い、いや、今は無理です」
「そうですよね、あの任廷戸さんが、許すわけありませんか。気をつけて行ってきてください」
そう言った部長は、ダンテに気がついて「車、ありがとうございます」と席から声を掛けていた。
ダンテと愛永がどのような話をしたか、
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