第30話 2日目・後編
「お似合いだと思うぜ」
その言葉を絞り出して、二葉はその場からすぐに走り去った。人混みをかき分けて、なるべく遠くまで、逃げる。
夏目が好きだと、気づいてから。
二葉は、いろんなことを考えた。告白したらどうなるだろうか、とか。
でも、無理だと思った。
きっと二葉が告白したら、夏目はきっと受け入れてくれるだろう。夏目は、優しいから。
でも、二葉は知っていた。自分が、陰でどう言われているか。
『こわい』『不良』『関わらない方がいいよ』……
そんなことを言われているやつと一緒にいたら、夏目はきっと大変だろう。
だから、自分は。
夏目が他の人と幸せになることを、後押しするしかない。
校舎裏まで走って、二葉は歩みを止めた。
「……っ!」
二葉は声を押し殺し、しゃがみ込む。
一瞬夏目の顔がよぎって、二葉は自分の腕に顔をうずめた。
***
そして、あっという間に時間は流れ。
それぞれが、それぞれに、たくさんのことを考えた文化祭が終わり。
「おつかれさまでしたー!!」
文芸部は、つかの間の打ち上げに入っていた。
夏目たちの学校では、閉会式の前に三時間の片付け時間がある。
しかし、どこも大抵片付けはすぐに終わるので、この時間にミニ打ち上げを行うのが暗黙の了解となっていた。
文芸部も例外ではなく、それぞれジュースとお菓子を買って、文化祭の成功を祝うことにしたのだった。
「部誌も200部、無事完売しましたし!謎解きのほうもたくさんの人が来てくれましたし!」
去年はたった50部の部誌が大量にあまって泣きを見たのだが、今年はちゃんと配りきれた……春のゴタゴタで変に注目を集めていたのもあっただろうが。
「ほんとうにお疲れ様でした」
夏目は、丁寧にお辞儀をする。だが。
『気まずい……!』
夏目は、すぐにでも逃げ出したくなっていた。
そもそも、夏目の脳内では閉会式の後のことが異様な存在感を放っており、あまり会に集中できていない。
さらには、場にいる全員、誰もしゃべらないのだ。みんな、無言でお菓子を食べている。中原の緊張感と中島からの謎の殺気を感じて、すごく居心地が悪い。
極めつけは、
「二葉先輩、どこいったんでしょうね……」
「う」
種田一葉の言葉に、夏目が変な声を出す。
そう、二葉がいないのだ。
片付けの時間になっても来ず、いずれ来るだろうとは思っていたが、まったく来る気配がない。
やっぱり、あの一言のせいだろうか。
『お似合いだと思うぜ』
なんで、あんなことを言ったのだろうか。
明らかに、自分と中原の仲を後押しするような言葉。それを、なんで、あんなに寂しそうに。
「先輩?なんかしゃべってください」
中島につっけんどんに言われ、ああ、すみません、と夏目は言う。
なんかおもしろエピソードありましたか?と部員に話題を振っているうちに、夏目の悩みは、次第に埋もれていってしまったのだった。
***
そして、開会式が終わった、放課後。
夏目は、部室へ向かう。なんとなく、足取りが重い。
閉会式中、夏目はずっと考えていた。
中原が嫌いだというわけでもないのに、全然、付き合ってもいいと思うのに、でもずっと何かが引っかかっていた。たぶん、二葉の今日の行動が。
でもあの二葉の言葉を考えると、きっと二葉は中原と付き合ってほしくないというわけではないのだと思う。
じゃあやっぱり、答えは「はい」なのか。
そう結論が決まった頃に、ちょうど夏目は部室についた。
部室の前にはもう中原がいて、夏目の姿を捉えると、「先輩!」と少し震えた声で言う。
「すみません、お待たせしました。今開けますね」
夏目は、ポケットから部室の鍵を取り出す。
鍵につけられた、桃色の紐。これ、赤い糸みたい、とぼんやり思ってから、いけない、とその発想をかき消した。変なモードに入ってるのか、周りのものを全部恋愛と結びつけてしまう。
鍵を回し、扉を開けて、二人で中に入る。
「話って?」
夏目は聞くが、中原は緊張からか、しばらく黙ったままだった。
そして、とても長い沈黙の後、あの!と中原は意を決したように言った。
「好きです!付き合ってください!」
まっすぐで、少し幼い言葉。
やっぱりか。
夏目は、用意していたフレーズを言おうとした。「はい、よろしくお願いします」と。
でも、言葉が出なかった。
「あの、あの、」
あれ、おかしいな。
脳裏に浮かぶのは、二葉のことばかり。
初めてであったときの、少し怖かった顔。一年生が全然来なくて、怒りながらも、ちょっと焦ったような顔。思わぬ悪意をうけて、傷ついた夏目をなぐさめてくれたときの、優しい顔。
