第12話 新入部員

「来ないですね。」


 夏目はそう言ってため息をついた。


 部活開始から早一時間。今は仮入部期間だというのに、部室にいるのは夏目と二葉の二人だけ。


 一向に減る様子のない机の上の部誌を哀しい目で見つめて、夏目はもう一度ため息をついた。


「俺のせいかもな。」


 二葉がそう呟くので、夏目は慌てて手をぶんぶんと振る。


「そんなことないですよ!」


 しかし夏目は、正直この前起きた乱闘事件が原因ではないかと薄々思っていた。


 それなりに大きい事件だったので、あの事件並びに文芸部の名は学校中の知るところとなってしまった。

 それを先輩から聞いて文芸部を敬遠している新入生も少なくないだろう。


「今年も新入部員は0ですかね……」


 半ば諦めた気持ちで夏目がそう言ったそのとき。


「失礼します!!」


 そう言って、一人の人が勢いよく部室に入ってきた。


 夏目は驚いて、目を丸くする。二葉はびっくりしたのか、バン、と大きな音を立てて立ち上がった。


 入ってきたのは、一人の男子生徒だった。


 まだ制服が体に馴染んでおらず、制服に着られている、という感じ。おそらく新入生だろう。

 きっちりと制服を着て、まっすぐに髪型を切り揃えたようすは、まさに二葉の対極だ。

 はあはあと、肩で息をしている。


「すみません!もっと早く来るつもりだったんですけど、友達にカラオケに誘われて遅くなりました!」


『友達とカラオケ⁉︎もう⁉︎』


 夏目は心の中で叫んだ。

 夏目は新入生だったころ、夏休み明けまで友達ができなかったという悲しい過去がある。

 ましてや、友達とカラオケなど行ったこともない。


「名前は中原空なかはらそらです!これ、入部届です!」


 そう言って中原は、机に入部を半ば叩きつけるように置く。


「えぇ……」


 夏目はもう何も言うことができなかった。仮入部もしていないのに、もう入部決定である。早すぎやしないか。


「それじゃ、僕またカラオケに帰らなきゃいけないんで!来週からはちゃんと来ます!」


 そう言って彼は、ダッと外に駆け出した。


「おい待て!まだなにも……」


 そう二葉が呼び止めたときには、中原はもう部室から消えていた。


「ほんと、なんなんだよあいつ……」


 二葉はため息をつく。


「ま、まぁ、一人入ってきたことですし。」


 夏目はそう言うが、相当動揺していた。

 まだ、気持ちの整理が何もついていない。


「と、とりあえず、今日は終わりにしましょうか。」


「あ、ああ、そうだな。」


そのとき。


「……あのぅ。」


「「わっ⁉︎」」


 突然後ろから声がして、二人は飛び上がる。


 後ろを振り返ると、一人の少女が部長机の横に立っていた。

 透き通るような白い肌に、長くまっすぐな黒髪と、目元が隠れるほどの長い前髪。どうやらその下には黒縁メガネを掛けているようである。


「私も……入部したいんですけど……」


「い、いつからそこにいたんだよ……」


 二葉は完全に腰を抜かしたのか、地面にへたりこんでいる。


「さっきの男の人が入ったときに一緒に入りました……」


「えぇ……」


 もはや二葉は何も言えないようである。


「これ……入部届です……。よろしくお願いします……。」


 そう言って未だに腰を抜かしている夏目に入部届を渡すと、ゆっくりと部室を出て行った。


 バタン。その音だけが部室に響く。


「「えぇ……」」


 二葉と夏目は扉を見つめながら、そうつぶやいた。


 ともかく、こうして二人の生徒が文芸部に入部したのだった。

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