第21話 参加届
「え?」
夏目が最初に発したのは、そんな声にならない声だった。
「まじですか」
「まじです」
「ええ……」
そう消えそうな声で言うと、夏目はうっそぉ、と頭を抱えた。
***
部活が始まる前、夏目は突然顧問である雨宮に呼び出された。
「どうしたんですか?」
「夏目さん、今文芸で文化祭の方ってどうなってる?」
「順調ですよ」
夏目は晴れやかな顔で言う。去年は夏休み明け一週間ですべての準備を慌ててしたので、夏休み前から準備を進められて満足していた。
しかし、雨宮は少し険しい顔をして彼のパソコンに向き直り、何やらそれを操作する。
「今日、文化祭担当の先生から今年の文化祭参加団体の一覧が来たんだけど、見てくれない?」
「はあ」
夏目は状況がイマイチつかめないまま、デスクの上のパソコンを覗き込む。
ええと、1−1、1−2……
そんなふうに一覧を下まで見てから、夏目はあれ、と思った。
慌ててもう一度下まで見ても、結果は同じ。
「……文芸は?」
一覧に、文芸の名前がなかったのだ。
「文芸、ないよね」
「ないですね……、文化祭担当の先生に確認取りました?」
「まだ。僕の見間違いかもしれないと思ったから」
そう言いながら、雨宮は席を立ち、文化祭担当の教師のもとへと近づく。
雨宮はその教師と少し話してから、また戻ってきた。
「なんか参加届出てなかったみたいだよ。先生も、あれ、出ないのかなって思ったらしい」
「え?」
夏目は間の抜けた声を出す。
「まじですか」
「まじです」
「ええ……」
夏目は、うっそぉ、と頭を抱えた。
「参加届出してないと、文化祭出れませんよね」
「まあ、そうだね」
さあっと、夏目の全身から血の気が引いていく。
「ていうか、夏目さん、参加届だしてなかったの?僕サインしたよね?」
「出しましたよ!ちゃんと……あれ?」
確かあのときは……夏目はゆっくりと思い出していく。
―――――――――――――――
提出期限の二日前。夏目は参加届を手に職員室に入った。
「失礼します。文化祭の参加届を提出しにきました。風原先生(文化祭担当)いらっしゃいますか?」
「あら、文芸?」
そう声をかけたのは、二葉のクラスの担任である田中だ。
「今風原先生はいないから、私が渡しておこうか?」
「……あ、助かります。ありがとうございます」
夏目は好意に甘えて、田中に参加届を渡した。
―――――――――――――――
「田中先生に、参加届渡しました」
「田中先生に?」
雨宮は苦い顔をする。
「なにかまずかったですか」
「いや……文芸部存続に一番反対してたのは、田中先生だから」
雨宮は小声で言う。
そこまで言われてから、夏目は、ああ、と言った。
この前起きた、文芸部での暴動事件。あのとき、二葉を足止めするために彼らは田中に嘘の情報を流して、田中はまんまとそれに引っかかったらしい。
そのせいで田中は各方面からお叱りを受けたと言う。
しかし、彼女は裏で
「二葉がすべての元凶だ」
と言っているらしいから、文芸部が謎の逆恨みをされてもおかしくないわけだ。
「ちょっと聞いてくるね」
雨宮はまた席を立ち、田中の方へと歩み寄る。
少ししてから、雨宮は厳しい目つきで帰ってきた。
「そんなの知らないって」
その一言に、夏目の心臓が大きく跳ねる。一瞬、脳内がフリーズした。
しばらくして、夏目は気付いた。
田中は、参加届を出さなかったのだと……文芸部への嫌がらせとして。
「え、私はちゃんと……!」
夏目は、すがるように雨宮に訴える。
雨宮は、まっすぐ夏目を見つめた。
「大丈夫、僕は夏目さんを信じる」
夏目はうう、とうめいて、涙をぐっとこらえた。
悔しかった。こちらは何も悪くないのに、悪意を向けられて、大切な機会を奪われたことが。
情けなかった。少し考えればわかることだったのに、安易に人を信じたことが。
「とりあえず、僕の方でなんとかしておくから、夏目さんはとりあえず部活に行って、文化祭の準備しておいて。みんなにはこのこと秘密ね。混乱させちゃうから」
「はい」
夏目はうなずく。正直、悟られないようにできる自信はなかったけれど。
「大丈夫。きっと、文化祭は大成功するよ」
「……はい」
雨宮の力強い言葉に背中を押されて、夏目は部室へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。