第29話 2日目・前編
―――文化祭が終わったあと、部室に来てください。
2日目の朝、お客さんを迎える準備を全員でしていたとき、中原空はそう夏目に言った。
基本全員黙々と作業していたので、その言葉は、その場にいた全員に届いた。
一瞬、空気がピンと張り詰める。それを感じながら、夏目はやっとのことで、
「……はい」
と返事をした。
待ってますね、そう緊張したような顔で中原は言い、作業に戻っていく。
ああもう!……と夏目は叫びたい気持ちだった。
夏目はそこまで馬鹿でも鈍感でもない。中原が自分に好意をもっていることくらい薄々感づいていた。昨日、文化祭を一緒に回らないかと誘われた時点でそれは確信に変わったし、別に断る理由もないからOKしたのだが。
『まさかここで切り出すとは……』
せめて二人のときに言ってほしかった。はあ、と夏目はバレないようにため息をつく。
告白されるなら今日だろうなと思っていた。なんとなく、告白されたらどうしようと考えてみたりして。
でも、付き合うのはなんとなくしっくりこなかった。
でも、中原が嫌いというわけでもない。恋愛願望がないといえば嘘になる。
だから、どう答えればいいのか、どう答えたいのか、自分でもよくわからなかった。
ぐるぐると考えながら作業をしていると、開場五分前を告げる放送が鳴り、夏目は一度全員を集め、最終確認を始める。だが。
めちゃくちゃ空気が気まずかった。
中原はガチガチに緊張しているし、中島杏珠は、なぜか怒ったような目で夏目を見ている。種田はニヤニヤしながら部員を交互に見ていて、そして……二葉はただただ黙っていた。少しだけ、悲しそうな顔をして。
それぞれの表情にもやもやとしつつ、すべての確認を終えると、夏目はいつも通りの表情で、
「さあ、頑張りましょうか!」
と全員に声をかける。
とりあえず、文化祭だ!……と夏目は自分に言い聞かせた。
***
はじめのシフトは、夏目と二葉だった。
軽く話し合い、夏目が入口の、二葉が出口の席にそれぞれ座る。
文芸部の今年の展示内容は「本格謎解き」だ。……結局本格的なものは作れなかったが。
はじめは証拠を集め論理的に謎を解いていくものにする予定だったのだが、結局本格的なものを作るのは難しかった上、それだと解くのに時間がかかり回転が悪くなってしまうという理由から、謎は簡単なダイイングメッセージを解く、という形に落ち着いた。
その代わり、中のセットに時間をかけ、文芸が今回使わせてもらっている2−1教室は、ドラマに出てきそうな重厚感のある書斎となっていた。段ボールで作っているので若干の安っぽさはあるが。
入口では謎解きのシナリオと解答用紙を配り、ルール説明をする。一方出口では、答え合わせと景品(栞)の受け渡し、そして部誌の配布を行っている。謎解きはやはり人気なのか、文芸のブースは思ったより混雑していた。
部誌も、今年は完成度の高いものとなった。
去年は部員が二人しかいなかったせいで、ぺらっぺらの、部誌というよりかはチラシというべきものが完成していたのだが、今年は五人いるということもあって、しっかりとした厚みのものになっている。そして、どれも力作だ。
中原と中島は執筆初挑戦ということで、ぎこちない部分が若干あるものの、どちらも読み応えのある短編を書いてくれた。
種田は俳句を十篇も提出してくれた。どれもコンテストに応募したら入賞するのではというほどの腕前で、びっくりしたのを夏目は覚えている。
二葉も、甘酸っぱい恋愛漫画を描いた。前回のときより、明らかに絵がうまくなっている気がする。自分で練習してるのかな、と二葉の隠れた努力を感じて、夏目は少し嬉しくなった。
そんな部誌はとても人気で、謎解きに参加していない人ももらいに来てくれたり、読み終わった人が「面白かったです!」と感想をくれたりしたので、夏目は大満足だ。
今年の文化祭は、大成功だな―――
そう思うたびに、夏目は文化祭が終わったあとのことを考えて、悶々としてしまう。
人が途切れたタイミングで、夏目は二葉の方をちらりと見た。二葉は、いつもと変わらない様子だ。
でも、さっきの表情が、夏目にはずっとひっかかっていた。そして、もやもやしていた。
なんで、あんな顔をするんだろう。
そんなことを頭の隅で考えつつ、バタバタと接客をしていると、あっという間にシフト交代の時間になった。
シフトに来た中島と種田と少し話した後、夏目は廊下に出る。すると、反対のドアから、ちょうど二葉が出てきたところだった。
「二葉くん!」
夏目は声をかけ、二葉に駆け寄る。
「お疲れさまです」
「……ああ」
心ここに在らず、といった生返事。大丈夫ですか?そう聞こうとした夏目の声は、二葉の声に遮られた。
「あのさ、」
「……はい?」
「中原、いいやつだと思う」
そう言って、二葉は笑う。
悲しそうで、優しそうな顔。
「お似合いだと思うぜ」
二葉は、「じゃ、」と言ってその場を走り去っていく。
夏目は、その場に立ち尽くす。
声が出なかった。
「待って」と。その一言が、心の底から叫びたいのに、言えなくて。
ただ、呆然と、二葉がいた場所を見つめていた。
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