え、と夏目は思う。
私って……
「その、中原くん、」
「いいんです」
中原は、唐突に言った。
「わかってますから、大丈夫です」
そう言って、中原は微笑む。
「二葉先輩でしょう?」
「……ごめんなさい」
「いいんです、わかってましたから」
行ってきたらどうですか?そう中原は言った。
「きっと、まだ帰ってませんよ、二葉先輩」
「……はい」と夏目は言って、部室を飛び出していった。
それを見送ってから。
「……ああ!」
中原は叫んで、部室の机に突っ伏す。
「やっぱ、こうなるよなぁ……」
わかってた、全部。でも、この文化祭は何もかもうまく行きすぎて、ちょっとだけ期待した自分が恥ずかしい。
すると、
ガシャーン
と入口の方で何かが倒れる音がした。びっくりして顔を上げると、入口においてあったバケツが倒れており、それを慌てたように戻す中島の姿があった。
中原は、驚いて声をかける。
「……いつからいたの?」
「最初から」
「ついてきてたの?」
「ばーか、自分でおおっぴらに時間と場所、言ってたんでしょうが」
「たしかに。でも盗み聞きはよくないんじゃない?」
「まあ、それはそうね。ごめんなさい」
中島は、珍しく素直に謝る。
「振られちゃったよ」
「知ってる、見てたし」
「……わかってたんだよね」
と中原は言った。
「どうせ振られること。しかも僕、姑息な手、結構使ったし。自分は夏目先輩にふさわしくないなぁって、思ってた」
中島は何も言わない。でもさ、と中原は続ける。
「やっぱ、振られると、つらいなぁ……」
中原は、また机の上に顔を伏せる。
「あのさ、すごく申し訳ないんだけど」
中島が、さっきよりも小さな声で言う。
「あんたが振られて……ちょっと喜んでるんだよね」
「え?」
中原は驚いて、顔を上げた。
「それって……どういう意味?」
中島は何も言わず、顔を赤くして、つんとそっぽを向く。
その反応で中原はすべてを察して、彼もまた顔を赤くした。
***
夏目は部室を飛び出して、二葉を探す。
部室棟を出て校舎の方へ行くと、そこは下校する生徒でごった返していた。
夏目は直感的に『こんな人混みの中にいるはずがない』と感じる。
そして、夏目は考えた。二葉がいそうなところ。そして、
「校舎裏……」
ひとつ、思いつく。あそこなら、人も少ないだろう。
夏目は靴を履き替え、校舎裏に行く。そこには、見慣れた後ろ姿があった。
「二葉くん!」
夏目は叫んだ。二葉が驚いたような顔をして振り返る。夏目は二葉に駆け寄った。
「お前っ……中原は!?」
「もう、お話してきました」
夏目は、切れた息を整える。もう!、と夏目は自分の運動不足を呪った。
「私……二葉くんが好きです」
二葉が目を見開く。
「今の今まで気づいてませんでしたけど、好き、みたいです」
付き合ってください、と夏目は頭を下げる。
「……だめだ」
「なんでですか?」
「だって、俺は……嫌われてるから」
二葉は、泣きそうな顔で言う。
「俺は、周りからやばいやつだって思われてるから!そんなやつと付き合ったら、先輩だって何言われるかわかんねぇんだよ!」
「それでも!」
夏目は言う。
「私は、二葉くんのいいところ、たくさん知ってます。そんな、二葉くんのこと知りもしないで色々言ってる人に何言われても、なんとも思いません」
夏目は、まっすぐ二葉を見つめる。
「二葉くんが嫌なら、それでも構いません。でも私は、どんなに大変でも、二葉くんと一緒にいたいです……!」
夏目がそう言うと、二葉は顔を真っ赤にして、「……ああもう!」と顔を覆う。
「嫌なわけ、ないだろ……」
「え?」
と夏目は間の抜けた声を出した。
二葉は、真剣な顔で、夏目をしっかりと見る。
「俺も、先輩のことが……好きです」
よろしくお願いします、と二葉は手を差し出す。夏目は、「……はい」と小さく返事をして、その手をしっかりと握った。
***
一方、そのころ。
職員室にいた雨宮は、「雨宮先生、お客さんですよー!」と呼ばれた。
コーヒーが冷める、などと思いながら職員室の入口まで行くと、そこには初老の女性が一人、手に封筒を持って立っていた。
「雨宮鴎外さんですか?」
「はい、そうですけど」
突然名前を言われ、雨宮は戸惑う。
「突然すみません。私、一ノ瀬桃と申します。一ノ瀬サクラの母です」
サクラが生前、お世話になりました、と桃は丁寧に体を折る。
「サクラ……!?」
雨宮は、思っても見なかった懐かしい響きに、目を見開いた。
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