第48話 第六の圏の戦い

 墓から噴き上がる炎を避けながら、先を進む。


 城壁が、間近に迫ってきた。

 そびえ立つ城壁の上には、大勢の悪魔たちが並んでとまっている。ひときわ高い塔の頂にメガイラの姿が見える。


 ダンテたちを見つけたメガイラが、舞い降りてきた。

「これは、驚いたね。ケンタウロスや魂たちを引き連れてくるかと思ったら、精鋭だけでのお出ましじゃないか。現世に戻る決心がついたのか、それとも、玉砕覚悟で戦うつもりなのかい」


 有江は、メガイラの言葉には答えず、大声を出す。

「あなた方に見せたいものがあります。西藤さんと天使さんと引き換えです」

 メガイラは、フッと笑い、有江の誘いに乗ろうか考えているようだ。

「なんだろうね。おい、ふたりを連れてきな」

 メガイラは、傍らの悪魔に指示した。

 自分たちが圧倒的に優位とみて、有江の出方を探るつもりなのだろう。

 命令された悪魔は、塔の扉から中に入っていった。

 城壁にとまる悪魔たちは、赤い口を開き、尖った耳を立て、笑いながら集まってきた。


 すぐに、塔の中からアーレクトーに連れられた西藤さんと、ティーシポネーに掴まれた天使が出てくる。

 西藤さんは、歩きながらアーレクトーにすり寄ったり、何ごとか囁いたりとセクハラの限りを尽くしている。頭の蛇に嚙みつかれそうになって、のけぞった。


「さて、この状況で何を交渉しようというの?」

 腕を組んだメガイラは、有江に尋ねた。


 有江は、大声で話しながら、メガイラににじり寄る。

「この世界を構築しているのは誰なのか、知らないようね」

 有江は、右手を挙げた。

 それを見た安納は「今です!」と声をあげる。

 近くの墓穴から順に、魂が立ち上がる。みんながみんな、中折れ帽をかぶり、赤と緑の横縞のセーターを着ている。

 立ち上がった魂は、墓石に鉄の爪を立て、力の限り引っかいた。


 ギリギリギギギッと不快な音が、響き渡る。

 音は、次々と重なり大音量となった。


 布を耳栓にしている有江にも、引っかき音は響いてくる。

 悪魔たちは、蝙蝠のような尖った耳で、歯の浮くような不快な音を直に聞き、のた打ち回っている。平衡感覚をなくし、城壁から落ちる悪魔もいた。

 魂たちは、悪魔の苦しむ姿を見て、一丸となって音を出し続ける。

 メガイラもアーレクトーもティーシポネーも耐え切れず、手で耳を覆った。


 今だ!

 ダンテと有江は、この一瞬をついて西藤さんと天使を助け出そうと、走り寄り、手を伸ばす。

 メガイラたちは、耳から手を離せない。


 しかし、ダンテが西藤さんの左腕を掴んだとき、アーレクトーの頭に生える蛇たちが、襲い掛かってきた。

 蛇には、音が聞こえていない!

 ダンテは、一匹目の攻撃を手で払いのけるが、首筋を狙う二匹目の蛇には気づいていない。


「うぉん!」


 モフ狼が、アーレクトーに飛び掛かるやいなや、頭の蛇を食いちぎった。

 すぐさま、有江に襲い掛かろうとしているティーシポネーにも飛びつき、頭の蛇を嚙みちぎる。

 そのまま、メガイラの目の前に回り込むと、うなり声をあげながら頭に食らいつく。


 有江の目の前には、頭から血を流し倒れている三体の魔女と、口の周りを血だらけにし、牙をむいているモフ狼がいた。



 西藤さんと天使を助け出し、魂たちに「作戦成功」を伝えたのだが、不快な引っかき音の大合奏は、やむ気配がない。

 魂たちは、音を鳴らし続け、悪魔たちが苦しむ様子を眺めては、笑っている。神にでも止められない限り、続けていそうだ。


 ダンテたちは、第六の圏を後にする。

 ひっかき音の大合奏は、まだ遠くに聞こえている。


「それにしても、危なかったですね。わたしは、蛇も大音響に苦しむと思っていたのですが、まったく効きませんでした」

 有江は、自分の見込み違いを詫びる。

「蛇には聞こえない周波数だったのかもしれませんね。まっ、毒はないので、噛まれても痛いだけですから平気ですよ」

 西藤さんは、鼻筋に残る噛まれた痕を指さした。



「西藤さん、大変な目にあった早々で申し訳ないのですが『SET MONO』というメッセージの意味はわかりますか。現世班から送られてきたのです」

 ダンテは、通信機を西藤さんに見せた。

「これは『通信機をMONOモードにセットして』ということです」

 西藤さんは通信機を受け取り、キーボードを開き、キーを長押しして設定画面にすると、モードを変更してみせる。

「変更しました。これで、直るのかな」

 西藤さんは、通信機を再起動した。

「おっ、さっそくシステム更新してますね。伝ちゃん、不具合の原因を見つけたんだ……」

 ダンテと有江は「でんちゃん」って誰なのと思うが、スルーする。


 岩場を降り、第七の圏に戻る。

 第一の環は、重曹泉周囲の岩が本来の色を取り戻し、赤茶色に光っている。

 水路は湯を湛え、滔々とうとうと流れている。流れ出す湯量に変わりはなく、湧出量は豊富なようだ。


 ダンテたちは、水路に沿って歩いた。

 すでに、遠く第二の環に立つアンタイオスの姿が見えているが、なかなか近づかない。


 黙々と歩く中、西藤さんが持つ通信機の着信音が鳴る。

「システム更新が終わって、メッセージが届きました」

 西藤さんが、読み上げる。

「えっと『C6H8O7+3NaHCO3→Na3C6H5O7+3CO2+3H2O』です。読みにくいな」

「化学式ですね」

 有江は自信たっぷりに答えるが、何の化学式かはわからない。

「クエン酸と重曹を混ぜた時の反応式です。二酸化炭素は重いからコーキュートスには降りてはいけないと、心配して送信してきたのですね」

 西藤さんは、得意げに説明する。

「知ってましたけどね」


 そのとき、再び通信機の着信音が鳴る。

「Caution! God may send Lucifero into this world.」

「長文も送れるようになったようです。『注意! 神はルチーフェロをこの世界に送り込むかもしれない』とは、物騒な内容です。失敗は許されないということですか」

 ダンテは、有江の言葉に難しい顔をしていた。

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