第十五話 竹取物語

「『竹取物語』に地獄の描写ってありましたか」

 有江ありえは「竹取物語」を原文で読んだことはなく、自信がなかった。

「五人の貴公子への無理難題は、インドの『仏の御石の鉢』、中国の『蓬莱ほうらいの玉の枝』、これも中国の『火鼠ひねずみかわぎぬ』、どこにあるともわからぬ『たつの首のたま』、一転、国内の『つばくらめ子安貝こやすがい』を取ってこいだから、地獄は出てきませんね」

 愛永まなえがさらりと言ってのける。


「『かぐや姫』は、天界の話ですから全く関係ないこともなさそうですが、であれば、メモは『天界』とか『天国』とかになりますよね」

「『かぐや姫』で思い浮かぶことはなんでしょうか」

 ダンテは、お手上げの状態だ。

「順に『竹』『おきな』『金』『宝』『みかど』『月』『山』といったところですね」

 またもや、愛永がさらりと言ってのける。

「最後の『山』ってなんです? ぼくは、かぐや姫が月に帰っておしまいだと思っていました」

 陽人はるとが素直に疑問を口にする。実は、有江もそう思った。


 ダンテは、そもそも『かぐや姫』が誰なのかわからないと言うので、愛永が『竹取物語』の成り立ちとあらすじをざっくり説明する。

「……というわけで、かぐや姫が月に帰った後、ふられた帝が、かぐや姫から贈られた不死の薬を燃やした山だから、不死山、富士山になったというエピソードがあります」

「愛永さん、詳しいですね。さすが出版社の人です」

 陽人は、楽しそうに話を聞いている。

「富士市に伝わる『かぐや姫』は、最後に月に帰ってしまうのではなく、富士山に登って忽然こつぜんと消えてしまうという話だそうです。かぐや姫が富士山の祭神になっていますね」

 ダンテが検索して答える。

「静岡県富士市の他にも、京都府向日市、奈良県広陵町、岡山県倉敷市、広島県竹原市、香川県さぬき市、鹿児島県さつま町など、作者や成立年が未詳なだけあって、由来の地もたくさんありますね」

 有江も検索して付け加えた。


「南こうせつさん、伊勢正三さん、山田パンダさん三人のフォークグループが『かぐや姫』ですね。『神田川』が大ヒットしています」

 ダンテは、一応メモしておきますと言ってパソコンに打ち込んでいた。


「『子はどこ』はどうでしょう。『はどこ』という単語はなさそうですから、『子』『は』『どこ』でいいと思います。かぐや姫に子はいませんよね」

「中納言石上麿足いそのかみのまろに『つばくらめ子安貝こやすがい』を取ってくるよう言っていますが、妊娠しているわけではなく、子どもはいないはずです」

 愛永にはかなわない。

西藤さいとうさんは、自分の子供を捜していたとか……」

 ダンテも推理する。

「最近の話なら行方不明者届を出すでしょうから、昔、別れた子なのかもしれません」

 陽人も会話に参加できて嬉しそうだ。

「しかし、我が子を捜しているのであれば、メモに『子はどこ』とは書きませんね。名前を書くと思います」

 愛永が鋭く指摘する。

「誰かの子を捜しているのだとしたら、その場所は、かぐや姫由来の地のどこかということなのでしょうか」

 話しながら、漠然としすぎているなと有江は思った。


「『すいせんの中』は『すいせん』『の』『中』でしょう。ちなみに『すいせんの中学校』はありませんでした」

 有江は、あればお手柄だったのにと内心思った。

「『すいせん』は『水仙』『水洗』『推薦』『垂線』いろいろありますね。『の中』が付くと『水洗』が一番しっくりきますか。でも、水洗トイレの中を覗いたり探ったりしたくないですね」

「私は、ウォシュレットのことを調べたことがあるので、トイレにはちょっと詳しいです。アパートに帰ったら、タンクの中覗いてみます」

 ダンテが、一歩前進かと喜んでいる。


 話は盛り上がったが、このメモが何を意味するのか、突然死と関連するのか、結局のところ、わからなかった。


 四人が、パスタを食べ終えたタイミングでお開きにした。


 会計を終え、コートを着ながら、陽人が思い出す。

「そうそう、男性のひとり住まいにしては、似つかわしくないテディベアのぬいぐるみが転がっていました。『手でイクべあ』なんて、おっ、メモしておこう……」

――退場である。


 愛永とは、電車の中で別れた。

 陽人は同じ街にアパートを借りているが、有江たちとは反対側の駅の北側だそうだ。駅で別れる。

 帰る道、ダンテに明日の予定を聞くと、出かける予定があると言う。ダンテはダンテなりに忙しいようだ。

 十分ほど歩いた先の交差点でダンテと別れる。

 八分で波風荘に着くわけがない。



 土曜日。ホラー映画を観ている有江に、ダンテからメールが入った。

「水洗トイレのタンクの中には何もありませんでした」

 いちいち報告しなくてもいいのにと思いながら、スマホを切った。


 昼食に生めんのラーメンを作って食べていた有江に、ダンテからメールが入った。

「静岡県立美術館の地獄の門は室内に展示されていて、それは荘厳なものでした。途中で見た富士山もきれいでした」山と門の写真が添付されている。

 有江は、無駄遣いしないでほしいなと思いながら「静岡県に行ったのですか!」と返信した。


 夕食は何にしようか考えながら、本日二本めのホラー映画を観ていた有江に、ダンテからメールが入った。

「神奈川県の山北町に来ています。酒匂川さかわがわを散策しています」遠くに山が写る川辺の写真が添付されている。

「なぜ、神奈川県?」と返信した。


 ホラー映画を観終わり、夕食はファーストフードでいいかと買い物に出かけようと着替えていた有江に、ダンテからメールが入った。

「酒匂川には何もありませんでした。西藤さんのメモにあった『すいせん』のひとつ『酔仙』は酒造メーカーなので、もしやと思ったのですが、違っていたようです。そもそも『酔仙』は、岩手県陸前高田市でした」

 有江には、なんのことか、さっぱりわからない。

 それよりも「さいとう」さんは、「斉藤」「斎藤」「齋藤」さんではなく「西藤」さんだったことを有江はこのとき知った。

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