第20話 設定

「今日は謎解きの設定決めですね!」

 

 そう身を乗り出して言ったのは中原だ。


「そうですね。夏休みにもうすぐ入りますし」


 来週の金曜日を最後に1学期は終わる。そこから先は待ちに待った夏休みだ。


「一応夏休みの活動は、普段と変わらず毎週水曜日を予定しています。お盆の時期はありませんけど」


 夏休みの活動は基本朝から昼ごはんの前までだ。ときには帰りがけに寄り道してごはんを食べることもある。


「夏休みは小道具とかをつくるのに回したいので、できれば今週と来週で物語の大枠は決めてしまいたいです」


 夏目がそう言うと、二葉はぐーっと大きくのけぞりながら言った。


「まずはなんの事件を起こすんだ?殺人?盗難?」


「……誘拐……とか……」


「銀行強盗とか?」


 二葉に続き、種田と中原が続く。


 中島はふわぁ、とあくびをしてから言った。


「場所は教室なんでしょ?」


「まあ、そうなるでしょうね」


「それなら、舞台が一つに定まるほうがいいんじゃない?」


 たしかに、と夏目はつぶやいた。心の中では、中島が会話に参加するという積極性を見せてきてびっくりしていたのだが。


「じゃあ殺人がいいです!」


 物騒な言葉とミスマッチなきらきらとした笑顔で中原がそう言ってくる。


「まあいいんじゃね?トリックも考えやすそうだし」


 二葉もそれに同意する。


「じゃあ……殺人事件を起こすってことでいいですか?」


「はい……」


 中島はツンと向こうを向いたまま何も言わない。


 何も言わないということは、同意しているということか。


「じゃあ、殺人事件で」


 じゃあ次は被害状況ですね。夏目はそう言いながらノートを開く。

 メモしないと忘れそうだったからだ。


「やっぱり王道は刺殺ですかね?血のり撒いとけばそれっぽくなるし」


 殺し方の王道って何だよと思いながら、夏目は中原の言葉をメモする。


「……被害者は…床に倒れてるほうが……いいと思います」


「なんでだ?」


 二葉がそう聞きながら種田の方を見ると、種田はぎゅっと身を縮こまらせて、しゃべらなくなってしまった。


「大丈夫ですよ種田さん、二葉くんも怒っているわけではないので」


 夏目がフォローすると、二葉は「怒ってねーよ」と気難しい顔のまま言った。

 とりあえずそれを直そうよ、と夏目が密かに思っていると、種田はやっと声を出した。


「……床だったら、被害者が倒れていた位置を……白い線で縁取ればいいので」


 その言葉に、夏目は確かに、と膝を打つ。もしこれが例えば椅子に座って死んでいたとなったら、死体役をつくるか、人形を置くかしなければならない。


「確かにそうですね。死んでいる場所は床にしましょう」


 夏目がそう言うと、彼女は長い前髪の奥で嬉しそうな顔をした。


 そして、それで場が温まったのか、部員たちからたくさんのアイデアが出て、話し合いはどんどん進んでいった。


***


 一方、部室の外では。


 顧問の雨宮は一人、扉の前で佇んでいた。


 夏休みの活動計画表(本日締め切り)を持ってきたのだが。


「殺人?盗難?」


 だの、


「殺人事件を起こすってことでいいですか?」


 だの、物騒な言葉が扉の向こうから聞こえてきて、雨宮は動揺していた。


 まさか、文芸部は、闇の組織になってしまったんじゃ。


 そこから、物語に毒された彼の脳内で、変な妄想が繰り広げられていく。

 次に雨宮が現実に戻ってきたのは、


「先生、ここで何してるんですか?」


 活動を終えて部室から出てきた夏目の声を聞いたときだった。

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